遊びをせんとや生まれけむ
ーー水。
陽光が照る真昼の砂漠を、あてもなく彷徨う。
目を閉じてもなお眩しい無限。もはや汗もない。
死ぬのか。死ぬべきなのだろう。
殺した。
師。友、仲間、
逆らう者も、逆らわぬ者さえも。
殺した。
ひとつひとつの死が、身体に纏わりついている。
記憶としても。何か、別のものとしても。
ーー水。
生きたいのか。この身体は。
浅ましい。
あれほどの他人の命を奪いながら、
たった一つの自分の命が惜しいか。
一歩。
また、一歩。
否。
これ以上は、動けそうもない。
不快に渇いた喉を呪いながら、砂地に倒れる。
照りつける陽光が、この血肉を乾かし、
いつかくる砂嵐が、それを消し飛ばすだろう。
この荒野の、砂になれれば。
そうして生まれ変わったなら、ーーきっと、
※※※
「なあなあ」
「なに」
「どうやればオッパイ大きくなんの?」
「今忙しいからあとで教えてあげる」
カタカタと、途切れないキータイプの音。
耳に心地良い、飾らない声と声。
「え〜いま教えてよ」
「だいたいなんで大きくなりたいの」
「おカネ持ちの服はねぇ…タマみたいな立派な胸がないとなーんか似合わない気がしてさ」
さらさらとした衣擦れと、座席の微かに軋む音。
どこか懐かしい、やさしい匂い。
「身長あるからちゃんと似合うよ。ミミは肌も綺麗だし目鼻立ちもいい。恵まれてるよ。かわいいしかっこいいよ」
「ありがとう〜。でもおカネ持ちはさ」
気持ちいい風が、青空を切り取るパラソルの黒いフリルを僅かに揺らしている。
…この傘は、僕への気遣いか。
ここは荒野の岩場と崖付近、停車したシップの後部座席に寝かされている、らしい。
聞こえる会話は、続く。
「この あれはてた せかいを みるがいい。そもそもおカネが存在しないじゃん。何がおカネ持ちだよ」
「なんでぇ〜。国がなくなったから?」
「そうだよ。貨幣も紙幣も国家の信用の裏付けがなければただの石コロと紙キレ。ミミも分かってるしょ」
「『マンガ』の中ではみんなおカネ使ってるのに」
そりゃ昔の人はみんな、属する国家が必ずあったからだよ。
溜息混じりの応答には、何か重い感情が滲んでいる気がした。
「あーまたおカネの出てくる漫画見たいな。タマのGKP貸してよ」
「いまコード組み直してるから無理」
「アタシに貸せ〜!」
「自分のがあんだろ!ウチのを持ってくな!」
「ぎーくぱっどをよこせぇぇ!プギャ〜!」
ドタバタと揉み合う音。『マンガ』とは何だろう。
「ったく…」
「物々交換なんて皆さっさとやめればいいのにな。お、あったあったこれ読みたかったんだ〜」
「現代は不便は不便なんだけど…レギオン狩りが素材金属と汎用パーツとエネルギーを無限に供給してくるし」
「武器とか弾丸もね。なんだかんだ言って、レギオンが無限湧きしなきゃアタシゃらとっくに干からびてるよねー」
「生きてる地下農場の生産規模も結構大きいから、貨幣なくてもなんとなく何とかなっちゃってるんだよな。集落単位なら代用あるでしょ」
赤い、スマートな形状の車輌の中。
自分の知るシップとは移動する武装であり、外敵から身を守る堅牢な生存空間でもある。
こんな天井もない、美しいが無防備なシップは始めて見た気がする。
かろうじて後部には機銃らしきものがあるが。
「現代はメスとかトーマはパックがおカネ代わりかな」
「そう。でも奈落やゴンザではパックがあり余ってるからやっぱり物々交換。結局、一番不足してるのはね」
座り直したのか、微かにスプリングの軋む音。
「『安全な道』。物流がないから、需要と供給のラインが集落ごとにバラバラなのよな」
「それなぁ。相場ってーのが少なくともこの東部には存在しないし、価格調整も規制も不可能。国がなきゃ商法もなーもないんだからそりゃそうだけどさ」
運転席と助手席の二人は、停止した車内でなおもよくわからないことを延々と語る。
間違いなく、行き倒れの自分を、助けてくれた人たちだろう。
手元を見ると、布製のふわふわした人形?たちが自分と一緒に寝かされていた。
「この世界でモノ動かせるならそれだけで資産家になれるわけだけどね。レギオンや盗賊の遭遇リスクが一生付き纏う」
「とはいえ基本的に崩壊前の世界も今も、食料とエネルギーを握ってやっと安心安定、という経済の根幹は変わらん気もするなあ〜。こういうの読んでるとそう思わね?タマちゃん」
「ウチらが遺跡から集めてる品のほうが最終的には価値あるよ」
「でも今は誰も興味ないっぽいよね。集めやすいけど売れもしない。札束のお風呂に入ってみたいという野望がさぁ…」
「ま、そのうちどこぞの御立派な覇王サマが国をおっ勃てるだろ。そこからは勃興勃興、フル勃興だ」
「なにがクニだよ!w」
「それ以上いけないw」
「…あの」
お、という顔で二人が振り返る。
大人びた会話の割に、まだ全然若い顔つき。
自分と変わらない、十代後半といった所だ。
運転席側は、…なんというか凄い格好だった。
肌がギリギリまであらわな光沢布地の黒い服装。その上に戦闘用のジャケットのようなものだけを羽織っている。明るい髪色のロングヘアの上には、つばの広い白い帽子。
興味と好奇心に満ちた眼。派手めであるが、不思議に品のある娘だ。
助手席側は、『眼鏡』の娘だった。
眼鏡とは文明遺跡から稀に発見される、希少な遺物だ。確か、視力の矯正に用いられる。
肩まで程度の暗めの髪色、それとは対象的な純白の白い上衣を軽く掛け流している。
その内は襟と胸元に濃紺の飾り布のついた不思議な服。独特な目つきと歯並びがやや剣呑な印象だが、自然な労りや心配の気持ちを素直に伝えてくれる表情だった。
どちらも奇抜で、奇妙な服装。
「はい、水」
「あ、どうも…」
無造作に出された水筒に、遠慮なく口をつける。
生命が、内側から蘇ってくるのを感じる。
ふー、と思わず息をつく。
何故か二人の、期待の眼。
「…助けてくれたんですね。ありがとうございます」
『そこは『ありがとう…生き返ったよ…』だろうが!』
「え?!」
一糸の乱れなく、声を揃えて怒られる。
仲が良いのは分かるが意味が分からない。
「あの。まず伺いたいのですが。…この服は」
自分自身の服装も、見覚えのないものだった。
黒く、ひらひらのフリルが沢山ついていて、
袖と肩、スカートは品よく膨らみ、
スカートて。
「え?普通のメイド服だが?」
「え?普通の?ぼく男なんですが?」
「え?着替えさせたんだから知ってるよ?」
いや。待て。
いやいや、待て待て。
だいたい僕は、
…ん?
僕は…誰だ?




