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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
紅蓮の黙示録(クリムゾン・アポカリプス)編

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第三話「虹海の陰謀」3

第三章 共鳴する獣


黒鱗幇(ヘイリンバン)』のチンピラたちが逃げ去った後、屋台には束の間の平穏が戻っていた。 壊れた椅子を直し、散らばった食器を片付けながら、私たちは遅めの食事にありついていた。


「うめぇ! マジで生き返るわ!」


 辰巳響(たつみ ひびき)は、李 小蓮(シャオ)から貰った肉まんを頬張り、チェン爺特製の『七色龍珠(レインボー・タピオカ)』を流し込んでいた。枯渇していたエネルギーが満タンになり、肌艶も良くなっている。 隣ではシャオも同じ勢いで肉まんを食べている。まるで双子の姉妹のようにシンクロした食欲。


「でも爺さん、大丈夫か? あいつら、このまま引き下がるとは思えねぇけど」


 久遠灯(くおん あかり)が、キセルを吹かすチェン爺に尋ねる。老人は、紫煙の向こうで静かに目を細めた。


「ああ。黒鱗幇は執念深い。……メンツを潰されたとなれば、必ず報復に来るだろうよ」


「なら、逃げた方がいいんじゃないですか?」


 天羽祈(あもう いのり)が心配そうに言うが、シャオはふん、と鼻を鳴らした。


「平気だよ! あんな弱っちい連中、何人来たって私が返り討ちにしてやるもん!」


 シャオは自信満々に拳を突き出す。 その無邪気な強さは頼もしいが、同時に危うさも孕んでいるように見えた。 鉄鏡花(くろがね きょうか)が、端末を見ながら呟く。


「……敵性反応、多数接近中。予測通りだ」


 鏡花の警告と同時に、路地裏の空気が一変した。遠くから響いてくるのは、先ほどのようなチンピラの足音ではない。 もっと重く、規則正しく、そして死の臭いを纏った行進の音。


 ズシン、ズシン、ズシン。


 地面が微かに揺れる。 屋台の提灯が揺れ、灯がM500の撃鉄を起こした。


「お出ましだ。……デザートの時間にしては、随分と重そうだぜ」


「野郎ども、囲めッ!! 逃げ場はねえぞ!!」


 路地の入り口に、先ほどシャオに吹き飛ばされたリーダー格の男が立っていた。 彼は応急処置をした義手を抱え、憎悪に歪んだ顔で叫んだ。だが、脅威なのは彼ではない。彼が引き連れてきた「増援」だ。


 腐った土の臭いと、防腐剤の薬品臭。暗がりから姿を現したのは、生気のない肌をした大男の集団だった。数十体。彼らの額には、幾何学的な紋様が描かれた黄色い護符が貼り付けられている。 目は白濁し、口からは緑色の蒸気を吐き出している。さらに、その四肢には無骨な油圧シリンダーや装甲板が埋め込まれ、死体と機械が無理やり融合させられていた。


「……キョンシーかよ! 趣味が悪いぜ!」


 灯が吐き捨てる。道教の術式で動く死体人形。 だが、これは伝統的なそれとは違う。虹海(ホンハイ)の闇技術によってサイボーグ化され、軍事用兵器として再利用(リサイクル)された、冒涜的な傀儡だ。


「やっちまえ! この店ごとミンチにしろ!」


 リーダーの号令と共に、キョンシーの群れが雪崩れ込んできた。


「グオオオオオッ!!」


 キョンシーの一体が、人間には不可能な跳躍力で襲いかかってきた。灯がトリガーを引く。 轟音。500S&Wマグナム弾が怪物の胸板を捉える。


 キンッ!!


 硬質な音がして、弾丸が弾かれた。 物理装甲ではない。額の護符が瞬時に障壁(バリア)を展開し、運動エネルギーを拡散させたのだ。 科学的な演算処理と、呪術的な防御結界のハイブリッド。


「チッ、硬てえな!」


 灯はバックステップで爪撃をかわし、銃床でキョンシーの顔面を殴りつける。


「シスターズ、展開!」


 白雪美流愛(しらゆき みるあ)の声が響く。彼女はドレスの裾を翻し、瓦礫の上を舞うように駆ける。その左右を、白雪亞莉愛(アリア)と白雪華琉愛(カルア)が影のように追随する。


