幽霊と面接と⋯
荒んだ気持ちで僕は川崎駅までの道を歩いていた。
何社目かの面接は圧迫面接だった。
「君はなんかバイト感覚なんだよね、将来のビジョンとか持ってるの?答えられない、その程度の覚悟で面接に来たんだ。自分のキャリアを考えられないようじゃこの仕事は無理だよ」
散々な言われようだった。返す言葉がないのが悔しかった。
行き当たりばったりで生きてきたのは事実だからだ。
「二週間くらいで合否の通達を出すから」
「いえ結構です履歴書返してください」
せめてもの抵抗だった。
「やれやれ感情のコントロールも出来ないのか、どうぞ」
面接官はテーブルに広げた履歴書をこちらに滑らせた。
「これでいいんだね?」
「ええ、どのみち落ちますしあなたの元では働けませんから、ではこれで失礼します、無駄なお時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」
履歴書をカバンにつっこみオフィスを出てエレベーターに乗った。
ビルから出てすぐにネクタイをほどき歩き出す。
路地を見ると覚えたての煙草を吸う女子高生が数人、道路の向かいのアーケードには、空き缶を山積みにした自転車を押すホームレスが必死に息をしていた。
あの面接官は、彼らにも僕に言ったことをそのまま言うのだろうか?将来のビジョンは?今後のキャリアプランは?その程度の覚悟なのか?と。
頭を冷やそうと喫煙所を探して歩き出したところで白いワンピースを着た女に声をかけられた。
「あなたに救いを求めている」
面倒な奴に捕まった、女の方を見ず真っすぐ駅に向かって歩く。
「あなたに救いを求めている」
無視して歩き続ける。なんなんだよ。
「あなたに救いを求めている」
「あなたに救いを求めている」
「あなたは救いを求めている」
とうとう改札口まで来てしまった。警察を呼ぼうか考えたが無視してPASMOをかざして改札を通った。
女はそこに何も無いかの様に、改札をすり抜けてきた。
「あなたに救いを求めている」
「マジかよ!」
「あなたは救いを求めている」
「他当たってください!」
「あなたに救いを求めている」
「求められても困ります!はい終わり!どっか行って!」
「あなたは救いを求めている」
「求めて無いです!」
あまりのしつこさに怖くなった、周りを見回すとこちらをチラチラ見ながら皆が通り過ぎていく、いまこの状態に救いが欲しいんだけど誰か助けてはくれませんか。
「警察呼ぶよ」
「どうぞ呼んでください、私はあなたにしか見えません」
「は?」
「私はあなたにしか見えません」
「どういうこと?俺は独り言を言ってるってこと?」
「そういうことになります」
「あー、もうつきあってらんない」
そう言って、僕はホームの階段を全速力で駆け降り、ちょうど停まっていた快速電車に乗った。
ドアが閉まって、女が付いてきていないことを確かめた。
よし!ワンピースの女はいない。
ほっとして後ろを振り返ると、目の前に女が立っていた。
心臓が跳ね上がる。腹の底から恐怖が押し寄せる。
僕は大声を出さないよう両手で口を抑えた。
「マジかよ⋯なんだこの女」
精神科か?御払いか?僕はなにか悪いことしただろうか?遡って考えても答えは出なかった。
何駅か停車したが、女は一向に降りる素振りを見せず、ただただ僕をじっと見つめ続けている。
気持ち悪さを抱えたまま、自宅の最寄り駅に到着してしまった。
降りるか迷ったが、どこまでも付いてきそうなので仕方なく降りて、駅近くの人気の無い公園に向かっう。
話せば分かってくれるだろうか?
