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星たちがさえずる月夜に咲う  作者: たゆんたゆん
第一章 誕生編
5/32

【眉雪の勇み足】

2016/1/14:閑話という副題をつけていたのですが、

 「閑話…無駄話」という意味が強いので外す事にしました。

 「SS…サイドストーリー、ショートストーリ」という案も考えたのですが、

 完全にそういうニュアンスでもないので【】で閉じることにしました。

 以降の閑話が入るタイトルも調整します。

2016/3/22:記号◇の位置を動かしました。

2016/3/30:本文修正しました。

2016/10/21:本文修正しました。

 

 「孫が産まれるんじゃ。最高の生地で産着は作れるかのぉ」

 「然様でございましたか。それはおめでとうございます。当店では上質の絹、また白銀絹(ミスリルシルク)も扱ってございます」

 「ほぉ。白銀絹(ミスリルシルク)とな。それで赤子あかごの産着を作るとしたらいかほどかのぉ」

 「そうでございますね。大銀貨4枚程頂きたく思います。何せ希少な白銀絹(ミスリルシルク)をふんだんに使った産着でございますれば」


 ハルディンの問い掛けに黒を基調とする執事風の服装をした初老の男が、少し考える仕草を見せて答えた。白銀絹(ミスリルシルク)とは、人間の成人男子と同じくらいの大きさをしたクリキュラという芋虫の魔物(モンスター)からとれる糸を加工したものなのだ。


 この芋虫、魔物(モンスター)と分類されるが比較的温厚な性格で危害を加えられなければ襲いかかることがないことで知られている。言い換えると、飼育しやすいのだ。そして、このクリキュラから取れる糸を飼育の過程で加工することによって白銀絹(ミスリルシルク)になるのである。


 お気づきかもしれないが、クリキュラが食べる木の葉に粉末状にした真銀(ミスリル)を振掛けるのだ。そうすることによって、クリキュラが巨大な蚕繭になった時その絹糸は真銀(ミスリル)を含んでいるのだという。


 真銀と白銀という言葉はどちらもミスリルを指して用いられる言葉なのだが、基本的に鉱物の方を真銀、加工物の方を白銀と称されている。小銀貨1枚で宿に一泊出来る事を考えると、小銀貨40枚分の値が一枚の産着に付されるというのはいかに法外な値であるかをうかがい知ることができるだろう。


 この他にも蛾の王(リーガルモス)と呼ばれる魔物(モンスター)の幼虫は全長3mにも成長し、頭部に無数の角を持ち凶暴であらゆる生物を捕食しようとする。この幼虫が成虫になるために繭になった時、これを捕獲し絹糸を採るのだが、森の奥深くに生殖する魔物ゆえに捕獲にはかなりの危険が伴うのだ。


 しかもその絹糸には魔力が宿っているという。それゆえに市場に出回ることのない、この蛾の王(リーガルモス)の繭から採れる絹糸は花萌葱の絹(シャトルーズシルク)と呼ばれ非常に希少な素材とされているのだとか。


 「ふむ。それはまた後で考えるとして、他にも妊婦が着れる服や、産後に身に着けるべき物があれば見繕ってもらえぬかのぉ。ワシはこの通り、そのあたりはてんで苦手なもので」


値段を聞いた老人はすぅっと双眸(そうぼう)を細め、にこりと笑ったのだった。値踏みするかのように。それに気づいた初老の男は、引きつった笑顔をなんとか作り出すのだった。


 「は、では、店の者にご案内させましょう。クルシュさん」

 「はい」

 「お客様は、お孫様を身籠られたお嬢様のために服やそれに伴うものを探しておられます。安心してその日が迎えられるように貴女も手伝って頂けますか?」

 「畏まりました」


 黒を基調とする執事風の服装をした初老の男が、店の奥に居る女性店員に声を掛ける。その呼びかけに応じた女性は恭しく一礼するのだった。160cm程の女性にしてはやや身長のある女性は、小麦色の肌に小豆色の長髪を首元で束ねていた。獣人は基本一定の年まで若そうに見える。しかし年と共に少しずつ老いの兆候サインが現れるのだ。それは手であったり、体型であったりする。この店員もれいがいではなかった。


