晴れた雨の日の散策
どうやらこの廃屋は、当時小さなレストランだったらしい。それとも喫茶店だろうか。とりあえず食事を出す店だったのは確かだ。
小さな長細いカウンターがあり、手前には幾つかの丸イス。
俺は今、そのカウンターの内側、つまり、本来なら店員かマスターが居るべき場所に立って居た。
この様子から、俺が入ったのは裏口だったと思われる。裏口といってもドアも無く、壁が崩れてぽっかりと黒い穴が開いていただけだが。
殺伐とした店内に、タン、という乾いた音が響いた。
俺がカウンターを飛び越えて反対側に着地した音だ。
床はタイルばりだった。薄いピンクが窓から入る日の光を滑らかに反射して居る。ところどころ剥れてはいるが、そこまで汚い印象は受けない。
窓から入り込む明かりに、俺は目を細める。
「まだ降ってやがる」
わかっている癖に。
コツ、コツ、コツ、コツ、―――っと俺の靴がタイルを叩く。
濡れてしまうと、わかっている癖に。
コツ、コツ、コツ、コツ、―――その脚は前に進む。
俺は外光に誘われるように、廃屋の出口目指し歩いていた。
コツ、コツ、コツ、コツ、―――だんだん近付いて来る光が眩しい。
こんなに晴れているのに、雨音が聞こえるというのは少々新鮮だ。
ギィィ…という音を立て、俺はぶら下がるようにある廃屋の戸を推す。
―――チャリンチャリンチャリンチャリン………
まだ健在の玄関ベルが、俺というたった一人の客の外出を店に告げる。
ぴちゃん、…ぴちゃん、…ぴちゃん、ぽちゃん…
軒下で踊る雨粒が、外の世界に踏み出した俺をつたない音色で迎入れる。
俺は眩しい外の明かりに目を瞑った。頭の上に手をかざす。今なら太陽の嫌いなドラキュラの気持ちが分からなくも無い。
ふと雨の日の独特な匂いが鼻をくすぐった。だがここには確かに晴れの日の柔らかい匂いもある。
俺はそっと体の力を抜いた。
「変わった日だ」
また独言。
外の明るさに慣れた目は、すぐに辺りを軽く見回す。 俺は頭に巻いたタオルを外し、持ってきた小さめな鞄の中にしまう。奥の方に追いやり、これで濡れないだろうと一人頷く。
この廃屋の中はもう全て回った。入ってすぐの小さな部屋に、そこの戸から続く小さな厨房。そしてカウンターのある店内。
もうこの小さな宿の探検は終わりだ。
日が暮れるまでこの辺りを散歩しようではないか。
俺の興味はなぜか外にあった。
この時はこの珍しい天気に、自らに眠る好奇心をくすぐられたのだとばかり思っていた。
だが、それはどうやら違ったらしい。
この時誰かが自分を呼んでいた事など、呼ばれていた俺自身でさえ、知るよしもなかった。