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星たちがさえずる月夜に咲う  作者: たゆんたゆん
第一章 誕生編
2/32

洞から放たれるもの

2016/1/21:訂正:長文を幾つかの段落に分けました。完全な獣化→獣化 に換えました。

2016/3/22:記号◇の位置を移動させました。

2016/3/30:本文修正しました。

2016/10/21:本文修正しました。

 

 「【索敵(サーチエネミー)】」


 それは魔法だった。テレジアの口から紡ぎ出された力をまとった言葉が使命を帯びたとき、足元の二重の円形の幾何学模様がまるで波紋のように広がっていく。まるでひと雫の水滴が水面みなもに口づけしたとき、慌てて平静を装うかのように、静かに波紋は広がり静まっていく。


 魔法という概念はこの世界に色濃く浸透している。いや、その一部といってもいいだろう。魔力マナと呼ばれるその存在は、世界のそこかしこに存在しているのだ。それは息衝(いきづ)くものだけでなく、自然界のありとあらゆるものの中にある。水の中、土の中、風の中、火の中、鉱物の中。叡智えいちを授かった先人たちは、その力を借り受けて己の意のままに操る方法を悠久の時をかけて見出してきた。


 その見える形こそが魔法なのだ。勿論、魔法も色々な発展を遂げ自分の周囲から魔力マナを集めて利用するという術式もあれば、自分の内にある魔力マナを利用する術式もある。魔法使いたちはそれら使い分け探求して来たとい言えだろう。


 今テレジアが使った魔法は後者だ。当然有限なので、気ままに使い続けれるわけではない。そこは個人差といえよう。つまり、自分の内に溜め置ける魔力マナかめは大きさが異なるということだ。当然大きな瓶の方が多くの、あるいは強力な魔法を使うことができる。


 魔法も色々な系統に分かれて魔法使いたちはそれらを器用に使い分けだり、あるいは特定のもだけを探求したりしているのだという。


 発光していた青い光と円形の幾何学模様が消え去ってしばらくして、テレジアはゆっくりと両瞼(りょうまぶた)を開くのだった。


 「大丈夫、この辺りには居ないわ」

 「そうか、良かった。ありがとう」


 テレジアの言葉にダンテはふぅと息を吐く。


 「じゃあ、案内してくれるか?それとも少しここで休むか?」

 「ふふ 食いしん坊さんね。そんなに疲れてるわけじゃないし、行きましょう。山のほうよ」

 「あ、いや、料理の匂いと聞けばな」


 真面目な髭つらで選択肢を提示してみたものの、ぐぅ~という腹の虫に要求にテレジアはクスクスと笑いながらダンテを軽くあしらうのだった。そんな妻の笑顔にダンテはボリボリと頭を掻きながら呟く。そんな夫の横顔を愛おしげに見ながらテレジアはスタッフを支えに山麓を登り始めるのだった。


 さてダンテはドワーフであり、暗視能力(ナイトヴィジョン)特殊能力(ギフト)があるというのは先に触れた。だがテレジアの場合はそうではない。彼女は人だ。ドワーフの特徴である短身でもなければ、ドワーフも含めた妖精族のように耳が長く尖っているわけでもない。しかし、今の彼女はダンテのように暗闇が見えているかのようなしっかりとした足取りで歩を進めるているのだ。違和感を感じない方がおかしい。


 ふと見るとテレジアの杖を握る右手が膨らんでいる。いや、()れているわけではない。膨らんでいると言ったほうが正しく捉えているだろう。すぅっと吹き抜ける微風(そよかぜ)に膨らんだ右手が揺れ動いている。毛だ。体毛で膨らんで見えるのだ。


 すんすん


 テレジアはフードを完全に脱いで、風上から漂ってくる匂いの足跡を見つけ出そうと微風を吸い込む。その横顔は人のそれとは呼べないものだった。狼のそれなのだ。犬ではない。犬と狼の違いは間違いようがない特徴があるのだ。


 狼は額から鼻にかけてのラインが一直線の下り坂なのに対し、犬はへの字が逆さまになったように額からかくんと目の下辺りまで下がったあと、鼻に伸びるのである。そして、テレジアの横顔は狼の特徴をしっかりと表していた。


 そう、彼女は幻獣族に分類される狼の獣人なのだ。そして、幻獣族のいくつかの種は妖精族と同じように暗視能力ナイトヴィジョン特殊能力ギフトを持っていることで知られている。


 狼人ウェアウルフもそうだ。それに加えて、犬人ウェアドッグほどではないが、嗅覚も人間の1000倍もある。匂いの追跡トレースはお手の物だろう。


 「ひと……じゃない?」

 「!?」


 テレジアの言葉に、ダンテは驚いてその横顔を凝視する。


 「ううん、なんとなくなんだけど。よく分からない匂いなの」

 「テレジアがそういう時は、よく当たるからな。……用心するに越したことはない」

 「そうね」 


 ダンテの驚きにテレジアは自分の思考にささる棘の正体を口にするが、確証があるわけでもない。それでも、ダンテは妻の言葉に頷くと彼女の前に出て登り始めるのだった。気が付くと、ダンテの無骨な右手にはバックパックから取り外された戦斧バトルアックスが握られている。


 ダンテは考えていた。妻の感覚の鋭さにいつも助けられているからかもしれないが、テレジアのちょっとした一言に違和感を覚えていたのだ。自分たちは追われている身だ。それは仕方ない。二人で出した結論なのだから。


 ただ、追跡者がいままで自分たちの先回りをしたことはない。しかも山腹に? いや、完全に否定できる証拠もないが追跡者の可能性はかなり低い。だとすれば別の存在。隠遁生活をしているもの。一人なのか、複数なのか。自分たちを迎えてくるのか、敵対するのか。いや、楽観するのは結果が出てからでいい。最悪の状況に対応できるようにしておかなければ。