 ハルディンはふむ、と女性店員を見るのだったが、すぐそれを悟り興味を失ったのであった。失礼な話である。その分品定めに集中することができ、思わぬ買い物が出来たのも事実であった。いや、買わされた、というべきか。


 「ですから、お嬢様も出産が無事終われば母でもあり一人の女性です。これくらいのお洒落は女性の嗜みなのですよ、ハルディン様」

 「そうかのぉ」

 「そうなのです! 殿方は何を着てても着れれば良いとお考えかもしれませんが、女性はそうはゆかないのです。愛する夫のために少しでも綺麗にしたいと思うのですわ」

 「そうなのかのぉ」

 「そうなのです! それに、産後は体を冷やすと病が入ることがあります。そうならないためにも体を暖かく保護するこうしたものは必要なのです」

 「そういうものかのぉ」

 「そうなのです! ハルディン様はお孫様を残してお嬢様が先立たれることなど望まれないのではありませんか?えぇ、そうですとも。お優しいハルディン様に限ってそのようなことはあろうはずがございません」

 「それはそうなのじゃが」

 「流石でございます! それに、ある程度着こなせるようになると、それだけでは物足らなくなるのが母という存在でございます。愛する我子のために服を縫ってあげたい! ときっと思われるようになるでしょう」

 「そこまで飛躍するのもどうかのぉ」

 「いいえ、ハルディン様! 母は我子のためならどんなことでもしてやりたいと願いものなのでございます。そう思ったときに、生地がない。古着も使えない。ということになれば如何なさいますか?」

 「ひとっ飛びに」

 「まぁ、ハルディン様はお優しい。でも、そのお優しさがあれば、この生地を是非ご一緒にお持ちくださいませ。ハルディン様もお持ちのように転ばぬ先の杖と申します」

 「いや、この杖は転ばぬためじゃのうて」

 「分かっております! 分かっております!」


 ハルディンはクルシュのセールストークにまんまと絡め取られてしまい。小金貨1枚(大銀貨10枚相当)を支払う羽目になったのであった。しかし不思議なもので、騙されているのでは? と思いながら話を聞いていたわけではなく、なんだか知らなううちに持ち上げられて嬉しい気分になって買っていたので、高額な買い物であったにも関わらず良い買い物ができたという気持ちに満たされていたのである。恐るべしクルシュさん。一見おっとりした風貌からは予想もできないほどの老獪(ろうかい)さであった。


 結局、ハルディンは買ったものを皇立おうりつ魔法学院のヴェザレル宛で送ってもらい、桶屋で買い物を済ませ、それも同じとこへ送ってもらったのであった。そして、自分も皇立魔法学院へ向かったのである。




             ◇ 




 皇立魔法学院の正門。そのすぐ横にある衛士の詰所にハルディンはいた。アーチ状になった門と繋がったような作りだ。詰所の中には常時三人はいるようで、その一人がハルディンの訪問に応対していたのである。しばらく前から平行線だ。


 「ですから、身元を証明できるものをお持ちでなければ中に入ることはできません」

 「むぅ、そこをなんとか。黙って入る訳にはいかんのじゃから」

 「当たりませです!」

 「では聞くが、おぬしたちは身元を証明できるものを持っておるのか?」

 「「「はい」」」

 「ぐぬぬ」

 「いやいや、そんなに悔しがられても、ダメなものはダメですよ」

 「そうじゃ、ワシが誰かを成敗してきてやろう。そうすれば」

 「なに莫迦(ばか)なことを言ってるんだい」

 「これはヴェザリル学院長」


 ハルディンは何とか取り入ろうとするのであったが、ことごとく撃ち落とされついに躍起になって危険な手に出ようとしたその時、ヴェザリルが現れたのだ。それを見たハルディンの表情がぱっと明るくなる。気持ち悪い。


