【乙女の目論見】
2016/1/14:タイトル表現調整
2016/3/22:記号◇の位置を動かしました。
2016/3/31:本文修正しました。
2016/10/21:本文修正しました。
「要る物はそれで買いな。いい買い物するんだよ? 余ればみんなには内緒のお駄賃だよ」
ヴェザリルの説明にモニカの顔にぱっと笑みが咲く。
「はい! では行ってまいります!」
モニカは元気よく答えると、胸の前で大銀貨を両手でギュと握ったまま一礼し、来た時とは打って変わった勢いでぱたぱたと部屋を出ていくのであった。その後ろ姿をヴェザリルは鼻にかかったメガネを少しずらしてふふっと笑みを溢す。その双眸そうぼうは母親の眼差しであった。そう、彼女にとってはこの学園の子どもたちは我が子同然なのだから。
◇
わたしはモニカ・ル・メティクル。メルティクル子爵家の次女。ルというのは王侯貴族や準貴族、騎士が持つ称号なの。わたしが取った功績じゃないから特にこれといって気にはしてないわ。皇立魔法学院は平民より貴族の御子息や御嬢様たちが多いから、可笑しな名前でもないしね。
あ、そうそうわたしヴェザリル様からお仕事を頂いたの! でもちょっと可笑しな仕事。学院長室に置いてあった女性物の服や大きな桶や布巻を纏めるの。ヴェザリル様が買い求めになられたのかと思ったけど、どうやら違うみたい。あの背中が曲がったお爺さんが買ったのかな?
でもいいわ、何はともあれ強風でも飛ばない様にするのなら、大きな布で纏めて包んで、板で押さえつけて、その上に桶を載せれば完璧ね! 縛るのにロープも欲しいな。予算は大銀貨一枚♪
ん~屋敷で探しても良いのだけど、それだと買ったことにはならないわよ、ね? ケチって荷が解けちゃったら大変だし。
そんなことを思いながらわたしは城下町の雑貨屋さんに顔を出すことにした。大通り沿いにある雑貨屋は貴族の御用達だから良い物はあるのだけど、値段が莫迦にならないから大通りから外れた雑貨屋を覗いてみることにする。
子爵といえば聞こえはいいのだけど、所詮下級貴族そんなに裕福じゃない。おまけにわたしは次女。大概自分で何とかするしかない。だからという訳じゃないのだけど、下町の買い物ならちょっと自信があるのだ。
まだ九つ目の鐘が鳴ったばかりだから時間は十分にあるし、分からなければ聞けばいいわ。
大通りから外れた裏路地を進んだ処にある雑貨屋に着いたわたしは店の扉をガチャリと開ける。扉の内側に付けられている鈴がカランカランと乾いた音を響かせて、店の奥のカウンターに突っ伏していた男の人を起こすのだった。色白で痩せた感じがする大人の人だ。
「あ、いらっしゃい」
「こ、こんにちは!」
「えっと、お嬢ちゃんは何をお探しかな?」
「縛るロープを探してるんですが」
「はいっ!??」
何を探してるのかと聞かれたから、素直に答えたらびっくりして聞き返された。何か変なこと言ったのかな?
「えっと、荷物を縛るロープを探してるんですが、安くて丈夫な物ありますか?」
「たははは。そりゃそうだよね、こんな可愛らしい娘が」
「?」
「いやいや、こっちの話。あるよ!そうだね、1mで大銅貨4枚だよ。どれくらいの大きさの荷物?」
「ん~2mくらい? の大きさの桶の中に色々詰め込んで、板で蓋をしようと考えてるんです。板ともかありますか?」
「板かぁ~。残念だけど、ここにはないよ。大工ギルドに登録してる店なら扱ってるかもね」
「そうですかぁ~」
わたしはがっかりした。雑貨屋で全部揃うと思ってたから。肩を落としてしゅんとなってるわたしを見て同情してくれたのか、雑貨屋のおじさんが助け舟を出してくれたの!