 「あなた?」

 「んん? ああ。何でもない」


 口数が急に少なくなったダンテに、テレジアが後ろから声をかけてくるのだったが、ダンテは振り向いて笑顔を見せるのだった。


 「もぅ、また一人で考えてるわね。口に出さなきゃ分からないっていつも言ってるのに」


 その表情を見たテレジアはスタッフの頭で、夫の脇を軽く小突くのだった。笑顔で。


 「うぐっ」


 ほんの少し当たったかどうかだったのだが、ダンテの顔が苦痛に歪む。テレジアは軽く小突いたつもりなのだが、獣化している彼女の身体能力は人より少し腕力があるドワーフの数倍もある。痛くないわけがない。


 獣人は、普段人の姿でいることが多い。それは、人間と共に同じところで生活することを望んだ結果とも言える。人間は基本他と異なる種を退ける傾向が強いのだ。もちろん全ての人間がそうだと言っているわけではない。その人間と軋轢(あつれき)をなるだけ生じさせないようにした結果だともいえよう。


 そもそもこの世界で人間の占める割合は、妖精族、幻獣族、妖魔族、竜族などを足したとしてもはるかに多いのだ。それは生殖力の違いとも言える。人ではない種は基本生殖力が弱いのだ。その分寿命が人間より長いという特徴もある。妖精族などは良い例だろう。


 そして獣人たちも人の平均1.5~2倍の寿命がある。そして、動物などを見てもらうとわかるように、動物たちは年を取っていもひどく老いるまであまり容姿が判断できない。獣人たちもそういった身体的特徴を有しているのだった。ちなみに、部分的に獣の部位を体に現すことを半獣化という。


 「あ・な・た」

 「うぅ……すまない。最悪のケーうおっ!」

 「あ!」


 ゆっくりダンテに顔を近づけるテレジアに、ダンテは引き攣った笑顔を見せる。テレジアの眼は笑ってない。その眼に促されて先程まで考えていたことを言葉にしようとするのだったが、突然ダンテの姿がテレジアの目の前から消えた!


 「あたたた」

 「ぷっ」

 「ははは」


 登りながら振り向いたせいで、足元に伸びてきていた木の根に気がつかなかったのだ。それに足を取られたダンテが綺麗に引っ繰り返ったのである。まるで子どもが逆立ちを失敗して、万歳をしてるような感じで地面へ刺さり、頭だけL字に地面と水平になった状態だ。


 バックパックがあるせいで身動きも取れない。何とも言えなに表情をしている夫の顔を観てテレジアは吹き出し、しばらく二人で笑い合うのだった。





             ◇





 星たちが移ろう中、二人は山麓を抜け中腹から漂ってくる匂いの源を目指して歩いていた。一時ひとときは歩いただろうか。匂いはその濃さを増し、いまはダンテにも嗅ぎ分けれるほどになっていた。ふと眼下を観ると、先程まで自分たちがいた森が行く末を案じるかのように静かに見上げている。


 「近いわ」

 「ーー」


 テレジアの言葉に無言で頷く。俯いて進みながら話し合ったことをダンテは思い返していた。最悪のケースを考えるということ。山腹に住まう存在が料理を作っている以上、人に属するであろうから、複数でこちらに危害を加えようともするかもしれない。


 だが、初めから敵対を想定して殺気立ったまま行くわけにもいかないだろう。そんなことを考えているとテレジアが袖を軽く引っ張る。視線を上げると、ほこらが大きなあぎとを開けていた。


 「「ーーーー」」


 二人は無言で目配せし、頷き合うとゆっくりと洞の中へ踏み込んでいく。匂いはさらに濃くなり、食べていたであろう食物の輪郭さえ脳裏に浮かばせる程になっていた。焼き魚だ。キノコを使ったスープもある。


 ぐぅ~


 思わぬお腹の欠伸に、ダンテは慌てて自分のお腹を拳で叩く。最初は浅い穴かと思っていたが、少し奥がありそうだ。匂いだけではなく、光も零れできた。家!? 家を思わせる丸太でできた壁に、扉が一つ附けられていた。扉には覗き窓らしきものもある。見上げると、丸太の壁は、ほこらの上下左右にぴったりと合うように組み上げられており、隙間を見つけることはできなかった。その壁の奥の光は、扉の足元の隙間から遠慮がちに顔を覗かせていたのである。


 「「ーーーー」」


 あまりの変化に二人はぽか~んと口を開いて唖然としていた。扉の向こうに誰かが居るということを失念するくらいに。

 

 「ふむ。……どちらさんかのぉ」

 「「!?」」


 突如、老いた男の声が扉の向こうから二人に届けられる。その一言で十分だった。二人は一気に緊張感を高め、いつでも対応できる体勢に構えるのだっだ。ダンテはやや前かがみになり、戦斧バトルアックスを両手で持つ。斧の背を見せることによって盾としても使えるような持ち方だ。


 一方テレジアは獣化したままスタッフを体の正面に構えつつダンテから三歩ほど下がる。だが次の瞬間二人は打ちのめされることになる。


 「「!!!!!!!」」


 総毛立つ、とはこのことだろう。扉の向こうから、いままでの人生の中で感じたことのない殺気が二人に放たれたのだ。あまりの気当たりに二人は息苦しさを感じ、手にしていたそれぞれの武器を落としてしまうのだった。ほこらに木と金属の音が飛び回り、持ち主の心を表すかのように外へ一目散に飛び出していく。


 「まだまだ青いのぉ。」







最後まで読んでくださってありがとうございます!


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