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駅伝部

「はぁ~~どうするかな」


 入学式から1週間が過ぎたある日の放課後、教室の片隅で穂積航は悩んでいた。

 穂積航が4月から入学した四葉学園は全学年合わせて1000人近くの学生がいるマンモス校である。

 この学校の校訓は『一芸一能』。

 つまりは生徒の個性を尊重し、その能力を伸ばすことを目的とした機関だ。

 そのため毎年様々な生徒が入学してくる。

 中には運動が長けているものもいれば音楽や演劇等の文化的な才能を持つものもいる。

 学校側も生徒の個性をのばすことを言い分にしているだけあって、学内の設備も充実しており屋内プールや野球場、音楽ホール等様々な施設がある。

 その四葉学院ではある決まるがあった。

 その決まりとは生徒は必ずどこかの部活、又は同好会に入部することである。

 生徒個人の個性は部活動等の課外活動によって育まれるという理念を学校側も持っているので必ず入らないといけない。

 

「航は、まだ部活決めてないのかよ」


「そういう幸成はもう入部する所決めたんだろうな」


「うん、もう陸上部に入部を決めたよ」


 幸成と呼ばれる少年は顔に笑みを貼り付けたまま航の顔をのぞき見ていた。

 四葉幸成は四葉学園の学園長の息子であり、穂積航の小学校からの幼馴染である。

 目がパッチリして目力があり、足が長く細身の爽やか系のイケメン。

 昔から色んな女性か好感を持たれており、ある意味航とは正反対の人種である。


「そういえば、中学時代陸上で全国大会にいったもんな」


「うん。だからすんなり決まったよ。航も一緒に入らない? 昔から足速かったじゃん」


「俺は遠慮するよ。あんなただ走るだけの競技どこが楽しいんだよ?」


「1位でゴールラインを駆け抜けた時とか最高じゃん。ここには俺よりも速い人はいないって言う優越感に浸れるし」


「お前中々性格悪いな」


「お互い様だよ」


 そう自分の信条を笑顔で幸成は語るが、航はそんなことはどうでもよかった。

 航は中学時代に読書にはまっていたので、文芸部に入ろうと決めている。

 ただ、この学校は航が望む同好会は存在しない。

 物書きをたしなむ人は大抵演劇部や軽音楽部に入り、脚本や歌詞を書いている。

 純粋に本を読むだけの部活は学校に存在しないのである。

 

「そういえば、この学校って同好会とか作ることもできるんだよな?」


「作ることはできるけど難しいと思うよ。部員5人以上と顧問の先生の許可が必要だから」


「そうか‥‥無理か」


 航が抱いた一筋の光もどうやら閉ざされてしまったらしい。


「幸成、もうすぐ部活だから早くしないと‥‥って何だ航と一緒か」


「一緒とは何だ。俺は某メーカーの人形についてくる付属のラムネか」


 目の前にいる栗色の髪の少女は航のもう1人の幼馴染である栗山佳奈だ。

 モデルのようなすらっとした足に適度にくびれた腰、可愛いよりもきれいや美人といった風に取れる容姿である。


「そんなことないわよ。じゃあ航も一緒に行こうか」


 そういい、佳奈は航の手を掴みぐいぐいと教室の外へと引っ張っていく。

 

「待て、ちょっと待てって、行くってどこに行くんだよ?」


「決まってるでしょ。陸上部の部室よ。航も昔から足だけは速かったし」


「『足だけ』は余計だ。それに俺は陸上部に入るとは一言も言ってない」


 何とか佳奈の腕を振りほどき彼女に向き直る。

 腕を振りほどかれ、航の方を見つめる佳奈はどこかさびしげな様子だった。

 

「陸上部はやめとこうと思う。お前と幸成には悪いと思うが‥‥」


「そういうと思った。航は昔から理由もなく走ったりすることが嫌いだもんね」


 航は佳奈の顔を直視することができない。

 今の彼は佳奈にどのような言葉をかければいいか分からないからだ。

 

「幸成、行こう。こんな航なんてほっといていいよ」


 佳奈はそういい残し、幸成と2人で教室を出て行った。

 廊下に残された航は途方にくれる。

 

「これからどうするかな」


 1人ぶつぶつ言いながら航は帰る準備を始めた。

 数分後、帰りの準備を整えて航が廊下の外を見るとそこは混沌とした空間であった。

 校門まで続く道の端に机が並べられており、上級生が新入生にチラシを渡したり、何やら話かけ足止めをしている。

 これはこの学校では毎年恒例となっている勧誘合戦である。

 人数が少ない同好会は人が少なくなると廃部になってしまうので新入生の勧誘に必死である。

 

「大変そうだな」


 ここで航は考えた。

 このまま校舎の外へ出ると確実にあの中に入ることになる。

 さすがにそれは疲れし、無駄に時間を取るのでもう少し校舎にいることにした。

 

