【2-7】酔い
……さてそれから小一時間程経った頃。料理を完食した俺は、未だに宴で盛り上がる広間から抜け出し、縁側で夜風に当たっていた。
とはいえ、障子一枚ではそう声は遮られず、背後からは皆の声が聞こえていたが、ぼんやりとしていると、障子が開きヤマメが出てくる。顔はさっきよりも赤かった。
「おー、なんだ、こんな所にいたのか」
「……」
片手に徳利を持ち、時折しゃっくりしながらやってくると、どかりと音を立てて腰を下ろす。
面倒な予感がして、広間にいるであろうライオネルを見れば、散々飲まされたのかアユ共々畳に伏せっていた。
曖昧に返しつつ距離を置こうとするが、肩に腕を回され引き寄せられると、「一杯どうだ」と猪口を渡される。
一応元服は済ませているとはいえ、普段あまり飲まない為、受け取り恐る恐る口にした。
(……そこまではきつくないな)
あの二人が酔い潰れているものだから、それなりに度が強い酒かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
飲み干した後、ヤマメはニカリと笑い「良い飲みっぷりだな」と言って、背を強く叩いた。
「いやぁ。まさかこうして並んで飲む日が来るとはな……」
「……知っていたのか。俺の事」
「そりゃ勿論。マシロ様や蒼龍様から聞いてはいたからな」
そう話しつつ、俺の猪口と自分の猪口に酒を注ぐ。して、縁側の床に徳利を置くと、猪口を手にし、中の酒を揺らす。
俺は注がれた酒を再び口にすると、先程までの愉快な声から一変し、落ち着いた声で謝ってくる。
「すまないな。今までお前さんを助けられなくて」
「……」
別に。どうでもいい。口にはしなかったが、そう思った。
誰かに助けを求めようなんてはなから思ってはいない。ただ頭領や村の皆の為に仇を討つ。それだけでいっぱいだったからだ。
猪口を置き、息を吐くと、俺はヤマメを見て言った。
「俺は仇討ちでいっぱいだった。だから、助けを求めようなんて考えはなかった」
「……仇討ちか」
「ま。その仇討ちも出来なかったけどな」
そう呟き、背後を振り向く。
未だに畳に伏せるライオネルを見れば、ヤマメもライオネルを見て硬い表情を浮かべ訊ねた。
「何故、出来なかったんだ? 仇討ち」
「……手が動かなかった。俺は人を殺めるのが出来なかった」
それでも。いざという時はやらなきゃいけない時が来るだろう。だが、頭が理解していたとして身体が動くかどうかは分からないが。
猪口を手にする右手首を摩りながら、正面を向いて返せば、ヤマメは俺を目で追った後、同じく正面を向き猪口に酒を注ぐ。
それを飲み干した後、ヤマメは苦く笑んで言った。
「ライ君といいお前さんといい、優しいな」
「優しいというか……甘くないか?」
「まあ、確かにそうだが……殺めてしまったらそいつはもう二度と戻ってこないだろう。殺めるというのは、自分に枷を掛ける事にもなる」
それが重なれば重なる程、キツくなるもんだとヤマメは言った。俺はそんな憂いを帯びたヤマメを見つめていれば、ふと疑問を口にした。
「お前は、人を殺めた事があるのか」
「そりゃあな。それこそ俺が若い頃は橙月とは険悪だったからな、忍び込んだ何人もの刺客を手に掛けたさ」
それは今も変わらないと、ヤマメは呟く。ここは平和そうに見えたが、意外とそうでもない様である。
空になった俺の猪口に、ヤマメは無言で酒を注ぐと、俺はそれをクイっと飲み干し、「そうか」と返した。
※※※
次の日の朝。俺は敷布団の上で目を覚ました。飲み過ぎたのかヤマメと飲んだ辺りから記憶はなく、離れの部屋で一人寝かされていた様である。
二日酔いにより頭痛や胸焼けを感じつつ、頭を抱えながら起き上がると、傍には盆に乗った水差しと酔い醒ましの薬が置かれていた。
「初めてここまで酔った気がする……」
記憶がないのも含め、知らぬ間に粗相をしていなければ良いが。そんな不安を感じつつ薬を服用していると、襖が開く。そこには一杯の汁椀を手にしたマコトがいた。
「あ、キサラギ起きたんだな。調子はどうだ?」
「頭が痛くて気持ちが悪い……」
「あー……かなり飲んでいた様だからな」
彼女の問いに苦々しく返せば、マコトは眉を下げつつ笑って言うと、汁椀を水差しのある盆に置く。覗くとそれはどうやらしじみ汁の様だった。
マコト曰く酔い醒めの為に、女中が作っていたのを分けてもらったらしい。
「酔い醒ましにはしじみ汁と言うだろう? これで多少なりとも早く醒めればいいが」
「ああ……ありがとな」
礼を言い、汁椀を手にしてしじみ汁を啜る。と、マコトは立ち上がり部屋を去ろうとする。
平常と変わらない様子だが、俺は汁椀から口を離すと、さりげなく昨晩の俺について訊ねてみた。
「昨晩……俺、何もしていないよな?」
「え? あ、まあ……私が見た時には、顔真っ赤にして縁側の床で横たわっていたからな」
そこまで話した所で、マコトは思い出したかの様に「あっ」と声を上げる。その声に驚き肩を跳ねると、彼女は笑みを浮かべて言った。