ナイフとかで襲われたら駅まで走って交番に駆け込もう。
「あなたは救いを求めている」
「さっきからそればっかりだね、僕はさっさと貴方から解放されたいよ」
夜の公園のベンチに腰を下ろした、女は僕の隣に座った。
僕は深呼吸をしてから白いワンピースの女に尋ねる。
「貴方は何者なの?」
「幽霊」
「幽霊?」
「そう幽霊」
まぁ、予測はしていた、改札はすり抜けてくるし、私はあなたにしか見えませんとか言ってくるし。
「そうか、どうしたら離れてくれる?」
「あなたは救いを求めている」
「またそれか、救われたいことならたくさんあるけど、自分で何とかするよ、何とか出来なきゃ誰かに助けてもらったりさ。っていうか今までそうするしかなかったし、これからもそうするよ」
「いずれ不幸がやってくる」
「不幸ね~来るでしょ誰にでも、どん底まで行くこともあると思う」
「怖くないの?」
「人生2番底も3番底もあるってのは飽きるほど見てきたからね、僕だけ不幸は嫌ですなんて虫が良すぎるよ」
幽霊は無表情で聞いてくる。
「いずれ自分の番」
「そうかもしれないし、今その番が回ってきてるのかもしれない」
「受け入れられる?」
「受け入れられないし、めちゃくちゃ困惑するだろうね、んで散々考えてそのうち諦めるのかな、貴方は僕を不幸から遠ざけてくれるの?」
「それはできない」
「じゃあなんで付いてくるのよ」
「あなたに救いを求めてる」
今度は僕じゃなくて、この幽霊さんのターンか。
「僕は何をすれば良いですか」
「私の人生が何だったのか知りたい」
「はぁ?」
僕はしばらく彼女の生きて死ぬまでのストーリーを聞いた。
大学を卒業して就職し、順風満帆に思えたそうだ、ところが上司の執拗なパワハラにあい、同僚から無視され続け、疲れ切った彼女は出社できなくなった、心配した家族が病院に連れていき「うつ病」と診断された。
休職期間を経て復職したものの上司の態度は変わらず、また気分が沈み込み果てにはその会社の屋上から飛び降りた。
会社名を聞いたらつい最近ニュースになっていた所謂大手のブラック企業だった。
「死ぬまで自分を追い詰めちゃったんだね」
彼女は黙ってうなづいた
「苦労して勉強して、これじゃあね、意味なんか見いだせないよね、しかし死んでしまったのになぜ意味なんか求めるの?」
「成仏できない」
「あー⋯」
もう、どう声をかけて良いか見当がつかない。
沈黙が続く。
僕は彼女にかける言葉を探す。
真面目過ぎた、頑張り過ぎた等、それはどれも陳腐な言葉に思えたし何を言ったとこで手遅れなのだ。
重たい空気が流れ続ける。長いなー、あとどのくらい2人(1人と幽霊)でこうしているのだろう。
息詰まる状況を打破すべく、僕は今日あったことを彼女に話してみることにした。
「今日な面接だったんだよ、就労移行支援事業所、いつの間にか穴に落ちちまった人の手助けしたくてさ、誰もが薄氷の上を歩いてるのに、皆さ自分は大丈夫なんて思ってるんだ、なんかそういうのに昔から違和感あってね、でさ、面接官がクソ態度悪いの!もう腹立っちゃってね履歴書返せって言って出てきちゃった」
沈黙に耐えられず切り出したが、途中から何を言っているのか自分でも分からなくなった。
「私も貴方みたいな強さが欲しかった」
無表情に彼女がそう呟く。
「それを強さと呼ぶのかは分からないよ、堪え性が無かっただけとも言うし、強いとか弱いとかじゃなくてさ、たぶん貴方は穴に落ちゃったんだよ。それも井戸みたいに深いやつに、そん時に誰かの助けがあったりする、まぁない時もあるけど。ない時は、やってらんない、って言って全部放り出すっていう手もある。まぁ死んでまで意味を求めるのも苦しいだろうし、答えなんか簡単に出ないと思うよ」
彼女は俯きながら話を聞いていた。
「ごめんね、長々と説教臭かったよね、腹減ったから、帰るよ、家まで来る?」
僕はベンチから立ち上がり、彼女の方を向いた。
そこにはもう誰も居なかった。
彼女は答えを探しにまた誰かに付いていったのかもしれない。
「えーー、幽霊にも不採用かよ」
僕はトボトボと家に向かって歩き出した。