「まぁ、そんなにがっかりしなくても。いま暇だから、つでに買出しも手伝ってあげようか? お嬢ちゃん大工さんのお店知らないでしょ?」
「え……あ、はぃ。でもご迷惑では?」
「ん~こんなに可愛い娘を大工の店に行ってこいっていうのは気が引けてね…」
といって、おじさんは恥ずかしそうにぽりぽりと右の人差し指で右の頬を掻いてる。はっ! いまおじさん大変なこと言ってなかった!? 可愛い!? わたしが!? あわわわわーー。急に自分の顔が熱くなって行くのが分かる。
「か、揶揄わないでください」
「たはは。自覚がないの? だったら余計に危ないね。ただし、条件があるよ」
「え?」
なんだろ? 付き合えとか言われたら困る。でも、可愛いって言ってくれたし。な、何言ってるの!? しっかりしなさい、モニカ!
「うん、うちの商品を買ってくれたらの話だよ」
「あ、そうですよね!」
「何を想像してたの……?」
「い、いえ! な、なんでもありません!!」
ううん、ここで動揺したら負けよ! しっかりしなきゃ! そ、そだ、布! 布あるかな?
「それでうちで必要なものはロープだけなのかな?」
「えっと、大きな布とかありませんか? 安くて丈夫なもの」
「布? ああ、包むって言ってたもんね。あるよ。木綿製だから見た感じはいまいちだけど、丈夫なのは保証するよ。大きさは?」
「1.5mから2m前後の物があれば間に合うと思うんですが。お幾らですか?」
「そうだね~。2m四角の布なら小銀貨2枚かな。それだけの大きさの布を縫う手間賃もかかってるからね」
小銀貨2枚。ロープが1mで大銅貨4枚だから、5m買ったら小銀貨2枚。残りは小銀貨6枚分。もっと無駄のない買い物できないかな?
「あと、ロープなんですが、元々どれくらいの長さの物から切り分けているんですか?」
「へぇ~。お嬢ちゃん賢いね。さすが学院生」
「え?」
わたし自分が学院の生徒だって言ってなかったのに。あ、そうかこの制服か。
「ほら、その制服。デザインが可愛いからね。覚えてたんだよ。可愛い娘が着るとさらに可愛く見えるから不思議だね」
「か、揶揄わないでください。それと、お嬢ちゃんも止めていただけますか?モニカ。わたしの名前はモニカと言います」
あわわわ。また可愛いって言われた!? あ゛~ドキドキする。
「了解、モニカちゃん。僕はディノこう見えても20歳なんだよ。よろしくね」
「え!? そうなんですか! すみません、もっと年上の方かと」
おじさんって言わなくてよかった~~~!
「何気にきつい一言吐くよね、モニカちゃん」
「すみません!」
「たははは。否定しないんだ」
何だか言ってなくても傷つけてしまったような気もする。ま、気を取り直し…。
「それで、ロープなのですが」
「ああ、ロープね。10mが一巻きだよ」
「えっと、それでは現地で必要な長さだけ使って、その分だけお支払いするということは可能でしょうか?」
そうディノさんに尋ねてわたしはドキッとした。その質問でディノさんの眼つきが一瞬変わったから。でも、すぐ優しい笑顔に戻ったのでほっとしたわ。何だったんだろう?
「モニカちゃんには商人の才覚があるかもね~。それも出来なくはないけど。使ったか使ってないか判断するのは難しいと思わない?」
「えっと、もし学院の中に入れるとしたら、付いてきていただけますか?」
「えっ!? 学院に入れるの? 行く! もちろん行くよ!!」
「それで、その分出張料はサービスして貰えたら嬉しいのですが?」
「うんうん! サービスする!! 学院なんて滅多にと言うか、生きてるうちに入れるかどうかもわからないのに!」
ディノさんすごいテンションだ。そんなに学院って珍しいところなのかな? わたしたちはいつも居るから分からないだけなのかしら? でも、サービスしてもらえるなら成功ね!