「拘束します!」


「バラバラにして差し上げます!」


 三条のマイクロフィラメント・ワイヤーが、夜空に銀色の軌跡を描く。 キョンシーの関節、首、胴体を絡め取る。だが、鋼鉄の筋肉はワイヤーの絞殺に耐え、逆に美流愛たちを引きずり込もうとする馬鹿力を見せる。


「くっ……! 単純な筋力なら、こっちの方が上ってわけ!?」


 美流愛が歯を食いしばる。


「構造解析……。関節部の駆動系に、呪力によるブーストを確認」


 鏡花が、義手のガトリングガンで牽制射撃を行いながら分析する。


「シャオ! 下がってろ!」


 響が、前に出た。彼女の身体は、先ほどの『七色龍珠』のおかげで、溢れんばかりのエネルギーに満ちている。 血管の中を、雷鳴が駆け巡る感覚。 東帝都では感じられなかった、全能感に近い高揚。


「バリバリいかせてもらうぜ!」


 響は、両手を広げて構えた。大気中の湿気が、彼女の意思に呼応して帯電する。バチバチバチッ!! 青白いスパークが、彼女の周囲で狂ったように踊る。


「吹っ飛べ、鉄屑ゾンビどもッ!!」


 響が咆哮し、指先から高圧の雷撃を放った。 それは一本の槍となって、キョンシーの群れを貫く――はずだった。


 ドゴォォォン!!


 雷鳴が轟いた、その瞬間。世界の時間が、一瞬だけ止まったように感じられた。


 キョンシーたちが吹き飛ぶよりも早く。 背後で、何かが「割れる」音がした。


「あ……ぐぅ……ッ!」


 苦悶の声。 響が振り返ると、そこには頭を抱えてうずくまる、李 小蓮(シャオ)の姿があった。


「シャオ!?」


 シャオの様子が、おかしい。 彼女は自身の頭を掻きむしり、脂汗を流して震えている。 先ほどまでの、太陽のように明るい笑顔は消え失せていた。


「う、うあああ……ッ! 頭が……音が……!」


 彼女の瞳孔が、急激に収縮していく。 茶色だった瞳の色が、濁った赤色へと変色し、白目の部分が墨を流したように黒く染まっていく。 それは、人間の目ではない。殺戮のためだけに調整された、生物兵器のレンズ。


「……ガ、アァァァァァッ!!」


 シャオの喉から、獣のような咆哮がほとばしった。彼女の全身の筋肉が、異常な音を立てて膨張し、チャイナ服が悲鳴を上げる。 皮膚の下で、何かが蠢いている。


「雷鳴」。それが、彼女の中に眠る「怪物」を目覚めさせる(トリガー)だったのだ。 雷の音を聞くと、理性のリミッターが強制解除され、戦闘本能のみが支配する殺戮マシーンへと変貌する、呪われた条件付け。


「ウゥゥゥゥ……!!」


 シャオが顔を上げた。その顔には、もう響に向けられていた親愛の情はない。 あるのは、動くもの全てを破壊しようとする、純粋で、無垢で、底知れない殺意だけ。


「シャオ……? どうしたんだよ、おい!」


 響が、恐る恐る手を伸ばす。だが、その手が届くよりも早く、シャオが動いた。


 速い。 目で追える速度ではない。風圧が顔を叩いた瞬間、響の視界が反転した。


「ガッ……!?」


 響の身体が、砲弾のように吹き飛んだ。 屋台を粉砕し、背後のコンクリート壁に激突して止まる。


「いったぁ……!」


 響は呻きながら、何が起きたのか理解できなかった。 シャオが、殴ったのだ。 一瞬で間合いを詰め、響の懐に入り込み、掌底を叩き込んだ。 その威力は、先ほど黒鱗幇の男を吹き飛ばした時の比ではない。龍神の肉体強化がなければ、内臓が破裂していたかもしれない一撃。


「グルルル……」


 シャオは、ゆらりと構えを取った。 四つん這いに近い、獣のような姿勢。


「嘘だろ……。なんで、アタシを……」


 響は、土埃を払いながら立ち上がった。 味方だったはずの少女。 肉まんを分け合い、タピオカの話で笑い合った友達。 その彼女が今、響を「敵」として認識し、殺そうとしている。


「シャオ! アタシだ! 響だぞ!」


 呼びかけは届かない。シャオが、再び地面を蹴った。


「くっ!」


 響は反射的に腕をクロスさせ、防御態勢を取る。 ドォン! ドォン! 重い蹴りが、ハンマーのように響の腕を叩く。 骨がきしむ。 速い。重い。そして、迷いがない。 殺すことへの躊躇いが一切ない、純粋な暴力。


