BREAK-IN|ANSWER?2>&1
(Previously) 旧知の変人たちに拘束から解放され、生贄儀式の真相を知った少年。
逃げた犯人を追った先にいたのは、存在しないはずの蛇神の巨大な姿だった。
「蛇神…さま」
思わず呟く。
赤く染まりかけた曇り空を背景に、鎮座する巨大な鋼鉄の怪物の姿。それはどこか荘厳ですらあった。
「違うぞ。レギオンだ」
冷静な声に、即座に否定される。
「運よくミミの拘束から逃げられたのに、秒で喰われるとは結局ツイてない奴だ。まあ因果応報か」
「いんがおほーだ。ナムアミダブツ」
「レギオンじゃないですか!!」
二人に向かって思わず怒鳴る。
「見りゃわかるし?」
「そう言っただろ?」
「そうじゃなくて!禁足地の話は何だったんですか?デタラメですか!?」
「気持ちは分かるけど、そう人間不信になるなよ少年。よく見ろ。あれの眼」
眼。
赤く光る、怒れる眼。
「…赤目…」
「手負いっぽいね」
「だな。あんなデカブツがいつ、どこで傷を負ったのやら」
白衣の腕を組む。
「高速化、透明化、自己修復、同期や援護。ご存じとは思うが赤目になると、レギオンの常識が通じない様々な機能が発現する」
「…禁足地無効ですか?」
僕にはわからない。思い出せないだけなのか、そもそも知らないのか。
「というかリミッター解除かもな。厄介そうだ」
「クルマはあっちだよ。こっそり行こ」
「…いえ。僕は彼女を助けます」
一歩前に出る。二人が目を丸くする。
「助けるゥ?正気かい?」
「…あの人が何しにここへ来たかは、分かってるんだよね?」
「……それは」
蛇型の頭部に宙高く咥えられた彼女を見上げ、唇を噛む。まだ生きているのかすら分からない。
命を奪いに来た人。おかしいのは、自分だ。
「でも、助けたいです。見捨てて逃げる気には、なれません」
寝床を借りた。ご飯を作って貰った。
たとえ、すべて嘘だったとしても。
まだ、お礼のひとつも言えてないのだ。
「一宿一飯の恩義とはまた義理堅い…」
「…でもさ、カッコいいね。男のコだ」
そんな相棒の感興に、白衣の人は溜息で応えた。
「はぁー。どうせいつか、何かでパッと死ぬんだからさ…。それまでは危険に首突っ込まずに生きようぜ、ってのがウチら弱者の生き方なんじゃないのかな?少年」
鉄の巨竜の赤目が、こちらを見下す。
見つかっている。もう逃げることも、簡単じゃない。
「今日この時が人生の最終回でもいいのかい?」
「寝覚めが悪いって…言ってくれたじゃないですか」
絞り出した僕の言葉に、彼女は小さく息をつく。
そこには微かな笑いが含まれていた。
「一本取られたね。じゃあどうする」
彼女は白衣のポケットに両手を突っ込み、真っ向から巨大な敵を見上げる。
「何か武器とかないんですか」
「ボーイ、大人をからかっちゃいけないよ…」
白衣の人が、あきれたように目を細める。
…いや年齢はそんな言うほど離れてないよね。せいぜい姉と弟ってとこでは。
「ナイフ?拳銃?鉄パイプ?…戦車でも持ってこないと、並の武器じゃあどうにもならんだろコレ」
「鉄パイプならなんとかしちゃう人がいるね〜」
あれは規格外だろ、と呟く。誰の話?
「じゃ、じゃあ何か技とか…道具とか…」
「ヒーローか何かと勘違いしてるね?ウチらはただの『廃品利用業者』だよ?」
「探して拾って直して売るのがお仕事さ!売るつっても物々交換だけど!」
タマさんの言葉に、なぜかミミさんが胸を張る。
「…といいつつ、なんとかしちゃうのがウチらだけどね」
「武器はないけど、オモチャは色々あるもんね〜!」
『ハーイコンバンワ!アタシネンネチャン!ママハドコ?』
「な…なんですかそれ」
タマさんが白衣のポケットから出したのは。
拳より少し小さい位の、飾り気のない金属製の立方体。
『パパハオシゴトイソガシイノヨー』
それは妙な音…声?を出し続けている。
「レギオンは弱点になり得る入力端子を持たず、無線も持たず、体表面接触による通信のみを機能として持っている」
『イッショニネマショ?オヤスミー』
「はあ」
「彼ら同士は身体で直に触れ合えば、言葉にしなくとも意図が通じ合える、というわけだ」
「へぇー、なんかエッチだね?」
いやエッチではないけど?
『ハーイコンバンワ!アタシネンネチャン!ママハドコ?』
しかしうるさいなコレ!ループしたし!
