第五話「紅霧の摩天楼」3
第三章 魔女の処方箋
ドクター・メイが指を鳴らした瞬間、無数の培養槽のロックが解除された。 シュウウウ……という排気音と共に、緑色の培養液が排水され、ガラスのシリンダーがスライドして開く。 数千の人工ドラゴン――機械と肉のキメラたちが、その赤いセンサーアイを一斉に点灯させた。 飢餓。生まれたばかりの彼らにプログラムされているのは、ただそれだけだ。 目の前にある有機物を食らえ。
「……ッ、ふざけんな!」
久遠灯が、M500の銃口を天井のモニターに向けた。
「御託は聞き飽きた。……さっさと消えろ、亡霊!」
ズドォォォン!!
轟音。 500S&Wマグナム弾が、メイの映る巨大モニターを粉砕した。 映像がノイズと共に消失し、ガラスの破片が雨のように降り注ぐ。 それが、開戦の合図だった。
「ギャオオオオオッ!!」
「グルルル……ッ!」
ドラゴンの幼体たちが、蜘蛛のように壁を這い、あるいは未発達な翼を羽ばたかせて、私たちに殺到する。 サイズは人間大だが、その爪と牙は鋼鉄をも引き裂く鋭さを持っている。何より、その数が絶望的だ。
「逃げるぞ! ここはもう崩壊する!」
灯が叫び、最も近くにいたドラゴンの頭部を銃床で殴り砕く。
「データは!?」
「抜いた! ……だが、全部ではない! 90%だ!」
鉄鏡花が、端末からケーブルを引き抜きながら叫ぶ。 彼女は左手の義手を変形させ、火炎放射器で迫りくる幼体の群れを焼き払った。
「十分だ! 行くぞ!」
灯が先頭を切る。 だが、辰巳響の足が動かない。彼女は、メイの言葉――「貴女もまた、他者を消費して生きる怪物だ」という呪いに、まだ縛られていた。 目の前のドラゴンたちが、自分と同じ「飢えた同族」に見えてしまうのだ。
「……響! 何してる!」
天羽祈が、響の手を掴んで引っ張った。
「考えちゃダメです! ……今は、走ってください!」
「で、でも……!」
「生きることは、食べることです! ……誰かの命を貰って、私たちは立ってるんです! それを否定したら……響ちゃんを助けてくれた美咲ちゃんや、肉まんをくれたシャオちゃんまで否定することになっちゃいます!」
祈の悲痛な叫びが、響の迷いを断ち切る。 そうだ。 アタシは食べた。 美咲の想いを。シャオの肉まんを。チェン爺のタピオカを。 その全てが、今のアタシを形作っている。 それを「悪」だと認めてしまえば、彼女たちの善意まで汚すことになる。
「……ッ、ああ! わかったよ!」
響は顔を上げた。 その瞳に、迷いはない。あるのは、生き汚いほどの生存本能。
「食ってやるよ! 毒でも皿でも、全部な!」
響が地を蹴る。彼女は通路を塞ぐドラゴンを、ショルダータックルで吹き飛ばした。 雷は使えない。だが、その怪力だけで十分だ。
「こっちだ! 業務用エレベーターがある!」
鏡花が指し示す方向へ、4人は疾走する。背後からは、肉と機械の津波が押し寄せていた。
一方、タワー最上階。絢爛豪華なパーティー会場。
「きゃああっ!」
「な、なんだこの揺れは!?」
下層での爆発と戦闘の振動が伝わり、シャンデリアが揺れ、招待客たちがざわめき始めていた。優雅な音楽は止まり、代わりにけたたましい警報音が鳴り響く。
「あらあら。……下のネズミさんたち、随分と派手にやってくれたわね」
白雪美流愛は、グラスをテーブルに置き、扇子を閉じた。 彼女の周りには、すでに数人の警備兵が、音もなく崩れ落ちていた。 全員、頸動脈を正確に切断されている。
「お姉様、お時間です」
「退屈なパーティーでしたね。……そろそろ、メインディッシュといきましょう」
白雪亞莉愛と白雪華琉愛が、チャイナドレスのスリットからサブマシンガンを取り出す。 その表情は、退屈な令嬢の付き人から、冷酷な掃除屋へと変わっていた。
「お客様、申し訳ございません」
美流愛が、会場の中央へと歩み出る。スポットライトが彼女を照らす。 その美しさに、混乱していた客たちが一瞬息を呑む。
美流愛は、艶然と微笑んだ。 それは、死神の微笑みだった。
「本日のパーティーは終了です。……お帰りは地獄へどうぞ」
彼女が腕を振り上げると同時に、天井の巨大シャンデリアを支えていたワイヤーが切断された。
ガシャァァァン!!
