第八話「双龍、天を焦がして」3
第三章 黙示録の終わり
「……うらぁぁぁッ!!」
辰巳響の拳が、ガラスの球体に突き刺さった。 バヂヂヂッ!! 高密度の魔力障壁と、冷却用の強化ガラスが同時に悲鳴を上げる。響の皮膚が、ジュウジュウと音を立てて焼けていく。数千度の高熱。 神の肉体を持ってしても防ぎきれない、炉心の業火。だが、響は手を引かなかった。 むしろ、さらに深く、肘まで突き入れる。
「熱ぃ……! でも、こんなもん……!」
響は歯を食いしばり、苦痛を咀嚼する。 一度はこの手を止めてしまった。傷つけたくないという躊躇が、結果として最悪の事態を招いた。だから、もう迷わない。 痛くても、傷つけても、引っ張り出す。 それが、泥だらけになって生きることを選んだ、アタシなりの「責任」だ。
指先が、何か柔らかいものに触れた。液体の中に漂う、華奢な肩。ケーブルの感触。
「……捕まえたッ!!」
響は、李 小蓮の身体を鷲掴みにした。全身に突き刺さった接続プラグ。 脊髄に絡みつく神経ケーブル。それらが、シャオをこの地獄に縫い止めている鎖だ。
「離せよ……この、クソトカゲぇッ!!」
響は、足場の装甲を踏み砕き、全身全霊の力で引っ張り上げた。 ブチブチブチッ!! 生々しい断裂音が響く。ケーブルが千切れ、火花と体液が噴き出す。
「ギャオオオオオッ!?」
核を抉られた赤竜が、断末魔のような咆哮を上げる。 その巨体が大きくのけぞり、胸部から大量の蒸気が噴出した。
「おりゃあぁぁぁッ!!」
響は、勢いよくシャオを引きずり出した。緑色の培養液と共に、小さな体が空中に放り出される。意識を失ったままのシャオ。 その身体は、重力に引かれて落下していく。
「リーリン!」
「任せなさい!」
滑空してきた王 麗琳が、風を纏ってシャオを受け止めた。優しく、壊れ物を扱うように。 彼女の腕の中で、シャオは安らかに呼吸をしている。
「……無茶をするわね、貴女は」
リーリンが、呆れたように、しかし安堵の混じった声で言った。 響の右腕は、高熱で焼け爛れ、見るも無惨な火傷を負っている。
「へへっ……。大事な、友達だからな」
響は、痛みに顔を歪めながらも、ニカっと笑った。 その笑顔は、神々しさとは程遠い。煤と血に汚れ、汗臭く、そして何よりも人間臭い笑顔だった。
「グルル……ガアアアアッ!!」
核を失った『黙示録の赤竜』が、狂乱の声を上げた。制御を失ったエネルギーが、体内で行き場をなくして暴走している。 装甲の隙間から赤い稲妻が走り、周囲の空間を無差別に削り取っていく。
「マズいな……。自壊する気だ」
地上で見ていた久遠灯が呟く。 このまま爆発すれば、そのエネルギー量は小型核兵器に匹敵する。虹海が消し飛ぶ。
「トドメよ! このままじゃ街が吹き飛ぶわ!」
リーリンが、シャオを背中の風の結界に固定し、叫んだ。彼女の青い瞳が、覚悟の色に染まる。
「響! 合わせられる!?」
「当たり前だろ! ……アタシの腹は、まだ満タンだぜ!」
響は頷き、残った全ての力を右腕に集中させた。 焼け爛れた皮膚の下で、龍脈が脈打ち、再生と破壊のエネルギーが渦を巻く。 タピオカの糖分も、リーリンから貰った血も、全てをこの一撃に注ぎ込む。
「消えろ、ニセモノ!」
響の全身が、太陽のように輝くプラズマに包まれた。 リーリンもまた、口元に蒼い炎を溜める。風が渦を巻き、雷が奔る。
二匹の東洋の龍が、西洋の悪魔を討つ。 偽りの神話に、終止符を打つ時だ。
「これで……終わりだァァァッ!!」
「双龍・天地崩壊!!」
二人の咆哮が重なった。響の手から放たれた極大の雷撃槍。 リーリンの口から吐き出された、全てを凍らせ焼き尽くす蒼炎のブレス。
二つのエネルギーは、空中で螺旋状に絡み合い、DNAのような二重らせんを描いて赤竜へと殺到した。
ズドオォォォォォォォォォォン!!
