運命なんてそんなもん
「…話が違うなぁ」
青空の下。大きな花柄のビニールシートを敷いた地べたの上。
三人で、思い思いの場所に座り込む。
「はい、どうぞ!」
「……どうも」
満面の笑みで、籐籠のバスケットから取り出された食料を、手渡しで分けてもらう。
例の赤いスマートな車輌はすぐ横。
よく晴れた空に白い雲、その頂点に近い日差しを遮るのは例のパラソル。
僕と女性二人と、なんとも気楽な昼食どきだ。
…地平線の見える、荒野のド真ん中で。
一見すると気楽なようだが、ほんのわずか運が悪ければレギオンやら盗賊やらに簡単に襲撃されかねない、間抜けなほど無防備な食事シーンである。
あーん、と白帽子の少女が食糧を口に運ぶ。
うれしそうだ。
「ミミ、こいつは記憶喪失だね。西の遺跡で拾った漫画で見たじゃん。忘れるヤツ」
「もぐもぐ…どこのコか聞いたら、送り届けてあげようと思ってたのにね。やっぱり話が違うなぁ〜」
白い陶器のカップが、同じ色の受け皿に重ねられ静かな音を立てる。
カップは二人が同じ柄、お揃いのものだ。
珍しい物を沢山持ってるな。何者なんだ…?
「お茶のお代わりをくださる?メイドさん」
「………………………」
二人の視線。期待の目。
「…………………………………はい」
何がお茶だ。ただ燃料で温めたお湯だろ。
ヤケクソ気味にポットからカップへと注ぐ。
ドスンと出してズイと押しやる。ミミ、と呼ばれる白帽子黒バニー(バニーとは何だ…?)の人は手を叩いて喜んだ。
「わ〜。タマちゃんももらいなよ〜」
「飲み終わったらな」
ニセモノの茶、ニセモノの使用人。
食事もなんのことはない、一般的な保存食。
食うにも困るこの世界で、ゴッコ遊びとはまた優雅なものだ。
…女物の「メイド服」とやらで奉仕させられるのは、屈辱以外の何物でもないのだけれど。
タマ、と呼ばれる白衣にセーラー(崩壊前の軍服らしい)の人は、ずっと眼鏡の奥の視線をGKPの画面に向けている。詳しくは分からないが、何かプログラムを組んでるみたいだ。
眺めていると、突然ぐしゃぐしゃとクセのある黒髪を掻きむしり、イヒヒヒと奇声を上げながらシートの上をごろんごろん寝転び往復し始めた。
シンプルに、怖い。
…状況が良くわからなくなってきた。
ここは荒野。レギオンや賊の闊歩する地獄。
歩き方、話し方、生き残り方は忘れてはいない。
僕はメイド服のまま。いやそれはどうでもいい。
自分が何者なのか。
名前、過去、それらだけが抜け落ちている。
…いや。
ここが何処なのかもわからないのか。
どの方向に、何があるのかも。
二人が言うには、砂漠で倒れていたのを拾ったとのこと。この変な人たちとの縁は、それだけだ。
どうやって生きるか。何の目的も、目標もない。
さしあたっては、水と食糧。…仕事。
この身体には、いったい何が出来るんだ?
どうも、結局野垂れ死ぬ未来しか見えない…。
「メイドさん、休憩するから耳掃除してよ」
「は…?」
初対面のはずなのに気を許し過ぎじゃない?
「…男のヒザ枕なんか嬉しいですか」
「美少年なら全てが許されるという格言がある」
「無い」
記憶はないけど、それは無い。
「…どうぞ」
まぁ…何が出来るかは知らないが。
命を拾ってくれた恩人たちへの、ささやかな恩返しくらいは出来るようだった。
黒紫の娘が嬉しげに耳掻きを寄越して横になる。
白金の娘はなんとも気の抜けた笑顔で見ている。
静かな風が、僕たち三人を撫でて通り過ぎる。
当然の不安と、謎の安らぎが同居した、
それは妙な空間、妙な心境だった。
…どうなるんだ、これから?
