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トキナ

「坊主、迷子か?」

 露店が並ぶ賑やかで広い道。灰色の髪をタオルに巻いた男、シンジ(真路)がいつものトーンでそう尋ねた。

「うっうっ………」

「………おい。迷子か?」

「………!」

 うあぁ〜〜〜! と大口を上げ、子供はさらに泣き出してしまった。僕が脇でクスリと笑うと、シンは気にいらなそうな視線を投げ付けてくる。

「おっと、すまない」

 僕はわざとらしく肩をすくめた。シンは無言で僕のキャンバス裏を小突いた。

 子供が泣くのも無理は無い。内心で僕はくすくすと笑う。

 だって、迷子になっていた所、やっと声をかけてくれたヒーローがこの男だ。鋭い目付きに鋭い顎。意図せずとも、彼の外見はどこかのちんぴらにも負けない、世に言う『怖い空気』を周りにぷんぷんまき散らしていた。きっとシンなら、目力だけで賊の長になれるんだろうな。

「なぁにニヤニヤしてんだ」

 据わった瞳が僕へ投げ掛けられる。無意識にも笑ってしまったらしい。

「いや。泣き虫な子だなと思って、」

 苦し紛れの言い訳。


 道端で止まっては通行の迷惑だ。僕らは端により、出来るだけ人波の深くない場所に移動した。

「男だろ、泣くな」

 シンの平べったく大きな手を頭に感じると、子供はぐずるのをやめて袖で涙を拭い始めた。シンジはそれを認め、脇に抱えていた僕をそっと壁に立て掛ける。

「腕が疲れた」

 らしい。

 僕は苦笑する。

「悪いね、」

 自分で歩きたいという気持ちは十分ある。だが、この体。いや。体はしっかりあるにはある。だがそれはキャンバスの中。僕は一枚の絵でしかない。だから、誰かが運んでくれなければその場所から動く事も叶わない。もっとも、風に飛ばされるというても無くは無いが。問題は、埃だらけになる覚悟が僕にあるかどうかだ。


「おじさん、」

「あ?」

 シンの強い口調に子供は身をすくめる。目が潤んでるではないか。やっと口がきける低度に落ち着いたと言うのに。

 『おじさん』という言葉が気に触ったのだろうか?

「シン、もっと優しくしなきゃ」

「すみませんねえ」

「あはは、まさか拗ねてるの?…わっ!」

 突然視界が揺れた。笑いかけた僕の表情は驚きに歪む。シンだろうか?

「兄ちゃん喋れんのか?」

 予想外にも目の前にあったのは目を丸くした子供の顔。7歳位の目がくりくりとした少年。

 僕は驚く彼に、笑って見せた。てか驚いたのは僕の方なんだけどな。

「喋る絵は初めてかい?」

 子供はこくこくと首を振る。外れてしまうのでは無いかと思うその光景が可愛らしかった。

 この様子を上から眺めるシンは曖昧な表情をしていた。おおよそ、なぜ自分が『おじさん』で僕が『兄ちゃん』なのか、引っ掛かりを覚えているのだろう。シンも笑えば年相応に若く見えるのに、いつもそんな仏頂面でいるから老けて見られるんだよ。と、心の中で語りかける。口に出したりしたら、きっと黒い絵の具を顔に塗りたくられてしまうだろうから言わない。

「おじ、…に、兄ちゃんが描いたの?」

 おじさんと言いかけたのだろが、シンの目を見て子供はその言葉を飲み込んだ。代わりに出て来たのは僕に使ったのと同じ代名詞。

「まぁ、一応な、」

「いちおう。違うの?」

「じゃあ坊主だけに教えてやるよ。皆には秘密だぞ」

 子供は真面目な顔で頷いた。そんな彼にシンはよしよしと真面目に頷く。そして話始める秘密とやらは、

「ある日コウノトリが来てな、」

「彼が僕を描いたんだ」

 僕は純粋なこの子に真実を知らせる。

 この時捻くれた灰色が小さく

「くそっ」と呟いた。



*** *** ***



 彼の名前はトキナ(時名)。

「変な名前」

 嘲るように笑うシンへ少年は口を尖らせる。そこまでに少年のシンへの抵抗は無くなっていた。

「大人に反抗か?随分態度のでかいチビだな」

 シンはくくくと笑う。彼も少年の事は嫌いでは無いらしい。というより、シンはあまり人を嫌いにはならない達だ。まぁそう簡単に好きになるタイプでもないが。愛嬌を振り撒くわけでもないし、嫌味も振り撒かない。そのせいか回りに素っ気なく見られがちだが、話すとなかなか面白い奴だ。

