晴れた雨の日の知らない記憶
真っ直ぐ続く道。相変わらず人の姿はない。
宿である廃屋から出ると、横一文字に伸びた道があった。俺はその道を、宿から出て左手に進んだ。特に左に何があるわけではない。いわゆる気分だった。
眩しいばかりの日光と、先程から止む事をしらない雨が降り注ぐ。
ぬかるんだ足下。振り替えると、ところどころに俺の足跡が残っていた。
ぐちょり、ぐちょり、べたり、と、靴の裏にへばり付いた土が音を立てる。まるで食事中に食器をカチカチとならし、スープをズズーっと啜る、行儀の悪い子供だ。
俺は重くなった靴を見下ろす。
泥団子のようだ。歩く内に少しずつ少しずつカサをまし、雪玉の原理でその泥団子はまだまだ大きくなろうとしていた。
そんな靴底を、そこらに転がっていた鉢に擦りつける。
さて、もう少し歩いてみるか。
額にへばり付く髪をどかす。
(何でだろうな。こんな日に歩き回るなんて。いや、こんな日だから歩き回ってるのか)
濡れたシャツが体に纏わりつく。湿ったズボンが重い。
少ししか歩いたつもりはないが、気付けばもう全身ずぶ濡れではないか。
(普段なら宿で寝てただろうに)
俺は息を吐く。
といってもあの湿気だ。宿も外もあまり大差ないか。屋根があり、直接雨があたらない。それだけだろう。
実際、その差はかなり大きいだろうに。
やはり今日の俺はいつもと違った。
少しすると、手前のビルの影に公園と思われる場の端っこが見えて来た。たった端っこではあるが、レンガで出来た花壇に囲まれた小さな公園であることが、俺には確信をもって断言できた。
「何でだろうな」
小さく呟く。
ただ、見た事もないその公園の様子が、ありありと頭に浮かんで来たのだ。
自分の足が、知らず知らずの内にスピードをあげて行く。
公園。そう、公園。
雑草が生え、さびれた小さな公園。
周りの花壇には雑草に混じって野生の花が咲き誇り、自分達の住み心地がいいように使い回されている。
たった一つしかないベンチは、足が一本かけていて、その一本の行方は誰知らず。
その下に転がる牛乳のパック。中身は零れ、雨水と泥に混ざってる。その色合いはまるでカフェオレだ。
飲みようの無いその無残な牛乳の姿に、俺はそっと苦笑した。
折角買ってやったのに。勿体ない。
―――?
「………!?」
買ってやった?
誰に。
いや、…誰が?
(おかしい…)
右手が自然と頭に添えられた。
俺の足は徐々にスピードを失う。
わけが分からない。なぜ自分がこんなにも興奮しているのか。なぜ初めて来たこの地で、あの小さな公園の様子だけ頭にあるのか。なぜ、―――なぜこうも、胸が痛いのか。
「…なんで、雨なんか降ってんだよ」
晴れてるくせに。
俺は唇を噛んだ。