※※※
「えーここでお別れでいいの?」
「もうちょっといなよ〜」
「いえ、ここで結構です」
首を横に振る。
ミミさんの運転するシップでしばらくの移動ののち。
スマートな赤い車輌を降り、荒野の大地を踏む。
速度のぶんだけ風を感じるオープンな車体は、乗り心地は非常に良かったことは否めない。
視界の先には廃墟と、小ぶりな農業施設。
人家だ。
「2日くらい行ったらおっきな集落あるよ?」
「考え直すなら今だゾ♡」
運転席と助手席から、交互に声をかけてくる。
「いいえ」
首を横に振る。
「…ちょっとだけ、運転させたげようか?」
「実は男のコなら絶対好きそうな本があってね…こないだ遺跡から手に入れた薄い電子書籍なのだが」
首を横に振る。振る。振る。
「いいえ!ていうかもうイヤですよ!掃除洗濯洗い物、どんだけ人をコキ使う気ですか?!おまけに休もうと思ったら絵本を山程押し付けて!」
「絵本じゃねえマンガですぅ〜」
「面白かったでしょ?」
「面白かったけど!なんで登場人物の格好をさせようとするんですか?!」
「そういう生き物だからだが?」
「小柄な身体に丸っこい茶髪。ツンとした瞳。何を着せても映えすぎちゃってもう」
「とにかく!もう!結構!です!」
制服、軍服、夜会服。
セーラー服にスクール水着。
記憶のない頭に、用途も不明な余計な単語ばかりが短時間で増えてしまった。
恩人だからといっても、流石に限度がある。
…マンガとやらの読み過ぎで、精神が少々おかしくなってるんじゃないのかこの人たちは…。
「…本当に、もういいんです。人の棲む集落まで運んでもらい感謝しています。有難く拾った命で、次の一歩を踏み出します」
「あんな小さな集落じゃ居場所ないかもよ〜?」
「大丈夫です」
断固として答える。
二人は顔を見合わせ、肩をすくめる。
「まぁ仕方ないかぁ」
「じゃあ縁がありゃまた、な」
言うなり、ぽい、と袋を雑に投げて寄越した。
慌てて受け取ったそれには古びたナイフ二本と、
…中身入りの水筒、数日分の携帯食。
食糧だけでも、恐ろしく貴重な品だ。
驚いた僕に、ニヤリと凄みのある笑顔を残して。
二人の車は、急発進で荒野の果てに去った。
…生き残ってみせろ。そう言われた気がした。
巻き上がった砂塵が、衣服の端を揺らす。
スカートというのはいつまでも慣れない…。
あ。
「あー!服ーー!」
僕の血の滲むような叫びは、地平線に消えた。
※※※
「…ということがありまして」
「難儀じゃったの…」
室内は、ガラクタを寄せ集めたような質素な部屋だった。
が、小綺麗に片付いており、居心地は悪くない。
左右にグラつくテーブルを挟み、ボロをまとった一人の小柄な御婆様と、孫娘さんらしい方に事情を説明する。
「分かっていただけましたか」
「はい。その服が貴方の趣味ではないことは」
ああ。
常識的判断が久しぶりすぎて泣きそう。
始めから此処に助けて貰えれば良かったのに。
同い年くらいの孫娘さんはどんな表情をすればいいか困ったようで、結局少し笑った。
集落の人から見ると、ヒラヒラのメイド服を着た若い男が、荒野から突然やってきた訳である。
不審この上ない。
が、逆に盗賊の類にもさすがに見えないということで、長い困惑のヒソヒソ話の末、とりあえずこの小集落は受け入れてくれた。
…こんなの着た盗賊団がいたら相当怖いよな。
とりあえず集落のリーダーであるという老婆の家に案内され、事情を説明したところである。
「ここは何という集落なのです?」
「ヤクバ」
「ははあ。失礼ですが、二人暮らしですか?」
正面に座った老婆と、背に控える娘が頷く。
「補修、運搬、男手は何かとありがたい。再び旅に出るのかは知らぬが、好きなだけ滞在してゆくがいい」
ああ、宿無し記憶無しにはありがたすぎる待遇。
食糧はしばらく世話にならずに済む。
ここはお言葉に甘えて、次の移動の準備をさせてもらおう。
「……」
感謝のつもりの視線を、僅かに反らされる。
二人の表情は、僅かに引っかかるものがある。
そうは思った。
だがその正体が何なのかは、その時点では分からなかった。
※※※
少しだけ肌寒さを感じる、夜。
あてがわれた部屋の外は、月光に照らされた静寂の荒野。
「……」
気のせいか?いや。
何か聴こえた。
ボロ布の布団をめくり、暗闇の中、そっと上半身を起こす。
「……ょ……!」
「…しかし…」
「…でも…」
ーーひとの声?二人、会話…。
知らず知らずのうち、耳を澄ませる。
「…旅の方を、そんな目に逢わせる訳にはいきません」
「しかし満月は明日。もはや猶予はない」
老婆ーー村長の声か。なら、もう片方は。
「いいのです。予定通り、私が」
決意を込めた、しかし、震えた声。
「今年の蛇神様の贄は、私が参ります」
……。
…………。
は?