 トキナにもそれがわかって貰えた気がして少し嬉しい。

 僕達は今人気の無い喫茶で昼食をとっていた。悔しくも僕は何も食べられないが。

「シンジお金あるの?」

 ここに来た時のトキナの一言目がこれだ。迷子の割にしっかりしてる。

「金は心配ない。お前を売れば元値は取れる」

 本当は昨日絵を売ったから今は懐が温かいのだ。一体トキナ相手にどれだけの冗談が通じるか。

 実際僕も楽しんでいるのも確かだ。人の事は言えない。

「ユウヤはどおして絵の中にいるの?」

 人気の無い喫茶は寂れて薄暗い。僕達は奥の席に座り、トーストセット2つを待つ。

「あのね、」

 僕は絵の中で口に手を添える。どこと無く小声。けどどこと無く誰かさんの耳に入るように。

「実はシンは魔女でね、」

「魔女は女だ」

 無事聞こえてた事に僕は満足だ。

「じゃあシンジは魔法使いなの!?」

 子供はかわいいな。トキナの青い瞳が純粋な好奇心をキラキラと輝かす。

「お前も絵にするぞ」

 純粋なのもほどほどにしろと言っているのか。シンの言葉にトキナは首をブンブン振って絵になりたくない旨を伝える。

 そんなに嫌がられると実際に絵の自分が切ないではないか。

「お待たせしました。トースト、コーヒー、オレンジジュースです」

「ありがとうございます」

 マスターは僕等に軽く頭を下げ、カウンターへと戻っていく。

 単刀直入なマスターの対応は、この場に誰も現れなかったのではないかと思わせるものがあった。マスターなど来てはなく、トーストセットが自らの足でここに現れたのではないかとも思えた。ちらりとこちらの様子を盗み見る様子さえなければ。

 しゃべる絵はやはり珍しいだろか。


「なんで旅をしてるの?」

 知りたがりな年頃のトキナはマスターの存在に気付いてないように僕らに尋ね続ける。

「なんでだろうな。何となくだ」

 もっと子が聞いた返事が無いのだろうか。こんなときでも子供相手に嘘の無いシンの返答に僕はくすくすと笑った。

「なんで何となく旅をするの?」

 トキナの瞳も真面目なものだ。かれも真面目に疑問に思っているのだろう。不思議そうに瞳を丸くし、好奇心をきらきら輝かせる姿が不思議とどこかの誰かさんとかぶった。不思議だ。彼のここまで子供っぽい姿は、今だかつて絶対に見たことが無いはずなのに。

