表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星たちがさえずる月夜に咲う  作者: たゆんたゆん
第一章 誕生編
4/32

邂逅と買物と

2016/1/21:訂正:長文を幾つかの段落に分け、句読点を調整しました。

   直径22km程度の島→直径7km程度の島 に訂正しました。

  (※面積計算を怠って適当に数字を決めていました。

   改めて面積計算をして情景が収まるような大きさに調整しました)

2016/3/22:記号◇の位置を動かしました。

2016/3/30:本文修正しました。

2016/10/21:本文修正しました。

 

 アルストメリア皇国。獣人たちが治める唯一の国。この国では獣人が上位にあり、最下位は人であった。人の統治する国においては妖精族、獣人族、竜族は忌避されることが多く、時として奴隷にされるものも少なからずいる。


 アルストメリアにおいてはその逆であった。勿論、奴隷に落とされる者たちにはそれぞれ事情があるのだが、多くの場合借金が返せない、犯罪を犯した、敵国の敗戦捕虜といった理由で人身売買が行われている。この世界で普通に見られている影の部分だ。


 このアルストメリア皇国の皇都はそんな影の部分を感じさせない優美な姿で山麓に鎮座していた。山麓というべきか、岩山の中に宮殿を建てているのだ。その多くは岩山の中に潜んでいるのだが、藍鉄あいてつ色の山肌からその麓にかけて王宮というべき建造物がその壁を亜鉛華あえんか色に化粧して佇んでいたのである。


 そのコントラストがよりその美しさを引き立たせている。王宮の屋根は中紅花なかのくれない色に染められていた。恥じらう乙女の頬のような色だ。そして、その王宮の眼下に広がるのは直径180kmはある円形の大きな湖であった。対岸が見えない程だ。打ち寄せる波が海原を想像させるが、巨大な湖の周囲は広大な森林が広がっているのだから湖であることは揺るがない。

 

 東向きの王宮から湖の中心に向けて幅70m、長さ1km程の石畳で舗装された道が伸び、直径7km程度の島の上に城下町に繋がっている。城壁と同じ亜鉛華あえんか色に当位置された町並みの壁や塀。島全体を囲むように作られた城壁も亜鉛華あえんか色であった。屋根も当然中紅花なかのくれない色に染められている。


 それゆえに湖の澄んだあま色とあいまって一枚の絵画のような姿だ。訪れる人々は感歎の声を持ってその姿を礼讃し、いつしか“紅鶴べにつるの都”と呼ばれるようになってた。一説には湖の周辺に住むコフラミンゴに似ているからとも言われているが定かではない。


 ダンテとテレジアと分かれてから二日後、ハルディンはアルストメリア皇国の城下町に立っていた。左腕にはあの木箱はもうない。しかし、余りにも不可解な状況だ。三人が出会った山のほこらは王宮の南南西へ徒歩で三ヶ月も進んだところにあるのだ。


 いくつも山、森、谷、川、草原を抜けてたどり着いた隠れ場だ。たった二日で移動できようはずもない。だが現にハルディンはそこに居た。明らかに人外の方法を使ったと推察するがそれが何なのかは分からない。


 「ふぅ~年甲斐もなく頑張りすぎると腰にくるわぃ」


 木の棒を杖の代わりに撞いて歩きながら、ハルディンはとんとんと腰を叩く。周囲を見渡すと活気に満ちた商人たちの客引きの声が響き渡り、人々が笑顔で今日という日を営んでいる様子が眼に映る。


 一見平和そうじゃな。そう思いながらハルディンはまず宿を決めることにする。空が夕日で色づき始めたのだ。直に夜が来る。ふと右を見ると、右手の路地の奥の方に宿屋の看板が風に揺られて、ぎぃぎぃと鳴いていた。


 その看板は上に二つの穴が開けられており、建物から出た金棒に通された二つの鉄の輪と繋がったもので、吟遊詩人たちが手にするような竪琴大の形をした板には赤い蛙がジョッキを持っている様子が描かれている。縁どりは緑色。