「やめろよ……! なんでだよ!」


 響は雷撃を放とうとする。だが、指先が凍りついたように動かない。撃てない。 自分の雷が、彼女をこうしてしまったのかもしれないという予感。 そして何より、友達を傷つけたくないという想いが、引き金を引くことを拒絶する。


「ウオオオオオッ!!」


 シャオが、響の喉元に手刀を突き出す。鋭利なナイフのような指先。 死が、目前に迫る。


「……いかん! 封印が緩んだか!」


 鋭い叱責と共に、影が走った。チェン爺だ。ただの屋台のオヤジに見えた老人が、疾風のような速さでシャオの背後に回り込んだ。


「静まりなさい!」


 チェン爺は、懐から一枚の黄色い呪符を取り出し、シャオの額に叩きつけた。 バチッ! 呪符に描かれた朱色の印が、強烈な光を放つ。


「あ……う……」


 シャオの動きが、ピタリと止まった。 黒く染まっていた瞳から色が抜け、元の茶色い瞳に戻っていく。 殺意が霧散し、彼女は糸が切れた操り人形のように脱力した。


「……ふぅ」


 チェン爺は、倒れ込むシャオを優しく抱きとめた。その額には、脂汗が滲んでいる。


 静寂が戻る。黒鱗幇の男たちや、キョンシーたちは、暴走したシャオの放つ異様な気配に恐れをなし、蜘蛛の子を散らすように撤退していた。残されたのは、破壊された屋台の残骸と、呆然と立ち尽くすリコリス・バロックの面々だけ。


「……おい、爺さん」


 灯が、M500を下ろさずに近づいた。 その視線は鋭く、老人を射抜いている。


「説明してもらおうか。……その子、何者だ?」


 ただの人間ではない。あの身体能力。変貌。そして、呪符による制御。明らかに、「作られた」存在の挙動だ。


 チェン爺は、眠るシャオの顔を、悲痛な面持ちで見つめた。


「……この子は、呪われた子だ」


 チェン爺は、絞り出すように言った。


「この虹海を支配する『魔女』……狂気の科学者によって、遺伝子レベルで改造された生体兵器だよ」


「魔女……」


 その言葉に、美流愛が反応する。 彼女自身、組織によって作られた「兵器」だったからだ。


「名は、ドクター・メイ。……西洋魔術結社『黄昏の(トワイライト・)黙示録団(ポカリプス・オーダー)』のアジア支部を統括する、悪魔のような女だ」


 点と点が繋がる。 東帝都を襲った海魔(クラーケン)。 アジアの龍脈の悲鳴。 そして、この改造された少女。すべての背後に、その組織の影がある。


「……アタシの、せいか?」


 響が、よろめきながら近づいてきた。彼女は、チェン爺の腕の中で眠るシャオを見下ろした。安らかな寝顔。だが、その額には、呪符が痛々しく張り付いている。


 響は、そっとシャオの手を握った。 その手は、先ほどの怪物的な力とは裏腹に、小さく、マメだらけで、そして温かかった。肉まんを分け合った、友達の手。


「アタシが雷を使ったから……こいつは、苦しんだのか?」


「お前さんのせいではない」


 チェン爺が首を振る。


「だが……『雷鳴』は、あの子の中に埋め込まれた戦闘プログラムを起動させるスイッチなのだ。……あの子自身も知らぬ、悲しい呪いだよ」


 響の胸が、締め付けられるように痛んだ。 自分が力を使えば、友達が怪物になる。守るための力が、傷つけるための引き金になる。その残酷な相性(パラドックス)


「……ふざけんな」


 響は、シャオの手を強く握りしめた。


「誰がやったか知らねぇが……。こんなふざけた首輪、アタシがぶっ壊してやる」


 響の瞳に、新たな決意の炎が宿る。 それは、単なる怒りではない。理不尽な運命に抗い、大切なものを守り抜こうとする、龍の誓いだった。


「……行くぞ、灯。この街の『魔女』に、挨拶しに行かなきゃならねぇ」


 灯は、響の顔を見て、ニヤリと笑った。


「ああ。……カチコミの時間だ」


 虹色の夜。 魔都の闇の奥で、二つの運命が交錯し始めていた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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