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その場所の迷子

 月夜に照らされた紺に淡い景色。

 食後の散歩とは、なんとも気持のいいものだ。

 夜風も心地よく、太陽という強い光もないので眼には優しい時間帯だと思う。

 そうこうしているうちに、なぜだか知らないが俺たちはそこを訪れていた。小さな聖堂の前。どうしようかと腕を組む俺を見て、あいつは絵の中でくすくすと笑っていた。

「ほらね、やっぱり。君も気になってたんじゃないか」

 “君も”という言葉に、俺は顔をゆがめる。

「別に子供が気になったわけじゃない。俺は次のモチーフを見に来ただけだ」

「あれ、僕がいつ“子供”なんて言ったんだい?」

 あいつはからかうようにそう言った。

 絵のくせに生意気だ。

「お前に嬉しい気遣いだ。疲れただろうからそこで寝てろ」

 聖堂の入口、ドアの横、地面の上、俺はユウヤの入ったキャンバスを適当に置いた。

「まさか拗ねたのかい?」

 誰が拗ねてるって?

 置き去り決定だ。

 俺はお喋りな絵を無視して戸を押した。

 その瞬間、中はざわめき、しんとしずまる。

 俺は構わず足を進め、聖堂の真ん中で歩みを止める。

 ろうそくの明かりに照らされた微笑みは、なんとも不気味なものだ。木の質感が薄暗い室内に溶け、聖母の肌はまるで人間のそのもののように見えた。そして、俺の視界が捉えたのはその回りで小さく身動きをする影。

 やはりここにいたらしい。

「お前ら、探してたぞ」

 だれが、とは言わない。言わなくとも分かるだろうから。

 ざわり、

 俺の言葉に、影たちは震えた。

 小さくぐずるような声も聞こえる。

 泣くなら始めからやらなきゃいいだろうに。俺は呆れて頭を掻いた。

 そんな俺の服の裾を、小さく引っ張る何かがいた。俺は視線を後ろへと投げ、そして下へと下げる。

 やはりいた。あの、昨日の、黒いシャツの子供。

「………」

 何も言わない俺に、そいつもなかなか口を開こうとはしなかった。

 自分で気をひいておきながら、俺に喋らすつもりだろうか。

 ふざけるな。

 俺はそこまで優しい人間ではない。と、俺はあの子供を見下ろしてやった。

 意地でも自分から声をかけてやるものか。俺の口は固く結ばれる。

 あの子供はそんな俺をただ見上げていた。

 聖母の足もとに置かれた無数のろうそくが、俺を照らし、その足もとのあいつを照らす。あいつの表情は俺の影に埋もれよく見えない。見えたところで俺がその薄い表情を読み取れるものとも思わないが、ただひたすらに奴の目があるであろう場所を見下ろしてやった。

「………で、」

 か細い声。

 特に震えてもいないし、かすれてもいない。だが小さすぎていまいち聞こえない。

「ぃ…ないで」

 俺は、その声がしっかりと聞き取れるまで、あの子供を見下ろした。

「いわない、で」

 それは一体何度目の言葉か。わずかに俺の影から出たそいつの顔を、ろうそくの淡く揺れる明りが照らす。

 その表情はやはり無色。

 だが、一瞬。あの子供から怯えと不安を感じた。

『いわないで』

 お願いだから、あの人にはこの場所と自分たちの事を言わないで。

 子供は俺にそう頼んだのだ。

 はぁ、と俺は息をつく。

 ざわざわざわ………

 聖母の周りに固まる子供は、その沈黙にまたざわめく。

「おねがいだ。言わないで」

 俺の服の裾は、子供の手によりきつく握られ皺が寄る。

 俺はただ、それを見据える。

「………」

「おねがい、だ」

 おねがい………、

 おねがい………、

 聖母の周りに固まる子供も、小さな声で唱えるように懇願し始めた。同じ言葉を何度も繰り返すのが嫌いな俺は、いい加減にしてくれ、とまた頭を掻いた。

 おねがい………、

 おねがい………、

 自分は明らかに、今、とてつもなく面倒な場所にいる。それはすぐに理解できた。

「…ったく、」

「駄目だよシン、子供相手なんだからちゃんと分かりやすく、言葉で言ってあげないと」

 イラついていたとも困っていたともつかないが、そんな俺を、この場にいるはずのないあいつが軽くとがめる。

 ソレはなぜ?

