【2-3】蘭夏の港
半信半疑ではあるが、ライオネルが神だったと分かった俺は、その事をレン達も知っているのか気になった。
とはいえ、もし理由があってライオネルが隠していたとなると、後々面倒な事になりかねないので、その疑問は一旦隅に置いておく事にする。
(とはいえ……益々あいつが気になるな)
神というと、大体は人から一歩引いた所で過ごしているものである。人とは過度に関わらず、遠い所から見守っている存在。……だが、それとは対照的にライオネルは人に紛れて過ごしている。
(桜宮には恩があるかもしれねえが……それにしたって、距離が近い気がする)
何せ言われなければ人と変わらない。神が持つ様な厳かな空気もなければ、表面上やり取りする上での距離感もない。だから尚更の事興味を抱いた。
自分でもどうしてここまで興味を抱くのか、不思議で堪らないが、視線をライオネルに向けていれば、いつの間にか傍にやってきていたマコトが話しかけてくる。
「キサラギ? どうしたんだ、ボーっとして」
「少し考え事していた」
「考え事?」
小首を傾げた後、マコトは隣に立ち壁に寄りかかる。そして「あっ」と声を漏らすと、こちらを見て言った。
「ライオネルさんの事か」
「……まあな」
間を置いて溜息混じりに返せば、マコトは僅かに眉を下げていった。
「もしかして、仇の事とか」
「いや。そうじゃない。……そうじゃないんだが」
「?」
何と答えれば良いものか。
マコトから視線を向けられる中、気まずくなって視線を逸らした後、頭に手をやり掻きながら返した。
「そこまで大した事じゃない」
「大した事じゃないのか」
「ああ。……それよりも」
海はどうだった? と、話題を変えれば、マコトは瞳を輝かせて「そりゃあもう」と興奮混じりに語る。
「遠くまで水面が広がっていて、見た事のない白い鳥が沢山飛んでいた‼︎ あ、海にはイルカと呼ばれる生き物も泳いでいたぞ‼︎」
「そうか」
「ああ。……キサラギも見てくるといい。何なら一緒に行くか?」
「後でな。まだ時間もあるだろう。降りる前に見るくらいでいい」
それまで俺は休む。そう彼女に伝え、部屋にある寝台に向かう。マコトは「分かった」と言った後、レン達の元へ向かっていった。
寝台は一応人数分ある様だが、それぞれが二段に分かれていた。そのうちの一箇所は、ウォレスが眠っている様で、目隠しの幕が下がっている。
俺も下段の寝台に潜り込み横になると、外から僅かに聞こえる波の音に耳を澄ませながら目を閉じた。
――それからしばらくして、呼ばれる声に目を覚ますと、目の前にマコトの顔があった。
「もうそろそろ着く様だぞ」
「……そうか」
返事をした後欠伸をして、寝台から出る。ウォレスは既に起きていて、表で襟巻きを巻いていた。
寝癖が付いているぞとマコトに言われ、髪を整えつつ甲板に出れば、外の光に一瞬目が眩んだ後、ウミネコの鳴き声と共に海が目に入る。
潮風に乗った磯の香りが鼻腔に付く中、柵へと近付けば、視線の高さでウミネコが並走する様に飛ぶ。
と、そこにレン達桜宮組やカイルもやってくれば、レンとカイルが海のある方向を見て指を指す。
「あっ、また跳んでいますね!」
「だね!」
(跳んでいる?)
二人の指差す方向を見れば、海面から一匹二匹と、ヒレを広げて魚が飛び出して滑空するのが見えた。
(トビウオか。初めて見た)
確か蘭夏では『アゴ』と呼ばれていた様な。
以前橙月かどこかで聞いた話を思い出していれば、ライオネルが楽しげに話す。
「トビウオだねー。内海にもいるんだねぇ」
そういえば、厨房の出汁切れてた気がするなーと、ライオネルが微笑しつつ思い出したかの様に話す。
そういや風邪を引いた際、ライオネルは粥を始めとして様々な料理を作っていたが、まさか魔術師の仕事だけでなく料理までやらされているのだろうか。
「……魔術師って大変なんだな」
「えっどうしたの急に」
思わず嘆いてしまうと、それが聞こえていたのか、ライオネルが勢いよくこちらを見て驚いていた。
そんな会話も混ぜつつ、皆して海を見ていれば汽笛が鳴り響き、船の先を見る。そこには遠くの山と共に蘭夏の港が見えていた。
「もう到着かー。あっという間だったね」
「また乗りたいですね」
レンが少し寂しげに呟けば、カイルは頷きつつ笑顔を浮かべる。そこにマコトも入ると「そうだな」と嬉々として返した。
と、甲板にいた船員の男が望遠鏡で先を見つつ「あれ」と声を漏らした。
「港に旗がいくつか見えるな」
(旗?)
