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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
紅蓮の黙示録(クリムゾン・アポカリプス)編

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第三話「虹海の陰謀」2

第二章 雷を呼ぶ少女


「じっちゃん! ただいま! 今日の収穫だよ!」


 湿った路地裏の空気を切り裂いて、元気な声が響いた。 ボロボロの暖簾をくぐり、一人の少女が屋台へと飛び込んでくる。 栗色のお団子頭に、赤と黒のチャイナ服をアレンジした、動きやすそうな衣装。 身長は辰巳響(たつみ ひびき)よりも頭一つ分小さいが、その身体は鋼のバネのようにしなやかで、はち切れんばかりの生命力に満ち溢れていた。


 李 小蓮(リー・シャオリェン)。 通称、シャオ。この界隈で「神速の運び屋」として知られる、陳 幽寂(チェン・ヨウジー)の養子だ。


 彼女は背負っていた麻袋を、ドン! とテーブルの上に置いた。 中から転がり出たのは、湯気を立てるホカホカの肉まんの山。


「おお、今日は豊作だな」


「へへん! 西街のポン引きどもから巻き上げてきたの! あいつら、お婆ちゃんの財布盗もうとしてたから、ちょいとお灸を据えてやったわ!」


 シャオは鼻の下を擦り、得意げに笑った。その笑顔は、スラムの汚れた空気などものともしない、向日葵のような明るさを持っていた。


「ん? お客さん?」


 シャオが、響たちに気づく。 彼女の瞳が、興味津々に輝いた。


「わあ! 外国の人だ! ……ねえねえ、あんたたち何食べてるの? それ、じっちゃんの特製『七色龍珠』!?」


 シャオは、響が持っている空の器を指差した。


「これ、すっごく美味しいけど、ビリビリするんだよねー! 私も大好き!」


「……マジか。お前もこれいけんのか?」


 響が驚いたようにシャオを見る。このタピオカは、龍の魔力が練り込まれた劇薬に近い代物だ。 普通の人間なら、一口食べただけで魔力酔いを起こして倒れるか、内臓が焼け爛れる。それを「美味しい」と言ってのけるこの少女。


「うん! 元気出るし、お腹いっぱいになるし! ……あ、そうだ! これあげる!」


 シャオは、山積みの肉まんの中から一番大きなものを掴み、響に放り投げた。


「お近づきの印! あんた、なんか気が合いそうだし!」


 響は、反射的に肉まんを受け取った。 温かい。そして、食欲をそそるジューシーな香り。


「……サンキュ。いただくぜ」


 響が肉まんを齧り付く。肉汁が溢れ出し、口の中に広がる。 その瞬間、響の顔がほころんだ。


「うめぇ! なんだこれ、皮がモチモチで、具がギッシリ詰まってやがる!」


「でしょでしょ? 西街の『王記』の肉まんは世界一なんだから!」


 シャオも自分の分を頬張りながら、嬉しそうに笑う。 大食らいで、直感的で、エネルギーの塊のような二人。 言葉の壁を超え(鉄鏡花の翻訳機越しだが)、二人の魂は一瞬で共鳴した。


「アタシは響。辰巳響だ。よろしくな、シャオ」


「私はシャオ! こっちはじっちゃんのチェン! ……ねえねえ、日本のタピオカってどんな味? 今度教えてよ!」


「おう! ミルクティーだけじゃなくて、イチゴミルクとか抹茶とか、色々あんだぜ!」


「抹茶!? 何それ、苦くないの!?」


 二人はハイタッチを交わし、キャッキャと笑い合う。 それは、国境も種族も超えた、純粋な食いしん坊同士の友情の始まりだった。


 久遠灯(くおん あかり)は、そんな二人を微笑ましく見守りながら、チェン爺に小声で尋ねた。


「……元気な孫娘だな。だがあの子、ただの人間じゃねえな?」


「……ああ。拾い子だがね」


 チェン爺は、キセルの煙を吐き出しながら、目を細めた。


「あの子には、特別な『血』が流れている。……本人も知らんことだがな」


 その平穏は、唐突な暴力によって破られた。


 ドォォン!!