 「ふむ。赤い蛙亭か、そのまんまじゃの」


 ハルディンはそう言って微笑む。といっても髭が見事なのでかすかに髭が動くくらいだが。


 「いらっしゃい! お泊りですか? お食事だけですか?」


 宿の扉は営業時間が終わるまで開け放たれたままのことが多い。ここ赤い蛙亭も例外でない。ハルディンが敷居をくぐると元気の良い娘の挨拶が響き渡る。


 「なぁんだ、おじいちゃんか」

 「ふぉっふぉっ そんなにがっかりせんでもえぇじゃろうに。泊まりもするし、飯も食うぞ」

 「えへ ごめんなさい。わたし思ったことすぐ口にちゃうみたいで、よく怒られるの」


 思い切りがっかりされたハルディンは思わず笑いながら、挨拶に答える。それを聞いて娘は恥ずかしそうに自分の後頭部を摩るのだった。短く刈ったくるくると癖のある胡桃色の髪のせいで一瞬男の子かと思わなくもないが、声も体つきも娘だ。年頃は15歳くらいだろうか。


 彼女の愛らしい大きな眼は活力に満ちている。大通りから少し外れているせいか、客の入りもまばらだ。何人かの客が珍しいものでも見るかのようにハルディンを見ていた。


 「三日ほど頼みたいんじゃが、部屋は空いとるかのぉ」

 「うん、個室と相部屋とどっちも空いてるよ。どっちがいい?」

 「折角じゃから個室を頼もうかのぉ」

 「じゃあ、小銀貨5枚、食事代は小銀貨1枚で」

 「ちと高くないかのぉ?」

 「おじいちゃん、紅鶴の城下町でうちが一番良心的だよ?」

 「ふぉっふぉっ そういうことにしておくかのぉ。ほれ、これでよいかの?」


 自分の店が良心的という店ほど良心的ではないものだが、と内心笑いながら、娘に小銀貨を懐から出して手渡す。それを娘が差し出した手に置いた次の瞬間。


 むにゅ


 「きゃっ ちょっとおじいちゃん!」

 「ふぉっふぉっ 他所よりちと割高なんじゃから、これくらは年寄りの冷や水だと思ってくれんかのぉ」


 ハルディンの手が娘の胸を触っていたのだ。一瞬の出来事だったが、すでに手は引っ込めている。娘が恥ずかしさで真っ赤になるのを嬉しそうに見ながら、胸を触った手をひらひらと動かすのだった。


 「若いもんはえぇのぉ」

 「もうっ!」

 「飯はここで食べるのかぃ?」

 「ここでもいいし、部屋にも持って行ってあげれるけど」


 じ~と娘は眼を細めてハルディンを見る。両手で胸を隠して。


 「今日はもうせぬから大丈夫じゃよ」

 「今日はって!」


 娘の慌てる様子横目に、周囲に気を配るが取り立てて可笑しな気配はない。


 「今日都に来たばかりで疲れたからもう休みたいんじゃが、部屋はどこかのぉ?」

 「あ、そうだった! はい201号室。案内するから、変なことしないでよ!」


 娘はそう言って部屋の鍵をハルディンに手渡す。そして、宿の二階に案内するのだった。食事は一日二食、それ以上は別途追加料金で食堂か、部屋で食べることもできる。出かけるときは鍵を娘か、宿の者に渡して出ること。貴重品は基本自己責任。夜伽はなし!と強く諭された。




             ◇




 むくり


 夜も更けた頃、ハルディンは寝床から身を起こす。周囲の気配を探るが取り立てて気になるものもない。


 「ふむ。気が進まんが、仕方ないのぉ。これが目的じゃったのじゃから」


 ベッドの上でそう呟くと、ベッドを降りて窓際に近づいてゆく。窓脇に立てかけていた木の棒を右手に持つと窓を静かに開け放つ。ふわっと湖の香りが微風に乗って部屋の中に舞い込んでくる。やがて行き場を失った風は残念そうに老人の髭と髪を揺らして姿を消すのだった。


 こつっ


そう木の棒を床に撞く音が聞こえた気がした瞬間ハルディンの体は窓の外の闇に溶け込んでいた。夜のとばりを彩る星たちと三日月が南天に優しく微笑んでいる。




             ◇



 紅鶴の城下町の東端には離宮があり、皇帝はもっぱらそちらで市政を執り行っている。といっても、多くは文官たちの仕事だ。そして国事に関わることは王宮で扱われる。その離宮にほど近いところに、離宮とは敷地を別にした三階建ての長い建物がTの字に建てられていた。


