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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
紅蓮の黙示録(クリムゾン・アポカリプス)編

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第六話「黙示録の赤竜(アポカリプス・レッド)」2

第二章 硝子のプライド


 虹海タワー、最上階。 そこは、雲海を突き抜けた神の領域だった。下界を覆う紅い霧も、腐敗したスラムの悪臭も届かない、人工的に清浄化された無菌室。 壁一面の強化ガラス越しに、極彩色のネオンが星々のように輝いている。


 ウィーン、と静かな音を立てて、エレベーターの扉が開いた。


「……はぁ、はぁ……」


 這い出してきたのは、鉄と肉の塊だった。 王 麗琳(ワン・リーリン)。かつてこのペントハウスで、優雅にグラスを傾けていた美少女の姿は、そこにはない。 彼女の左腕は、破壊された『プロト・レッド』の残骸――巨大な鋼鉄の爪と無骨に融合し、背中からは折れた金属の翼が肉を突き破って生えている。 歩くたびに、接合部から漏れ出すオイルと膿が、純白の床を汚していく。


 彼女は、小脇に抱えた「荷物」を、乱暴に放り出した。ドサリ、と床に転がったのは、意識を失った李 小蓮(シャオ)だった。


「……連れて、きました」


 リーリンの喉から、金属のこすれるような音が漏れた。痛みはない。神経系の半分は機械に置換され、麻痺している。 あるのは、脳髄を焦がすほどの達成感と、渇望だけだ。


 部屋の奥、巨大な培養槽の前で、白衣の女が振り返った。ドクター・メイ。 彼女は、床に広がる汚濁を少しも気にすることなく、優雅に歩み寄ってきた。


「……あら。随分と早かったわね」


「約束、です……!」


 リーリンは、床を這ってメイの足元にすがりついた。鋼鉄の爪が、床材を削り取る。


「連れてきました! あの小娘を! ……約束通り、私に『赤竜』のコアをください!」


 リーリンの瞳が、血走った赤色に輝く。彼女の妄執。龍になれなかった劣等感。響への嫉妬。 それら全てを焼き払い、本物の龍へと生まれ変わるための鍵が、今目の前にある。


「この体じゃ……もう限界なんです。プロトタイプの残骸(ゴミ)じゃ、私の魂を支えきれない! もっと強い、もっと美しい器を……!」


「ええ、そうね」


 メイは、微笑んだ。 それは、実験動物の最期を見届けるような、慈悲深く、かつ無関心な笑みだった。


「よくやったわ、リーリン。……貴女の執念、見事だった」


 メイは、リーリンの頭を撫でるのではなく、その足元に転がるシャオへと視線を移した。彼女はしゃがみ込み、シャオの頬に愛おしそうに触れた。


「損傷なし。脳波も安定している。……完璧な素材だわ」


「……メイ?」


 リーリンが顔を上げる。メイの視線は、一度もリーリンを見ていなかった。彼女が見ているのは、シャオという「部品」だけだ。


「ご苦労さま。……でも、貴女の席はないわ」


 冷徹な宣告。時間が止まったようだった。 リーリンの思考回路が、言葉の意味を理解することを拒絶し、空転する。


「……え? 何を……おっしゃって……」


「聞こえなかったかしら?」


 メイは立ち上がり、冷ややかに見下ろした。


「貴女は『プロトタイプ』の適合者。……失敗作のテストパイロットよ」


「そ、そんな……! 私は王家の血を引く者です! 私以上に、龍に相応しい器なんて……!」


「血統? まだそんなカビの生えたことにこだわっているの?」


 メイは、鼻で笑った。


「私が求めているのは、血筋じゃない。出力(スペック)よ。……完成体(アポカリプス・レッド)の核には、もっと純粋で、無限に増幅可能なエネルギー体が必要なの」


 メイは、再びシャオを見つめる。その瞳には、科学者としての狂気的な情熱が宿っていた。


「この子は特別なの。……彼女の遺伝子には、龍神の雷鳴に呼応し、限界を超えてエネルギーを生み出す『炉心』が組み込まれている」


 メイは、シャオの髪を梳く。


「この子がメインCPU。……そして貴女は」


 メイの視線が、ゴミを見るような冷たさでリーリンを射抜いた。


「ただの『運搬係』よ。……ご苦労さま、廃棄物(スクラップ)


 プツン。


 リーリンの中で、何かが切れた音がした。それは、彼女を辛うじて人間として繋ぎ止めていた、最後の理性だったかもしれない。


 運搬係。 廃棄物。 人生の全てを賭け、肉体を捨て、魂を売り渡してまで求めた「龍」への道が、最初から存在しなかったという事実。


「……ふざけるな」


 リーリンの喉から、どす黒い感情が溢れ出した。


「ふざけるなァァァッ!!」


 絶叫。 リーリンは、鋼鉄の左腕を振り上げた。 恩人でもあり、主人でもあったメイに対する、純粋な殺意。


「私が……私が龍になるんだ! 誰にも渡さない! 私の夢を、私の価値を、踏みにじるなァッ!!」


 彼女は地面を蹴り、メイの喉元へと爪を突き出した。


 だが。


「……学習しない子ね」


 メイは動かなかった。 代わりに、部屋の空気が歪んだ。


 ビビビビビッ!!