世界が、白一色に染まった。 音さえも消失するほどの、圧倒的なエネルギーの奔流。赤竜の巨体が、その光の中に飲み込まれていく。 装甲が溶解し、人工筋肉が炭化し、骨格が塵へと変わる。 再生する間もない。 断末魔すら残さず、機械仕掛けの神は原子レベルで分解され、消滅した。
衝撃波が、雲を散らし、紅い霧を吹き飛ばす。 天を焦がす双龍の一撃は、魔都の上空に巨大な風穴を開けた。
やがて、光が収まった。爆発の余波が引いていくと、そこには信じられないような光景が広がっていた。
虹海の空に、見たこともないほど澄んだ朝日が昇っていた。常に街を覆っていた分厚い紅い霧は、双龍の風によって完全に吹き払われていた。極彩色のネオンではなく、本物の太陽の光が、スラムの汚れた運河をキラキラと照らしている。
「……綺麗」
白雪美流愛が、眩しそうに目を細めた。瓦礫の山となった地上に、二つの影が降り立つ。
響とリーリンだ。 変身は解け、ボロボロの服を着た二人の少女に戻っている。 だが、その表情は晴れやかだった。 リーリンの腕の中には、気絶しているが無傷のシャオがいる。
「響! リーリン!」
灯が駆け寄ってくる。 その後ろから、美流愛、鉄鏡花、天羽祈、そして双子たちも続く。
「……灯」
響は、へたり込みそうになる膝を必死に支えていた。エネルギーは空っぽだ。 だが、仲間たちの顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
「……やったな」
灯は、響とリーリンの前に立つと、二人の頭をクシャクシャと乱暴に撫でた。 言葉少なだが、その手には万感の思いが込められていた。 よく生きて帰ってきた、という労い。 そして、見事だった、という称賛。
「ああ。……キツかったぜ」
「髪がボサボサよ、灯。……やめて」
リーリンは文句を言いながらも、灯の手を振り払おうとはしなかった。彼女にとって、誰かに頭を撫でられるという行為は、これが初めてだったかもしれない。
「お疲れ様、響。……無茶しすぎよ」
美流愛が、ハンカチで響の顔についた煤を拭う。
「うるせぇな。……美流愛こそ、ドレス台無しじゃんか」
「いいのよ。……最高のステージだったから」
「お姉様! リーリン様! 感動しました!」
「新しい龍の誕生……尊いです!」
双子のアリアとカルアが、目を潤ませてリーリンに抱きつく。リーリンは「ちょ、ちょっと! 離れなさい!」と狼狽えるが、その顔は赤かった。
「バイタル安定。……二人とも、命に別状はない」
鏡花が、安堵の息を漏らす。祈は、シャオの寝顔を見て、涙を流して拝んでいる。
「よかった……本当によかった……」
ドクター・メイは、崩壊する虹海タワーと共に姿を消した。 生死は不明だが、彼女の野望である『黙示録』計画は、ここで完全に頓挫した。
「おおぉぉぉぉっ!!」
瓦礫の山から、スラムの人々が顔を出し、歓声を上げている。彼らは見たのだ。 自分たちを守るために戦った、二匹の龍の姿を。 それは、恐怖の対象ではなく、希望の象徴として。
「……へっ。調子のいい連中だ」
響は、照れくさそうに鼻をこすった。 そして、朝日を見上げながら、盛大に腹の虫を鳴らした。
グゥゥゥゥ……。
「……腹減った」
響は、力ない声で呟いた。緊張が解け、極限の空腹感が襲ってくる。 今の彼女に必要なのは、祈りでも称賛でもなく、物理的なカロリーだ。
「じっちゃん、飯! ……死ぬほど腹減った!」