 俺は声のした方へと視線を向ける。

 すると、そこにいたのは一人の子供。俺のシャツを握るやつより少し幼い。そして子供らしくおびえた表情まである。そして、その両手で支えられてるのは、あの優しげな微笑みを浮かべたあいつ。

「なんでお前、」

「この子が通りかかったから。頼んだら入れてくれたんだよ」

 ユウヤは嬉しそうにほほ笑む。そして、聖堂の奥へと詰め詰めになっている子供らへ視線を向けると、また安心させるように、人のよさそうな笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。シンは告げ口する気なんてないから。多分」

 その声は静まり返った聖堂に、わんわんと響いて消える。

 音の消えた聖堂で、俺の裾が小さく揺れた。

「でも、」

 あの子供だ。

「この人はまだ何も………」

 あぁ、そうだね。と、ユウヤはくすくすと笑って、俺へ視線を送ってきた。

「まったく………」

 俺はなんだかわからないがどうしようもなく面倒くさくなり、わしゃわしゃと髪をかき乱した。

「こんなちっぽけな聖堂の事も。ぐずぐず泣き散らす面倒な迷子の事も。何も知らないよ。………これでいいか」

「………」

 この間会った時は無表情にしか見えなかったあの子供。だが、そいつは俺の目の前で、随分と子供らしい顔でほおけていた。

 俺の口端が小さく上がる。

 きっと、今の俺はかなりふざけた笑顔を浮かべていることだろう。嘲笑の類。きっとそうだ。

 そうしてるうちに、ようやく俺の裾は解放された。

 それを握っていた子供は、丸い目をさらに丸くして自分よりはるかに高い俺をひたすら見上げていた。こいつは視線で俺の顔に穴でも開ける気なのだろうか?

 それはごめんだな、と俺は視線をそらし、ユウヤをもつ子供の方へと向かう。

 子供は向かってくる俺を見ておびえていた。これ以上近づけば聖堂を出て駆けだしていってしまいそうくらいに。

 何をそんなに怖がられなければいけないのか。恐怖の対象とされている側としてはとても不愉快な話である。

 だから俺は、今にもユウヤのキャンバスを持ったまま逃げ出してしまいそうな子供を睨みつけ、こう言ってやった。

「少しでも動いてみろよ。その細っこい体、空揚げにして食ってやるからな」

 ひっ、と小さく息を飲んで、子供はぴたりと動きを止めた。まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 その表情はいまにも失神してしまいそうだ。“俺”という近づいてくる恐怖対象からのがれる事も出来ず、その子供は涙に瞳を潤ます。

