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千神の世  作者: チカガミ
2章 桜宮の魔術師
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【2-9】グラスティア侵攻(ライオネルside)

 魔鏡(まきょう)領域の北部に位置する、氷と機械の国・グラスティア。国土面積は当時のオアシスに次いで大きく、絶界壁(ぜっかいへき)と呼ばれる垂直に切り落とされた山が取り囲み、一年の半分は雪が降り続く国である。

 同時に歴史も長く、魔鏡領域神が住まう神殿もその国にあった。

 そんな領域の要とも言えるグラスティアに対し、オアシスが侵攻を開始したのは今から十三年前。……後にオアシスが聖園守神(まきょうのまもりかみ)直属の暗殺部隊・(きさらぎ)によって滅ぼされる約二年前の事である。

 当時の俺はオアシスの王宮の専属魔術師として、前線に出る事を命じられていた。

 恐らくは、大量にいるであろう兵士もろとも絶界壁を魔術で破壊するつもりだった様だが、そこは直前になってグレンと呼ばれる剣士に任される事になった。

 突入前、獅子のたてがみの様な赤髪を揺らしつつ、グレンは挑発する様に俺に言った。


「残念だったなライオネル。お前は後方支援だとよ」

「……そうか」


 別にどうでもいい。と冷たく返せば、あいつは呆れた様にこちらを見ていたのを覚えている。

 彼は、オアシスで【二柱】と呼ばれる、巨大戦力の一つに数えられていた。人にして高度魔術である雷を使い、その力を纏わせた大剣で戦う。それによって広範囲にわたりダメージを与える事が可能で、ある意味爆弾兵器の代わりみたいなものだった。

 ……ちなみに【二柱】は彼だけでなく、俺も含まれている。魔力切れが無く、グレンと同じく広範囲の攻撃が出来る事から、いつしかそう呼ばれる様になっていた。


 後にフィンブルヴェト戦争と呼ばれる戦いの末期に起こったグラスティアの侵攻。

 フィンブルヴェト戦争自体は二年続いたが、この戦争では歴史上見た事のない、冬以外の季節がない年だった。

 グラスティアの侵攻も、夏で本来であれば暑い時期である。しかしこの時はグラスティアを中心に吹雪いており、防寒着無しではとてもじゃないが過ごせなかった。

 更に、雪が続いた事で農作物は育たず、食糧不足の危機もあったオアシスは、手っ取り早く済ませたかったのだろう。沢山の兵を出し、グラスティアを取り囲んだ後、一斉に総攻撃を仕掛けた。


 冷たい風が吹く中、城下町は火の手が上がると、みるみるうちに熱くなっていった。

 俺はグレンによって壊された国の東側からグラスティアに入ったが、先に入った者達によってグラスティア側の兵の大半は既に命を落としていた。

 兵どころか民すらも殺めており、俺は密かに自分の兵に民達だけでも助ける様に命令すると、一人燃える居住地を歩いて行った。


(……いくら何でも、民に手を出すのはやり過ぎだ)


 一体誰がこの様な事を。

 なんて考えながら生存者を探している時、燃える家の側で震える子どもが目に入った。

 その子どもの側には火事で倒壊し、下敷きになって息絶えた親らしき腕。その腕を引いて尚も助け出そうとする子どもに、駆け寄ろうとした時。その小さな身体を矢が打ち抜く。短い悲鳴を上げた後、パタリと倒れた子どもは二度と動く事はなかった。