 爆音が響き、屋台の屋根が吹き飛んだ。トタン板が舞い、提灯が燃え上がる。 悲鳴を上げて逃げ惑う客たち。


「なっ、何!?」


 シャオが立ち上がる。砂煙の向こうから、数人の男たちが現れた。全員が、黒いスーツを着崩し、腕や首筋に黒い鱗の刺青を入れている。


 大陸系マフィア『黒鱗幇(ヘイリンバン)』。かつて東帝都で響の肝を狙った組織の、本家本元の構成員たちだ。


「チェンの爺さん。……今月の『守り代』がまだだぞ」


 リーダー格の男が、瓦礫を踏みつけながら進み出る。 大柄な男だ。 右腕が肘から先まで、武骨なサイボーグ義手に換装されている。指先からは火花が散り、破壊のための油圧シリンダーが唸りを上げている。


「遅延金も含めて、倍額払ってもらおうか。……払えねえなら、このボロ屋台ごとミンチにしてやる」


「……待てよ」


 チェン爺が、静かに立ち上がろうとする。 だが、それより早く、シャオが飛び出した。


「ここは私の店だよ! 出てって!」


 シャオは、男たちの前に立ちはだかった。 小柄な体躯。 だが、その構えを見た瞬間、灯の目が鋭くなった。


 足幅は肩幅よりやや広く。重心は低く、しかし軽やかに。両手は脱力しているようでいて、いつでも急所を突ける位置にある。 見様見真似ではない。 幼い頃から徹底的に叩き込まれた、洗練された古武術の型。


「ガキが……舐めるな!」


 リーダーの男が、義手を振り上げた。 内蔵されたショットガンの銃口が、シャオの頭に向けられる。


 ズドンッ!!


 発砲音。至近距離からの散弾。 誰もが、少女の頭が吹き飛ぶ光景を想像した。


 だが。


 キンッ!


 硬質な音が響いた。 シャオは、無傷だった。 彼女の右手には、ひしゃげた鉛の塊が握られている。


「え……?」


 男が驚愕に目を見開く。 シャオは、飛来する散弾を「掴み取った」のではない。掌底で弾き、軌道を逸らしたのだ。 音速を超える物体を、素手で。


「遅いよ」


 シャオが踏み込む。震脚(しんきゃく)。 地面が揺れ、男のバランスが崩れる。 その隙を突き、シャオは懐に潜り込んだ。


「ハァッ!!」


 鉄山靠(てつざんこう)。 背中で体当たりをぶちかます。 単純だが、体重移動と呼吸が完全に一致した、絶大な威力を生む体術。


 ドゴォォォォン!!


 リーダーの巨体が、砲弾のように吹き飛んだ。 背後の壁に激突し、そのまま崩れ落ちる。 サイボーグの義手はへし折れ、火花を散らしている。


「……すげぇ」


 響が、食べかけの肉まんを落としそうになりながら呟いた。 龍神である自分でも、あそこまで鮮やかな体術は使えない。 あれは、才能ではない。 修練と、そして何か「人外の力」によってブーストされた、異次元の戦闘能力だ。


「……ふぅ」


 シャオは、乱れたお団子頭を直しながら、残りの構成員たちを睨みつけた。


「まだやる? ……次は、全員まとめてお粥にしてあげるから」


 その瞳は、先ほどの無邪気な少女のものではない。獲物を狩る、冷徹な獣の光を宿していた。


「ひ、ひぃっ! バケモノだ!」


「逃げろ!」


 構成員たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。 静寂が戻った路地裏。 シャオは、ふっと息を吐き、いつもの笑顔に戻って振り返った。


「へへっ。……驚かせちゃってごめんね、響ちゃん」


「いや……マジでカッコよかったぜ」


 響は、心からの称賛を送った。 だが、灯と鏡花は、厳しい表情を崩さなかった。 あの身体能力。 そして、攻撃の瞬間にシャオの身体から漏れ出した、微弱だが禍々しい「気」。


 この少女は、ただの武術の達人ではない。 何者かによって作られた、あるいは改造された「兵器」の匂いがする。


 虹海の闇は、思った以上に深い。 そして、その闇は、この無邪気な少女をも飲み込んでいるのかもしれない。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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