「よし! じゃあ、ロープと木綿布を二種類もって大工の奴の処に行きますか。モニカちゃん、準備するから店の前で待っててくれるかな?」
「あ、はい! 宜しくお願いします!」
ディノさんに急かされて店の前で待ってると、ディノさんが何やら背負って店から出てきた。あれ?ロープも布も持ってないんだけど。あぁ、そうか!ロープを布で包んで背負ってるんだ。よし! ミッションクリア!
次は板ね♪ディノさんが「大工の奴」って言ってたけど、お知り合いなのかな? 安く揃えれるといいなぁ~。あの髪留めの為にわたしも頑張らなきゃ! そう気合を入れて胸の前で両拳をぎゅっと握り締めたんだけど、ディノさんに笑われた。
「ん? モニカちゃんなんだか気合入ってるね。よし、戸締りできたから行こうか。こっちだよ」
「え! あぁ、な、なんでもないです!」
あわわわ、変な娘って思われたかな? あ、付いていかなきゃ!大人の人の歩幅は大きくてわたしは駆け足じゃないと付いていけないんだけど、ディノさんはなんだかご機嫌でぐんぐん離されちゃう。
「あ、あの! ディノさん!」
「ん? ああ、ごめんごめん!学院に入れるって思ったらつい。たははは。一人で行っても入れないのにね」
慌てて呼び止めたんだけど、ディノさん漸く浮かれてるのに気がついてくれた。あ~疲れた。まだ着かないのかな?
「あの。まだ掛かります?」
「ううん、ほら着いたよ」
ディノさんの言葉にひょいとその向こうを見ると、材木が立てかけてあるお店があった。木を削った新鮮な香りが鼻を擽ぐる。わたしこの匂い好きかも。ディノさんが店の前に立てかけてある木材を取りに来た男の人に声を掛けた。怖そうなおじさんだ。
「やぁ、クラッド居るかい?」
「これはディノさん、若頭はさっきそこらで油売ってたんですけど」
「大工が油売ってどうするの」
「油も売ってるんですか?」
「ぶっ! わははは! 面白れーな、嬢ちゃん! ものの例えさ! 遊んでたったこと」
「ーーっ!!」
恥ずかしぃ! わたし莫迦だと思われたかも!? そりゃそうよね、大工って木を扱うとこなんだからよく考えれば分かりそうなものなのに。あ゛~莫迦ばか、モニカの莫迦!
「よぉ、ディノ! 相変わらず暇そうだなぁ、おぃ」
「わっ!」
急にわたしの背後で男の人の声がしたから、ビックリしちゃった。さっきまで誰も居なかったと思ったんだけど? ディノさんよりがっしりした体格の男の人がそこに立っていた。短く刈った灰青色の髪に碧緑の瞳、褐色に焼けた肌、焼けたのかな? 見えてるとこ全部褐色だから、地肌色なのかな?違う肌の色の人はやっぱり慣れないな。怖い。
「ほっとけ」
「で、俺になんの用?」
「あぁ、このモニカちゃんがね、板を探してるんだ」
「板? なんで?」
「荷造りするのに抑えに使いたいみたいだよ? 安くて丈夫な板があるかい?」
「はん! それがウチの売りさ! 長さは?」
「えっと、2mくらいの長さで幅が40cmくらいのものがありますか? に、二枚くらい」
「あ~ねえな」
「!! そんな」
あまりにバッサリ切られたから、ちょっとショック。そんなにあっさり無いって言わなくても。
「クラッド! そんな言い方無いだろ? モニカちゃん泣きそうだぞ?」
「う、あ、いや、そんな短いやつは扱って無いって意味だぞ?」
「え?」
ディノさんナイスフォロー! 慌ててクラッドさんが言葉を足してくれた。なぁ~んだ。それはそうよね! 大工さんだから短い木ばっかりで家建てる訳無いだろうし。じゃぁ、ディノさんの時みたいにお願いしてみようかな?