 はぁと溜息をつきながらヴェザリルは右のこめかみに右の中指を当てて軽く首を振るのだった。その姿を見て衛士たちは苦笑しながら一礼する。今までのやり取りでこの老人の相手をするということがどんな意味を持つのかを、身を持って理解しているのだ。


 「このがね、わたしに会いたいと詰所で騒いでる変なじじぃがいるって教えてくれたのさ」

 「ふえっ!? が、学院長、わたしじじぃだなんて言ってません」

 「ふふふ まぁ似たようなことだね。こいつに近づくと食べられちまうから、そうだね。九つ目の鐘が鳴ったら学院長室に来てくれるかい」


 ふと見ると、ヴェザリルの後ろに羊の巻角に似た角を左右の耳の上から生やした可愛らしい女の子が立っていた。肩甲骨の辺りまで伸びた象牙色のストレートヘアーが風に靡いてふわりと彼女の顔に纏わりつく。それを払いながら、慌ててヴェザリルの言葉尻を否定するのだった。


 その様子を微笑みながら後で来るように伝えると、彼女ははい! と爽やかに返事を返し一礼してその場を去っていく。食べられると聞いて焦ったのか、たったったっと小走りに校舎の中へ消えていくのであった。


 この世界で時を正確に測る術は限られている。日中は日時計を基準にした鐘の音で、夜は月や星の動きで歳月をんでいるのだ。


 日時計は周りに高層物がない広場に設置するという事と、特別な技能スキルがなければ設置できないものだけに多くは存在しない。街や村ごとに一つあれば良いほうだろう。それで、日時計の時刻を詠む者と鐘楼の鐘を鳴らす者が二人一組となり、交代で時を知らせているのだ。二刻(約1時間)に一度鐘が鳴らされる。


 朝5時が鐘一つで始まり、以後一つずつ打つ回数が加算されていき、夜19時に鐘が十五回打ち鳴らされてその日は終わるのだ。それゆえに多くの者は何時という概念ではなく「今は五つ目の鐘だ」という感じで時を計り生活を営んでいる。ヴェザリルが言う九つ目の鐘は午後1時を指す。


 「まったく荷物を持ってきたのかと思えば、何しにきたんだい? まぁいいさ、ついでに渡したいものもあるしね。ついておいで」

 「あ、あの学院長、よろしいので?」


 ヴェザリルはそう言って来た道を戻ろうとするのだったが、衛士に呼び止められる。


 「構わない。わたしの古い知り合いだからね」

 「ふぉっふぉっ そういうことじゃから、お前さんたちまたのぉ」


 ヴェザリルの言葉にハルディンは眼を細めて嬉しそうに笑う。そして、しっしっと追い払うような仕草を衛士たちにすると、ヴェザレルの後をゆっくりと追うのだった。そうしながらも、きょろきょろと視線は周囲の女生徒たちに向けられていたのは言うまでもない。




             ◇




 「なんじゃ、校舎の部屋かと思ったら結局こっちなのじゃな」


 二人は校舎の部屋ではなく、昨夜訪れていた塔の最上階に立っていた。


 「あそこはいつ誰が来るかわかったものじゃない。こういう事は自分が管理できるところでするものさ」

 「なぁ、そうじゃのぉ」

 「で、何の用だい?」

 「ふぉっふぉっ これをな、渡しておこうと思うてな」


 ヴェザリルの詰問に、ハルディンは笑いながら布の塊を懐から取り出す。見ると産着だ。


 「産着かい?」

 「白銀絹(ミスリルシルク)がちょうどあってな。大急ぎで縫ってもらったんじゃよ。今は二枚しか間に合わなんだが、もう二枚後から届くはずじゃ」

 「……あんたねぇ」


 暫く産着を見ていたヴェザリルが呆れたようにハルディンを見るのだった。


 「テレジアとアニマそれぞれにって思ったんだろ? わたしに術式を組めと?」

 「可愛い娘と孫の為と思うてやってくれんかのぉ?」

 「はぁ、あんたはいっつもそうだね」

 「用心に越したことはない。ワシらがいつも守ってやれるとは限らんのじゃから」

 「わかってるよ。あんたも親莫迦(おやばか)だね。まぁわたしも下手に動くわけにはいかないし、宮廷魔術師団を敵に回すわけにもいかないからね。出来る事をするさ」


 ヴェザリルはそう言って肩をすくめると、右手を差出して産着を渡すように催促するのだった。


 「ふふ あのたちが母親にね。刻が移ろうのも早いもんだ」


 そして産着を受取ると我が子を慈しむ母親のような表情で微笑み、ゆっくりと産着を撫でていた。その様子を感慨深げにハルディンは眺めていたのだったが、何かを思い出したように外に眼を向ける。


