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千神の世  作者: チカガミ
2章 桜宮の魔術師
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【2-5】記録の本

 ライオネルに言われたスターチスは、どかりとその場に座る。どうやら去る気はないらしい。

 して視線をこちらに向けてくるスターチスに、ライオネルも振り向くなり「どうする」と言いたげな目で見れば、俺ははっきりと「嫌だ」と返す。


「そもそも吹っかけてきたのはあいつだ。やるならお前がやってくれ」

「何で俺? 俺こそ関係なくない⁉︎」


 スターチスとの戦いをライオネルと押し付けあっていれば、マコトが手をそっと挙げて「じゃあ私が」と言う。

 それに対して、二人揃って「もっと駄目」と返した後、ライオネルが渋々口を開いて言った。


「仕方ないなぁ。じゃあ俺がやるよ。ほらスターチス表へ出て」

「えーお前と? 俺はあいつをボコボコに出来たら良いんだけど」

「させる訳ないでしょ」


 はいはいと手を叩きつつ、ライオネルはスターチスを立たせ表へ出る様促す。スターチスはこちらを恨めしそうに見た後、気怠そうに表へ出る。

 その場に残された俺はマコトと顔を見合わせた後、マコトが二人が去った後を何度も見つつ訊ねてくる。


「い、行かなくて良いのか?」

「良いんじゃないか。別に」


 そう返し、部屋に入る。マコトは後ろ髪を引かれるのか、キョロキョロと後ろを何度も見つつ、傍に腰掛ける。

 二人でライオネルが持ってきた茶を注いで飲んでいれば、ライオネルとスターチスが戻ってきた。


「早かったな」

「早かったなじゃないよ。戦ってすらいないよ」

「何かもう飽きた」


 ライオネルが呆れた後、スターチスは戦意がなくなった顔で、部屋に入り隣に腰掛ける。何故隣に来たのだろう。早く帰って欲しいのだが。

 尚も居座ろうとするスターチスに、ライオネルは引き攣った顔を浮かべれば、そんな顔など気にせずにスターチスはライオネルに命令する。


「湯呑み持ってきて」

「……」


 何かを言おうとして飲み込むライオネル。それから一瞬姿を消した後、湯呑みを手にして戻ってくれば、スターチスの隣に向かい、畳に叩きつけて「どうぞ」と言う。


「それ飲んだらさっさと帰って」

「なんか冷たくない?」

「こちらの大事なお客様に喧嘩を売るからだよ」

「俺もお客様なんだけどなぁ」


 あははーと笑うスターチス。ライオネルは眉間に皺をより寄せながら、拳を強く握りしめていた。

 ライオネルの怒りもご尤もだが、去ろうとしないスターチスに対して息を吐くと、俺は訊ねた。


「去らないのは俺に用があるからか?」

「そうって言ってるじゃん。ボコらせろって」

「……それ以外は?」


 そう言うと、湯呑みに茶を注ぐスターチスの手が止まる。その様子に、ライオネルも瞬きすると、スターチスは急須を盆に置いた後、「まあ」と言って、どこか照れた様子で呟く。