「あの、長いものしかないのでしたら、学院で切って要るものだけ使って、その分お支払いするということは可能でしょうか?」
「んー? そりゃ、そのほうが無駄は少なくて済むが。学院に入れるのか?」
「えっとその前に、木材のお値段はお幾らでしょうか?」
「あぁ、40cm幅の板なら、1mで小銀貨一枚だな」
「え、そんなにするんですか? 板なのに?」
「あほ。板だからだよ」
「えっ? えっ?」
板1mで小銀貨一枚だと、板二枚買って残り小銀貨4枚か。仕方ないか。でも、板ってそんなに高いんだね! 板なのに。と思ってたらクラッドさんが説明してくれた。
「森に生えてる樹はな、板状じゃなくて全部丸太なんだよ。それを切り倒して、枝を払って、半年から一年程湖に浸けて、その後乾かして、それから二人がかりで薄い板を切り出すのさ。だから手間暇かかってるんだ。そんなに安くできるわけがねぇ」
知らない世界の話だからすごい面白い! へぇ~そうやって板は作られてるのね。じゃあ、この金額なら安いほうね。納得だわ! きっと木の材質で値段も変わるんだろうから。
「勉強になります! あ、そのお値段なら予算に収まりそうです。あの、学院に入れるという部分で出張分はサービスしていただけませんか?」
「あ? そんなんでいいのか? それで学院に入れるってんなら願ったり叶ったりだぜ! お前もその口だろ?」
「不本意ながら」
「けっ! どの口が言ってるんだか。滅茶苦茶嬉しそうじゃねぇか!」
「たははは。それ言われると、ねぇ?」
「よし、ちょっと棟梁に話しつけてくるから待ってな!」
「あ、棟梁っていうのはね、クラッドの親父さんのことだよ」
へぇ~。親子でお店をしてるんだ! でも、クラッドさんもディノさんと同じでそんなに学院に入ってみたいのかしら? まぁでも、そんなに部外者が校内でウロウロしてるの見たことないから、敷居は高いのかな。何にせよ、これで出張費は浮いたわ!
「なにぃぃぃぃ~~!? 学院だぁぁぁぁぁ? ワシも連れてけ!!!」
「あほか、クソ親父!! 依頼を受けたのは俺だってぇの!! 親父はまだ依頼が残ってるだろが!くそっ!」
店の奥からなんだか喧嘩みたいな声が聞こえてくる。わたしの所為?と思ってたら、何かがガラガラと崩れる音がして、バタバタと走ってる音が近づいてくる?
「嬢ちゃん、走れ!行くぞ! クソ親父のやつ、何がヴェザリル様のファンなんだよぉ~だ!!」
「ぷっ!」
なにそれ! 思わず笑っちゃったけど、でも、急いで離れたほうが良さそうな気がする。ああ! 待ってください! やっぱりヴェザリル様のファン多いんだ。分かる気がするなぁ~大分お年を召してるはずなのに、あの綺麗さは反則だわ~。
「クラッド! そっちは逆だよ! こっち!」
「なにぃぃぃぃ! 早く言え!」
「確認もせずに走り出したのはお前だろう!」
「ま、待ってくださいぃぃぃぃ」
男の人の足は早いから付いていけない~。みるみる離されてる。はぁはぁなんでこうなっちゃったの~!? クラッドさん、板と大工道具持ってるのになんでそんなに早いの!? あれ? 板と大工道具をディノさんに渡してこっちに来て、ひゃっ!!
「すまん! 緊急事態だ! 他意はないからしばらく我慢しろよな!」
そう言ったかと思うと、クラッドさんがわたしを右の脇に抱えて走り出したの! あわわわわ! 男の人に抱きしめられたことないのに、いきなりこれ!? それにこの角度。
「きゃぁぁ! ディノさん、後ろ走らないでくださいぃっ!!」
「え? ええええっ!? そんなこと言っても、クラッドの方が足速いから並走なんて無理だよ~」
「じゃ、じゃあ、横向いてくださいぃっ!」
み、見えちゃう! わたしの下着が見えちゃう!! 恥ずかしぃ!! わたしは必死でスカートの裾がめくれないように自由な右手で抑えたんだけど、抱えてられて走ってるもんだから、からだが上下に揺さぶられて。あぁディノさん、その位置で走らないでください!
