【0-3】操られた魔術師(ライオネルside)
「ッ……」
痛みで小さく呻くと、薄汚れた布団に包まり蹲る。右手首を見れば、操りの輪が外れ、通されていた黄金の針の傷跡があった。
命令にされるがまま、俺は気が付けば左脇腹に深い傷を負ってヴェルダの城に戻ってきていた。
一体何が起きたのか最初は分からず、ただ一向に癒えない傷に苦しみながら、数日自室に籠っていた。
「……ハァ」
心なしか熱も出て、気怠い身体を起こせば、傷を中心に服や布団が汚れている。手当てをし直そうと、包帯を外せば化膿が始まっている様で見た目が酷くなっていた。
(熱が出てるのもそのせいか)
本日に至っては咳き込めば血が滲む様になった。このままでは命すら危ういかもしれない。
(まあ、でも仕方ないよね)
目を瞑れば、自分が襲った人々の顔が思い浮かぶ。操られていた。制御が効かなかったとはいえ、彼らを八つ裂きにしたのは自分の手によるものだ。いくら自分の意思ではないといえど、言い訳は出来なかった。
自分を戒める様に包帯だけ巻いて再び横になる。それからやがて熱も高くなり息が荒くなると、扉からノック音が響く。
(……誰、こんな時に)
重い身体を無理やり起こし、ふらつきながらも扉へ向かう。ついでに無意識に、壁に掛けていた短剣を手にして、ゆっくりとドアを開くと、灰色の髪が目に入る。そして見知った青年の顔が見えると、僅かに警戒を解き言った。
「……ああ、なんだ。アンタか。何? 仕事?」
「いや、伝言だけ」
「……そう」
何と言うと、青年は間を置いた後無表情で言った。
「先程、ヴェルダ領に聖園領域の兵が入ってきたと」
「聖園領域……ははっ、そっか」
恐らくは俺を捕まえる気なのだろう。傷の痛みを紛らわせる為にも深く息を吐いた後、「分かった」と言って扉を閉める。
だが、その前に青年の足が扉の合間に入り、挟まると、青年はその隙を狙って扉を開き中に入る。
「……何?」
不意に扉の邪魔をして入ってきた青年に低い声で言えば、青年は表情を変えず、視線を腹部に向ける。
「お前、早く治さないと死ぬぞ」
「……大丈夫だよ。そんな簡単には死なない」
知ってるよね。俺の体質。
そう言うと青年は眉間に皺を寄せながらも返した。
「だが明らかに顔色が悪い。それに化膿している様な臭いもする」
「……」
「まさかとは思うが……死ぬ気なのか。贖罪として」
「……」
見透かした様な言い方に俺は視線を逸らす。
気まずい空気が流れ、互いに黙る中、不意に身体が大きく揺れるとその場に膝をつき蹲る。
「っ、ライオネル!」
「大丈夫……立ちくらみ起こしただけだから……」
咄嗟に返し、壁に手をやって立ちあがろうとしたが、視界がぐるぐると回り始める。
「ッ……」
耐えられずそのまま床に倒れ込むと、慌てる青年の声が響く。大粒の汗が肌を伝い、手足の感覚が無くなる中、チリチリと脳裏に火花が散る様な感覚に至る。
(ああ、やばい)
懐かしい記憶から、覚えのない記憶までもが流れ始める。もしやこれが走馬灯かと、我ながら冷静に思っていれば、それから間も無くして、身体が浮くのを感じる。
それによって意識が少しだけ浮上したのか、「あー……」と気の抜けた声と共に顔を上げると、先程の青年が俺の腕を自分の肩に回して移動していた。
「何、してんの……」
「逃げるぞ」
「だったら俺を下ろしなよ」
アンタも危ないよ。
そう言うも、青年は下ろす事なく廊下を歩く。
相変わらず外は暗く、妙にだだっ広く白い廊下を歩いていれば、前からぞろぞろと聖園式の服装をした男達がやってくる。
青年は俺が持っていた短剣で、男達を牽制すれば、男達の中から一人の少年が現れる。
白く僅かに桃色がかった長い髪をひとまとめにし、刀を提げた少年はこちらに歩み寄ると、はっきりとした声で訊ねてきた。
「ライオネル・セヴァリーは貴方の事ですか?」
「そう、だけど……」
「私は桜宮の第一王子、アユです」
桜宮の第一王子……か。これまたすごい人がと他人事の様に思っていれば、彼は距離を詰める。
青年は短剣を王子に向けるが、彼は刀を抜く事なく、ましてや青年にも怖気付く事なく、俺の頬に触れる。
「ご同行をお願いしても、いいですか」
「……俺を処刑でも、する?」
「それは、まだ。分かりません。……けど、聖園守神様より、生きたまま捕えろと仰せつかっていますので」
