【2-6】魔術師と領域
クリアスタルの魔術師……
それは以前、エメラルでライオネルが話していたあの魔術師の事だろう。確かヴェルダではあの操りの腕輪を作っていたとも話す。
あのライオネルを操れる位なのだから、それなりに力のある魔術師なのだろう。であれば、少なくとも名は世間に知れているはずだが。
そう思い、俺はウォレスにその魔術師とやらを聞く。するとウォレスは「そうだな」と返し、ある話を始める。
「魔術師というと、世間では三大魔術師が有名だが……この男は国の上層部でも一部にしか知られていない魔術師だ」
「一部にしか知られていない魔術師……?」
「ああ」
ウォレスは頷いた後、話を続ける。
「そもそも魔術師というものは、表立って戦う魔術師よりも、裏方で妨害や偵察など比較的目立たない魔術師の方が国には重宝されるんだ。故に名前を隠しているものも多い」
まあライオネルは前者だがな。
そうウォレスは呟くと、スターチスは納得する様に強く何度も頷く。確かにライオネルは良くも悪くも名は知られ、比較的表で行動している事が多い様に見える。
「名が知られているから良いって訳でもないんだな」
「……ま、全てが全てそういう訳ではないがな。だが少なくともクリアスタルの魔術師は後者で、ヴェルダでは専属魔術師だった所から見るとそうだろうな」
その話に俺はから笑いをする。まあそれもその筈で、もし専属の魔術師であれば、操られて化け猫となって暴れていなかっただろう。
マコトも哀れに思ったのか「ライオネルさん」と悲しげに呟けば、スターチスは静かに呟いた。
「悲しいけど、いくら力があっても国の要求に満たす人物じゃないと専属は無理って事だよ」
「じゃあ桜宮は要求に満たしているんだな」
「一応はな。と言っても最初は保護観察扱いだが」
それはそれでどうなのかと思うが、まあやっている事がやっている事なだけに致し方ないだろう。
そう当人がいないのを良い事に、色々呟いていると、障子が開きライオネルが笑顔を貼り付けて戻ってきた。
「なんか俺の話してなかった〜?」
「してないよ」
「していないな」
スッと背筋を正し澄ました顔でスターチスとウォレスは呟く。一方で、俺とマコトは黙り込んでライオネルから視線を逸らした。
ライオネルは笑みを作ったまま「へー、そう」と話した後、ウォレスの横に座る。
「で、アユ様との話は済んだのか」
「うん。で、夕飯をどうするか聞いてくれだってさ。キサラギ、いけそう?」
「……桜がなければ大丈夫だと思うが」
「分かった。じゃあ、そう伝えてくるよ」
立ち上がり、もう一度去っていくライオネル。
障子が閉じた後、しばし皆して障子を見つめれば、ウォレスがぼそりと漏らした。
「あいつ音もなく現れるからな。どこで聞いているか分からん」
「だね。気を付けないとねー」
怖い怖いと言って、スターチスは自分の身を抱く。
あの様子だと、廊下に出た後もどこかで身を潜めながら聞き耳立てていそうではあるが、帰って来ない所を見ると本当に行ってしまったのだろう。
息を吐き、話題をクリアスタルの魔術師に戻すと、ウォレスはスターチスに対して訊ねた。
「スターチス様は、クリアスタルの魔術師の事は」
「俺も今調べている所で、あんまり詳しくはないんだよね。ただ……強いていえば妙に既視感があると言うか」
そうスターチスは訝しむ様に言う。
既視感という言葉に続けてウォレスが「知っている方ですか」と訊ねると、スターチスは間を置いて「そうかも」と言った。
「今まで深く気にしていなかったし、記録書の妨害もあったから、気が付かなかったけど……正した記録をなぞっていけば、その人物に見覚えはある気がする。けどどうしてか顔が浮かんでこないんだよ」
それはまるで靄が掛かっている様な感覚だと、スターチスは言う。記録だけでなく、スターチス本人にも妨害魔術の影響が出ているのだろうか。
頭を掻きつつ不思議がる彼に、ウォレスは眉間に皺を寄せると、「大丈夫ですか」と訊ねた。
「スターチス様自身にまで影響が出ているとなると、かなりの力の持ち主では」
「いや何大した事ではないよ。俺もだいぶ年だからね。会っている人の数も多いから、忘れているだけだと思う」
「それならば良いのですが……」
「……」
ウォレスに心配されスターチスは平然と答えるも、その後黙り込む。して神妙な面持ちである話を始めた。
「顔は浮かんでこないけど、その人物とは以前夕暮れの領域と呼ばれる所で出会ったんだ」
