表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
紅蓮の黙示録(クリムゾン・アポカリプス)編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/9

第一話「魔女狩りの夜、紅(くれない)の逃走」3

第三章 魔都・虹海(ホンハイ)への船出


「神の御許(みもと)へ!」


 ルシウス・クロウリーの雄叫びが、崩壊した事務所跡地に轟いた。 彼の背負う巨大な十字架――そのガトリングガンが、再び狂乱の回転を始める。 しかし、その多銃身から吐き出される聖銀の弾丸の嵐は、今や久遠灯(くおん あかり)たちではなく、彼を嘲笑う真紅の影へと注がれていた。


「いい度胸ね、ウィッチブレイカー」


 ベルベット・ミラーは、漆黒の革ジャンを羽織ったまま、まるで宮廷舞踏を踊るように優雅にステップを踏む。彼女の口元から、新たな血がにじみ出る。その一滴一滴が空中で硬化し、鏡面のように磨き上げられた「血の盾」となって、弾丸の猛攻をことごとく弾き返していく。


 カキン! バリィン!


 聖なる力と、原初の生命力。 二つの絶対的な暴力が衝突するたびに、事務所の残骸が粉砕され、アスファルトが融解した。 ルシウスの十字架の中央に埋め込まれた聖遺物が、青白く閃光を放つ。その光は、周囲の魔力を喰らい尽くし、ベルベットの力を弱体化させようと試みる。 だが、ベルベットは笑みを崩さない。


「神聖なる拒絶? それは便利な能力だわ。でも、神父様、私の血は魔力じゃない。生命(いのち)そのものよ」


 ズォンッ!


 彼女は煙管を逆手に持ち、地を強く踏み締めた。 直後、地面に突き刺さっていた荊棘(いばら)が一斉に伸び上がり、ルシウスの体を縫い付けようと襲いかかる。 それは血の鞭、血の槍、血の網。物理法則を無視した、純粋な殺意の具現化だ。


「無意味だ! 汚染された生命など、神の光の前ではただの塵芥!」


 ルシウスは、十字架から杭打ち機(パイルバンカー)を射出。杭は血の荊棘を銀の輝きで浄化しながら突き進む。 その瞬間、ベルベットは大きく後退し、周囲の建物の外壁を肘で打ち砕いた。 砕けたコンクリートの粉塵が、血と混ざり合い、視界を完全に遮る。


「逃がすか!」


 ルシウスが前進したその一瞬の隙。粉塵の中を、装甲車が一筋の稲妻のように駆け抜けた。 それが、久遠灯たちに与えられた、唯一の逃走のチャンスだった。


「……ッ、出しな、鏡花!! 全速力だ!」


 装甲車のルーフから車内へと滑り込んだ灯が、息もつかずに怒鳴った。 鉄鏡花(くろがね きょうか)は無言でアクセルを床まで踏み抜く。 改造されたエンジンが悲鳴のような咆哮を上げ、巨大な車体は瓦礫の山を跳ね飛ばしながら加速した。


「うわっ!?」


 車体の揺れに、白雪美流愛(しらゆき みるあ)がバランスを崩し、辰巳響(たつみ ひびき)にぶつかる。


「痛ぇな! 運転荒すぎんだよ!」


「文句があるなら降りろ、駄犬。……背後で核爆発級のエネルギー衝突が起きているんだ。衝撃波で吹き飛ばされたくなければ、何かに掴まっていろ」


 鏡花の声は冷徹だが、その額には脂汗が滲んでいる。彼女の義眼(カメラアイ)には、後方の映像が映し出されていた。 ベルベットとルシウス。二つの怪物が衝突するたびに、神宿(シンジュク)の街並みが物理的に削り取られていく。 それはもはや戦闘ではない。災害だ。


