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リコリス・ディープ・ニルヴァーナ  作者: ネオもろこし
紅蓮の黙示録(クリムゾン・アポカリプス)編

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第五話「紅霧の摩天楼」2

第二章 龍の培養槽


 重厚な扉の向こう側に広がっていたのは、オフィスビルの地下施設などという生易しいものではなかった。 そこは、巨大な生物の腹の中だった。


「……うっ、ぷ……」


 辰巳響(たつみ ひびき)が、口元を押さえてうずくまった。無理もない。 鼻腔を犯すのは、濃厚な獣臭と、鉄錆の臭い。そして、鼻の奥がツンとするような高濃度の魔素(マナ)の刺激臭。 壁面を覆うのはコンクリートではない。半透明の樹脂と有機素材でコーティングされた、ヌラヌラと光る「肉壁」だ。 その表面を、太いパイプラインが血管のように張り巡らされ、ドクン、ドクンと不快なリズムで脈動している。


「……おい、鏡花。このパイプの中身、なんだ?」


 久遠灯(くおん あかり)が、作業着の袖で鼻を覆いながら尋ねる。パイプの中を流れているのは、鮮やかな、しかしどこか蛍光色を帯びた「赤色」の液体だ。


 鉄鏡花(くろがね きょうか)は、剥き出しになったパイプの接続部にセンサーを当てた。 義眼にデータが走る。数秒後、彼女は顔をしかめた。機械的な無表情でさえ隠しきれない、嫌悪の色。


「……精製された『龍脈エネルギー』と……『血液』の混合液だ」


「血だと?」


「ああ。それも、人間のものではない。……様々な亜人種、妖怪、そして微量だが『龍』の因子も含まれている」


 鏡花は、汚染されたデータを振り払うように手を振った。


「このタワーは、地下から吸い上げた龍脈を、生体血液と混ぜ合わせて『燃料』に変えている。……そして、それを最上階まで循環させているのだ。まるで、植物が根から養分を吸い上げるように」


「だから、こんなに臭ぇのかよ……」


 響が、顔を青ざめさせて呻く。彼女は龍神だ。 同族の血、あるいはそれに近い高位の霊的生物がすり潰され、液体燃料としてパイプの中を流されている感覚。 それが、生理的な吐き気を催させるのだ。


「……ひどいです」


 天羽祈(あもう いのり)が、壁に手を触れた。ビクリ、と壁が反応し、波打つ。


「壁の向こう……たくさんの『痛み』が聞こえます。……死にたくない、痛い、帰りたいって……」


 祈の魔眼には見えているのだろう。 このタワーの建材として埋め込まれた、あるいは燃料として消費された者たちの残留思念が。


「行くぞ。……元凶は、この奥だ」


 灯は、M500を作業着の懐で握りしめ、先へと進んだ。 迷宮のような通路。 角を曲がるたびに、警備用のドローンや、徘徊するキョンシーとすれ違いそうになる。だが、鏡花のハッキングと、祈の魔眼による先読み、そして灯の隠密技術で、戦闘を避けながら深部へと潜っていく。


 やがて、一行は最深部の巨大なエアロックの前に辿り着いた。 セキュリティレベル・レッド。 鏡花が電子ロックを解除する。 プシューッ、という排気音と共に、扉が開いた。


 その先に広がっていた光景に、全員が息を呑んだ。


「……なんだ、ここは」


 そこは、広大な吹き抜けの空間だった。 天井が見えないほど高い。 そして、その壁面一面に、無数の巨大なガラス円筒――『培養槽』が並んでいた。 数にして、数百、いや数千。緑色の培養液に満たされたその中で、何かが眠っている。


 鋼鉄の骨格と、培養された肉体。背中には未発達な翼。 鋭利な爪と牙。


「……ドラゴン」


 響が呟く。 それは、この間、戦った『プロト・レッド』によく似ていた。 だが、サイズはもっと小さい。人間大か、それより少し大きいくらいだ。胎児のように丸まり、管に繋がれて眠る、機械仕掛けの竜の幼体たち。


「量産型……ということか」


 鏡花が、近くの培養槽に歩み寄る。 ガラス越しに、ドラゴンの幼体と目が合う。 瞼はない。赤いセンサーが、眠ったまま明滅している。


「これだけの数を、実戦投入するつもりか? ……世界を焦土に変える気だぞ」


「……待ってください」


 祈が、震える声で言った。 彼女は、培養槽の側面ではなく、その「中心」を見つめていた。ドラゴンの胸部。 装甲と肉の隙間、心臓があるべき場所。 そこには、赤く発光するコアが埋め込まれている。


「あのコア……。ただの機械じゃありません」


 祈のオッドアイが、限界まで見開かれる。 彼女の目には、そのコアから立ち昇る「魂の色」が見えていた。


「……中に、人がいます」


「は?」


 灯が、慌てて培養槽に顔を近づける。 赤い光の明滅に合わせて、コアの内部が透けて見えた。


 そこには、人間がいた。 大人の男、女、あるいは老人。 彼らは、胎児のように小さく折り畳まれ、あるいは切断され、脳と心臓、脊髄だけを抽出された状態で、機械の心臓部(ユニット)に封入されていた。 口には呼吸器が、脳には電極が刺さっている。 ピクリとも動かないが、死んではいない。 生きたまま、ドラゴンの制御中枢(CPU)として組み込まれているのだ。


