第3話 目撃者情報
「え…撮影が長引いているんですか…!?…はい…。はい、わかりました。失礼致します」
そう答えた後、私は電話を切る。
今日は5人揃って行われる、ファンクラブ限定の会報用写真撮影の日である。私はというと…その撮影の合間の時間を使って、駅前にある携帯電話ショップへ向かう途中だった。
夜次郎ってば、防水対応の奴にすればいいのに…
ABYSSの中では夜次郎が唯一、ブログを公開している。ビジュアル系バンドとしてのイメージが強いABYSSだからか、普通に携帯で撮った写真等を掲載して記事を書く事がすごい珍しいみたいである。そのため、当然のごとくアクセス数もかなり多い。しかし、ブログの事もあってか、夜次郎は水道やらトイレやらに何度か水没させて、携帯を壊すという事が多い。
「…それなのに、「防水じゃない機種がいい」って言うものだから…全く!」
私は軽くため息をつきながら歩く。
このように、仕事の合間をぬって携帯の修理や新機種購入に私が出向く事が多い。
ただ、撮影が長引いていて幸いだったな…
そんな事を考えながら、私は街中を颯爽と歩いていく。
「!」
すると、行き交う人々の中で、帽子をかぶった中年男性とすれ違う。
反射的に振り向いたが、違うと感じた私は元の向きに戻って歩き出す。
こんな人通りの多い場所で見つかれば、苦労もしないか…
内心でそう思ったのにはもちろん、理由がある。私が探している父は、特徴として帽子を常に着用し、顎に痣を持っている。そのため、帽子をかぶった中年男性を見かけると、思わず振り向いてしまう習性が身についてしまったようである。しかし、顎に痣がある人は早々いないため、大体はずれの場合が多いのであった。
「元気でやってるかーい?」
「…また貴方ですか」
携帯電話ショップで順番を待っている途中、40代後半くらいの男性が私に声をかけてくる。
その男性を見た私は、嫌そうな表情で返事をした。
「楠さん…別にネタになるような事はありませんよ」
私は携帯のカタログを読みながら、小声で話す。
この男性――――――――楠 洋介は、週刊誌「アレグロ」の記者。この「アレグロ」を掲載している出版社とは仕事上のつきあいがあり、記事となる情報を提供したりする事もあるが…実際はかなりあくどい人たちの集まりらしい。しかも、この楠さんはかなりしつこいタイプで、事あるごとに声をかけてくるから、私としてはたまったものではない。
しかも…私の事を気に入ったのか、チーフマネージャーの文也さんよりも、新人の私につっかかってくる事が多いし…
私は疑惑の瞳を向けながら、そんな事を考えていた。
「…ありゃ、そんな表情しちゃ美人が台無しだよぉ?」
「今日は何の用ですか…?」
ひょうひょうとした口調で話す彼に対して、苛立ちを覚える事も日常茶飯事である。
年齢もおそらく自分の倍以上は差があるわけだから、余計に甘く見られているのかもしれない。
「ん~…ABYSSの話も聞きたいけど、今日は別件なんだぁー!」
そう話しながら、楠さんは手帳とペンを手にする。
そして、手帳で口元を隠しながら、私の耳元でこっそりと呟く。
「…今日は、ここ最近で出回りのすごい“あれ”の事聞きまわっているんだけど…何か知らない?」
「!!」
その台詞を聞いた途端、私の表情が強張る。
この時私は、先日に戒流と彰で見つけた白い粉の事が脳裏に蘇っていた。
すると、その展開を待っていたのか…彼はさらに小さな声で話を続ける。
「神奈ちゃん、何か知らない?配布場所では、変なおっさんの目撃証言がある以外、あまりよくわからないんだけど…」
「目撃…!!?」
この時、私は驚きの余り身体が硬直していた。
もしかして…!!?
私は今の話で何か思い当ったのか、心臓が強く脈打ち始める。その横で、私の次なる発言を待つ楠さん。
「番号札、36番の方!窓口へどうぞ」
すると、ショップの店員さんからのアナウンスが入る。
36番の番号札を持った私は、黙ってその場を立ち上がる。
「…じゃあ、神奈ちゃん。俺っちは外で待っているから、終わったら来てね!」
笑顔でそう言いながら、楠さんは携帯ショップから姿を消した。
「神奈…どうかした?」
「あ…。ううん、何でもない」
「そう…?」
あれから数時間後、私は能君と一緒に、彼がゲスト参加するラジオの放送局へ車で向かっていた。
考え事をしていたからか、心配そうな表情で彼は私に声をかけたのである。
今日は能君も含め、メンバーが皆忙しい日だしね…。動くなら、私一人で行くべきかも…
私はそんな事を考えながら、昼間に楠さんとした話を思い出す。
「成程…“LaNDe”かぁ…。変わった名前だけど、服用者はどんな効果があるの?」
「…わからない。わかっているのは、配布場所として首都圏内にあるインターネットカフェが使われるくらい…ですかね」
「なぁるほどぉー…」
私の話を聞くなり、楠さんは手帳に会話の内容を記録していく。
…最も、普通の人間に“前世の何かを思い出す効果がある”なんて言っても、信じてもらえないでしょうしね…
私は、自分が知っているLaNDeの事を話す。しかし、薬の効果については話さなかった。それは言っても信じてもらえないというのもあるが、何より貴一さんによる成分や効果の分析がまだ終わっていないため、確証のない事は口にできない。少し強張った後で話し終えた後、私は真っ直ぐな瞳で記者を見つめる。
「…約束です、楠さん。そちらも、先ほどの話の続きを…」
私は急かすような表情で、この中年記者を睨む。
しかし、そんな私などに怖気づく事なく、彼は閉じていた口を開く。
「じゃあ、今度は俺っちの番。さっきの続きなんだけど…」
すると、楠さんは自分が持つ手帳の別のページを開きながら話を続ける。
「配布場所には高い確率で、50代くらいのおっさんが出没するんだよ。そいつの特徴は確か…目が細めで眼鏡をかけていて…顎に痣のある奴だったな…」
「顎に痣…」
私はその夜、能君が出演するラジオの生放送が始まった頃、仕事の合間に…という事で、外出の許可がでる。
それを利用して、私は楠さんが言っていたとあるインターネットカフェにたどり着く。偶然だが、ラジオ局からその場所は近く、歩いて5分くらいで見つけることができた。
そんな所に痣がある男性なんて、父以外は考えられない…!もしかしたら、目撃する事ができるかも…?
