【1-2】頼み事
下層。それはこの世界の下にあると言われるもう一つの世界である。この世界を作ったのは、魔鏡領域にいる時の神・スターチスであり、神は殆ど居ないと言われている。
本来下層とここ上層は、スターチスや一部の神を除き、行き来は不可能である。
「それなのに、お前は下層から来たという……」
「……?」
場所を移し、マシロの社にやってくれば卓を挟み女を見つめる。女は困った表情でこちらを見つめ返せば、マシロが茶を人数分盆に乗せて戻ってきた。
「ここに来るまでの事は覚えておらぬのか?」
「ここに来るまで? いや、覚えてはいるんですが……」
表情を変えず、眉を下げたままマシロを見て返す。マシロは湯呑みをそれぞれ俺達の前に置くと、間に座る様に卓の横に座った。
「じゃあ話してみよ」
「はい……その、朝霧に向かう途中に襲撃に遭いまして。その時に戦っていた時、ふと手にしていた薙刀が強い光を放ったんです」
「薙刀……か」
神器か何かか? と呟けば、女ははてと言わんばかりにまたもや首を傾げる。
神器というのは、神によって名を受けた武器や道具の事である。
「神器……か」
「所で下層には神器はあるのか?」
「ん? ああ。あるにはあるぞ。聖園領域には紅様の直系の血を引き継いだ職人達の家があってな。その者達が作る武器は総じて【対神器】と呼ばれておる」
「「対神器」」
神器は知っているが、対神器は知らない。女も分からずマシロに訊ねると、マシロは一瞬こちらに視線を向けた後、再び女を見て言った。
「すべての力を無効化する。神をも恐れる神器だ」
「すべての力を……無効化……そういや」
何か思い当たる事があるのか、女は腕を組み顎に手をやりながら考え込む。
マシロは湯呑みを手にして茶を啜り始めると、俺はふと自分の短刀に手をやる。
(……まさかな)
その特効に覚えはあるものの、偶然だと思った俺は短刀から目を離す。と、そこで女は何かを思い出したかの様に声を上げた。
「私の薙刀……! 森の中に置いてきたのを忘れていた!」
「ん、それは大変だの。キサラギ。取りに行ってこい」
「何で俺が……」
「マコトは病み上がりだからの」
行けとマシロは外を指差す。俺は眉をピクピクとさせながらも、立ち上がり縁側から出れば、社を出て探しに行く。
探すと言っても、白蛇の森はそこそこ範囲がある。それも昨晩雨や風が吹いていた為、どこかに転がっているかもしれない。
(けどまあ、あの怪我だしな)
そこまで移動は出来なかったかもしれないと。炭鉱近くまで戻ってきた後、森に戻り木々を渡る。
シダの葉が地面を隠しよく見えない中、深緑の海の中にキラリと何かが輝くのが見えた。
(あれは……)
木の枝に着地すると、このまま力を入れて踏み出せば、光った方向に向けて飛び出す。
その衝撃でパタパタと雨の雫が舞うと朝日に輝いて煌めいた。
一気に距離を詰めた事で、光を帯びたそれが朝日に照らされた薙刀の刃と分かれば、地面に降りて薙刀の元に向かう。
服と同じく青を基調とした柄を握れば、大きく振って雨水を落とす。
「これ、だよな」
案外早く見つかったなと思いつつ、それを肩に掛け置くと、マシロの社に向かう。
時間にして数分も掛からず、息を切らす事もなく辿り着くと、縁側で立ち尽くす女がいた。
「おい。これか」
「……あ、ああ。あり、がとう」
「……?」
目の前まで来て差し出せば、少し黙った後大きく驚き薙刀を受け取る。そんな女を見つめれば、マシロが女の近くまで出て言った。
「流石早いの」
「……」
マシロには何も交わさず、縁側から家屋の中に入る。と、女もやってくれば、薙刀を傍らに置き正面に回る。
「その、何だ……キサラギって、忍びか何かなのか?」
「……いや、ただの……」
……何だろうな。そこまで気にした事がないから分からない。
面倒臭さとは別の意味で言葉が出てこず考え込むと、代わりにマシロが答えた。
「冒険者と言った方が良いのではないか?」
「俺がか?」
「違うのか? たまに依頼受けていただろう?」
「まあ……受けてはいたが」
でも冒険者という割には行動範囲が狭い気がする。何せこの森か橙月、蘭夏の三箇所を行き来しているだけなのだから。
そう思っていると、黙って聞いていた女が話しかけてくる。
「冒険者……って何だ?」
「冒険者は旅をしつつ依頼を受けて生活している奴らだ。目的のものを出したり、運搬したり……後は討伐依頼とかな」
「ほう、なるほどな……」
こっちには面白い職があるんだなと女は感心する。とはいえ、本気でこれで生活しようものなら最低でもギルドに所属しなければならないが。