 “蛇に睨まれた蛙”とはこういうことだろうか。

「まったくもう、」

 子供に握られた絵はあきれた表情で俺を見上げた。俺はそんな絵を硬直した子供の手から持ち上げる。

「あのねぇ、ずっと言わなかったけど、君の見た目は随分と怖いんだよ?」

「随分と、か。そりゃ随分と傷つく言葉だ」

「そうかい。ならもっと優しくしてあげなきゃ。ここにいる皆、君のことマフィアか賊やらの何かと勘違いしちゃうよ」

「こんなお喋りな絵を持ち歩くマフィアか賊やらは、随分と間が抜けて見えることだろうな」

「まったくもう。いいから早くその子に謝りなよ」

 絵の言葉に視線を下ろせば、あの子供はまだ絵を持っていた時の形のまま固まっていた。

 本当に俺が、こんな食べるような場所もなさそうな体を空揚げにして食べるつもりだと思っているのだろうか。子供とはなんと無知で疑いを知らないものなのか。

 悪戯心に、俺は口の両端を小さく上げる。

 それはその子供にどのように映ったのか。子供は溢れそうになっていた涙をひゅんとひっこめ、俺の顔を不思議そうに見上げた。

「悪かったな。お前を食ったりなんてしないよ」

 頭の上に手を乗せてやると、肩から力が抜け、安心したようにそれを下げる様子が見て取れる。

「食うならもう少し肉をつけてからだ」

 その言葉に、子供の目にはまた涙があふれようとしていた。

「もう、シン!」

 ユウヤが呆れて声を上げる。子供をからかうのも大概にしろ、と言っているのだろう。


 *


 僕らが聞くに、ここにいるのはあの施設の半分くらいだという。あと半分は施設に残った。

 その言葉に、シンは一瞬小さく眉を寄せた。

「どうしたの?」

「………いや」

 彼はなんでもないと首を振る。

 僕はよくわからないままキャンバスの中首をひねった。

「その半分はこの場所を知ってるのか?」

 この質問に答えたのは昨日の子だ。

「少しは、」

 これはどういう意味だろう。大まかな位置は知っている、という事か、それとも一部の子は知っている、という事か。

 まあ何にしろ、“少しは、”であるには変わりがないのだ。

 シンはそうか、と頷きそれきり何も言わない。聞くだけ聞いて、特にコメントもないらしい。物事を知るだけ知って関与しようとしないのは彼らしいことだった。

 と、ここで僕の視界がぐらりと揺れた。

「あれ、帰るのかい?」

「あぁ」

「自己紹介もまだなのに」

「必要ないさ。何しろ俺はこの場所なんてしらないんだ。ましてや迷子の集団もな」

「またそんなこと言って。単に面倒くさいだけだろ」

「そんなとこだ」

 否定しないなんて。自己紹介の一つや二つ、簡単に終わるだろうに。

 けど、シンの名前は知らなくとも、ここにいるこの大半が、こないだから滞在している絵描きの存在を知っていた。昨日の子同様。初日にシンが作業をしているところを見ていた子もいるという。

 名前など教えなくとも、彼らには“絵描き”としてもう彼の存在が確定されている。

 もしかしたら、シンはそれを思って自己紹介をはぶいたのだろうか?

(………面倒なだけ、かな)

 僕はくすりと苦笑を洩らした。

「おい、」

 はじめ、この呼びかけが僕へのものかと思ったが違った。黒シャツの子はシンの視線を受け、顔を上げる。

「明日、また来るけど構わないか」

 こくり

 彼は首を縦に振る。

「そうか」

 シンはそのままその聖堂を後にした。

 子供たちは手を振る事もなくそんな僕らを見送る。


 たったった………

 聖母の後ろ、ろうそくの明かりが届かない場所から、一人の女の子が出てきた。彼女は聖堂の入口に立つ、あの子供へと駆けよる。

 外を眺め続ける彼の顔を、ちらりと覗き見て小さく笑った。

「うれしいの?」

 彼女は顔を近づける。

 その小さな顔をまじかに、彼は驚く事もせずただ首を振った。

「うそつき!」

 女の子はくすくす笑う。


 嬉しいのだろうか。

 ぼくは。

 だって、昨日あの人は僕らを助けてくれないって言った。

『ごめんな。俺にはどうにもできない』

 昨日あの人はそう言った。

 そう、あの人は僕らを助けてはくれない。

 あんなにぼくは必死だったのに、あの人は平気でそれを見捨てた。

 けど、なんで明日も来るなんて言うんだろう。

 なんで、あの人は僕らの目を見て話してくれるんだろう。


 開けっ放しにされた入口を風が通り、聖堂の奥にある灯をぐらりと揺らした。



ここまで読んでくださった方々ありがとうござます。つかもうなんか最近ついてないです。足ひねるしチャリパンクするし二日で2万とか使っちゃうし。

金ないくせに何してるんだろう。つか物価上がってんじゃねーよ!!学生の身を考えろ!絶滅するぞ!日本にいる金のない学生が一斉に絶滅するぞ!!くそがぁ!

とか怒ってみたり('・ω・`)



…あー、orz


('A`)

がんばろ。


でわ、個人的な話失礼しました。


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