 タワーの防衛システムが作動したのだ。壁面から無数のレーザー砲塔が出現し、リーリンに向けて一斉射撃を行った。


「ぐ、ぁああああッ!?」


 高出力のレーザーが、リーリンの身体を貫く。機械化された左腕が吹き飛び、移植した装甲板が融解する。 肉が焦げる臭いと、オイルの焼ける臭いが充満する。


「死に損ないが。……私の神殿で暴れるなんて」


 メイは、虫を払うように手を振った。床から伸びた金属の触手が、リーリンの身体を拘束し、締め上げる。


「が、はっ……!」


 骨がきしむ。内臓が破裂しそうだ。 リーリンは血反吐を吐きながら、それでもメイを睨み続けた。 その瞳の光は、まだ消えていない。


「……死んで……たまるか……」


 彼女は、歯を食いしばった。ここで死ねば、私は本当にただのゴミになる。利用され、捨てられ、誰の記憶にも残らない廃棄物。 そんな結末は、私のプライドが許さない。


「私は……私はまだ……何も手に入れてないッ!!」


 リーリンの背中に残っていた、折れた金属の翼。 そのブースターが、暴走寸前の光を放った。


 ボオォォォォッ!!


 バックファイアが噴出し、拘束していた触手を焼き切る。 リーリンは、解放された反動を利用して、壁際へと弾き飛ばされた。


「なっ……!?」


 メイが目を見開く。リーリンは、血まみれになりながら、全面ガラス張りの窓へと突進していた。


「逃がすか!」


 レーザーが追撃する。だが、リーリンは止まらない。彼女は、残った右腕でガラスを殴りつけた。


「うおおおおおおッ!!」


 パリィィィィン!!


 強化ガラスが粉砕された。強烈な風圧が、室内へと吹き込む。 眼下には、紅い霧に沈む虹海の街並みが広がっている。 高さ数百メートル。落ちれば即死。


 だが、ここに留まることは、死以上の屈辱だ。


 リーリンは、メイを振り返った。その顔は、血とオイルで汚れ、鬼のように凄惨だった。だが、口元だけは、三日月のように歪んで笑っていた。


「……見てなさい」


 彼女は、呪詛のように吐き捨てた。


「私は、必ず戻ってくる。……這い上がって、アンタの喉笛を食いちぎってやる!」


 リーリンは、窓枠を蹴った。 紅い霧の海へと、身を投げる。墜落していくその姿は、翼を折られた鳥のようでもあり、地獄へと帰還する悪魔のようでもあった。


「……チッ。逃がしたか」


 メイは、割れた窓から下を覗き込んだが、リーリンの姿は既に霧に飲まれて見えなかった。


「まあいいわ。……所詮は負け犬。放っておいても野垂れ死ぬでしょう」


 メイは興味を失い、踵を返した。彼女にとって重要なのは、逃げた廃棄物ではなく、手に入れた「(コア)」だ。


「さあ、行きましょう。シャオ」


 メイは、床に倒れているシャオを抱き上げた。 まるで、愛しい我が子をあやすように。


「貴女が、新しい神になるのよ」


 メイはシャオを連れ、奥の培養室へと消えていく。


 一方。 タワーの遥か下方。 スラムの路地裏にある汚水溜まりに、一つの影が落下した。


 ドサッ。


 水しぶきが上がる。 リーリンは、泥水の中で身をよじった。全身の骨が砕け、機械パーツはショートし、激痛が脳を焼く。 だが、彼女は生きていた。 生き汚いほどの執念が、死の淵で彼女を繋ぎ止めていた。


「……う、ぅぅ……」


 彼女は、泥の中から這いずり出た。美しいドレスは見る影もなく、誇り高き王家の末裔としての尊厳は地に落ちた。だが、その充血した瞳には、かつてないほどの暗く、熱い炎が宿っていた。


 憎悪。 メイへの、響への、そして自分を見下した全ての世界への復讐心。それが、彼女の新たな動力源となった。


 リーリンは、傷ついた獣のように、スラムの闇の奥へと消えていく。 いつか、その牙で世界を食い破るその時まで、彼女は泥を啜ってでも生き延びるだろう。

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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