 離宮ほどではないが敷地もそれなりにあり、周囲は塀で囲まれている。格子塀ではなく、石を積んだ頑強なものだ。城下町の特徴だが、離宮より背の高い建物は存在しない。その中でこの建物が離宮に次いでの高層物と言えるだろう。その敷地も島の外周城壁に接しており、その近くにT字の建物とは佇まい異にする幅5mの四角錐の塔が建っていた。離宮の物見と同じくらいの高さだ。15mはあるだろうか。


 月明かりに照らされた塔の最上階に位置する部屋の中にハルディンは立っていた。ぽりぽりと左手の人差し指で己の左のこめかみを掻いている。彼の視線の先にいるのは、重厚で黒光りする両袖机の向こうに坐している品の良い老婆だった。


 年齢の割には豊かな量を保った白髪が三つ編みされ、左肩から左胸にかけて垂れ下がっている。髪の先を束ねているのは品の良い紫黒しこく色のリボンであった。鼻の上には小さな眼鏡が乗せられている。その奥に光る二つの金色こんじきの瞳には憤りの色が滲んでいた。テーブルの前にあるランタンの光が柔らかく室内を照らす。


 「よくもまぁ、顔を見せれたものだね、ハルディン」

 「うむ、ワシもそう思うのぉ」

 「そうまでして来たんだ、それなりの土産話があるんだろうね?」

 「う……うむ」


 どうやらハルディンは、この老婆が苦手のようだ。主導権を握られているのは否めない。たじたじだ。ハルディンの答えを待つつもりはないのか、老婆は目の間に置かれたティーカップを持ち上げ中身を啜る。


 「ハインケルの息子にうた」


 ハルディンの言葉に老婆の綺麗な白い右眉がぴくっと動く。そしてカップを戻して胸を机の上へ乗り出すかのように勢いをつけて腰を上げる。


 「今何を言ったんだい?」

 「ハインケルの息子にうたんじゃよ。あの顔と名前で間違いはあるまい」

 「いつ? どこで? なんでお前と?」

 「……落ち着かんか。ヴェザリル」


 その老婆は、テレジアの師であった。先程までの落ち着きはなく、矢継ぎ早にハルディンに詰め寄る。それをハルディンは窘めるのだった。


 「テレジアと一緒だったぞぃ」

 「っ!? い……いま何を言ったんだい?」


 ハルディンの次の言葉にヴェザリルは冷静さを失っていた。そこで己の弟子の名を聞くことになろうとは思いもよらなかったのだ。ヴェザリルは右手をこめかみに当てて軽く首を振っている。落ち着かせようとしてるのか、情報を整理しようとしてるのか。ぴくっとハルディンの顔が動く。


 「立ち聞きは良い趣味とは言わんのぅ。出てきなされ」


 そんな姿を横目に、やや抑えた声色で促す。


 こつ こつ こつ


 その声に応じて、ハルディンの背後の影から一人の若い女性が歩み出たのだった。歳はテレジアと同じくらいか。人の年齢的に言えば20代半ばというところだろう。


 ランタンの光に照らされたその女性の髪と瞳は燃えるような色であった。濡羽ぬれば色の羽で装ったファーが襟刳に付いた髪と瞳に劣らない深緋こきひ色のドレスを身に着けている。豊かな胸がその動きに合わせてらいでいた。


 肌が白いゆえに余計にその女性の美しさが際立つ。しかし、人ならざるものが彼女の左右の側頭部から真っすぐ突き出ていたのだ。角である。先端に向かってうねる登り勾配を持った30cm程の角。彼女は獣人だ。


 「御無沙汰しております。師父」

 「これは陛下」

 「ふむ。アニマかのぉ? おぬしが皇帝なのか?」

 「まだまだ若輩者でございますが」


 アニマと呼ばれた若く麗しい女性こそ、現アルストメリア皇国の皇帝だったのだ。しかし彼女の言葉を借りるなら、ハルディンとは師弟の間柄ということになる。ハルディンの問い掛けにアニマは両手を下腹部に当てて軽く頭を下げた。


 皇帝という身分を考えれば明らかに相応しくない立ち振る舞いだが、師弟の間柄こその作法なのであろう。その証拠にヴェザリルはその点について正そうとしていない。ハルディンは嬉しそうに。


