【0-4】罪を抱きながら(ライオネルside)
馴染みとなった気配に身を起こせば、その子はいつもの様に逃げようとする。それが分かっていたから、「ねえ」とこちらから話しかけると、少女の足が止まる。
障子越しにその子の姿を見つめれば、恐る恐るとだが、障子の戸が開き、顔を覗かせる。
兄と同じ桃色の掛かった白髪。けど少々癖っ毛であり、肩で切り揃えられた髪はふんわりとしている。そして飴玉の様な桃色の瞳が丸くこちらを見つめると、俺は小さく笑う。
「っ……!」
少女は目を輝かせ、隙間だけ開いた戸を大きく開くと、顔を赤らめながらも口を開いた。
「あ、貴方が……ヴェルダから来た魔術師さん?」
「うん。そうだよ」
「!」
その会話だけでも表情がコロコロ変わる彼女に、つられて笑みを濃くしてしまえば、少女は部屋に入ってくる。して、近くに座ればじっとこちらを見つめて言った。
「初めて……魔術師見た」
「……こっちじゃ珍しいもんね」
「うん。……ね、何が出来る?」
お花とか出したり出来るの? そんな純粋な疑問に、俺は間を置いた後、「出来なくはないかな」と言って、彼女の前に手を差し出す。
少女はキョトンとそれを見つめると、俺は目を閉じてイメージする。普段は使わない芸術系の魔術だが、何とかして形にすれば、手のひらに氷で出来た薔薇が現れた。
少女はそれを見るなり「わぁ」と感激の声を上げると、こちらを見上げ「すごい」とはしゃぐ。
「ねえ、鳥さんは出せる? 蝶は?」
「んー……鳥はどうだろう。やってみようか」
「うん!」
少女の期待に俺は少し戸惑いながらも、形にしてみる。光の鳥。蛍の様に淡い蝶。それらが舞い上がっては天井に消えていくと、少女は笑顔でそれを見上げ手を伸ばす。
「すごいすごい!」
「ふふ、良かった」
久々に自分も笑ってしまうと、少女もまた声を上げて笑う。その笑い声が外まで聞こえていたのだろう。なんだなんだと王子がやってくれば、俺達を見るなり驚き、部屋に入ってくる。
「っ、レン……!」
「あっ、兄様」
ぎくりと言わんばかりに少女……レンの身体が硬直すると、王子は俺を見て頭を下げる。
「すみません。私の妹が」
「いいよ。心配しないで。久々にこちらも楽しかったから」
そう言うと、王子は瞬きし立ち尽くす。一方でレンは気まずそうにその場に座れば、しばらくの前が空いた後吹き出す様な笑い声が部屋に響く。
「すみません……あまりにも楽し気な声だって分かってはいたんですけど……そうでしたか。それは良かった」
「兄様……?」
笑い始めた王子にレンは小さく首を傾げる。それに対して王子は笑みを浮かべたまま俺を見ると、ボソリと呟いた。
「やっぱり、良い魔術師だ」
「……?」
俺も首をひねると、王子はその場を後にした。
※※※
その日の夜。俺は桜宮の当主に呼ばれ、部屋を出た。
縁側の木々にはいつの間にか新緑の葉が着き始めていて、季節の変化を感じつつ歩いていくと、正面からあの青年が目に入る。
「あっ」
「!」
互いに驚くと、青年……ウォレスはこちらを見るなり目を細めた。
「大分体調が良くなったみたいだな」
「お陰様で……で、アンタも当主様に呼ばれた感じ?」
「ああ」
何だろうねと話しつつ、呼ばれた部屋に入れば、羽織を肩に掛けて、胸元を大きく開いた男が目に入る。
「おお、きたか」
ここに座れと笑み混じりに言われ、言われるがままに正面に並んで座れば、当主はこちらに身体を向け胡座をかいたまま言った。
「呼んだのはお前さん達の今後についてだ。先ずは……ウォレス君」
「はい」
(ウォレス君?)