「ここに運ばれる際にヤマメ様を父さんと呼んでたな」
「っ」
思いっきりやらかしているではないか。
頭を抱え別の意味で頭痛を感じていると、マコトは笑顔のまま励ましてきた。
「まあまあ。可愛い酔い方だから良いじゃないか」
「良いわけないだろ……最悪だ」
「ちなみに、ヤマメ様はかなり喜んでいたようだが」
「あー……」
これは絶対後程いじられるやつだ。
早くも憂鬱に感じていれば、廊下から足音が聞こえてくると、障子が大きく開く。同時に大きな声で「おはよう」と早くも身支度を整えたレンが挨拶してきた。
その声に頭痛を感じて、項垂れながら「うるさい」と呟けば、それを無視してレンが入ってくる。
「あ、違った。おはよう、キサラギ兄様!」
「お前の兄になった覚えはないんだが……? 後声量落としてくれ。頭に響く……」
「ありゃ、かなり残っちゃってるね。沢山飲んでいたみたいだもんね」
それは兄様達も一緒だけどと、レンは呆れ混じりに遠くの母屋を見やる。先程からライオネルが一向に現れないのも、二日酔いで来られないのだろう。
しじみ汁を平らげた後呻きながら横になれば、マコトはレンやカイルと共に城下町へ行くと言い残し、この場を後にした。
(それにしても……父さんか)
俺には幼少期の記憶がない。唯一覚えているのが頭領達の顔だ。頭領は父親みたいなもので、自分の子の様に可愛がってくれた事をよく覚えている。
父親みたいなものと、自分の中で理解しているという事は、少なくとも頭領とは別に自分には血の繋がった両親が居た筈。しかし、あの村に居たかどうかは定かではない。
(頭領達の事ばかり考えていたが、自分の身の上を気にした事がなかったな)
身の上……か。
そう思い目を伏せる。頭が痛い為深く考える事はしなかったが、そのまま眠りにつこうと身体から力を抜く。
深く呼吸を繰り返せば、あっという間に眠りにつく事が出来たが、しばらくして殺意を感じた俺は無意識に枕元に置かれた短刀を握り、攻撃を防ぐ。
激しい音を立て、刃同士がぶつかった後、ギチギチと音を鳴らしながら、俺は覆い被さる人物を目にした。
「随分と無防備に寝ていたみたいだけど……流石、隊長さんをやっただけあるね」
「……お前」
はは。と笑う声。その声は顔立ち含め、ライオネルと酷似していた。だが、ライオネルは黒髪で瞳の色は赤と紫であるのに対して、こいつは銀髪で瞳の色が青と金だった。
それによって明らかにライオネルではないと理解すれば、男の腹部を蹴り上げ、投げ飛ばした後縁側に退くと、男は首に手をやりながら起き上がり短刀程の刃物を手にする。魔鏡で言う所のダガーナイフというものだろうか。
男はナイフを何度も空に投げては受け止めながら、距離を詰めてくると、俺は眉を寄せて言った。
「お前は何者だ。隊長と言っていたが……もしや、クリアスタルの使いか?」
「ま、そんな所だね。そういうアンタは確か鬼村の生き残りだっけ」
よくもまあ。仇である奴と手を組めるよな。
そう男は嘲笑う様に言うと、俺は短刀を握り締め警戒を強める。と、そこにウォレスの声が響く。
「おい、何かあったのか……って」
「あらー仲間が増えちゃったか。こりゃ厄介だな」
庭に回ってきたウォレスは、男を見るなり狐の仮面の下で目を見開く。して、腰に下げた刀を抜刀すると、「何者だ」と男に叫んだ。
男はそんなウォレスににこりと笑い「クリアスタルだよ」と態々紹介すれば、畳を蹴りこちらに向かって突進する。手にはナイフがある。
「っ!」
それを辛うじて避けるも、右頬と共に髪を数本散らしながら、庭に落ちれば、ウォレスは目の前の男に向かって刀を振るう。
その攻撃を男は軽々ナイフで受け止めれば、ウォレスは歯を食いしばりながらも、男に訊ねる。
「どうして、あいつの姿をしている……‼︎」
「あいつ? あー……オリジナルの事か」
「オリジナル? 」
「そう。オリジナル。俺はライオネル・セヴァリーを元に作られた、ホムンクルスだからね」
その言葉に俺とウォレスは驚くと、男はチラリと母屋に目を移した後、傍にある築地塀の上へ飛び移る。
俺も起き上がり、塀の上へ行こうとすれば、「ああ」と言って男はナイフを鞘に戻す。
「今回はここまでにしておくよ。あまり暴れると、オリジナルに始末されそうだし?」
「始末? ……あ」
男の視線を辿り、振り向けば、そこには見た事がない位に怒りを滲ませ、右手に禍々しい光を浮かべたライオネルが歩み寄っていた。
ライオネルは男と視線が合うと、容赦なく光を男に放つ。男はポカンとした表情で光に巻き込まれるが、砂煙と爆風が上がった後、声だけが辺りに響いた。
「今回はこのぐらいで済んだけど……次は覚えてなよ」
「チッ、逃げられたか」
舌打ち混じりに呟けば、傍にやってきたライオネルは深く息をついた後、低い声で言った。
「今度はシメる」
「おい、ライオネル大丈夫か……って、ダメそうだな」
ウォレスが話しかけた瞬間、青ざめ口を押さえながら後方に駆けていくライオネル。なんとなくその後を想像してしまった俺は、目を逸らし「最悪だな」とぼやいた。