 「ふむ。しばらく見ぬうちに育ったのぉ」


 ぱちんっ ごんっ


 瞬く間に伸ばされた手をアニマがしれっと叩き落す。と同時に、ハルディンの後頭部に分厚い本が刺さったのだった。


 「師父。わたくしはもう人妻でございまいましてよ?」

 「愚か者が。その手癖の悪いとこは死ぬまで治らないようだね」

 「ワシの老後の楽しみを奪わんでくれ」


 それぞれの反撃を受けてハルディンは肩を落とすのだった。


 「こほん それで、テレジアの名前が聞こえてきた気がしたのですが。彼女は元気なのですか?」


 軽く咳払いをして、アニマが話を戻そうとする。


 「そうそれさ、あのは元気なのかい? それも所帯を持ったって言わなかったかい?」


 アニマの呼び水もあって、ヴェザリルも冷静さを取り戻したようだ。アニマが部屋に来る前に聞いた話を確かめようとする。その様子を見ながらハルディンはゆっくり眼をつむるのだった。何かを探るように。


 「ふむ。この場にいる4人(・・)は信頼して話しても良いのかのぉ?」

 「ーーーー」


 ハルディンの問い掛けにアニマは左の掌で口元を隠しながら微笑む。流石は師父、と。


 「はぃ。そうお考え下さい。立場上独りで外出もできるはずもなく、かと言って信頼できない者を傍に置きたくは御座いませんので」

 「勘は鈍ってないようだね」

 「ふむ、ならば良いか。テレジアはいまワシが(かくま)っておる。婿のダンテと共にの。どうやらここから逃げ出したような感じじゃったが、心当りがあるかのぉ?」

 「ダンテ、あの“真銀の鍛え手(ミスリルスミス)”ですか?」

 「うむ。知っておるようじゃな」


 アニマの答えにヴェザリルもにやりと笑って、両袖机の端に腰掛ける。さして先ほど飲みかけたティーカップを再び手に取るのだった。受け皿(ソーサー)と一緒に。それを見てハルディンが話し始めるのだったが、アニマが表情を曇らせる。


 「はぃ。実はここだけの話、ダンテには我が国の仕事を依頼したのです。依頼はこれから生まれてくる我が子(・・・)の為の守り刀と、わたくしの護身用の為の魔道具です」

 「「ーーーー」」

 「仕事は見事に果たしてくれました。その時に魔道具の作成に立ち合わせたのがテレジアなのです。彼女はわたくしの古くからの友ですし、信頼に足る行動をこれまでも示してきれくれたので」

 「報酬は受け取ったのかい?」

 「ダンテは褒美の金貨を受け取ってくれたのですが、何者にも縛られたくはないと言って授爵は断られました。そのしばらく後です、二人がこの都を去ったのは」

 「蛙の子は蛙か。その辺も父親譲りだのぉ」

 「あの子(テレジア)がここを卒業してから会ってないからね。相談してくれればいいものをなんと水臭い」


 アニマの話を二人は沈黙で促す。確かに、ここでの話は国の根幹に影響を及ぼし得る内容だ。しかも皇帝からの依頼はこなしている。旅費も賄えた。国に縛られないように身を護ることも忘れない。だとすれば出奔する理由は? ヴェザリルもハルディンもその理由までは辿り着けないでいるようだ。


 「何かあの子から話を聞かなかったのかい?」

 「……今思えば」

 「あったのかい!?」

 「はぃ。その時はただの悪い冗談だと一笑に付した記憶があります」


 少しでも記憶を紐解こうとヴェザリルが双眸そうぼうを細めアニマに問いただす。何かを思い出したような言葉に、ヴェザリルは頷いて続けるように促すのだった。


 「あれは、二人が魔道具を制作し始めた事の話です。様子を聞くためにテレジアをお茶に招きはなしていたとき」


 アニマはその時の様子を鮮明に思い出せるように、眼をつむる。そして、言葉紡ぎ始めるのだった。


 「魔道具の作成は難航して、結果出来上がったのは依頼から三ヶ月(みつき)が過ぎた頃だったので、御師様に言われるまで忘れていたのです。その始めの頃、テレジアはお願いがあるとお茶を飲みながら咄してくれました」


 それは、自分がアニマの下を去るようなことが起きたなら、次に逢う時に絶対に自分を信頼しないようにというものだった。それは皇帝でもあり友でもある自分を害することがあるという話だ。単なる淑女の茶会で見られる四方山咄(よもやまばなし)ではない。先のことが見えているかのような話し方に一瞬寒気を感じたが、笑って受け流し、何気ない咄しを楽しんだのだという。そして、眼を開けて二人の師を交互に見るのだった。


