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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
紅蓮の黙示録(クリムゾン・アポカリプス)編

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第六話「黙示録の赤竜(アポカリプス・レッド)」3

第三章 泥の底で見る夢


「邪魔だ、どけぇぇぇッ!!」


 辰巳響(たつみ ひびき)の咆哮が、虹海タワーのエントランスを震わせた。 彼女の拳が閃き、強化ガラスの自動ドアを粉砕する。その背後から、久遠灯(くおん あかり)白雪美流愛(しらゆき みるあ)鉄鏡花(くろがね きょうか)天羽祈(あもう いのり)、そして双子が雪崩れ込む。


「警備システム、作動! 全方位からドローンが来ます!」


「うるさい! 落とせ!」


 鏡花の警告に、美流愛と双子が反応する。ワイヤーとナイフが銀色の軌跡を描き、空を舞う無機質な羽虫たちを次々と撃墜していく。灯はM500を片手で撃ち放ちながら、階段を駆け上がる。


「エレベーターは使うな! 閉じ込められるぞ! 非常階段だ!」


 彼女たちは走った。 100階を超える摩天楼を、ただひたすらに上へ、上へと。肺が焼けつき、筋肉が悲鳴を上げる。だが、足は止まらない。 屋台の残骸に残された、シャオのエプロンの切れ端。 それが、彼女たちの背中を焦がす烙印となっていた。


「待ってろ、シャオ! ……今行くからな!」


 響が先頭を切って扉を蹴り破る。 最上階、ペントハウスへの入り口。 そこは、紅い霧に覆われた下界とは隔絶された、冷徹な静寂に包まれていた。


「……遅かったわね」


 部屋の奥、巨大な培養槽の前で、ドクター・メイが優雅に振り返った。その手には、空になった注射器が握られている。 そして、ガラスの向こう側。 緑色の液体の中で、李 小蓮(シャオ)が苦悶の表情で身をよじっていた。


「テメェ……! シャオに何をした!」


 響が掴みかかろうとする。 だが、メイは残酷に微笑み、指を鳴らした。


「孵化の時間よ」


 その瞬間、培養槽の中のシャオが目を見開いた。 白目が反転し、漆黒に染まる。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 少女の口から、人間のものではない、金属を削るような絶叫がほとばしった。注入された『覚醒誘導剤』と、遺伝子に刻まれた「雷帝」の因子が化学反応を起こし、限界を超えた魔力を放出する。


「シャオ!」


 響が手を伸ばす。 だが、その手は届かない。 シャオの悲鳴がトリガーとなり、タワーそのものが痙攣を始めたからだ。


 バリバリ、メキョメキョ……。


 不快な破壊音が、建物の芯から響いてくる。ガラスの壁面に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、そこからどす黒い赤光が漏れ出す。それは、巨大な昆虫が脱皮する瞬間のようであり、あるいは毒々しい花が蕾を無理やりこじ開けるようでもあった。タワーが、内側から食い破られていく。


「……生まれるぞ」


 鏡花が、義眼の計測値を読み上げる声が震えた。


「エネルギー反応、測定不能(エラー)。……これは、生物の範疇を超えている」


 ズガァァァァン!!


 轟音と共に、タワーの上層部が吹き飛んだ。瓦礫の雨が降り注ぐ中、紅蓮の炎を纏った「それ」が、ゆっくりと鎌首をもたげた。


 全長、100メートル超。 かつての『プロト・レッド』とは比較にならない、圧倒的な質量と神威。 全身を覆う真紅の装甲板は、数千人の人間の血液と龍脈エネルギーを圧縮して精製された「賢者の石」で構成されている。背中には六枚の機械翼が展開され、羽ばたき一つで衝撃波を生み出し、周囲の摩天楼のガラスを粉砕した。


 人工ドラゴン・完成体。『黙示録の赤竜(アポカリプス・レッド)』。


「グルルル……」


 赤竜が、虹海の空を見下ろした。その胸部――赤く輝く心臓部(コア)には、ガラスの球体が埋め込まれており、その中でシャオが胎児のように丸まって眠っていた。彼女はもはや少女ではない。 この破壊神を制御し、無限のエネルギーを供給するための「生体炉心」と化していた。


「シャオッ!!」


 響が絶叫した。彼女は瓦礫を蹴り、空へと舞い上がる。懐に残っていた『七色龍珠』の残りを全て口に放り込み、限界を超えて龍神の力を解放する。 全身が青白いプラズマに包まれ、髪が逆立つ。


「返せ! ……アタシの友達を返せ!」


 響の全身から、極太の蒼雷が迸る。 それは天を貫く槍となり、赤竜の頭上へと落雷を招いた。


 ドゴォォォォォン!!


 直撃。 閃光が視界を焼き尽くす。


 だが。


「……嘘だろ」


 灯が呻いた。煙が晴れた後、赤竜は無傷でそこにいた。装甲の表面に微かな焦げ跡がついた程度。 赤竜は、鬱陶しい蝿でも払うかのように首を振り、そして口を大きく開けた。 喉の奥で、圧縮されたエネルギーが渦を巻く。


「グルァァァァッ!!」


 咆哮一発。 それだけで、響が呼び寄せた雷雲が吹き飛ばされ、空に風穴が開いた。圧倒的な出力差。 自然界のエネルギーを借りる響に対し、赤竜は都市一つ分のエネルギーを内包し、自ら生成している恒星のような存在だ。


 赤竜の眼球(センサー)が、宙に浮く響を捉えた。 そこには知性も、感情もない。 あるのは、プログラムされた「捕食」と「破壊」の本能だけ。


 赤竜の口から、ドス黒い熱線(ブレス)が吐き出された。


「響! 避けろ!」


 灯の叫び。響は空中で身をひねり、熱線を回避した。だが、その余波が地上を襲う。


 ジュッ……ドオォォォォン!!


