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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
紅蓮の黙示録(クリムゾン・アポカリプス)編

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第七話「四神の黄昏」3

第三章 継承


 王 麗琳(ワン・リーリン)の最期の言葉は、湿った地下空洞の闇に溶け、誰の耳にも届くことなく消えた。ただ、その唇の動きと、穏やかな微笑みだけが、辰巳響(たつみ ひびき)の網膜に焼き付いた。


「ふざけんな! 死ぬ気か!?」


 響が絶叫する。彼女は手を伸ばした。 指先が、リーリンの泥だらけのドレスの裾に触れる。 だが、遅かった。


 ザシュッ。


 肉が裂ける、生々しくも静かな音が響いた。リーリンの手の中で、銀色のナイフが深々と突き立てられていた。場所は、左胸。 心臓の真上。 命の脈動を刻む、その一点に。


「あ……」


 リーリンの口から、紅い鮮血が溢れ出す。 それは、彼女がかつて求めてやまなかった「龍の血」ではなく、紛れもない人間の赤色だった。だが、その赤は、どんな宝石よりも鮮烈に、薄暗い洞窟の中で輝いて見えた。


「……ガ、ハッ……」


 リーリンの膝が折れる。 彼女は崩れ落ちるようにして、青い水晶体にもたれかかった。胸から噴き出した血が、水晶の表面を伝い落ちる。 青と赤。 相反する色が混じり合い、複雑な紋様を描き出していく。


「リーリン!!」


 響が駆け寄り、彼女の身体を抱き起こす。 軽い。機械化された手足の重みはあるが、その内側にある生命の灯火は、あまりに軽く、儚くなっていた。


「……ば、か……。なんで……」


 響の声が震える。リーリンは、薄く目を開けた。焦点は定まっていない。 だが、その瞳は、どこまでも澄んでいた。 かつての嫉妬も、功名心も、ドクター・メイに植え付けられた狂気も、全てが血と共に流れ落ちていた。


「……私は……本物の龍に、なりたかった……」


 掠れた声。 それは、彼女が生涯抱き続けてきた、たった一つの願い。


「誰かを傷つけるためじゃない……。誰かを見下すためでもない……」


 血に濡れた手が、虚空を掴もうと彷徨う。


「誰かを守れる……気高い龍に……」


 彼女は、自らの過ちを悟っていた。力を求め、魂を売り、多くの人々を犠牲にし、あまつさえ友となるはずだったシャオを傷つけた罪。 その罪の重さは、生きている限り消えない。償うには、命そのものを天秤に乗せるしかなかった。


「……貴女は生きなさい、響」


 リーリンは、最期の力を振り絞り、響の胸をトンと押した。


「生きて……あの赤竜を倒して。……私の、代わりに……」


「……ッ、馬鹿野郎! 代わりになんてなれるかよ!」


 響が泣き叫ぶ。 だが、リーリンはもう答えない。彼女の手が、力なく滑り落ちた。 瞼が閉じる。呼吸が止まる。


 王 麗琳という、龍になれなかった少女の時間は、ここで終わった。


「……う、うあああああああッ!!」


 響の慟哭が、鍾乳洞に木霊する。それは、友を喪った獣の遠吠えであり、無力な自分への怒りだった。


 だが。 その悲嘆を断ち切るように、異変は起きた。


 ピキッ……。


 硬質な音が響いた。リーリンの血を浴びた青い水晶体に、亀裂が走ったのだ。


「……封印が、解ける」


 陳 幽寂(チェン・ヨウジー)が、震える声で呟いた。


 亀裂は瞬く間に広がり、水晶全体を覆い尽くしていく。内部から漏れ出す光が、地下空洞を真昼のように照らし出す。 それは、H.L.O.H.(エイチロ)の聖なる鎖さえも焼き切る、圧倒的な神気。


 パリーンッ!!