「夕暮れの領域? 聖園でも魔鏡でもなく?」
「うん。……あ、そうか。お前達は知らないよね」
聞いた事もない領域名に、俺達はポカンとしていれば、スターチスが説明を始めた。
夕暮れの領域。それは、聖園や魔鏡のある島とは別にある、他の島にある領域らしい。
そこには他に夜明けの領域、真昼領域。そして、その先には桃花領域、蒼月領域と、様々な領域がある様で、俺達はただ茫然として聞いていた。
「そもそも……この島の外にまだ世界があったんだな」
「あるよ。いくら何でもここだけとかこの世界狭すぎるでしょ」
けどそれならば何故知られていないのか。
確実に何かがありそうな事情を感じつつ、スターチスを見つめれば、スターチスはキョトンとした後「あー、はいはい」と気怠そうに返した。
「どうして、今まで隠されていたかって事でしょ」
「よく分かったな」
「分かるよ。話の流れや表情を見たら。そうだね。特段隠す事じゃないから簡単に説明すると。夜明けの領域神が魔鏡の領域神と仲が悪くなったからだよ」
「仲が悪くなった?」
「そう。ま、全ての始まりは夕暮れのあの一件なんだけど」
そこまで話した所で、ライオネルが戻ってくる。ライオネルはさっきと同じ様に「何話しているの」と言うと、ウォレスは「この島の外の話」と返した。
「外の話? 何でまた」
「んー、例のクリアスタルの魔術師が夕暮れの領域で出会った気がするんだけどって話から」
不思議がるライオネルにスターチスが返せば、ライオネルは目をパチクリさせた後、「へえ」と返した。
「そうなんだ。ま、長生きなアンタなら出会っているかもね」
「……」
ライオネルの返しに、スターチスの表情が硬くなる。俺もライオネルの反応が気になって、「知っているのか」と訊ねた。
するとライオネルは悩んだ後、「何となく」と返してくる。
「聞かれて考えてみれば、薄らと記憶はある気がする。けど、それぐらい」
「何だそりゃ」
「ま、もしかしたら昔行ったことあるかもしれないし。俺年だから」
そう笑ってライオネルは返すが、その曖昧な返しに俺達は何も言えなかった。……同時に話を聞いていたスターチスが何故か、眉間に皺を寄せて苦しそうな表情を浮かべているのも気になる。
(そういや、最初に出会った時、スターチスはアイツの事庇っていたよな)
あの時は確かある人の頼みとも言っていた。俺はてっきりマシロが復讐心に燃えていた俺を止めようとして、知らぬ間に根回ししていたのかと思ったが、もしかしたら違う人物だったのかもしれない。
スターチスとライオネルの関係含め、領域のあれこれも気になる所だが、先ずはクリアスタルの魔術師が誰なのか突き止めなければ。
「……さて。話もここまでにして。夕飯の時間だし、移動しようか」
「そうだな。……所でスターチス様はいかがしますか」
「そうだねぇ。聞きたい事はある程度聞けた事だし、今夜はここでお暇しようかな」
また来るよ。立ち上がりそう手を振りながら、スターチスは外に出ると、暗闇に溶ける様に姿を消した。
彼が去った後、改めてライオネルが案内すれば、俺とマコトは二人の後を追った。
※※※
向かっている最中、道の両側には桜の木があったものの、新緑の葉で覆われており、先程の様な発作は起きなかった。
「大丈夫か」
マコトが小声で案じると、俺は頷き返す。
それよりも、離れを出た時から聞こえてる賑やかな声が気になっていると、ライオネルは苦笑いを浮かべて呟いた。
「随分と賑わっているなぁ……もうかなり飲んでそう」
「蘭夏で良い酒が入ったと聞いたからな」
ライオネルに対してウォレスが言う。
夕飯とは言っていたが、二人の会話を聞く限りどうやら宴の様である。
縁側沿いの廊下を歩き、ライオネルが障子を開くと、楽しげな男の声が耳に入った。
「おお! やーっと来たか! もうおっ始めてるぞ〜‼︎」
「はは……すみません。ヤマメ様」
ライオネルが謝りつつ、俺達を広間の中へ入れる。入って早々目に入ったのは桜宮の家臣らしき男達と女中達。そしてその中央では、アユと酒盛りをする顔を真っ赤にした白髪の男がいた。
瞳の色含め、この国の主であろうその男は、俺達を見るなり「おお」と声を上げると、酒瓶片手にやってくる。
「お前さんがキサラギくんか! アユ達から話は聞いているぞ。ようこそ桜宮へ!」
「あ、ああ……」
肩を強く叩かれながら歓迎されると、俺は戸惑いつつ小さく会釈をする。
マコトも頭を下げて挨拶をすれば、同じく熱い歓迎を受け、照れながらも中に入っていった。