響が叫ぶと、瓦礫の陰から一人の老人が現れた。チェン爺だ。 屋台は破壊され、調理器具も大半が失われた。 だが、彼の瞳は、まだ死んでいなかった。
「あいよ! ……少し待っとれ、若造ども」
チェン爺は、瓦礫の下から奇跡的に無事だった中華鍋と、小麦粉の袋を引っ張り出した。 カセットコンロに火をつける。 ボッ、と青い炎が灯る。 それは、破壊された街に灯った、最初の復興の火だった。
老人は、手際よく小麦粉を練り始めた。パン、パン、と生地を叩く音が、心地よいリズムを刻む。
「肉まんか?」
「いや、時間がかかる。……即席の『葱油餅』だ」
チェン爺は、刻んだネギを生地に混ぜ込み、薄く伸ばして油を引いた鍋に放り込んだ。 ジュワアアァァッ!! 油が跳ねる音。焦げた小麦と、ネギの香ばしい匂いが、硝煙の臭いを塗り替えていく。
その匂いに、全員の腹が鳴った。
「……いい匂い」
祈が鼻をひくつかせ、座り込む。 響とリーリンも、へなへなと瓦礫の上に腰を下ろした。
「なぁ、リーリン」
響が、焼ける音を聞きながら隣の少女に話しかけた。
「アンタ、これからどうすんだ?」
「……さあね」
リーリンは、自分の手を見つめた。鋼鉄の義手ではなく、再生した龍の腕。
「私は罪を犯した。……償いきれないほどの罪を」
彼女の視線が、眠っているシャオに向けられる。シャオを傷つけ、利用しようとした過去は消えない。
「でも……チェン爺は言ったわ。『生きて罪を償え』って」
リーリンは、鍋を振る老人の背中を見つめた。
「だから、私はこの街に残る。……新生した青龍として、このスラムを守るわ。それが、私なりの落とし前よ」
「そっか」
響はニッと笑った。
「じゃあ、アタシは安心して旅立てるな。……あとは頼んだぜ」
「ええ。……任せなさい」
リーリンは、力強く頷いた。
「貴女が帰ってくるまで、この空は私が守るわ。……だから、貴女も行ってらっしゃい、東の龍神」
「おうよ。……あばよ、大陸の青龍」
二人は拳を軽くぶつけ合った。 上下関係ではない。 東と西、二つの空を統べる龍同士の、魂の盟約。
「はいよ! 焼けだぞ!」
チェン爺が、熱々の葱油餅を皿に盛って差し出した。 カリッと焼かれた表面。 中から湯気が立ち昇る。 質素だが、どんな高級料理よりも贅沢な、命の味。
「食え! 好きなだけ食え! ……今日は、奢りだ!」
「……ったく、じっちゃんには敵わねえな」
響は、熱々の餅を素手で掴み、ハフハフと言いながら齧り付いた。カリッ、サクッ。口の中に広がる油とネギの甘み。 それが、平和の味だった。
「美味しい……!」
「五臓六腑に染み渡る……」
灯も、美流愛も、鏡花も。 全員が泥だらけの手で、同じ皿の料理を分け合う。魔都・虹海に、ようやく本当の朝が訪れた。極彩色の夜は終わり、泥臭くも温かい、人間の時間が再び動き出す。
「いただきます!」
響の声が、青空に吸い込まれていった。 その横で、シャオはまだ深く、静かな眠りの中にいる。
「……起きやがれ、寝坊助。美味いモン食いっぱぐれるぞ」
響は、眠るシャオの頬を指でつつき、優しく笑った。 彼女が目覚めるのは、もう少し先の話。 その時こそ、本当の「おはよう」を言う時だ。
瓦礫の山に、仲間たちの笑い声が木霊する。これが、彼女たちの勝利の形。剣を置き、箸を持つ。 ただそれだけの、かけがえのない日常。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