 轟音と共に、水晶が砕け散った。光の奔流が巻き起こり、響たちを吹き飛ばす。その中心。 舞い散る光の粒子の中で、一人の男が立っていた。


 古代の道服を纏い、長い黒髪をなびかせた男。 額には二本の角。 その瞳は、深海のように深く、蒼い。


 青龍・王 恒龍(ワン・ヘンロン)。 かつて大陸を守護し、人間に裏切られ、封印された最強の神。


 彼は、幽体(ゴースト)だった。実体はない。青白い光で構成された、魂だけの存在。 彼はゆっくりと、足元に横たわる少女の亡骸へと視線を落とした。


『……見事だ』


 彼の声は、直接脳内に響いてきた。厳格で、威厳に満ち、そして深い慈愛を含んだ声。


『血は薄くとも……その魂は、誰よりも気高き龍であった』


 恒龍は膝をつき、リーリンの亡骸を優しく抱き上げた。 その腕は透けているが、不思議と彼女を支えているように見えた。


『……すまない、青龍よ』


 チェン爺が、地面に額を擦り付けて謝罪する。


『ワシらが不甲斐ないばかりに……。お前を救うために、罪なき娘の命を……』


『謝るな、白虎』


 恒龍は静かに首を横に振った。


『私の肉体は、既に滅んでいる。……封印の中で、生命力は枯れ果てた。残されたのは、この僅かな霊力のみ』


 彼は、自分の透けた手を見つめた。 この状態では、復活した『赤竜』には勝てない。実体を持たない神は、現世に干渉する力を失うからだ。


『だが……ここには、器がある』


 恒龍の視線が、リーリンの顔に戻る。 命を燃やし尽くし、空っぽになった器。 だが、その胸の奥には、まだ熱い「龍への渇望」が燻っている。


 彼は決断した。自らの残る全ての力、全ての権能を、この少女に託すことを。それは、神としての消滅を意味する。 だが、彼は迷わなかった。


『我が力を継げ。……新たな青龍よ』


 恒龍は、リーリンの額に口づけをした。それは、契約の儀式であり、魂の融合だった。


『お前の痛みも、罪も、夢も……全て私が引き受けよう。……共に飛び、共に戦おうぞ』


 ヒュオォォォォォォッ!!


 風が巻いた。 地下空間の空気が、一点に収束していく。恒龍の幽体が光の帯となり、リーリンの傷ついた胸の傷口へと吸い込まれていく。 彼女の心臓が、再び鼓動を始めた。ドクン、ドクン、ドクン。 それは人間の鼓動ではない。 地脈を震わせる、ドラゴンのエンジン音だ。


 奇跡が起きた。


 カッ!!


 閃光が弾ける。 リーリンの身体が、空中に浮き上がった。千切れた左腕の断面から、青い光が噴出し、新たな腕を形成していく。 鋼鉄の義手ではない。鋭利な爪と、硬質な鱗に覆われた、龍の腕。


 ボロボロだったドレスが粒子となって消え、代わりに青い鱗の鎧が彼女の身体を包み込む。 背中からは、折れた金属翼の代わりに、風を纏った光の翼が出現した。


「……あ……」


 リーリンが、ゆっくりと目を開けた。充血していた瞳は、澄み渡るサファイアの青色へと変わっていた。そこには、かつての迷いも、劣等感もない。 あるのは、天空の王としての、絶対的な静謐と力強さ。


 真の龍として新生した、王 麗琳。


 彼女は、大地に降り立った。 その足取りは軽く、重力を感じさせない。 全身から放たれる清浄な気が、地下の淀んだ空気を浄化していく。


「……リーリン?」


 響が、呆然と立ち尽くす。 目の前の存在は、知っているリーリンであって、違う存在だった。 神々しく、美しく、そして懐かしい気配。


「……行きましょう、響」


 リーリンが口を開いた。 その声は、彼女自身の声と、王 恒龍の声が重なり合った、不思議な響きを持っていた。


 彼女は、響に向かって手を差し伸べた。 かつて、響が差し伸べ、リーリンが拒絶した手。今度は、彼女の方から差し出したのだ。


「私たちの空を……取り戻しに」


 響の目から、再び涙が溢れた。今度は、悔し涙ではない。喜びと、安堵と、そして燃え上がる闘志の涙。


「……ああ」


 響は、涙を袖で拭い、その手を強く握り返した。


「行こうぜ、相棒(バディ)!」


 バチバチッ!! 響の身体からも、青白い雷気が迸る。タピオカのエネルギーと、龍脈の共鳴。二人の龍気が混じり合い、螺旋を描いて上昇気流を生み出す。


「行くぞ、野郎ども!」


 久遠灯(くおん あかり)が叫ぶ。 白雪美流愛(しらゆき みるあ)と双子、鉄鏡花(くろがね きょうか)天羽祈(あもう いのり)も続く。


「道を開けろ! ここからが反撃(カウンター)だ!」


 ズゴゴゴゴゴ……!!


 響とリーリンが、同時に飛翔した。地下空洞の天井を、二匹の龍が突き破る。雷と風。青と蒼。双龍が絡み合いながら、地上の光を目指して駆け上がっていく。


 その姿を見送りながら、老いた虎――チェン爺は、深く、深く頭を下げた。 その瞳には、涙が光っていた。


「……往け。若き龍たちよ」


 時代は巡る。 古き神は去り、新たな神話が、今ここから始まる。 魔都・虹海(ホンハイ)の空に、二つの流星が輝いた。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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