「で、このキューブはレギオンの体表を模した構成で脆弱性を突くものだ。接触の通信路から多層プロトコル解析による強制侵入、からの削除フラグ偽装パケット連続送信による輻輳と圧迫誘発…要するに相手の体表面に、こいつを接触させることができれば」
白衣の賢人が、ちらりとこちらを見る。
「例えるなら『種から根を伸ばして体内に侵入』のような電子破壊が出来る、ってワケだよ。十数秒ほど押し付ける必要はあるけどね」
「このやかましい音?声?はなんなんですか…」
「軍事遺跡で拾った兵器サンプルに、避難シェルター遺跡から拾ったお人形ボイスのトッピングだよ。なおこの音声データを延々と、超高速無限ループで送り続ける仕様にしてある」
ドヤと豊かな胸を張る。なんだそれ地獄か。
「皮肉だね…。悪党の血のほうが」
「綺麗な花が咲く!」
ぱちん、と二人が手を合わせる。
いや意味わかんないし。
と。
それを合図に、ミミさんが動いた。
とてつもない速度の全力ダッシュ。
間髪いれず、即死級の尾の一撃。
「ひょ!」
しかし凄まじい質量は妙な声をあげて躱した彼女を捉えず、轟音と共に直撃した廃墟に暗い大穴があく。
「ほらほら、ボクはこっちだよ!」
金髪を靡かせた、グリーンのジャケットの背が、その中へ消えた。
大型レギオンはそちらに完全に気を取られるようだ。
今のうちに、ということか。
「さて、といっても投げつければいいと言うわけでもない。あのとおり間合いに入ったら即死しかねない大物だ、もうひと工夫を考えないと」
「借りますよ」
「話を聞いてるのかね。投げつけて跳ね返される程度の時間じゃ何も効かないぞ…ってオイ」
手に持って構える。声が遠くに聴こえた。
集中。集中。
視える。不思議だ。
世界が止まっている。
中を通って二階の窓から飛び降りてきた、金髪の艶姿。それを追って、こちらを向く鉄の竜。
狙うべき道。距離、角度、――最短経路。
3次元が、1次元へと収束する。
力なく宙吊りの彼女――シラの身体。その隙間。
撃て。
内面の声に従い、ただ何も考えず、全力で。
会心の一発を、空を切る腕先から解き放つ。
「うわッすげぇ投球!?」
「やったー!いけー!!」
歓声。投げた?誰が?
僕が?
ゆっくりと、世界を再認識してゆく。
投げ放たれた銀色の立方体は、まるで高精度な狙撃の弾丸のように。
巨竜の片目の部品を貫き、突き刺さった。
破片を散らし、レギオンが大きく仰け反る。
「おお、完璧だな…!あれなら眼窩に留まり、侵蝕できる!」
「キミはナニモノー?!すっごーーい!!」
瞬間、視界がやわらかな黒色と肌色とで締め上げられた。
…ほんとに力が強すぎる。息詰まる。
「…ぷは!あの!まだ終わった訳では!」
熱烈に抱きしめてくるバニーの高鳴る鼓動を聞きつつ、脇から視えた巨竜の姿は。
苦しむように大きくのたうつと、徐々にその動きを鈍らせていき。
やがてシラの身体を離し――
「おっと、……はいナイスきゃっち!生きてた!」
「ふむ、十秒かからん位だったか。頭に当てたのが効いたのかな?メモっとこ…」
僕から離れるや否や、宙に解放された人を鮮やかに受け止めた軽業師と。
冷静な白衣の観察者の前に。
鋼鉄の重量で、呪いの廃墟を崩し押し潰しつつ、
巨体は眠るように、その動きを永遠に停止したのだった。
※※※
「結局、逃げられたのか。礼のひとつも言えない聞けないとは、残念だったね」
「いえ。もういいんです。これで」
恩返しやら、人命救助やら、なんて。
身の丈を超えた自己満足だったに過ぎない。
ましてやどんな説得や説教が出来るというのか。
「すごいピッチングだったな。キミの失われた過去に関係があるのか?」
「さあ」
まあ…『祠』がこの有様では、少なくとも同じ手はもう使えないだろうし。
「ふむ。……さあて、と」
二人は並んでシップのボンネットに肘をつき、僕を眺めている。
「またしても『貸し』が増えてしまったかなぁ?少年?」
「そうそう!もうこうなったら、一緒に来るしかないよね!?」
「………分かってますよ」
そう、分かってる。
あえて恩を着せるような言い方をしているのは、遠慮も忖度もさせないためなんだと。
記憶がないという、底なしの不安。
拠って立つ過去がないのなら、せめてまっすぐに生きていこう、とひとり足掻いたとしても。
この荒野ではそのための能力も技術もなくしては死ぬか、歪みに呑まれるかの二択しかない。
今回のことで、それはシンから理解していた。
この二人は。
僕の保護者になってくれようとしているのだ。
記憶も身寄りもない、僕のために。
僕が、まっすぐに生きてゆくために。
そこに何の得もありはしないのに。
溢れそうな目を、メイド服の袖口で拭う。
僕も。
強く、優しく、なれるだろうか。
「…行きます。お供を、させて下さい」
二人の瞳が、喜色に輝く。
「やったー!ね、ボクがお名前決めてい?」
「はあ…。どうぞ」
そういや本当の名が思い出せない身なのだった。
何もないのも不便だし、自分でつけるのも妙だ。
貰えるのなら、有り難く貰おう。
「じゃあ君は今日から『ポチ』だ!」
「旧世界においてはとっても可愛くて、とっても賢い子によくつけられていた名だ。良かったな、ポチ」
「ポチ〜♡」
………やはり、どうにも個性的だった。
まあでも、仲間に入れて貰えた感じはあるのかもしれない。
この二人も、偽名であるのは間違いないのだし。
「…はい。よろしくお願いします」
親しい家族に向けるような、飾らない、二つの笑みが歓迎を示してくれる。
胸の中に、温かいものが拡がる。
「このイカレた時代へようこそ。まずあのデカブツの残骸から仕様閲覧用のGKPを拾ってこようか。読み書き可にして君のにするよ」
「あ、はい」
「いこ〜いこ〜♪」
「ひ、引っ張らないで…」
本当の名で呼び合うことすらない、曖昧な関係性。
でもこの二人の『姉貴分』は、信じていい。
――僕の心はいま、確かにそう感じていた。
(FIN.)