数トンのクリスタルガラスが、マフィアの幹部たちが集まる円卓の上に落下する。 悲鳴。怒号。 ガラスの破片が散弾のように飛び散り、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「殺せ! 女を殺せ!」
生き残った護衛たちが銃を抜く。だが、遅い。 美流愛はすでに踊っていた。 固有能力『殺戮舞踏』。 スローモーションの世界で、彼女は弾丸を避け、ドレスを翻し、ワイヤーで敵の首を刈り取っていく。
「シスターズ、道を開けなさい!」
「「はい!お姉様!」」
双子が左右に展開し、弾幕を張る。美流愛は、その中央を突き抜け、窓際の強化ガラスへと突進した。
「合流地点は屋上よ! ……飛ぶわよ!」
彼女は、躊躇なくガラスを蹴り破った。 夜風が吹き込む。 眼下には、紅い霧に沈む虹海の街並みが広がっている。 彼女たちは、煌めくガラス片と共に、夜空へと身を投げ出した。
虹海タワー、屋上ヘリポート。雨と風が吹き荒れる中、一台の小型飛行艇(VTOL機)が駐機していた。 『虹盾科技集団』の重役用脱出機だ。
「急げ! 追っ手が来るぞ!」
灯たちが、非常階段の扉を蹴破って現れる。全員、油と返り血でドロドロだ。 響が、最後の力を振り絞って鉄扉をねじ曲げ、溶接して封鎖する。 ドンドン! と扉を叩く音と、ドラゴンの咆哮が向こう側から聞こえる。
「美流愛たちは!?」
「上よ!」
夜空から、三つの影が舞い降りた。 美流愛と双子だ。 彼女たちは、タワーの外壁にワイヤーを撃ち込み、振り子の要領で屋上へと着地した。
「お待たせ。……少し運動しすぎたわ」
美流愛は、乱れた髪をかき上げながらウィンクする。そのドレスはボロボロだが、怪我はない。
「乗れ! 飛ばすぞ!」
鏡花がコックピットに飛び込み、システムをジャックする。 エンジンが始動し、ローターが回転を始める。 だが、タワーの周囲には既に無数の防衛ドローンが展開していた。
「逃がさないわよ」
機内の通信機に、不快なノイズと共にドクター・メイの声が割り込んだ。
『私の可愛い子供たちを傷つけて……タダで帰れると思わないことね』
タワーの外壁が開き、対空ミサイルの発射口が鎌首をもたげる。 ロックオン警報が鳴り響く。
「……しつこい女だ」
灯は、開いたハッチから身を乗り出した。手にはM500。 狙うのは、ミサイルそのものではない。 発射口の近くにある、露出した動力パイプ。 あの赤い液体が流れる、タワーの血管だ。
「アタシもやる!」
響が灯の隣に立つ。 彼女はポケットから、チェン爺に貰った予備の『七色龍珠』を取り出し、口に放り込んだ。 バチッ! 瞳に雷光が宿る。
「あわせて!」
「おうよ!」
灯の銃弾と、響の雷撃が同時に放たれた。
ズガァァァァン!!
パイプが破裂し、高エネルギーの液体が霧散して引火した。 爆発。 連鎖的な誘爆が起こり、対空砲塔が炎に包まれる。その隙に、飛行艇は急上昇した。 Gが身体を押し付ける。
眼下で、虹海タワーが赤く明滅していた。 それは、傷ついた獣のようでもあり、怒りに震える心臓のようでもあった。
『逃げても無駄よ……。私の最高傑作は、もう孵化めかけている。……世界は、赤く染まるわ』
メイの呪詛のような言葉を残し、通信が途絶えた。
飛行艇は、追跡を振り切り、スラム街の外れにある廃棄された埋立地に着陸した。 ボロボロになった7人は、泥の上に倒れ込む。
「……生きてるか?」
「なんとかね……」
美流愛が、ヒールの折れた靴を脱ぎ捨てる。 全員、満身創痍だ。 だが、鏡花の懐には、タワーのメインサーバーから抜き取ったハードディスクが握られていた。 命がけで奪取した、「真実」の欠片。
「……解析する」
鏡花は休むことなく、携帯端末をディスクに接続した。 ホログラム・ディスプレイが展開され、膨大なデータが流れていく。人工ドラゴンの設計図。 極秘ファイル『プロジェクト・黙示録』。
そして、あるフォルダを開いた瞬間、鏡花の手が止まった。
「……これは」
画面に表示されたのは、見覚えのある化学式と、精製ルートの図面だった。 複雑な分子構造図。そのタイトルには、こう記されていた。
『廃棄物処理報告書:コードネーム“Blue Tears”』
「おい、鏡花。それって……」
久遠灯が、目を見開いて覗き込む。