 熱線が下層スラム『澱河(ヨドミガワ)』を直撃した。汚染された運河の水が一瞬で沸騰し、水蒸気爆発を起こす。 水上のバラック小屋が、紙細工のように蒸発し、紅蓮の炎に飲み込まれていく。


「あ……」


 響は、空中で凍りついた。 眼下に広がる地獄絵図。 逃げ惑う人々。燃える家々。彼女が守りたかった場所が、彼女が避けた攻撃によって焼き尽くされていく。


「やめろ……やめろぉッ!」


 響は泣き叫びながら、再び赤竜に向かって突っ込む。拳に雷を纏わせ、コアを狙う。 だが、その拳が届く直前、彼女の視界にシャオの姿が入った。 ガラスの中で眠る、親友の顔。


(……アタシが殴れば、こいつが死ぬ)

(アタシの雷が、またこいつを苦しめる)


 迷い。 刹那の躊躇。 それが、致命的な隙となった。


「どけぇぇぇッ!!」


 響は拳を振り下ろせず、ただ叫ぶことしかできなかった。赤竜は、そんな響の葛藤など意に介さない。巨大な尾が、鞭のようにしなり、響を打ち据えた。


 ドガァァァァン!!


「が、はっ……!?」


 全身の骨が砕ける音。 響は流星のように弾き飛ばされ、墜落していく。


「響!」


 灯が叫ぶ。 美流愛と双子が、ワイヤーを伸ばして響を空中でキャッチしようとする。だが、赤竜の羽ばたきが起こした暴風が、彼女たちを拒絶する。


「くっ……近づけない!」


 響は、汚染された運河の底へと沈んでいった。 水柱が高く上がる。


「撤退だ! ……このままじゃ全滅する!」


 灯は血の涙を流しながら、撤退を指示した。 赤竜は、邪魔者を排除したことに満足したのか、あるいは更なる破壊を求めてか、天龍街の方角へと進路を変えていく。 その背中では、シャオの入ったコアが、心臓のように赤く明滅していた。


 虹海の夜明けは、黒い煙と赤い炎に染まっていた。私たちは、なんとか響を回収し、地下水道の隠れ家――かつてレジスタンスが使っていた廃墟へと逃げ込んだ。


 湿った石畳の上に、響を横たえる。鏡花が応急処置を施すが、傷は深い。肉体の損傷以上に、心の傷が致命的だった。


 響が、うっすらと目を開ける。 その瞳は、死んだ魚のように白濁し、光を失っていた。


「……ごめん」


 響は、掠れた声で呟いた。


「アタシは……神様なんかじゃねぇ……」


 泥だらけの手で、顔を覆う。 指の隙間から、涙が溢れ出す。


「守れなかった……。シャオも、街も……。ただの、無力なガキだ……」


 誰も、言葉をかけられなかった。 かける言葉が見つからなかった。 圧倒的な敗北。 私たちは、「神」と呼ばれる存在が、ただの質量と暴力の前に屈する瞬間を目撃してしまったのだ。


 地上では、赤竜が虹海タワーの残骸に巣食い、勝利の咆哮を上げている。 その声が、地下水道の奥深くまで響いてくる。 紅い霧はいっそう濃くなり、魔都は完全な闇に閉ざされようとしていた。希望は潰えたかに見えた。


 だが。


 その闇の奥底で、チロリと小さな火が灯った。


 キセルの火皿で燃える、赤い残り火。 瓦礫の影から、一人の老人が音もなく現れた。


 チェン爺だ。 屋台は破壊され、スラムは火の海になったはずだ。だが、彼の人民服には、焦げ跡一つ、埃一つ付いていなかった。怪我もない。 ただ、その瞳だけが、老いた虎のように静かに、鋭く輝いている。


「……じっちゃん」


 響が顔を上げる。合わせる顔がない。彼の大切な店も、孫娘も守れなかった。


「泣くな、若造ども」


 チェン爺は、響の枕元に立ち、静かに言った。その声には、絶望など微塵も感じさせない、底知れない力強さがあった。


「龍は、まだ死んでおらんよ」


 彼は、アジトの最奥にある、封印された鉄扉へと歩み寄った。 そこには、古びた封印の札が何枚も貼られている。 チェン爺が手をかざすと、札が青白く発光し、重い扉が独りでに開いた。


 ギギギ……。


 扉の向こうから、涼やかな風と、強大な力の波動が流れ込んでくる。


「この街の地下には……かつて龍脈を守護していた『遺産』が眠っている。ワシらが守り続けてきた、最後の切り札だ」


 老道士は、響を見下ろしてニヤリと笑った。


「神様がスネてどうする。……飯を食って、寝て、また喧嘩しに行けばいい。それが、生きるってことだろうが」


 その言葉に、響の指がピクリと動いた。反撃の鍵は、まだ残されていた。 泥の底から、もう一度空を見上げるために。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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