 「そんなことがねぇ」

 「ふむ。もしそうなることが決まっているとして考えた場合、あまり時間はないかもしれんのぉ」

 「師父。まだそうなるとは?」

 「いや、否定する証拠が全くないんだよ? 最悪の状況を考えて行動しないとね」

 「……はぃ」


 状況が油断を許さないということを察した二人の老人は、何をすべきかを考え始めていた。そしてそうすることを自分たちの弟子に求めたのである。


 「まだ何とも言えないね。ただ、方法なら思い当たらなくもない。二日後、この時間に集まるということでどうだい? 陛下もそれで宜しいか?」

 「ふむ。じゃあ、それまでに預けたハインケルの物も探し出しておいてもらおうかのぉ。どの道必要じゃろうから」

 「ふん。言われなくても分かっておる」

 「ふぉっふぉっ ヴェルはいつも頼りになるのぉ」

 「!? その名で呼ぶでない!」


 ヴェザリルの提案に他の二人も頷く。それに当初の目的を思い出したハルディンがヴェザリルに頼むのだったが、愛称を呼ばれて即座に窘める。その様子を目にしたテルマは懐かしそうに微笑んでいた。


 「おっと、そうじゃったわぃ。ちとこの街で買い物をするつもりでいてな。宿屋に大荷物も置けぬから、ここに届けさせてもよいかのぉ?」

 「なんでわたしがあんたの世話を」

 「この通りじゃ、ヴェル! 可愛いテレジアのためだと思うて」

 「あ~もう好きにしな。ダメだといっても送ってくるんだろうしね」

 「ふふふふっ 御二人はいつ見ても仲が良よろしいのですね」

 「ふん 誰がこんな甲斐性のないやつと仲良くするものかい」

 「ヴェルは照れ屋さんじゃからのぉ」

 「いっぺん死んどくかい」

 「ふぉっふぉっ 殺されぬうちにおいとますることにしようかのぉ」


 むにゅ


 「師父様ぁ?」


 二人の息のあった掛け合いに思わず笑みがこぼれたアニマだったが、急に空気が張り詰める。弟子の防御を掻い潜って師が目的を果たしたのだ。アルマの顔から表情が消える。右の人差し指でハルディンを指さしながら。


 「年寄りの冷や水だと思ってくれんかのぉ。ぉほっ!相変わらず容赦のない娘じゃて」

 「凍結フリーズ」「凍結フリーズ」「凍結フリーズ

 「この部屋を氷漬けにするのは止しておくれよ」

 「あ、御師様申し訳ありません」


 魔法を難なく交わすハルディンにを横目に、ヴェザリルが溜息を漏らす。慌ててアルマが頭を下げたのだった。その隙にハルディンは部屋の窓を開ける。にやりと笑ってハルディンは外の闇に溶け込んでいくのだった。


 「相変わらず入口を使わないやつね。まったく何十年ぶりに顔を合わしたのにゆっくり(はな)しも出来やしない」

 「ふふふ 変わっておられないのでわたくしも安心しました。では御師様、二日後に」

 「あぁ、それまでには形にしておくから、陛下はお気になさないように」


 ハルディンが飛び出ていった窓を閉めながらヴェザリルはくすりと笑う。その様子にアニマも笑うのだったが、長居する理由もなくなったのできびすを返し部屋から出ていったのだった。


 その様子を見送ったヴェザリルは再び両袖机に向かう。左の袖の引き出しから、羊皮紙とインクとペンを取り出し、椅子に座って徐に何かを書き始めるのだった。こうして深夜の邂逅(かいこう)は幕を下ろしたのだった。三日月の周りを彩る星たちが持ち場を変えていた。




             ◇  




 次の日の朝、ハルディンは宿屋の看板娘から目当ての店の情報を聞きその店の前に辿り着いていた。城下町一の服屋と聞いて、ここにしようと即決したのだ。店に入ると、執事を思わせる服装で身を装った感じの良い初老の男がハルディンに近づいてくる。


 「ようこそ、いらしゃいました! 何をお探しでしょうか?」


 初老の店員の挨拶にハルディンは破顔する。そして嬉しそうにこう言ったのだった。


 「孫が産まれるんじゃ。最高の生地で産着は作れるかのぉ」







最後まで読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