 「ちょっと用事を思い出した。明日の夜には間に合うように戻って来るから」

 「……まさかとは思うけど。……ラウラの婆さんに頼みに行くんじゃないだろうね?」

 「ーーーー」


 がちゃりと窓を開けたハルディンの背中にヴェザリルが怒気を纏わせて声を掛ける。開けられた窓から温められた湖風がするりと部屋に入り込み、ハルディンの顎髭やポニーテールに束ねた白髪を揺蕩たゆたせるのだった。まるで気を引こうとちょっかいを出す子どものように。


 ハルディンはヴェザリルの問い掛けに答えず、油が切れた扉の動きのようにぎこちなく振り向いてにこりと笑うのだった。つぅっと左のこめかみから左頬にかけて一条の汗が滑り落ちる。彼の双眸そうぼうには自分に向けて右手の人指し指をかざすヴェザリルの姿が映っていた。


 「……逝ってきな。点孤イグニッション!」

 「ひぇぇぇぇぇっ! 焼けに死ぬわいっ!!」


 ハルディンが立っていた床が瞬時に燃え上がるが、ハルディンの姿はそこになかった。ヴェザリルの魔法が顕現する前にその場を去っていたのだろう。ちっと忌々しく舌打ちしたヴェザリルは直ちに燃え上がった炎を魔法で消火すると飛び去ったであろう方向を楽しそうに見つめているのだった。


 焦げた匂いが鼻をくすぐるが、それも気にならなかった。若かりし頃ともに歩んだ時の様子が脳裏に浮かんでき、懐かしさに浸っていたのである。湖風がまた部屋に遊びに来ると、焦げた匂いとともに部屋の中を走り回り、やがて一緒になって外に飛び出していく。一瞬強く吹き付ける風に髪を抑えて片眼をつむるヴェザリルであったが、その風さえも今は心地良かった。ふと呟く。


 「まったく、そそっかしいね。あのにと思って用意した物を渡し損ねちまったじゃないか」




             ◇




 その夜。とある森の中に埋もれた聚落しゅうらくの入口にハルディンは立っていた。木の棒は相変わらず左手に握られているが、右手には何やら布包みを持っている。聚落の奥の方に目を向けると、二人の男たちが炬火(トーチ)を片手に巡邏じゅんらしている様子が見えた。


 だが二、三歩進んだかどうかで男たちはハルディンの存在に気づき、慌てて駆け寄って来る。それを見たハルディンは、ここもまだまだ安心じゃなと心の中で呟いたのだった。だが、苦言も呈さねばならんかのぉ。


 「何者だ!」

 「ここは人が入って良い処ではない。去れ!」

 「反応が遅い。お主ら、ワシが入口に立って30数えるまで気が付かんかったぞ? それでは見張りは疎か、警鐘を鳴らすこともできやせん」

 「「なっ!?」」


 ハルディンの言葉に男たちは気色ばむ。それもそうだろう、急に現れた老人に足らずを指摘されたのだから。炬火(トーチ)に照らされた男たちの顔を見るとよく整っており、美男子であると誰もが認める顔立ちであった。


 しかし更に注目すると彼ら両耳は人族のそれとは明らかに形が異なっているのだ。耳がある位置は人や獣人と変わりないのだが、長い。耳の上部に向かって細く尖っていくのだが、耳朶から耳の先まで20cm位の長さがある。そう彼らは妖精族、それもエルフに属する者たちであり、ここは隠れ里であった。