私はそんな想いを胸に抱きながら、そのお店に入ろうとする。すると…
「きゃっ!?」
すると、ネットカフェがある建物と隣の建物の間から腕が伸びてきたのか、上着の裾ごと引きずり込まれる。
何…!!?
突然の出来事に驚いた私は、手が離れた途端、身構えた体勢で自分をひっぱった人物の方を向く。そこには、20代くらいの金髪な男性が立っていた。
「なぁ、そこの姉ちゃん…」
「!!?」
その金髪の男は、ゆらゆらと揺れるような歩き方をしながら、こっちに近づいてくる。
何だか、呂律が回っていない…。変質者…っていう割には、変なかんじが…
私は薄暗い路地裏で、その変質者のような若者の様子を観察していた。手を出して来たら逃げようと考えていた私は、相手がどう出るかを考え始める。しかし――――
「血を…」
「…?」
「血をくれねぇかな…?なんか、喉がひどく乾いているんだよね…」
「なっ…!!?」
相手の表情を見た途端、私は全身に鳥肌が立つ。
なんと、男の瞳が充血しているかのように真っ赤で、燃えるような瞳で私を睨んでいた。
何なの、こいつ…!!!?
相手は戒流達みたいな悪魔ではないのに、肉体が物凄い拒否反応をしている。本能では「逃げろ」と声を上げているのに…私の身体は固まって動けなかった。
「いっ…!!」
その直後、右腕を掴まれた私は、そのまま腕を壁に押さえつけられてしまう。
「何…を…!!?」
男は私が着ているYシャツのボタンを無理やり引きちぎる。
そして、がら空きになった首筋から胸の辺りに、ゆっくりと自分の顔を近づけていく。
全く抵抗のできない私は、必死に声を上げて助けを呼ぼうとするが…ひどい緊張感のせいで声が出ない。
とびぬけて長い犬歯…。でも、そんな事あるはず…!!!
顔を近づけられた時、男の口から犬歯が見え隠れする。それを見た私は、この男が何者なのかに薄々勘付いていくが、どうしても“それ”が信じられないでいた。
「あっ…!!?」
首筋に、何かドロッとした感触を感じた瞬間、私は身体を震わせる。
金髪の男はなんと、私の首筋を自身の舌で舐めたのである。皮膚に触れる舌のザラザラした感覚と、ドロッとした唾液の気持ち悪い感覚が首筋に広がる。その行為はまるで、好物を食べるのが待ちきれない獣のようであった。
やっぱりこいつ…私の血を吸うつもりなんだ…!でも、吸血鬼だとすると、なんだってこんな所に…!!?
恐怖の余りに身体は固まっていたが、頭の中はそんな考えが浮かんでいた。
ギラギラと真っ赤な瞳は私の首筋を見つめながら、大きく口を開ける。そこには、吸血鬼だとよくわかる犬歯がしっかりと姿を見せていた。
「…えらい楽しそうじゃねぇか、神奈」
「戒流…。そんな意地悪な事を言っては、またいじけてしまうぞ?」
金髪の男の手によって血を吸われそうになった神奈。
男の牙が首筋に軽くあたったのとほぼ同時に、聞きなれた声が聞こえたのである。そして、その直後…風の音と共に、空から戒流と貴一さんが現れたのであった―――――
いかがでしたでしょうか。
まだ序盤なので謎な事も多いですが、少しずつ構成の方もくみあがってきている次第です。
さて、昨今ではブログを書いている芸能人も多いため、彼らABYSSでも誰か書いてればネット好きにもファンが増えるかな?と思って、夜次郎が書いている設定にしました。
ちなみに、携帯の画像を投稿する芸能人だと、俳優の佐藤健クンとか…その辺りを意識して書いたかんじです!
あと、今回初登場だった記者・楠 洋介のモデルはドラマ「ギルティー悪魔と契約した女ー」で唐沢さんがやっていたジャーナリスト。
ただし、身なりもそっちモデルにしたら、本当の不審者っぽくなってしまうので、その辺りは設定しませんでしたが。笑
悪魔が物語に出てくるなら、吸血鬼みたに人外の物が出ても当然?なかんじかもしれませんが、ただの吸血鬼ではないです。
また、LaNDeの効力も実証されてませんし…
まだまだいろんな事が続きます。
今後もよろしくお願い致します★
ご意見・ご感想があればよろしくお願い致します!