「……なんなのよ、あいつら」


 美流愛が、破れたドレスの裾を握りしめて呻いた。彼女のプライドであるワイヤーは焼き切られ、得意のダンスを踊る隙さえ与えられなかった。 圧倒的な無力感。


「……次元が違う」


 天羽祈(あもう いのり)が、震えながら呟く。


「あの神父……ルシウス・クロウリー。彼の持っている十字架、ただの聖遺物じゃありません。……あれは、『神の権能』そのものを凝縮したような……」


 祈の魔眼には、ルシウスの纏う光が、あらゆる異能を無効化する「絶対的な拒絶」の色に見えていたのだ。 魔法も、妖術も、吸血鬼の再生能力さえも否定する、白紙の力。


「チッ。あんな化け物が、うようよ出てくるってのかよ」


 灯は、空になったM500のシリンダーを弾き出し、新しい弾丸を込めた。 指先が微かに震えているのを、彼女は拳を握って隠した。 恐怖ではない。1000年を生きてなお、未知の脅威に晒されることへの戦慄と、興奮だ。


「港へ急げ。……ベルベットの手配した船があるはずだ」


 港湾地区。第7埠頭。 激しい雨がアスファルトを叩く中、そこには一隻の貨物船が停泊していた。 船体に『黒龍号』と書かれた、見るからに怪しげな密輸船。 タラップの横には、黒服の男たちが立っている。 ベルベットの手の者だろう。


「乗れ! 急げ!」


 装甲車を乗り捨て、7人は雨の中を走った。 タラップを駆け上がり、船内へと転がり込む。 直後、船のエンジンが重低音を響かせ、岸壁を離れた。


「……はぁ、はぁ……」


 船室の床に、全員が泥のように倒れ込む。湿ったカビの臭いと、重油の臭いが充満する狭い空間。 ここが、当分の間の彼女たちの「家」となる場所だ。


「……最悪の船出ね」


 美流愛が、濡れた髪をかき上げながら悪態をついた。


「衣装はボロボロ、メイクは台無し。……これじゃあ、ただの泥棒猫よ」


「お姉様はどんな姿でも美しいです!」


「泥さえもアクセサリーに変える……それがお姉様のカリスマ!」


 双子の亞莉愛(アリア)華琉愛(カルア)が、タオルと着替えを持って甲斐甲斐しく世話を焼く。その変わらぬ忠誠心だけが、殺伐とした空気を少しだけ和らげていた。


 船が大きく揺れる。窓の外を見ると、東帝都の光が急速に遠ざかっていた。灰色の空の下、ネオンが滲んで消えていく。 やっと手に入れた安息の場所。 不味いコーヒーと、腐った鍋の思い出が詰まったあの事務所は、もう瓦礫の下だ。


「……また、全部失くなっちゃった」


 祈が、膝を抱えて呟く。


「せっかく、みんなで暮らせるようになったのに……」


「失くなってねえよ」


 灯が、濡れたコートを脱ぎ捨てながら言った。 彼女は懐から、ベルベットに渡されたチップを取り出し、テーブルの上に放り投げた。


「家は壊れたが、私たちは生きてる。……生きてりゃ、何度でも建て直せるさ」


 灯は、チップを鏡花の端末に接続させた。 ホログラムが展開される。 映し出されたのは、東シナ海を越えた先にある大陸の地図。 そして、その沿岸部に位置する巨大な都市のデータ。


「行き先は?」


 鏡花が問う。


虹海(ホンハイ)


 灯が答えた。


「極東の魔都。……ベルベット曰く、そこに私たちが生き残るための『鍵』があるらしい」


「虹海……」


 響が、ポテトチップスの袋を開けながら呟く。 彼女の顔色は悪い。 東帝都を離れ、土地からのエネルギー供給が断たれた彼女は、常にカロリーを摂取し続けなければ、存在を維持することさえ難しい。


「聞いたことあるぜ。……あそこは、神も悪魔も住み着く、カオスの吹き溜まりだってな」


「そして、吸血鬼の三大勢力の一つ……『ヴァルプルギス家』の影響力が強い場所でもある」


 灯が補足する。


「ヴァルプルギス……?」


 祈が首を傾げる。


「吸血鬼の世界には、三つの大きな血族がある。……一つは、さっきの女狐が率いる『ミラー家』。もう一つは、欧州の暗部を牛耳る古き血族。……そして最後が、私の『親』であるレオンハルトが始祖となる『ヴァルプルギス家』だ」