 「ふぉっふぉっ まだまだじゃのぉ。一言で感情が揺らいではあっという間に敵の思う壷じゃて」

 「貴様っ!」


 ハルディンの売り言葉に男たちは炬火(トーチ)を足元に投げ、腰に帯びた短剣に手を伸ばす。怒気というより殺気がハルディンに向けて叩きつけられたのだが、当の本人は悠然と佇んでいた。


 「ほれ、また減点じゃ。何故二人で対応する? 一人は伝達に走らねばなるまいに」

 「「!?」」

 「何事だ!」

 「ふぉっふぉっ ようやく話の分かる奴が来たかのぉ」


 ハルディンが更に男たちの不備を指摘していると、男たちの背後から野太い男声が響き渡る。その声に釣られて聚落しゅうらくの家々の戸が開き、住民たちがチラホラと顔を出し始めたのであった。ハルディンが愉し気に笑っていると、ざっざっと大股に土を踏みしめる音が近づいてき、一人の美丈夫が闇の中からぬっと現れる。


 巡邏じゅんらで回っている男たちよりもガッチリとした体格であり、良い男と言っても良い雰囲気を醸し出していた。エルフは基本美男美女が多い種族として知られている。妬みの原因の一つになってるもの事実だが、エルフに生まれてきたものに罪はない。


 「フィーニクスか。息災じゃったか?」

 「!? これは珍しいお方がおいでくだされた」

 「えっ!? あの」

 「フィーニクス様はこの者とどういう関係で?」


 美丈夫は一瞬驚いた表情をするものの、破顔するのだった。その反応に短剣を抜いた男たちがどうすれば良いのか分からずに、ひとまず情報を整理しようとする。ハルディンは顎鬚(あごひげ)を撫でながらその様子を観察しつつ微笑んでいた。こりゃあ後で大分絞られるのぉ、などと思いながら。


 「莫迦者(ばかもの)!!」

 「「ひっ!!」」

 「このお方は“冥府の蹄王”ハルディン殿だ! 刃を収めよ! そして長老たちに伝えよ!」

 「「はっ! 直ちに!!」」


 フィーニクスと呼ばれた美丈夫はの一喝に男たちは首を竦ませると、短剣を腰に戻し炬火(トーチ)はそのままにして走り去っていったのであった。まったく、というぼやきがフィーニクスから聞こえてきたが、ハルディンは気にせずに美丈夫に近づいて持ってきた包みを手渡す。少ししかないが土産だと言って。


 「これはかたじけない。して今回の御用向きは?」

 「あぁ、個人的なものじゃよ。ラウラの婆さんに頼みたいことがあってな」

 「ラウラ老にですか? 揉めごとっぽいですな」

 「ふぉっふぉっ まぁ他の長老たちにも挨拶はせねばならんじゃろうが、まずはラウラの婆さんの家に案内してくれんかの?」

 「その豪胆さは見倣いたいものです」


 ラウラという名前を耳にしてフィーニクスは引き攣った笑顔を作る。どうやらヴェザリルが怒るのも無理からぬ人物なのだろう。しかしハルディンは我関せずといった感じに受け流すのだった。先程までの殺伐とした雰囲気も消え去り、森の奥からホーホーと梟の唄声が和やかさを醸し出している。


 ハルディンは里の者によく知られた人物らしく、ラウラの家に辿り着くまでに何度か呼び止められて挨拶を交わしていた。皆懐かしそうに昔話や近況を話していたので中々目的地まで辿り着けないでいる。そんな状況にフィーニクスが業を煮やして話を打ち切り、ハルディンを案内したのであった。


 「おや、来たのかい? フィーニクスも上がっていくかぇ?」

 「いえ、わたしは巡邏じゅんらの者たちにちと灸を据えてやらねばなりませんので」

 「ふぇっふぇっ あの子らも大変じゃ。ハルディン、お入り」

 「ラウラ婆、ご無沙汰しておりまする」

 「ん、それだけかぇ?」


 家の中から老婆の声がする。フィーニクスは老婆誘いに体よく断りを入れ、ハルディンに一礼してその場を去ったのであった。この家に来る前に彼と交わした言葉を推測する限り、苦手意識があるのだろう。ハルディンはそんなフィーニクスを目礼で見送ると、すぅっと家の中に入り挨拶をするのだった。