「横!? 板持って横向いて走ったら大変なことになるよ!!?」
「わはははは! 嬢ちゃんおもしれぇな!!」
「そんな!? 誰のせいでこんな事にっ!? あわわわ!!」
それにしても、クラッドさんよく疲れないでこれだけ走れたな~。1kmくらは走ったかな? 揺られすぎてちょっと気持ち悪くなったけど、なんとか吐かずに耐えれたわ。うぇ。気持ち悪い。ディノさんまだ追いついて来ないな。あ、来たきた。ふふふ。死にそうな顔してる。
「クラッドさん、力持ちなんですね。わたしそんなに軽くないのにこんな距離抱えて走れるなんて」
「あ? あぁ、俺は人犀族だからな。力だけはあるんだよ。」
「そうだったんですね~。人犀族の方は角が見えないから分かりにくいって聞いたことがあったんですが、納得です」
「嬢ちゃんは人羊族であってるのか?」
「はい、巻角族です。ディノさんは?」
「あいつは人鼠族さ」
「へぇ~。だからスタミナがないんでしょうか?」
「わはははは! かもな! おい、ディノ、遅ぇんだよ!」
人犀族の人も人鼠族の人も学院にはいないし、貴族のお知り合いにもいないからなんだか新鮮♪ 下町って皆こんな感じなのかな? だったらまた遊びに来てもいいかもしれないなぁ~♪ っとその前に、用事を済ませなきゃ!
「はぁ、はぁ、なんでそんなに早いんだよ。こっちは板も道具も持ってるっていうのに。大体、職人は道具を他人に触らせないんじゃなかったのかよ?」
「あぁ、そうらしいな! 俺は気にしちゃいないが。ま、落とさずに持ってきたみたいだし、良くやったな!」
「はぁ、はぁ、なんだよ。それが礼の言葉か? ったく」
「ふふふ 御二人は仲が良いんですね」
二人の遣り取りを見てるとつい時間を忘れちゃいそうになるの。普段は見ない光景だし、こんな荒っぽい言葉は学院でも家でも聞いたことないから。新鮮♪ でも本当に面白い。仲が良いって言ったら、二人が同時に「そんあことはない!」って否定するすもんだから余計に可笑しい。なんでも幼馴染なんだとか。いいなぁ、わたしには居ないし、姉様とは歳が離れてるから気軽に話しかけれないし。
ぱちん
わたしが両手で自分のほっぺたを叩いて気合を入れたら、二人共驚いて見てる。そんなに可笑しな事したかな?
「嬢ちゃん、お前肌が白いのにそんなに気合入れてほっぺた叩いたら、手の跡が付くとか思わなかったのか?」
「ーー!?!?」
「わはははは。そんだけ顔が真っ赤になったら、跡もわかんねぇか」
きゃぁー! 恥かしぃっ! 莫迦ばか、わたしの莫迦!