船員の声に、俺は港を見る。そこには桃色や白の旗を持った兵士達がいた。それをレン達も見ると、レンが「うげ」と嫌そうな声を漏らす。それに続ける様にウォレスも言った。
「あれは……もしやアユ様達か?」
「そうみたいだね……お迎えはいいって言ったんだけど」
苦笑するライオネル。一方でレンは青ざめると身を低くした。ああ、そうだった。確かレンは桜宮を単身抜け出して、聖園の各国で騒ぎを起こしていた。
レンもどうやらその事が頭から抜けていた様で、今更ながら慌て始めていると、ライオネルとウォレスは顔を見合わせた後、レンの手をそれぞれ左右から握った。
「ら、ライ兄様。あたし、用事思い出したから……」
「ダメだよ。レン。ちゃんとアユに謝ろうね」
「そうですよ」
「うわぁん二人とも意地悪!」
離してよと暴れるレン。ライオネルは笑みを浮かべる一方で、ウォレスはいつも通りの澄まし顔で手を握り続ける。
やがて、レンは近くにいたマコトやカイルに助けを求めると、二人は困り笑いを浮かべた。
「そもそも何でまた桜宮を抜け出したんだ。兄貴が嫌いなのか?」
柵に手を置きつつ呆れ混じりに訊ねれば、レンは騒ぐのを止めると、「うーん」と唸り始める。
「嫌いって訳じゃないんだけど……厳しいんだよね。それに旅に出たいって言ったのに、許してくれなかったし」
「まあ……そりゃあね」
「立場という物がありますから」
「もうっ、二人はこんな時だけ兄様の味方だよね」
ライオネルとウォレスの言葉に、レンは頬を膨らませ怒る。して、帯に差していた刀に視線を向けつつ、言った。
「あたし戦えるし。自分の身は守れるもん」
「レン様。世の中には恐ろしき者達も多いのです。せめて用心棒を付けないとアユ様はお許しになりません」
今回は彼らがいたから良かったものの。と、ウォレスはこちらを見つつ、レンを諭す。
ライオネルは何も言わなかったが、相槌を打っていると、レンはバツが悪そうにして落ち込む。それを見て居た堪れなくなったのか、マコトが恐る恐ると言った様子でいった。
「あ、あのー……その、私が帰るまでなら、一緒に旅するから」
「マコト?」
「本当⁉︎」
何を言っているんだお前はと、驚きと呆れ混じりの目をマコトに向ければ、それを他所にレンがパァッと顔を明るくしてマコトを見る。
ライオネルとウォレスは再び見合わせた後、俺を見る。
「おいなんで揃って俺を見る」
「いやー……二人なら安心して任せられるんだけどなって」
「アユ様の判断次第だが、俺もそう思う」
期待の目を向けつつ言う二人に、俺は頭を抱える。
そうしている間に船は港に着き、下船に入ると、再び逃げ出そうとするレンをライオネルとウォレスが左右から挟み、共に降りていく。
他の客の視線もあり、俺達は三人から少し離れて船を降りれば、三人を追う。三人の行き先にはあの旗の集団。その先頭にはレンと同じ、桃色の掛かった長い白髪の男がいた。
「アユ様。ただいま戻りました」
「おかえりなさい三人とも。大変でしたね」
優しげに笑み労りの言葉を向ける。厳しいというものだから冷たい印象はあったが、一見するとその様には見えない。
歩み寄ると、アユと呼ばれていた男はこちらに気付いたのか、紅瞳を大きく見開いた。
「……貴方は」
「? ……あ、そうだった」
ライオネルは小さく首を傾げた後、こちらを向いて声を漏らす。して、俺に向けて手招きすれば、俺は歩を進めた。
「三日前にも言ったけど、彼が例の鬼村の生き残りの子だよ」
「鬼村の」
動揺するアユ。俺は斜め前にいたライオネルを見ると、ライオネルは眉を下げつつ笑んだ。
「紹介するね。俺の上司であり、桜宮の次期当主であらせられるアユ様」
「! ……失礼しました。桜宮アユです。……キサラギさんでしたよね」
「……ああ」
頭を縦に振れば、彼は笑みを作る。しかし、動揺は隠し切れていなかった。
(無理もないか)
何せ、仇相手を長い事隠し続けていたのだから。
アユの思っている気持ちを察しつつも、俺はもう一度ライオネルに視線を向け、目で訴える。
(お前の上司だろ。どうにかしろよ)
そう思っていれば、ライオネルに通じたのか、「あー」と声を漏らした後、アユに声を掛けた。
「とりあえず立ち話も何だし、続きは桜宮に向かってからという事で……」
「そ、そうですね。キサラギさんもそれでよろしいですか?」
「ああ。構わない」
マコトとカイルにも視線を向ければ、二人はキョトンとしつつもそれぞれ頷く。
それを見たアユは眉を下げつつ笑んで「すみません」と謝った後、背後にいた兵士に指示を出した。