 当の彼はトキナの質問攻めに苦い表情をしていた。

「何となくだっつうの」

 苦しまぎれの返答にトキナはキャッきゃと笑った。

「何となく何となくの旅をしてるなんて変なのー」

 シンは「うるせー」と言ってコーヒーをすする。

 トキナはその様子にも興味深々だ。

「飲むか?」

 すっとコーヒーを差し出してきた彼にぶんぶんと首を振る様子はほほ笑ましい。


 シンがお手洗いに向かい、席には僕とトキナの二人きりになった。ここは一人と一枚とも言うのかもしれないが、そんな細かい事は置いておこう。

 とても賑やかな空気だ。マスターは楽しく話す僕らをちらちらとみてはキッチンの整理に手を動かす。シンがいなくなってからこちらを盗み見る回数が増えた気がした。

 トキナは本当に知りたがり屋で、僕とシンについていろいろとたずねてきた。

 僕はそれに分かりやすく答える。

「ねえ、ユウヤ」

「ん?」

 そこにシンが戻ってきた。

 彼は食事も済んだ事だし、もう席を外す旨を告げた。僕等はそれに従い席を立つ。

 支払いの時、マスターはちらりとこちらを見たきり僕等と目を合わす事はもうしなかった。

 僕等は賑やかな大通りへと足を運ぶ。

 トキナが何を言いかけたのか尋ねようと思ったが、彼は自分が何かを言いかけたことなど忘れてしまったかのようにケロリとしていた。その様子に僕も、暇つぶしの話題でもふろうとしていたのかと解釈し尋ねなかった。


 客のいなくなった喫茶。

 たった一人の店員でありマスターである彼は怪訝な表情でその席を見つめる。そこには先ほどまで二人の客がいた。

 コーヒーの入っていたカップは空になりトーストの乗っていた皿と並ぶ。その正面にはオレンジジュース。手のつけられていないそれは氷が溶けて、コップの中少し崩れた。

 カラリ―――とその音は店内に響き、時間の経過を告げる。



*** *** ***



 賑やかな大通り。

 僕はシンに抱えられ、トキナの目線の少し上から彼と軽い会話を交えていた。

「おい、坊主。お前が言ってたの、ここか?」

 その言葉に顔をあげた僕は、いつの間にか街をはずれていた事に気づく。そしてシンが前にするのは小さくさびれた孤児院だった。

 トキナは嬉しそうに顔を輝かせた。

「ありがとう!」

 彼は本当にうれしそうにそう言うと、僕にも笑顔を向ける。

「ユウヤもありがと! 僕、本当に楽しかったよ」

 その言葉は僕も同じだ。こんな素直な少年と出会えた事を、何にと言わず感謝していた。

「………孤児院、か」

 シンの小さなつぶやきが上から聞こえる。

 何かを思い出すかのような、そんな声音。

 彼は覚えているのだろうか。

 だとしたら一体どんな心境なんだろう。

 それは僕にもわかる気がして。だが全くわからなくもあり、安易に予想できるものではなかった。

「もう迷子になんなよ」

 シンはトキナの頭をくしゃくしゃとなでる。トキナは嬉しそうに頬をほころばせた。

「うん。シンもね」

 この言葉は、また迷子にならないようにと言っているのだろう。

 生意気な奴め、とシンは笑う。

 くすくすと笑う僕へも、トキナは別れの挨拶を忘れなかった。

「ユウヤもね。絶対迷子になっちゃだめだよ」

「もちろん」

 冗談ではない彼の真面目な言葉。だがそれはとても幼く、僕等にしたらとてもうまい冗談の分類にも受け取れる。

 だって、外見だけで人に怖い印象を与えてしまう彼に、「迷子」なんて言葉はあまりにもミスマッチだ。それは僕にも言える。この年で「迷子」という言葉はあまりにも適切ではない。