基本的に、野良と呼ばれるギルド未所属の冒険者は、安い依頼しか受けられないと聞く。
(まあ俺は主にマシロの使いが大半だからな)
森で手に入ったものを売ったり、マシロを通じて頼まれた討伐などで生計を得ていた。
二人の会話を聞きつつ、茶を口にしていると、女が「じゃあ」と言って、こちらを見る。
「キサラギ。私の依頼、受けてくれないか?」
「聞くだけ聞いてやる。何だ」
若干憂鬱に返せば、女はにこりと笑う。して、おおよそ予想していた頼みを言ってきた。
「私を下層……小刀祢に帰るまで、護衛を頼めないだろうか」
「……報酬は?」
「報酬⁉︎ 報酬は……」
「よいマコト。どうせこやつは暇なのだ。後程小遣いを渡すから安心して使え」
「暇じゃねえよ」
ただ、時期が悪いだけだ。苛立ち混じりにマシロに返すと、マシロはニヤリとして「良いではないか」と言う。
「それに、行き先は分かっておる。下層ならば、魔鏡領域まで行ってスターチスに頼む方が早いからの。まあ、原因がまだはっきりと分からぬ以上、また来る可能性も無きにしも非ずだが」
「なら、行き損じゃねえか」
「可能性があると言っただけだ」
絶対じゃない。マシロがそう強めに言うと、俺は口を閉ざす。ちらりと女を見れば、不安げな表情でこちらを見ていた。
「難しい……か?」
「……はあ。分かったよ。その代わり、足は引っ張るなよ」
「! ……ああ!」
渋々引き受ければ、女は花が咲く様に笑顔になり、大きく頭を縦に振る。
とはいえ魔鏡領域に行くとなると、領域の境にある山地を超えなければならない。そこにはそこそこ強い魔物もいると言われていた。
(自分の準備もだが……後は)
改めて女を見ると、女は小さく首を捻る。表情は良いが、やはり顔色がまだ悪い気がした。
やはりというか、一日ぐらいでは回復出来る訳がないかと思いつつ、俺は胡座をかいて頬杖しながら言った。
「こちらも準備があるから、一週間位は時間が欲しい。その間に体調を整えておけ」
「わ、分かった。一週間だな」
「ああ」
返事をし、立ち上がる。そして縁側からまた外に出ようとする俺にマシロが「どこへ行く」と声を掛けてくる。俺はマシロを見て返した。
「橙月に行ってくる。短刀の手入れもしてもらいたいしな」
「そうか。……なら、ついでに茶葉も買って来てはくれんかの。いつもので良いから」
「……分かった」
息を吐きつつ言えば、マシロは袖口から小袋を取り出しこちらに投げる。それを手にすると懐に入れて、外に出た。
※※※
白蛇の森を出て二時間。着いた頃には、日が傾き始めていたが、徐々に舗装されていく道を歩いていくと、沢山の人が行き交う城下町に入っていく。
橙月は聖園領域の中でも一番の大国であり、ここに来れば大抵の物が手に入った。
「いらっしゃい! 朝一蘭夏から仕入れた魚だよ‼︎」
「団子でもどうだい? 安くするよ‼︎」
そんな威勢の良い声があちこちから飛び交う中、迷わず進んだ先にあったのは、鍛冶屋町の通りである。
そこの通りに入っていくと、あちこちから鉄を鍛える音が聞こえてくる。それを聞きつつ、ある一軒の工房に入れば、見知った人物が目に入る。
刀の刃らしきそれを叩いていたそいつは、こちらの気配に気が付いたのか、手にしていた金槌を下ろし、汗を拭いつつやってくる。その額には特徴的な赤い角が二本生えていた。
「キサラギか。またいつものか」
「ああ。頼めるか」
「お安い御用だ」
そう言って俺から短刀を受け取る。して、鞘から抜いて刃を見れば、「少し時間は掛かるぞ」と言った。
「じゃあ、その間に別件を済ませてくる」
「分かった。気を付けてな」
頷き、工房を後にする。
この工房は、センリという鬼の鍛治職人が営んでおり、マシロを通じて前々から世話になっていた。
鬼は今ではあまり見かけなくなった種族の一つであるが、この国では鍛治職人として活躍している者も少なからずいる。
ちらりと工房横にある店を外から覗き見れば、センリが最近打った刀が飾られていた。
と、傍を通りかかった男達が店を見つつ呟く。
「お、ここがかの有名なセンリの刀鍛冶か」
「ほぉ〜……覗いていくか?」
「そうするか」
そんな会話を交わし、男二人が店に入っていく。
噂には聞いていたが、やはり知る人ぞ知るといった店なのだろうか。
(ま、確かに腕は良いな)
とはいえ、なんだかんだであの短刀しか使ってこなかったのだが。
いつもより軽い帯を気にしつつも、俺は店から離れていくと、大きな通りへと向かって歩いていった。