もしよろしければ貴方もいかがですか。と、王子は青年にも言えば、青年は瞬きした後短剣を下ろす。
不意に俺は王子の背後を見ると、彼によく似た髪色の男が立っていた。男は王子の肩を掴むと、前に出て言った。
「ヴェルダに関しては後程たっぷりと訊かせてもらう。だが、その前にまずはその傷をどうにかしないとな。……おい、衛生兵」
男の言葉に、兵の中から数人出てくると、俺達を取り囲み、俺を担架に乗せる。
これで緊張の糸が切れたのか、意識を手放すと、深い眠りについたのだった。
※※※
次に目を覚ました時。見慣れぬ天井が目に入り、ぼうと見つめていると、紙で出来た窓にハラハラと散る何かの影が見えた。
それをしばし見ていれば、小鳥の囀りと共に、外で羽ばたくのが見え、そっと布団から手を出して伸ばす。
と、背後の引き戸が開き、人の気配がすれば、そこにはあの王子の少年が立っていた。
「ああ、良かった。目が覚めたんですね」
「……ここ、は」
「桜宮です。お身体の方はいかがですか?」
心配した表情で言われ、俺は伸ばした右手を顔の真上に翳す。右手の傷は完全に塞がり、あの時よりは断然身体が軽い。
身を起こせば、脇腹の痛みに顔を顰め押さえてしまう。
「ああ、あまり無理をしては……」
おろおろとしながらも、駆け寄り肩を支える。そんな彼にクスリと笑って「大丈夫だよ」と言えば、王子の表情も和いだ。
「良かった。ヴェルダから連れ出した後、一週間位は眠っていらっしゃいましたから」
「一週間……あ、あの青年は?」
「青年……ウォレスさんですか?」
青年の名前に頷けば、王子は膝を折り曲げて座りつつ笑みを浮かべていった。
「彼も来ていますよ。それどころか、ここに仕えたいと直々に言われまして……」
「仕えたい……?」
「はい」
こちらとしては助かるんですがと言って、王子は少し困った様に笑う。
それに対して「そう」と小さく呟くと、正面を見て話す。
「まあ、ウォレスにはあそこは似合わなかったから良いと思う」
「……ライオネルさんは」
「?」
「ライオネルさんはどう、ですか?」
王子の言葉に再度そちらを見ると、小さく息を吐いて「無理」と答える。すぐに断った事に、王子は口を閉ざすと、俺は呆れも混ぜつつ言った。
「俺が何をしたか、知っているよね? 俺はここの領域の人々を無差別に殺めた。それがどれだけ重罪かは分かってる?」
「分かっています。……でも」
それは貴方の意思じゃないんでしょう?
その言葉に胸が痛む。そうと言いたかったけど、罪悪感はそれを許してくれなかった。
ただ無意識に布団を握りしめると、王子から視線を逸らし、背を向ける。温もりを受け取ってはならない。早くどうにかして贖罪を果たさないと。
(早く、ここから去らないと)
そう自分に言い聞かせると、王子を他所に俺は横たわり布団を深く被った。
それから数日。手当て以外は受けず、ずっと部屋に引き篭もる日々を過ごした。
ある時パタパタと軽い足音が聞こえてきて、もぞもそと布団から顔を出すと、木漏れ日に照らされる様に、小さな姿が縁側を走るのが見えた。
(子ども……?)
居たんだと思いつつ、寝返りを打って背を向ける。と、スス……と障子と呼ばれていた戸が擦れる音がした。
その音に顔だけそちらを向けると、その人物は大きく驚き、すぐ様戸を閉めて去っていった。
その日を境に、その子は覗いては去っていくのを繰り返すと、俺は様子を見にきた王子に訊ねた。
「ここって……小さい子とかいるの?」
「小さい子? ……あ、もしかしてレンの事ですか?」
「レン?」
「はい。その……私の妹なんですが」
まさかご迷惑を? と不安気に言われ、首を横に振る。
ただ覗きにくるのが少し気になっていただけだが、その後王子の話で何となく理由が分かった気がした。
「一年前、私とレンの母は流行病で亡くなってしまって……。私は次期当主として公務がありましたから、中々構ってやれず、いつも乳母に任せていたんです」
「……」
「あの子は……お転婆な所もありますが、同時に聡い子でもあります。だから、こちらに気を遣ってか中々本心を話してくれなくて」
本当は寂しがっているのではないか。王子の言葉に、俺はポツリと「そっか」と返した。
そしてその次の日。あの子はまた現れた。