 和やかな空気の延長上。

 トキナは僕に向いたまま、そっと、静かに口を開いた。

「ユウヤは、良いね」

「え?」

 少年は少し物悲しげな瞳をしていた。

「僕も旅がしたいな」

 ならついてくるかい? と、冗談交じりで、でも少し本気な言葉。ちらりとシンの咎めるような視線を感じた。

「だめだよ」

 トキナはうつむく。

 今にも泣きだしそうだ。

 ダメでは無い。無理ではない。僕はそう思った。

 だって、孤児院は子供達を受け入れてくれる大人は大歓迎だ。シンがいいとさえ言えば、僕等はいつだってトキナを受け入れることができる。

 そして、彼さえよければ旅だって一緒にできる。

「ねえ、ユウヤ」

 僕の瞳に彼のさびしげな瞳が写りこむ。

「僕、分るよ。………初めてユウヤに会ったとき、真っ赤だった」

 その言葉に何かが止まった。

 シンは身体こそ揺らさなかったものの、何かを感じたように目を細めた。

「本当は、いちゃいけないんでしょ?」

 トキナの悲痛な言葉。

 それは僕に気を使っているのか、少し小さな声だった。

 だがシンの耳にも十分に届くボリュームでもある。

「人は、死んだら消えなきゃいけないんでしょ?」

 シンも僕も、その言葉をすぐに理解した。

 消える。

 ひどく悲しい響きだ。

 僕もシンも言葉を発しない。そこに向かう小さな彼をただ見つめる。

「本当に僕、ユウヤが羨ましいよ」

 少年はほほ笑むが、切ない影は消せ切れなかった。視線は僕等を見ていない。切なげに地面に向けられ、目を合わすのを避けているようでもあった。

「これは、言っちゃいけないんでしょ。悲しくなっちゃうから。けど、僕、これは絶対なんだろうなって。えっと、その、………ごめんなさい」

 少年は謝るそして自身の心を痛めながらも、大好きな相手へ残酷な言葉を告げる。

 死んだ人は、ここにいちゃいけないんでしょ? と。

「―――………」

 僕は目を見開いた。

 きっとはたから見たらまん丸な皿のようなのだろう。

 口は何を言おうとしたのか忘れたように軽く開かれたままだ。


 何か、言いようのない熱いものを感じた。

 悲しみというか。切なさというか。憤りというか。

 トキナは、初めて会った時から気づいていたのだ。僕が生まれながらの絵ではないことを。人としての時間を過ごしていたことを。それをもう、終えているはずのことも。

 死んでいる人間と、気づいていながらこの可笑しな絵を受け入れてくれてたのだ。

 ―――死んでいる

 変えられない現実を前に、どうにもできないという事実を突き付けられ。だがそれでもそれを受け入れたくないという我儘(わがまま)に、僕の心は打ちひしがれた。

 胸が熱い。

 悲しい。

 いやだ。


「ユウヤも、いつか、…本当に消えないといけないの?」

 これを口にしているトキナ自身、とても悲しく消え入りそうな声だった。そして辛そうな。

 唇が小さく震えていた。瞳は焦点をなくし行き場を探している。

 彼はきっと、僕のために言っている。警告してくれている。

 幼い、その純粋で奇麗な心を痛めて、僕に警告してくれている。

 ―――死んだ人間が、生と交わってはいけない。

 これは自然の摂理に逆らう重罪。

 昔からある決まり。誰も口にはしない。だが誰もが知り、わかっている事柄。

 少年は誤った。

 ごめんなさい。

 違うんだ。

 僕はユウヤに消えてほしくなんかない。

 ただ、少し羨ましかったんだ。

 ユウヤが。

 楽しそうなユウヤがうらやましかったんだ。

 旅をしてるユウヤがうらやましかったんだ。

 だから僕は、こんなこと、ユウヤを傷つけるようなこと………

 トキナの涙。

 その雫は、静かな沈黙にポトポトと、小さな染みを幾つも作った。


 不意に誰かが溜息を漏らした。

 それはとても聞きなれたもの。

(………シン?)

 僕もトキナも顔を上げる。

 僕らより上にある彼の頭は逆光でかげって見えない。

 それを知ってか、彼は腰を屈め少年の背に合わせる。見えるようになった彼の表情は、いつもの無愛想なもので、少し呆れてるような疲れてるような色も混ざっていた。

 薄く大きな手を少年の頭に乗せられる。灰色の瞳が、少年の涙に溺れる瞳を覗きこむ。

「死と生がどうのなんて、そんなでかすぎる事、誰にもわかりゃいないだろ」

 シンは言葉を一度切り、選びなおしたかのように先を続けた。

「決まり何て、人によって違うんもんだ。その人間が納得すればそれで決まり。もちろん例外もある。けど人によっちゃその例外ってのも変わるはずだ。死んだ人間が生き返る。人によっては許されない事だろうな。だが、他の人間によっては喜ばしい事かもしれない。………ようするになんだ」