 家の奥には編んだ白髪の髪を後頭部で丸めて束ねた小柄で痩身の老女が、椅子の背凭れに寄りかかることなく背筋を伸ばし静かに座っていた。挨拶を受けるとラウラが右手の掌を上に向けて差出し、くぃくぃっと手招きするような仕草をしたのだ。それを見てハルディンはやっぱりかというような表情になる。そしておもむろに懐へ手を差し込み酒瓶を一つ取り出したのであった。それをさっと取り上げるラウラ。


 「ふぇっふぇっ 話の分かるやつは好きだよ。で、ここに来たのは土産だけじゃないんだろ?」

 「出産の立会いのお願いに来ました」


 既に封を切って味見を始めたラウラが話すように促すのだったが。出産と聞いてぴくっと右の眉が動く。部屋の中は暖炉ではない釜のようなものの中で燃えている炎で照らされているので細かい表情までは読取りにくい。ラウラの紺碧色の瞳がその炎に照らされてゆらりと揺れる。


 「誰のだい?」

 「ハインケルの息子の嫁です」

 「あの子に息子がいたのかい。で、嫁は誰だい?」

 「テレジアという銀狼族の者です」

 「テレジア? あの“銀狼”のテレジアかぇ?」

 「知っておられるので?」

 「ちょっとした縁があってね。ふぇっふぇっ そうかい。テレジアがねぇ。いいよ、立会ってやるよ。その代わり必要な物はあんたが揃えるんだよ、ルディ」

 「何をどう揃えて良いのやら。服や桶は買いましたが」

 「ふん、どうせ言われるままに買うたんじゃろう。それをここに持って来い。足らぬものを教えてやるわい」

 「ーーーー」

 「ふぇっふぇっ まぁ、良いわ。今夜はここで泊まれば良い。」

 「あ、え、いやぁ、他の長老にも挨拶せねば」

 「ほうっておけば良いんじゃ。あやつ等の相手をせんでも良いわ。久し振りに来たのじゃ、話を聞かせておくれよ。美味い酒もあることだしね」


 どうやら、説明はいらないらしい。話しながらそうハルディンは理解したのだった。えんとは奇なものでいつの間にか交差し、結び目が出来る。自分たちの知らぬところで紡がれたえにしがここでまた結ばれたのか、とハルディンはおもんばかるのであった。


 気が付くと、ラウラの家で泊まることが確定していた。何故こうなった?ラウラが泊まれば良いと言う時は、朝まで付き合えということを暗に強いているのだが、ハルディンは観念してこくりと頷く。ヴェルが嘲笑う姿が眼に浮かぶようじゃわい。そうハルディンは思ってにやけるのだったが、ラウラの向かいに椅子を持ってきてテーブルを挟んで座り談笑を始めるのだった。その後しばらくして里の長老たちが一人また一人と顔を出し、結局里の者たちが入り乱れて宴会へと様相を呈していく。


 「酒が切れたよ! 酒持ってきなぁ~!」

 「「誰だ!! ラウラの婆さんに酒飲ませたやつ!!」」

 「ルディ!」「ハルディン!」「ハルディン様!」「ハルディン殿!」 「エロじじぃ!」

 「ワシは無実じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~っ!! はっ! 誰じゃ! 今エロじじぃと言うたのは!?」

 「「「ぎゃはははははははは!! 違いない!!」」」


 夜の帳に包まれたエルフの隠れ里に久方振りの歓声や喝采が響き渡っていた。空を見上げると星たちが煌き三日月は微笑ましく映るその騒ぎに思わず溢れそうになる笑いを隠すかのように、流れてくる雲の中にかを隠すのだった。


 時折里の中を吹きるける微風は、笑い声と酒の香りを纏いまるで酔ったようにあちらこちらの葉を揺らして去っていく。こうして夜は更けていくのであったーー。







最後まで読んでくださってありがとうございます。

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