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晴れた雨の日の絵

 青空、太陽、雨粒。正反対の単語の羅列。暖かい、冷たい。日差し、濡れる。知らない、知ってる。見えない、見える。聞こえない、………聞こえない。

 ただ、呆然と歩いていた。初めて訪れた場所で味わう、初めてのこの感じ。

 おかしいのだ。

 知らない公園。そこに転がる牛乳パック。愛しさ。切なさ。悲しさ。

 全て俺には身に覚えの無い事ばかり。

 頭の中に浮かんだ牛乳パックを見て、俺は勿体ないと思った。だがそれは普通の事。生きる糧となる食物がそこら辺でダメになっていれば、誰だって勿体ないと思うだろう。だが更に、俺は折角買ってやったのに、などと、わけの分からない事を内心で呟いたのだ。全くの無意識で。普通であるかのように。

「なんでだ」

 雨粒が地に着地する音と、その雨粒によって所々にできた小さな海の合間を縫うように、俺は公園に向かい歩き続けた。

 興奮というほどの興奮はない。自分ではそう思う。だが胸に浮き沈みするこの感情はなんだろう。

 歩くしかない。



*** *** ***



 心の準備など無かった。そもそもそんなもの、必要とさえしてい無い。この違和感の正体を早くつき止めたい。ただそれだけだった。

 俺の前にあの公園が現れる。ビルの影となっていた狭く小さな世界。まず目に入ったのはあのベンチ。やはり脚が足りていない。そして牛乳。泥と雨によりできたカフェオレ。

 そして死体。


 俺は雨に洗われるそれへと近付いた。境界線でも張るかのような赤い水溜まり。

 雨の手助けもあってか、広い範囲を陣取っていた。そこに踏み込む俺の靴へ、それは「入るな」と警告するかのようにぴしゃりと音をたてる。

 俺は、外の世界に置いて来た片足を、その世界へと誘い込む。

 ぴしゃり、と赤い世界の入るなという警告。または玄関チャイム。

 俺は足下に転がる男の所有地へ、完璧に乗り込みきったのだ。

 その瞬間、足の裏から頭のてっぺんまで、俺の知らない何かが駆け抜ける。または体の中に溶け込む。

 わからないこの感情。知らない感覚。

 俺の目頭が熱くなる。

 落ち着かなかった。

 どこかへ行かなければいけない気がした。

 何かに合わなければいけない気がした。

「これは、お前の仕業か」

 ぽつりと呟いたのは、定かではない確信。

 自分ではない誰かの強い思いとでもいうべきか。それがなぜ自分の中に入り込んできたのかは不明だった。


 鼻を突く血の匂い。

 肩を叩く雨粒。

 赤に溶ける一人の男。

 黒い髪は雨のおかげで血に固まる事は無かった。血の気の無い頬は快晴の空が、日光が照らして、暖かみを帯びて見えた。優しく包むような形をした腕の中には、目を覚ます事のない赤い猫が眠って居た。

 どういう経緯かは知らないが、きっとあの牛乳パックはこの猫のために購入されたものなのだろう。そしてこの天気は、この男のために天が施した一手間、とでも言うべきか。

 俺はその場に小さくしゃがんだ。日に照らされる男の顔を覗き込む。

 日差しのせいで、まだ生きているようにも見える白い頬。

(天が施した一手間、か)

 自分にあきれるような溜め息。そして自嘲。

「くだらない」

 ただの独り言だ。


*** *** ***


 赤い世界から一歩下がった場所で、俺は担いで来た小荷物を広げた。出て来たのはキャンバスが一枚と、絵の具が詰められた巾着。そして筆とナイフ。このナイフはペインティングナイフを示す。

 ペインティングオイルを入れた小さな小ビンと筆洗油を入れた中位のビンを右手前に二つ並べる。折り畳み式のパレットを開くと、一色他になった絵の具がヘドロのように目に映った。俺はそこに、巾着に入れたある限りの赤を全種、きっかり3cmずつ出して並べる。ヘドロの上の赤は、目の前の赤には敵わないもののなかなか鮮やかに思える。

 肺に空気を誘い、幾つかある筆の一つをそっと手に持つ。

 堅い筆に、油が含まれた。


 雨に濡れる事を気にも止めず、俺は俺の世界に閉じこもる。この公園には小さな滑り台もあった。錆びていい雰囲気を纏うブランコもあった。棒のない鉄棒もあった。だが、俺の中では赤い世界とその住人が全てだった。


 雨粒に負ける事のない濃厚な赤い世界を。そこで眠る一人の男を。その腕の中で眠る小さな猫を。

 この目が捉える、温かく切ないモチーフを。

 描く。


 この男に何があったのか。俺に知る術は無い。胸にある赤黒い穴では、自殺か他殺かさえわからない。

 知ろうとも思わないが。

 俺は閉じられたそいつの瞼を描こうと、視線をあげた。

 一瞬目を見張る。

「・・・」

 生きてる。

 目の前の男の瞼が、うっすらと開いたのだ。たったそれだけ。死んでる様にも見えるだろう。いや、見る人間によっては全くの死体でしかない。だが俺には、その男がまだ生きて居るように見えた。違う。これは確信だ。アレはまだ生きている。


 ざっざっざっと筆は動く。

 モチーフの生を知った俺に、描く事をやめると言う考えは全く無かった。医者を呼ぼうがこいつを死からは救えない。こいつは死ぬ。だから描く。

 今更もう無理だ。俺が筆を止める理由は無い。

 視線をかんじる。モチーフの瞳が俺へ向けられているのだろう。

 その視線の意味は定かではない。なぜ助けてくれないのかと呪って居るかもしれない。こんな場所で絵を描いて居る俺をおかしな奴だと笑って居るかもしれない。

 知ることか。俺はただ描くんだ。今こうして俺が描いているから描くんだ。死ぬ人間にどう思われようが構うものか。


 俺は、お前を描くんだ。



*** *** ***



 はたから見たら、それは何かの儀式のようだった。

 一見無関心そうな男の目。だがその奥に灯るのは真剣な光。男はキャンバスに向かってひたすら絵を描く。その正面には血だらけの男が倒れており、その口許はそっとほほ笑んで居るのだ。

 この場に通り過ぎる人影は無い。この神聖な儀式を目にする者もない。儀式に立ち入る邪魔も無い。


 男は描く。赤に眠る男の一生を。男は描く。一つの世界の終わりを。男は描く。今目の前で終わろうとしている魂の、存在証明を。


 その様子を眺めるのは特等席に座る太陽と、覗き込むように降り注ぐ雨粒達。

 確かに彼はこの世界で生きた。そしてその証明書が今、完成しようとしていた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。取りあえず、第一話完といった感じです。


余談ですが、来月あたり、パンコソが我が家にやって来ます。てか私にやって来ます。そうです。奴です。噂のビスタです。(*´Д`)やべ、楽しみだ。久しぶりに覆面被って廊下を走り回りたい。大仏のマスクでもいい。取りあえず顔が割れない低度にはしゃごう。そしてパンコソがきたらセクハラ並みに触りまくってソリティアしよう。

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