 灰色の頭をわしゃわしゃと掻くシンの姿は、自分で言っておきながら、自分の言葉に混乱しているようにも見える。

「………まぁ、今が今なら、それでいいだろ?」

 と問いかけるような彼の声。

 投げやりな言葉にも聞こえて、僕はくすくすと笑いを漏らした。「今がいいならそれで良い」なんて、普通他の人に言ったらダメなやつだと思われ兼ねない言葉なのに、なぜだろう。もともと物事に決まりを作らない質のシンにしては、不思議と説得力があった。

 きっと彼自身、自分の言葉に正しさというものは感じていないはずだ。だが、間違えてるとも思っていないはずだ。本当のところ、彼だって何もわからないのだから、間違いか正解かなんて分かるはずが無い。

「良いんじゃないか。いつかなるようになる。わからない事を今どうこう言ったって何も変わりゃしない」

 だからトキナ、泣くな。と、彼はその子供の頭を軽く叩いた。彼にしてみたら撫でたつもりだったのだろうが、その手つきはなんともぶっきらぼうで不器用なものだった。本当に絵を描いてる人間なのだろうか、と疑問に思えるくらいに。

 少年はたがが外れ出すかのように次から次へとまた涙を流した。流れ出るそれを抑えるように、小さな手で顔を覆う。

 「ごめんなさい。ごめんなさい………」と、声を漏らしながら。

 泣き止むどころか、先ほどより滴が大粒になっていた。シンは呆れた表情をしていたが、その眼もとは、どこか優しく、安心したような微笑みをたたえていた。

 