「じ、時間もないので、学、学院に行きましょう!」
「おーそうだな! ディノ、道具箱ありがとよ、板もな」
クラッドさんはそう言ってディノさんの隣に置かれていた自分の道具と板を持ち上げてわたしの方を見る。ディノさんはやれやれって感じで立ち上がってるけど、走れなさそうね。でも、ここからそんなに離れてないしゆっくり行こうかな。
やっと学院に着いたわたしたちは、詰所の衛士さんたちに見送られて学院長の執務室に戻って来た。戻って来たのはわたしだけなんだけどね。ディノさんとクラッドさんは物珍しいからって、キョロキョロ落ち着きがないの。飾ってる物を観察したり、使ってる材質や加工の仕方についてブツブツ言たりしてるんだけど、わたしにはさっぱり。難しい魔法の術式の講義を聞いてるみたいな気になるのは何故だろう。
幸い学院長がまだ部屋にいらっしゃったので許可を頂いて、二人を部屋に居通しすると。まぁ、その反応は予想できたわ。ぽかーんと口を開けてヴェザリル様を見てたの。もうっ! 完全に仕事の依頼忘れてるでしょ! 二人の目の前で両手を振ってると、我に返って顔を真っ赤にしてたわ。分かりやすい。
持って来てもらった大きな布で服や布巻を包めたから、それを大きな桶の中に入れてクラッドさんに板を合わせて切ってもらう。これで抑えはばっちりね! それから小さな桶をその板の上に置いた状態で、わたしが大きな桶を魔法で浮かせてっと。これくらいかな。あとはディノさんにロープで肯定してもらえば完璧! 支払いの話をしようとしたら、ヴェザリル様が執務を止めて声を掛けてくださったの。
「ディノさんにクラッドさんでしたね」
「「はいっ!!」」
「まさかモニカが貴方達を連れてくると思ってなかったから、あの時は考えてなかったのだけどね。これも何かの縁だわ。学院で不足してる調合用の道具類や備品があるのだけど、ディノさんの処で準備していただくことは可能かしら?」
「勿論です!」
え? まだリストとか見てないのに即答!? 何が何でも揃えるってことかしら? ディノさん顔真っ赤だ。
「ふふ そんなに硬くならなくても。リストを用意させるから、後で見てもらえるかしら?」
「はいっ!」
あ~これは落ちましたね。虜ですね。恐らくクラッドさんも。
「クラッドさん」
「はいっ!」
「学院も建てられてから随分と立つので、傷んできてる所が増えててね、管理を任せてるものに案内させるから見積もりを出してもらえるかしら?」
「喜んで!」
「それを見て、修理をお願いするかどうか決めさせてもらうわ。如何?」
「勿論です!」
ん~これは、クラッドさんとお父様が大変なことになりそうな予感が。できれば近寄りたくない? うん、怖いもの見たさで見てみたい気はするけど。
「じゃあ、二人の事は詰所の衛士たちにも伝えておくわね。次回から衛士に案内してもらって頂戴。あとは、担当の者が来るまでそのソファーにでも座っておくれ」
「「!!??」」
「どうぞ、こちらえ」
二人があたふたするのが楽しいんだけど、そうも言ってられないからソファーへ案内する。二人共背凭れに背中を預けれないくらいガチガチに硬まってるから、見てて楽しいな。そうそう、支払いしなきゃ。
「あの、今日のお支払いなんですけど」
「いい!」「いらねぇ!」
「へっ!?」
何を言ってるのか解らないので、変な聞き返しになっちゃった。いらないってどういう事?
「本当は貰うつもりだったんだけどね、学院の仕事の口を利いてもらえたからサービスだよ!」
「そういうこった! 良かったな! 嬢ちゃん!」
「えっ!? えっ!? 御二人共それで良いのですか?」
そう確認すると二人共頷く。どうやら良いらしい。手元に大銀貨一枚が丸々残ることに。これ返さなきゃ駄目、だよね?きっと。
「良かったね、モニカ。それは言ったようにお駄賃だよ。返さなくていいから良い買い物するんだよ?」
「はぃっ! ありがとうございます!」
わたしの気持ちが分かるのか、ヴェザリル様はそう言ってにっこり笑ってくださった。嬉しいっ! これであの髪留めが買える! でも、すぐに買うとバレちゃうから、少し時間を空けて買い物に行こうとその時わたしは決めたのでした。多分ヴェザリル様が言われた人たちは、フラン先生とミゲル先生だわ。あの先生たち苦手だからこれでお暇してしまいましょう♪
御二人にお礼を言って、わたしは学院長室を後にする。この後のディノさんとクラッドさんの働きは目を見張るものがあったらしく、結局学院御用達の免状を授けられることになったみたい。なんで知ってるのって? ふふふ♪ 遊びに行った時に教えてもらったの。
あぁーっ、買い物楽しみっ!!!
最後まで読んでくださってありがとうございます。