バーサーカー騎士団長によるヤサグレ聖女回想
聖女がこの世界に来た時、彼女はチラチラと光りながら燃え尽きつつあるルーン文字の魔法陣の中にいた。華奢な身体にクマのぬいぐるみを両手に抱え、びっくりしたように立ちすくんでいた。
無理もない。遠いどこか別の世界から我が世界へ浄化のために召喚された聖女だ。ぬいぐるみを持っているなんて、まだ子供じゃないか。その姿を見て今更ながら、瘴気の浄化のためには必要なのだと聖女を召喚することになんの疑問も持たなかった自分たちの身勝手さに吐き気がした。
神官長のイニアスが聖女に話しかけているが、けなげに叫ぶでもなく、泣くでもなく、冷静にイニアスと話をしているようだ。そのうち、イニアスを気遣うように、魔法陣から降りてきた聖女。さすがに、神に召喚されるだけのことはある。そこいらの少女とは違うのか。
やはり、聖女は浄化のために神が我らの願いに応えて下さったのだ。
愛らしい少女のような見目ながら、神が遣われし方、尊き方なのだ。
そう思っていたんだがな。
いろいろと見事に外れた。いい意味で。初日から。
そう、はじめはどうも夢と思っていた聖女だったが、いざ、神官長と宰相の説明に夢でないとわかってからがすごかった。表情がいきなり変わった。元々の顔立ちはやわらかく愛らしいのだが、それに似合わぬ、怒気。正直なところ、あまりの落差に見ている俺もビビッた。まだ少女だと無意識に侮っていたのかもしれない。
「拉致じゃん」
その一言に我らは固まる。その通りだ。何も言えない。
その後が大変だった。想定外の事態。
徐々に増加している瘴気の対策は国家的な悲願であり、聖女の召喚は、絵空事として実現が半ば危ぶまれていたものだ。言い伝えによると、聖女は自愛に満ちた存在で、我々に愛を持って接してくれるという。こちらが全面的に加害者だが、神官長と宰相にしてみれば、「聖女が聖女じゃない」状態だ。不謹慎ながら、二人のこわばった表情につい他人事のように笑いが込み上げたな。とはいえ、俺自身も同じ表情だったやもしれぬ。
こちらの言い伝えでは浄化が完了した場合、聖女は元の世界に戻るか、こちらの世界に残るかをご自身が決められること。元の世界に戻る際には召喚されたその時に戻ることができるとされていると説明をすると、冷たい目で「へぇ、言い伝えではね」と言う。
まずい。神官長はもともと世俗的な人間ではないので、拉致といわれた段階でかなりのダメージを受けており、立ち直れていない。宰相は修羅場をそれなりに潜っているはずだが、覇気ですでに負けている。ああ、娘がいるしな。娘が同じ目にあったら、娘が行方知れずになったらと考えが及んだと見える。
確かに、我々は召喚される者の立場をまるで考えていなかった。瘴気を浄化してくれる神に遣われし聖女なのだから、助けてくれるのは当然だと傲慢にも考えていた。年端も行かぬものに、ましてこの世界と関係ないものに願う事柄ではない。我らは揃ってあらためて恥じ入る気持ちになるばかりだった。
結局、王への目通りをする前に聖女からのいろいろな要望を基本的に全て飲むということで話がついた。宰相も使い物にならず、王弟ではなく騎士団長としてその場にいた俺がとりまとめるしかなかった。
なるべく彼女の希望に沿うように根回しを考えていく。ただ、無理難題ではなく、確かに拉致された人間がする要求としては当たり前のものであったことはここに記しておく。だが、あの場ですぐにそれが出来ることに舌をまいた。そして、今は動揺していて今後もまた要望がでるかもしれないから、それも善処するように、ときた。なかなかやる。この聖女は想定外だ。不謹慎ながら面白い。
それからが大変だった。
当初は、召喚された聖女はおいくつくらいの方かはわからないので、年少の場合は父親程度の年齢のもの、妙齢の女性の場合はその年に見合ったものを護衛としてつける予定であった。だが、この聖女は想定外。いろいろな面を鑑みて、護衛は必須。それも最高の人材がいい。あの聖女に対抗できるだけのものでないと、護衛が潰れる可能性がある。王よりあらためて護衛選出の命が降り、考えた末、急遽、騎士団副団長のエルヴァラードを護衛とすることにした。
その後も大変だった。
聖女は人馴れしない野良の子猫のように周りのものを信用しておらず、エルヴァラードも急な護衛の抜擢にただでさえの愛想なしが極寒。あいつらの周りは吹雪が吹き荒れていたからな。
ただ、もともと聖女はおおらかな人物で、途中で周りを見る目が変わった。彼女なりにいろいろと考えてくれたのだろう。それに伴い、彼女のまわりの空気もどんどん変わっていった。今では神官長と茶飲み友達になってるからな。ちなみに宰相はまだ少々怯えている。
そうはいっても、まさか、氷の貴公子と言われた元副団長が、数カ月後には、聖女に「エクセル」と愛称で呼ばれ、聖女の大事なぬいぐるみを腰につけ、聖女が気絶すると心配でパニックに陥りそうになり、聖女の身体が冷えるとよくないと森からの帰りの休憩時でも抱きかかえているとはなぁ。新しい護衛もいらんとつっぱねたそうだし、いろいろ変わるもんだよなぁ。
「団長、聞いてます?瘴気について、ちょっと確認したいことがあるんです。後でお話するお時間とってくれませんか?」
「ああ、わかった。後でよる」
今日も元気に聖女―神子が話しかけてくる。どんな話がでてくるのか、楽しみだ。