「別に……心配したからとか、白蛇に頼まれたからとか……そんな理由で来た訳じゃないんだからね」

「ああ。そう言う事か」


 冷めた表情で言えば、スターチスは不満げに「何だよ」と返す。ライオネルはライオネルで「めんどくさ」と無表情で呟くと、マコトが苦笑いを浮かべた。

 俺とライオネルに言われ、スターチスは眉を寄せた後、息を吐き湯呑みを手にして話す。


「エルフの里で起こった事を耳にしたからさ。ちょっとその事で」

「本来の目的がそっちでしょ」

「……」


 再び黙るスターチス。

 それなりに上位であろうスターチス相手に、物怖じせず話すライオネルに俺は内心驚くが、スターチスは無の顔で黙った後、「そうですが何か」と開き直った。


「お前と違って一個人に執着しないから俺は」

「ふーん。……で、何。話ってのは」


 軽く流した後、ライオネルは改めてスターチスに訊ねる。スターチスは表情を変えず話した。


「今回の襲撃の件。現場にいたお前達の方が詳しいかもって思ってさ。単刀直入に聞くけど……今回の襲撃はヴェルダによるものだった? それともクリアスタル?」


 その問いに俺は逸らしかけていた意識を二人に戻す。して、ライオネルを見れば、ライオネルは一瞬口を閉ざした後、はっきりとした声で答えた。


「確かに兵にはヴェルダもいたけど、導いていたのは間違いなくクリアスタルだね。実際被害の大半はブーリャの攻撃にもよるものだし」

「ブーリャ? ブーリャというとあの?」

「そう。龍狼の騎士の」


 そこまでライオネルが言うと、スターチスは目を見開いた後、「やっぱりか」と返した。

 まるで以前から知っていた様な素ぶりに、俺は眉を顰めると口を開く。


「知っていたのか?」

「知っていたというか、事が起きてから気づいたというか」


 そう言ってスターチスは指を鳴らすと、彼の右手に分厚い本が現れる。

 その本に思わず「何だあれは」とライオネルに訊ねれば、ライオネルが簡単に説明した。


「自動的に様々な人や物事の記録が行われる魔術製の本だよ。スターチスの館にはその本が大量にあるの」

「一応これでも時を司る神でもあるからね」


 ライオネルの説明に合わせて、スターチスも話した後ニヤリと悪い顔をして俺達に本を見せびらかす。


「勿論お前達のあんな事やこんな事も記録されてるからな!」

「へえ……で、それは脅しか?」


 そう返しつつ一度は鞘に収めた短刀に手を掛けると、スターチスも好戦的な態度で「やるか?」と言う。

 そんな俺達にライオネルが「こらこら」と呆れ混じりに俺達を収めようとすれば、外から声がした。


「おいライオネルアユ様がお呼びに……って、なんでここにスターチス様がいるんだ」


 障子を開けるなり、唖然としてウォレスが呟く。それを他所に俺達は火花を散らしていれば、ライオネルは俺とスターチスの肩をそれぞれ掴み押しながら説明した。


「この間の件で聞きに来たんだって」

「ああ……なるほど。であれば、先にアユ様の元に行かれたら良かったのに」

「それでも良いけど、先にこっちに挨拶したくてさ」


 ねーとスターチスが笑ってこちらに言うが、俺は無視して短刀を鞘に戻す。

 それを見てライオネルは肩から手を離すと、立ち上がる。


「じゃあ、ウォレス。ごめんだけど、この場任せていい? キサラギはともかく、スターチスが何するか分からないから」

「それ……俺がいる事でどうにか出来るのか?」

「多分?」


 そう笑顔のままライオネルが首を傾げると、ウォレスは口を結ぶ。

 明らかに嫌そうな空気を放っているが、ライオネルは笑って彼の背を強く何度も叩いた後、「じゃあよろしく」と言って障子を開けた。


「……」


 去っていったライオネルを見つめる様に、ウォレスはしばし障子を向いたまま固まっていたが、溜息を漏らした後こちらを振り向く。

 その溜息にスターチスが「なんだよ」と返せば、ウォレスはげんなりとした顔でスターチスを見て言った。


「いや、なんでもございません。えっと、エルフの里の事でしたよね。……キサラギ、話はどこまでしたんだ」

「ブーリャが攻めてきたという所までだ。話が脱線してあまり進んでいない」

「なるほど」


 ウォレスが俺の話に納得すれば、スターチスは複雑な表情を浮かべ俺達を見る。

 マコトも俺の話に相槌を打った後、付け加える様に話す。


「そういや先程、スターチス様は事が起きてから気付いたと話していらっしゃいましたよね。それって一体」

「ん、ああ。それはね」


 マコトの問いにスターチスは先程出したあの本を畳に置く。それを四人で囲み見下ろすと、スターチスは話しながら表紙を持ち上げた。


「さっき話した通り、この本には様々な歴史や人の記録が書かれている。けど、ごく稀に【間違い】もあるんだよね」

「間違い? そのまま記録しているだけじゃ無いのか?」

「うーん。まあ、それはそうなんだけど……」


 俺の呟きに、スターチスは唸りつつも返した後、ある項目で、捲る手を止める。そこには、複雑な記号が全体に重なって書かれている。

 それが虫の様に蠢いていて、三人揃って嫌悪感混じりに声を漏らし目を逸らすと、スターチスもまた苦々しく呟いた。


「気持ち悪いでしょこれ」

「まるで虫がわいている様に見えるんだが……なんだこれ」

「妨害魔術だね。と言っても、この本に対してそれが使えるのはかなりの上級の魔術師なんだけど」


 そう言ってスターチスはその文字達をなぞる。すると、煙の様にその文字が本から離れて浮かんできた。

 それにスターチスは人差し指に灯った炎で文字を燃やしていくと、ハラハラと焼けていくそれらを俺達はぼんやりとして見つめた。


「……ここのページは魔鏡(まきょう)領域全体に関わる記録でね。十年くらい前からこんな感じなんだよ」

「十年前?」

「そう。丁度オアシスが滅んで、ライオネル達がヴェルダにやってきた位の頃」


 その話に俺はスターチスを見つめる。スターチスは一瞬こちらを横目で見た後、再び本に視線を向けて撫でた。


「最初はライオネルの仕業かと思っていたけど、どうも違う様でね。ライオネルはヴェルダに来て間も無く操られていた様だから、そうする暇は無かったんだよ」

「では他に誰が……」


 そう言いかけた時、ウォレスが遮る様に言った。


「クリアスタルの魔術師だ」


 と。

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