「……間違いない。『箱庭の揺り籠』が使っていたドラッグ、『青い涙』の精製データだ」
「なんだって!?」
辰巳響が身を乗り出す。天羽祈が口元を押さえる。
「まって。……『廃棄物』って、どういうこと?」
美流愛が鋭く問う。 鏡花は、怒りを押し殺すように淡々と事実を読み上げた。
「ここにあるデータによれば……『青い涙』は、人工ドラゴンの製造過程で生じる『産業廃棄物』だ」
「は……?」
「ドラゴンを培養する際、その血液と龍脈エネルギーを混合する。……その過程で生じる不純物を含んだ廃液。それが『青い涙』の正体だ」
全員が絶句した。 あのドラッグ。松金優奈を殺し、多くの人々を廃人にし、御堂蓮が「救済」と信じて世界にばら撒こうとした奇跡の薬。 その正体が、ただの「ゴミ」だったというのか。
「ドクター・メイは、この廃液に強力な幻覚作用があることに気づき……それを『商品』として再利用したのだ」
鏡花が、取引履歴のファイルを開く。そこには、東帝都のカルト教団『箱庭の揺り籠』への出荷記録が残されていた。
「御堂蓮は、メイから技術供与を受けていたつもりだったのだろう。……だが実際は、彼女にとって都合の良い『処分場』であり、大規模な人体実験のモルモットに過ぎなかった」
「……ふざけんな」
灯が、地面を拳で殴りつけた。血が滲む。
「あいつは……御堂は、狂ってはいたが、本気で人間を救おうとしていた。……その信念ごと、ゴミ扱いされてたってのかよ」
灯の脳裏に、バベル・タワーの最期がよぎる。 誰にも理解されず、孤独に死んでいった男。彼さえも、メイの手のひらの上で踊らされていただけだったのだ。
「許せねぇ……!」
響が吠える。
「アタシの同胞を切り刻んで……その血をドブ水みたいに垂れ流して……! それで金儲けしてやがったのか!」
怒りが、全員の胸に火をつける。ドクター・メイ。 彼女は単なる敵ではない。 私たちがこれまでに流した血と涙、その全ての元凶だ。
「……まだある」
鏡花の声が、さらに低くなった。 彼女は、震える指で次のファイルを開いた。 それは、さらに残酷な真実を告げるデータだった。
「……被検体リストだ」
画面に表示されたのは、『被検体コード:雷帝』という記述。 そして、添付された顔写真と身体データ。
栗色のお団子頭。 あどけない笑顔。 そして、DNA螺旋構造図に組み込まれた、人工的な「龍の因子」。
李 小蓮。 シャオだ。
「……嘘だろ」
響が、絶句した。 震える指で、画面に触れる。
データには、残酷な事実が記されていた。彼女は、人間ではない。 ドクター・メイが、最強の人工ドラゴン――『黙示録の赤竜』を制御するために作り出した、生体キーであり、制御ユニットそのもの。彼女が「雷」に反応して暴走するのは、彼女の中に埋め込まれたドラゴンの本能が、同質のエネルギーに呼応するからだ。
「あいつが……兵器……?」
響の脳裏に、肉まんを頬張るシャオの笑顔が浮かぶ。
『じっちゃん! ただいま!』
『日本のタピオカってどんな味?』
あんなに人間らしく、あんなに温かかった彼女が。 全て、作られた偽物だというのか。
「……そんなの、ありかよ」
響は、地面を殴りつけた。 泥水が跳ねる。
「あいつは……シャオは、アタシの友達だぞ! モノじゃねぇ! 部品なんかじゃねぇよ!」
「……響」
灯が、響の肩に手を置いた。 その手は、強く、温かかった。
「事実は変えられない。……だが、結末は変えられる」
灯は、遠くに見えるスラムの灯りを見つめた。 あの灯りの下に、何も知らないシャオがいる。 チェン爺の屋台で、今日も客引きをしているはずだ。
「あの子が『鍵』なら……私たちがやることは一つだ」
灯は、M500に弾を込めた。
「その鍵を、誰にも渡さないことだ。……たとえ、世界中を敵に回してもな」
響は顔を上げた。 涙を拭い、頷く。
「……ああ。当たり前だ」
彼女は、シャオを守る。神としてではなく、ただの友達として。 たとえその正体が、世界を滅ぼす怪物であったとしても。
紅い霧が、以前よりも濃く、街を覆い始めていた。 それは、来たるべき「龍王大戦」の幕開けを告げる、血の色だった。
自分が読みたい物語を書いています。
可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。
(制作に関してAIを利用しています)