 灯の声が、一段低くなる。


「ベルベットの狙いは明白だ。……H.L.O.H.(エイチロ)が動き出した今、吸血鬼同士で争っている場合じゃない。私を……レオンハルトの眷属である私を、対抗戦力として利用するつもりなんだろう」


「利用されるんですか? 私たち」


 アリアが不満げにナイフを弄ぶ。


「気に入らねえな。……あんな上から目線の女に、指図されるなんてよ」


 響がバリバリとポテトチップスを噛み砕く。


「……利用されるんじゃない」


 灯は、船窓から見える暗い海を見つめた。その瞳に宿っているのは、逃亡者の怯えではない。 逆襲の機会を窺う、狼の光だ。


「利用してやるんだよ。……ベルベットも、レオンハルトも、そしてあのクソ神父も」


 灯は振り返り、仲間たちを見渡した。


「これは逃走じゃない。……私たちを『バグ』だと断じ、居場所を奪おうとする世界の『ヴァルチアン』と『闇(吸血鬼の始祖)』。その両方のボスを殴りに行くための、カチコミだ」


「カチコミ……」


 美流愛が、ふっと笑った。 その笑顔には、アイドルとしての華やかさと、殺し屋としての獰猛さが同居していた。


「いいわね。……最高のステージになりそう」


「推奨する。……座して死を待つより、生存確率は高い」


「行きましょう! どこまでも!」


「地獄の果てまでついて行きます!」


 鏡花、祈、双子も同意する。 全員の腹は決まった。


「……おい、響。大丈夫か?」


 ふと、灯が響に声をかけた。 響は、ポテトチップスの袋を抱えたまま、窓に額を押し付けていた。その背中が、小刻みに震えている。


「……わりぃ。燃費が悪くてよ」


 響は振り返り、自嘲気味に笑った。 だが、その顔色は蒼白で、唇は渇いていた。ただのエネルギー切れではない。 もっと根源的な、魂の飢え。


「……違うな」


 灯は、響の傍らに歩み寄った。


「お前、何を聞いてる?」


「……へっ。バレたか」


 響は食べる手を止め、西の空――虹海のある方角を見つめた。 その瞳孔が、鋭く縦に裂ける。 人間としての理性が薄れ、荒ぶる龍神の本能が表層に浮き上がってくる。


「……うるせえんだよ」


 響が低く呻く。


「海の向こうだ。……あいつ、さっきからずっとなんか叫んでやがる」


「誰が?」


「龍だ。……アタシと同じ、アジアの龍脈を司る『同胞(なかま)』の一匹。……そいつが、西の空で、大地そのものを喰らい尽くしている」


 彼女が感じているのは、単なる同族の気配ではない。断末魔だ。 そして、その断末魔を上げさせている、圧倒的な捕食者の気配。


「そして、それをさらに……もっと巨大な『何か』が貪っている……」


 響は、自分の胸を強く掴んだ。 共鳴する痛みが、心臓を締め付ける。


「……アタシ、行かなきゃいけない」


 響の目から、強い意志の光が迸った。もう、ジャンクフードを食べる手は止まっている。


「アタシの(アシュラツリー)は外れた。……けど、あいつの首輪はまだ付いたままだ。これ以上、あいつを苦しませるわけにはいかねえ」


 それは、アジアの龍脈が、何者かに食い荒らされている悲鳴。 そして、私たちの新たな任務(オーダー)だ。


 灯は、響の肩を強く叩いた。


「オーケー。……なら、まずはそいつを助けに行くぞ」


「……いいのか?」


「当たり前だろ。……喧嘩売られたんだ。きっちり落とし前つけさせてやる」


 灯はニヤリと笑い、船長室に向かって怒鳴った。


「おい船長! フルスピードだ! ……虹海まで、ノンストップで行け!」


 船のエンジンが唸りを上げる。黒い煙を吐き出しながら、密輸船は波を蹴立てて加速した。


 東の空が白み始める。 朝焼けに赤く染まる水平線の向こうに、まだ見ぬ魔都の幻影が揺らめいている。


『リコリス・ディープ・ニルヴァーナ』。


 地獄(ヘブン)で見つけた愛を胸に、より深く、より暗い救済(ニルヴァーナ)の場所へ。魔女たちの新たな旅が、今、始まったのだ。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