「……嘘だろ」


 響が後ずさる。他の培養槽を見る。 あっちにも、こっちにも。全てのドラゴンの胸に、人間が入っている。


「誘拐された人々……」


 鏡花が、端末を操作してデータを照合する。


「虹海周辺で行方不明になった旅行者、スラムの浮浪者、そして……霊的素養を持った子供たち。……彼らは殺されたのではない。部品(パーツ)にされたのだ」


 ドラゴンの心臓部には、霊力を持つ人間が不可欠なのだ。 機械だけでは再現できない「魔力」の生成と制御を行うために。彼らは、一生この培養液の中で、ドラゴンの夢を見ながら、その命を吸い尽くされるまで生き続ける。


「……吐き気がする」


 美流愛が、口元を押さえる。 彼女もまた、かつては「部品」として扱われた身だ。 だが、これはその比ではない。 尊厳などという言葉すら生ぬるい。徹底的な、命の冒涜。


「――素晴らしいでしょう?」


 唐突に、空間全体に艶やかな声が響き渡った。頭上のスピーカーからではない。 培養槽の一つひとつが共鳴し、音を奏でているような、包み込むような声。


「誰!?」


 灯が銃を構える。 フロアの中央、天井から吊り下げられた巨大なモニターが、ノイズと共に点灯した。 そこに映し出されたのは、豪奢なソファに座り、ワイングラスを傾ける美女の姿だった。


 ドクター・メイ。 本名、幽 冥(ユウ・メイ)。 『虹盾科技集団』総経理にして、魔術結社『黄昏の黙示録団』アジア支部を統括する狂気の科学者。


 彼女は、モニター越しに灯たちを見下ろし、優雅に微笑んだ。 その手にあるワインは、培養液と同じ毒々しい赤色をしていた。


「ようこそ、私の『養殖場(ファーム)』へ。……汚い作業着がお似合いね、お嬢さんたち」


「テメェ……!」


 響が、モニターに向かって吠える。


「よくも、こんな……! 人間を何だと思ってやがる!」


「何、とは?」


 メイは、心底不思議そうに小首をかしげた。


「彼らは選ばれたのよ。……無価値な人生を終え、偉大なる『神』の一部となる光栄に浴したのです」


 彼女は、背後の培養槽――無数のドラゴンたちを指差した。


「龍とは、強大なエネルギーの器。……中身が何であれ、器さえ完璧なら『神』は作れるのよ」


 メイは語る。 彼女が進める計画、『黙示録(アポカリプス)』の全貌を。


 アジア全土から龍脈を吸い上げ、そのエネルギーを充填した「人工ドラゴン」を量産する。それらは単なる兵器ではない。既存の国家、軍隊、そして宗教を破壊し、焼き尽くすための「新しい神話」の怪物たち。 その制御ユニットとして、霊力のある人間を消費する。 人間は、神を動かすための電池であり、神経回路に過ぎない。


「消費されるだけの命に、意味を与えてあげたの。……感謝こそされ、恨まれる筋合いはないわ」


「ふざけるなッ!!」


 響が激昂した。彼女の拳に、青白い電撃が走る。周囲のガラスが共鳴し、ピキピキと音を立てる。


「命は……命は、道具じゃねえ! 誰かのために使い潰されていいもんじゃねえんだよ!」


 響は、自分自身の過去を重ねていた。 京帝で、穢れ処理の道具として扱われた自分。 そして今、同じように道具として消費されている人々。 その怒りが、彼女の理性を焼き切ろうとする。


「あら。……貴女に言われたくないわね」


 メイが、冷ややかに笑った。 その瞳が、モニター越しに響を射抜く。


「……貴女だって、同じでしょう?」


「……あ?」


「貴女は、東帝都(ナワバリ)を失い、エネルギーの供給を絶たれた。……だから今、物理的なカロリーを摂取し、他人の魔力を奪って生き延びている」


 メイは、ワインを一口啜った。


「それはつまり……『人間や、他の生物の命を消費して、神としての自分を維持している』ということでしょう?」


 響の動きが止まる。


「貴女が食べている肉、野菜、そしてタピオカ。……それを作るために、どれだけの命と労力が消費されたかしら? 貴女はそれを『供物』として貪り、自分の力に変えている」


 メイの声は、甘く、そして残酷な毒のように響の心に浸透していく。


「私たちがやっていることと、何が違うの? ……強者が弱者を食らい、より高次な存在へと昇華する。それは生命の(ことわり)よ」


「ち、違う……! アタシは……!」


 響が後退る。 反論しようとして、言葉が詰まる。確かに、今の自分は、他人の作った飯を食い、他人の助けを借りて、辛うじて立っている。 それは、メイの言う「搾取」と何が違うのか? 神とは、本質的に他者を犠牲にして成り立つ存在なのではないか?


 響のトラウマ――「誰にも必要とされず、ただ消費されるだけの存在」という恐怖が、メイの言葉によって抉り出される。


「う……あ……」


 響の身体から、力が抜けていく。 電撃が霧散し、彼女はその場に膝をついた。


「所詮、貴女も怪物(モンスター)よ。……私たちと同じ、飢えた獣」


 メイは、勝利を確信したように微笑んだ。そして、グラスを掲げる。


「さあ、議論は終わりよ。……私の可愛い子供たちに、餌を与える時間だわ」


 彼女が指を鳴らすと、培養槽のロックが一斉に解除された。シュウウウ……という音と共に、培養液が排出されていく。数千の人工ドラゴンが、その赤い瞳を一斉に開いた。


「……目覚めなさい。食事の時間よ」

自分が読みたい物語を書いています。

可能な限り更新できるようにしていきたいなぁと思っています。

(制作に関してAIを利用しています)

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