呼び捨てではないんだと、意外な一面に驚いていると、そんな俺を他所に、当主は話を進めた。
「アユから聞いてはいるが、お前さんは桜宮に仕える意思があると聞いた」
「……はい」
「それは何故だ?」
「それは」
当主に訊かれ、ウォレスはこちらを見る。俺はウォレスから視線を逸らすと、ウォレスは息を吐いた後ある話をした。
「聖園の国にいた方があいつを見つけられるからです」
「あいつ?」
「……俺の村は、ある日襲撃に遭いました」
「「‼︎」」
ウォレスの言葉に当主共々驚愕する。そして同時に胸が痛むと、それでも尚ウォレスは話を続けた。
「俺達の村は、元々は聖園守神が管轄する、神具を作る村でした。神具と言っても……俺の家は面職人の家でしたが」
「神具……か。もしや、領域の境にある村か」
「はい」
「そうか……話には聞いていたが」
当主は深く頷くと、真剣な眼差しでウォレスを見る。ウォレスは表情を変えず当主を見つめる。
「それじゃあ、お前さんは仇討ちの為に」
「……周りからは反対されましたが」
そう呟き、俯く。そこで初めて強い感情を発露すると、ウォレスは絞り出す様に言った。
「両親……そして、妹の仇を」
「仇討ちを果たした後は」
「まだ……分かりません」
「……」
これ以上会話は進まず。けれども当主はウォレスを見続けると、深く息を吐いて「分かった」と言った。
「まあ何がともあれ。仲間になってくれるのはこちらとしては大歓迎だ。これからよろしく頼むウォレス君」
「はい」
頷き深々とウォレスは頭を下げる。
俺はと言うと、ウォレスの話で茫然としていれば、当主がこちらを見た事で不意に肩を跳ねる。
当主は俺の表情を見てか、眉を下げながらも笑うと、「ライ君」と呼ぶ。
「ライ……君?」
「ああ。そっちの方が親しみを持てるからな。……で、お前さんの処遇についてだが、つい先日まで各国の者達と話し合った結果、ここ桜宮で保護観察という形になった」
「保護……観察?」
処刑ではないのかと、戸惑いながらも見つめれば、当主もまた困った様に笑って「驚いたか」と訊ねた。
俺は頷くと、ようやっとここで口を開いた。
「俺の罪はそんなに軽い物ではない筈。なのに何故……!」
「あー……それはだな。一つは【ご意見番】からの言葉だ。引き続き生かせとな。後はヴェルダに関しての情報もまだ聞いていない」
「っ……けど」
「ま、お前さんの事だからそんなんじゃ満足出来ないって事は分かってたけどな。だがな、だからこそお前さんの意思には従えねえって事でもある」
「?」
どういう事と疑問に思えば、当主は笑みを消して言った。
「罪は死で償おうなんて、そんな甘い考えは通用しねえって事だ」
「っ……!」
「それにな……こちらとしてもお前さんは手放したくないんだ。……オアシスの二柱とも言われ、更には三大魔術師の称号もある。そんな逸材を失うのは惜しかった」
「……つまりは、桜宮につけと」
「そういうこった」
拒否は出来ねえと当主に言われると、俺は口を閉ざす。
彼らがそう決めた以上、従わざるを得ないのは分かっている。けれどもやはり納得は出来なかった。
下を向き考え込んでいると、当主は俺の頭に手を置くと小さな声で言った。
「ここ最近のお前さんの話はアユから聞いている。アユだけでなく、レンも気にかけてくれたってな。……そんな人物が村を滅ぼすなんて俺は信じられなくてな」
「……けど、何を言おうと手を下したのは俺です。この手は真っ赤な血で染まっているのも同然」
それはどう足掻いても変えられない。そう言うと、当主はトントンと優しく頭を撫で叩く。
それから手を下ろした当主は、今度は両肩を掴み言った。
「俺達が責めるべきなのはお前さんにそうさせた人物だ。その人物をどうにかしない限り、第二、第三と同じ苦しみを味わう奴らが出てくる」
「……」
「だからこそ。それを突き止める為にもお前さんの力が必要なんだ」
ライオネル・セヴァリー
そうフルネームで呼ばれ、俺は顔をそっと上げる。当主の顔が視界に入ると、俺はこくりと頭を縦に振った。
こうして俺は、この日から【桜宮の魔術師】になった――