 やがてそこに一つの影が現れる。

「どなた?」

 僕とシンは顔をあげた。

 そこにいたのは、シンより頭一つ分背の低い女性。

 若い彼女は距離を置き、困ったようにこちらを見ていた。

「今日は」

 シンは決まった台詞を彼女に投げる。

「今日は」

 彼女はそんな台詞をお決まりの行事ながらに返した。だが、そこに浮かべられた小さな微笑みだけは「お決まりの行事」というつまらない言葉の型からは外れていた。

 彼女はもう一度、僕らに向けて優しく微笑んだ。少し困っているかの様なその微笑みに、シンが息をのんだ、気がした。

 僕とシン。二つの視線が呆然と彼女に注がれる。

 僕には、なぜシンが彼女を呆然と見詰めているのかがわかる気がした。

 なぜなら「僕も」だったから。

 僕も一瞬、彼女(・・)だと思った。だから。

「何の御用かしら?」

 「こちらのお子さんを、」と僕が言いかけた時、「ちょっと道に迷いまして」とシンの声が割って入った。

 僕等は道になど迷っていないのに。なぜ嘘をつくのかと彼を見上げる。

 その視線にシンは答えない。

 そして僕は気付く。

 トキナがいない。

「あらあら。迷子ですか?」

 彼女はくすくすと笑った。つかれているのか、目の下にはクマが見て取れる。

「とりあえず、町までの道をお教えしますね。それとも地図がいいですか?」

「いえ。教えて下さるだけで結構です」

「わかりました」

 彼女はくすりと笑いかけ、僕らに道の案内をしてくれた。

 その道は僕らが来た道。あの街に戻る道。

「ありがとうございます」

 案内を聞き終わり、シンは軽く礼をした。

 彼女は「いいですよ」と言って、優しく僕らに微笑む。

 やはり似ていた。

 あの人と重なる彼女に目を奪われていると、その細い背に彼を見た気がした。

 幼い彼。涙を流していた彼。

 だがもう、その瞳に涙は浮かんでいない。

「トキ、」

「この年で迷子何て、お恥ずかしい限りです」

 やはり。またシンにさえぎられてしまった。

「そうですね。迷子にしては大きすぎますね」

 くすくす笑う彼女の後ろ。彼もその言葉にくすくす笑っていた。

 僕の視線に、彼は口を動かした。

 声はない。けど確かに聞こえる。

 僕はそんな彼に微笑み、小さく手を振った。

 すると彼も手を振った。周りに蛍のような光が見える。気のせいだろうか。

 僕の視線の先、彼は彼女にそっと抱きつく。

 そこに蛍のような光は増えていき、トキナの体の輪郭が小さく光を灯しだす。

 彼は嬉しそうな表情で彼女の服の裾に顔をうずめ………淡くなり………薄くなり………そっと、………そっと………―――溶けた。

 彼女の中に。


「これ、どうぞ。晩御飯にでも」

 道を行こうとした僕たちに、彼女は駆けよって包みを手渡す。

 それはいくつかのパンをくるんだ緑の包みだった。

「ありがとうございます」

 シンは又礼を言う。

 そのお礼の言葉は、彼女へのものだろうか。それとも彼女(・・)に向けたものだろうか。僕はふと思う。

「いいえ。お礼を言うのはこちらです。あなたたちが来て下さって、なぜか気持ちがふっと楽になったんですよ、」

 そう言って彼女は笑った。そこに疲れの色はない。それがなぜか、先ほどのトキナのせいではないかと僕は思う。

 やんわりと微笑む彼女は、やはり彼女・・に似ていた。

「実は、ここの孤児院はもう潰れるんです」

 少しさびしげな声。

「子どもたちはどうなるんですか」

 僕は尋ねる。

 彼女の視線は悲しげに地面に向けられた。

「もう、一人もいませんから」

 一人も。

 誰も。

 イナイ。

「………トキナっていう子が、いたんです。引き取り先が見つかっても、なかなかここを出て行こうとはしなかった、変わった子が。自分がいなくなったら、私が一人になるからって。そんなの寂しいでしょって」

『だから僕はずっとここにいるよ。一緒にここにいて、いろいろ手伝ってあげる。だから、そうしたら二人とも寂しくならないね』

「優しい子でした。私にとっては、本当の弟のようでした」

 なのに、いつの日か町に買い出しに出た彼は戻らなかった。

 本当に、彼の言ったとおり、彼女は寂しくなった。

 さびしくて、さびしくて。でも、どうしようもなくて。

「お客さんが来たのは久しぶりです。本当にありがとうございました」

 めげずに笑う彼女。

 彼女が悲しみから抜け出せたのは、僕らが来たからじゃない。トキナが帰ってきたからだ。

 彼女が気付かなくとも、彼女の心は気付いてる。

 彼に触れて。

 彼に抱かれて。

 彼女の心は寂しくなくなったのだ。

「また、迷子になった時はここに来て下さいね」

 なくなる孤児院。

 一人の彼女。

 二つの心。

「はい。迷子になったら、また」

 シンは歩きだす。

 振り返った僕は、手を振る二つの影を見た。

 一つは彼女。

 一つは彼。

 二人とも、形は違えどある場所は同じだ。

 彼女の中にはいつまでも彼がいる。



*** *** ***


 ―――迷っても良いのかもしれないね。旅をやめないで。………ごめんなさい。ありがとう。


 僕は彼に手を振った。

 彼も僕に手を振った。

 彼は光に溶けて彼女に溶けた。

 僕は赤から生まれて絵となった。

 そして、シンと並び、同じ景色を眺めながら旅を続ける。


 彼が迷っていたのは彼女に会いたかったからだ。

 彼女に出会い、彼は光となれた。

 じゃあ今僕は?

 僕がこうしてここにいるのは迷ってるという事だろうか?

 迷っているとしたら、何に迷っているのだろう。

 そして、いつか僕も光になるのだろうか。

 それは嫌だな。

 できればずっと、僕は旅をしてたい。この、どこか少し柄の悪い絵描きと―――



*** *** ***



 小さな影が絵描きの背に伸びる。

 それはシャツをつかみ軽く引いた。

 青年は灰色の髪を揺らして立ち止まる。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 気のせい。

 気のせい?


 あるのはいつか感じたあの小さなぬくもり。



ひさびさの更新です。何か今リアルの方で忙しいので。

無事完結できんのかな〜。

なんつーか、最近生活習慣乱れまくりです。朝7時に起きたい。


はい。ここまで読んで頂きありがとうございました。

本当に眠いです。

寝ます。

只今AM2時。

やべ。宿題やってね。

あ、無理。眠い。


じゃ、おやすみなさノシ

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