「この時間だと‥‥図書室か」


 図書室に向かう道を歩いていくと掲示板の所にいる1人の少年に出会った。

 その少年は背が低く、子供っぽい印象を受けた。

 彼は手書きで書かれたチラシを掲示板の上に張りたいようだ。

 だが身長が足りないようで掲示板の上まで届かない。

 

「(面倒くさいことに巻き込まれる前にさっさと抜けよう)」


 そう思い、彼の後ろを素通りするとその少年と目線があう。

 その目線は何かを訴えかけているように航は見えた。

 泣きそうな彼の表情から、いつの間にか去るに去れない状況に陥っていた。

 

「手伝いましょうか?」


「うん、お願い」


 そういうと彼から勧誘のチラシを1枚取るとそのチラシを掲示板に張った。

 そのチラシには様々なキャラクターが描かれている。

 そのキャラクターに航は見覚えがあった。

 

「これって天使の○Pの五○潤じゃ‥‥」


「この作品のこと知ってるの!?」


 突然目の前の少年の目が輝き、航は非常に驚いた。

 

「知ってるも何も、この作者の作品は全て読んでいますし‥‥」


「じゃあロウ○ゅーぶも?」


「まぁ、一応‥‥」


 少年の攻撃に航はたじろいでしまう。

 元々航は本が好きなので様々な本を読んでいた。

 それはライトノベルも例外ではない。

 むしろ漫画のようにさくっと読めるライトノベルは航にとっては息抜きにはぴったりの読み物だった。

 しかし彼は自分がどれだけ不用意な発言をしたのかいまだに知らない。

 

「他にも何か好きなライトノベルはあったりしますか?」


「そうだなぁ‥‥例えばあの文庫の作品とか‥‥」


 それから約30分ぐらい、航と少年はライトノベルについて語り合った。

 1つ1つの作品を語る少年の顔は子供のように明るい。

 いつの間にか航もこの少年のことを快く思っていた。

 

「はぁ~~楽しかったです。ライトノベル読んでいる人がこの学校に少ないのでうれしいです」


「俺も、久々に本の話ができる人がいてうれしいよ。そういえば自己紹介してなかったっけ?」


 話しに夢中になりすぎていて自己紹介をするのを忘れていた。

 話をする時は自己紹介から入る航にしては珍しいことである。

 

「俺の名前は穂積航。1年E組だ」


「1年生ってことは僕と同じですね。桐谷城といいます。1年A組です」


「じゃあ桐谷でいいな。俺のことは航って呼んでくれればいいから」


「はい、航君」


「そういえば桐谷はどこの部活に入っているんだ? そのイラストだと漫画研究会とかそんなところ?」


「違いますよ。これでもれっきとした部活なんです」


 桐谷はそう胸をはり、手元にある1枚の紙を手渡した。

 

「えっと‥‥えき‥‥でん‥‥駅伝部?」


「そうです。駅伝部です」


 駅伝という単語で初めに思いつくのはお正月に東京から神奈川の山の中迄走る有名なものを思い浮かべる人もいるだろう。

 しかし、学校には陸上部という部活がある。

 この部活もそっちに集約されるのではないだろうか。

 

「詳しいことはまだ聞いていませんが、この部活は陸上部とはまた別の部活らしいです」


「別って言うと?」


「何故か男子の長距離ブロックの人達が別の名称に変えてこの部活を作ったらしいです」


 それは陸上部のブロックごとの中が悪いんじゃないかといいそうになったが、喉もと迄でかかった言葉を航は飲み込んだ。


「じゃあ、この勧誘チラシのイラストは?」


「僕の趣味です」


「そうなんだ」


 航はアニメとか漫画の文化に詳しいわけではない。

 基本面白いものがあれば読む程度の認識である。

 昨今CDの売上ランキングの上位にアニメの曲が起用されていることもあるので、オタク文化にそんなに悪い印象は持っていない。

 現にライトノベルを読むのだって彼からすれば普通のことである。

 

「航君は僕の趣味のことをとやかく言わないんですか?」


「何で言う必要があるんだ? 人の楽しみなんて人それぞれだろう。他人にとやかく言われる筋合いはない」


 その言葉を聞き、桐谷の顔が明るくなるのが航には見て取れた。

 それと同時に航に嫌な予感が広がる。

 その感覚はなんともいえない奇妙な感覚だった。

 

「僕と一緒の部活に入って、都大路を目指そうよ」


「そんなどっかの宇宙外生物のようなトークはいらないから。それに今俺は忙しいから‥‥って、そんな希望を持った目で見つめるな」


「じゃあこんな目じゃだめかな?」


「そんな超高校級の絶望をともした瞳で見つめないでくれ‥‥分かった、とりあえず見学、見学はするからその手を離せって」


 意外と大変な相手に捕まってしまったとは後の航の感想である。

 これが後の大きな出会いになることを航は想像していなかった。


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