 この光景に俺は愕然とすると、怒りが湧き上がるのと共に、子どもに矢を放った弓兵を睨んだ。その兵はこっちを一瞬見た後すぐに離れて行った。


「あいつ……‼︎」


 去り際ちらりと左腕に見えたのは、オリーブの木の絵が入った緑の腕章。貴族出身の騎士達を中心とした騎士団の兵士だった。

 すぐ様追ったものの、傍らの建物が崩れ道を塞いだ事でこれ以上は追う事が出来なかった。


「っ、クソ……」


 舌打ちをし瓦礫を蹴る。例え追いつき、文句を言った所であの子は帰ってこない。それは分かっていたが、かと言って納得なんて出来もしない。

 怒りを何とか収め、再び生存者を探しに行くと、燃え盛る建物からグレンが出てきた。


「っ……グレン……!」

「あ? ……ライオネルか」


 何してやがる。そう呆れ混じりに呟く彼の腕には、金色の髪の翼人の少女が抱えられていた。

 歩み寄れば、彼女は微かに息があった。煙を吸っていて、手足にも火傷の傷があった。

 グレンは周囲を見渡した後、その少女を俺に渡すと、鎧に付いていたマントを外し、隠す様に彼女を包む。して小声で彼は言ってきた。


「オリーブの奴らが見境なく殺し回っている。見つからねえ様に逃がせ」

「わ、分かった」

「バレるなよ。バレたらお前も少女(そいつ)も命がない」


 行け。

 背を押されつつ言われた俺は、頷くと国の外まで移動する。逃がせとは言われたが、この傷では逃した所ですぐに追っ手に捕まってしまう。

 迷った挙句自分の部隊の基地まで連れて行くと、逃げていたと思われるグラスティアの民達もそこにいた。その中にはあのタルタ・ソーウェルも混じっていた。

 彼は傷を負っていた人々を手当てしていたが、俺が抱えていた少女を見るなり近付いて言った。


「彼女は僕が診ます」

「そう。……薬とか足りる?」

「……分かりません。でも。一人でも助けないと」


 そう言って彼は俺を見つめる。こんな状況だというのに、彼の瞳はやけに眩しく輝いて見えた。

 彼女をタルタに渡した俺は、間を空けた後側にいた部下の肩を掴み引き寄せる。


「何か必要なものがあれば彼に。アンタ達も、手助けしてやって」

「はっ」

「了解いたしました」


 部下達も快く応じると、民達の手当てをし始める。

 この様子にタルタは驚くと「どうして」と訊ねてきた。


「こんな事をして、大丈夫なのか?」

「……見つかったら終わり。けど、だからといって本心から背けたくない」


 命じられて国を攻めたとはいえ、戦う意思のない民達までは傷付ける気はない。仮にこれで上から罰を受けても、俺はそれで構わないと思っていた。

 後は部下に任せて再度グラスティアへ戻ると、グレンはオリーブの騎士団に囲まれて剣を向けられていた。

 グレンは両手を挙げつつも、余裕げに笑い周囲の騎士達を見ていた。


「おいおい……仲間だろ。いくら何でも酷くないか?」

「仲間……ねえ。であれば、そこにいる子どもをやれよ」


 そいつは敵国の者だ。と騎士の一人・ヒューゴが剣先で足元の少年を指す。少年の背中は赤く濡れており、よくよく見ると翼らしき根本が見える。どうやら翼人らしい。だが、翼が斬られ酷く弱っていた。

 グレンは少年を一瞬見た後、ヒューゴに視線を戻す。紅瞳が不機嫌そうに細まると、低い声で言った。


「お前らの目はどうやら節穴らしい。こんなガキが俺達に攻撃出来ると思ってんのか?」

「フッ……そんな訳が無かろう。無敵のオアシス兵団だぞ? たかが子ども如きに」

「だよな。であれば、手を掛けなくても良いはずだ」


 手を下ろしグレンは少年にしゃがむ。これを見たヒューゴは歯軋りし、グレンに向かって剣を振るう。

 そこに俺が割入り、剣を素手で掴む。手のひらが切れる感覚があったが、気にせずヒューゴの腹部に蹴りを入れれば、彼は蹲り剣を落とした。


「ッ……お前ぇ……‼︎」

「文句ある? 先にやってきたのはアンタ達だろ」

「貴様ァ‼︎ 二柱だからと偉そうに‼︎」


 ヒューゴの腰巾着であるゲイルが声を荒らげる。彼を皮切りに他の騎士も次々と声を上げる中、息を吐いてグレンを見れば、少年を抱えて立ち上がる。

 して無視してこの場を去ろうとすれば、ゲイルは背後で叫び続けていた。


「こんな事して、タダで済むと思うなよ‼︎ 首を洗って待っていろ‼︎」

「へいへい。ったく、うるせえなあの野郎」

「どうせ叫ぶ事しか出来やしない。だから、民に手を出してるんでしょ」


 下衆が。と聞こえない所で口にする。これを聞いていたのか、グレンは鼻で笑った後振り向き舌を出す。


「……で。お前。さっき助け出した少女はどこにやった」

「基地に預けている。後逃げてきたグラスティアの民達も。その中にタルタ・ソーウェルもいたから、彼に治療を任せてきた」

「タルタってあの医術師か」

「ああ」


 頷くと、グレンは安堵して「それは助かる」と呟く。腕に抱えた少年は僅かに呻き声を漏らすと、閉ざされた目を開き、顔を上げる。


「目が覚めたか」

「……お前ら」

「……安心して。アンタを安全な場所に連れて行くだけだから」


 そう声を掛ければ、少年は一瞬睨んだ後気を失いグレンに寄りかかる。かなり血を失っているから無理もない。

 点々と地面に滴る血痕が目に入り、「グレン」と名前を呼んで肩を掴めば、彼は頷き「頼む」という。

 足を止め、斬られた右手を横に振り払いつつ、基地のイメージを頭に浮かべると、空間が歪み景色が変わっていく。

 移動の術を発動している最中、背後から風を切る音がしたが、寸前で完全に移動出来た事により、放たれた矢は俺達に刺さる事なく地面に落ちていった。

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