【クリアスタル城にて】(ブーリャside)
数日前に攻め入ったエルフの里の一件から数日後。
聖園領域の人間から受けたあの武器によって、しばらくは傷が癒えなかったが、その後受傷部を切り取るという手術を受けた事により、元の治癒力を取り戻し、今ではほぼ元の様に大剣を振るえる様になっていた。
「フッ……ハッ!」
朝の全体演習を終えた後、城の裏庭で一人大剣を振るっていると、そこに一人白いマントを翻しながら、この城の主がやってくる。その姿に、振る手を止め深々と頭を下げれば、主は俺の目前で足を止めた。
銀髪に金色の右目と碧色の左目。背からは、竜人が普段隠し持っているドラゴンの白い大きな翼が露わになっている。
クリアスタル王メチェーリ・シルヴァー。魔鏡守神最後の子であり、正義を司る半神である。
メチェーリ様は俺を見るなり目を細めると、固く閉じた口を開いた。
「傷は癒えたようだな」
「はい。ご心配をお掛けしました」
そう言って片膝をつく。メチェーリ様は俺を目で追いつつ見下ろすと、そのまま話を続けた。
「普段は一晩も経てば動ける筈のお前が、今回は数日も寝込んでいたからな」
「……ええ」
頷き、そっと右肩に手をやる。
鍛錬の為露わになった上半身には、今までの古傷が残っていた。その中でも目立つ新しい右肩の傷跡に、メチェーリ様の手が伸びてくる。
「まさか、ただの人間が【対神器】を……しかもあろう事か、聖園守神の対神器だったとはな。厄介なものだ」
「ええ。ですので、ただいま【R】にあの者達らの偵察を任せている所です。どうやらあの魔術師も絡んでいそうですから」
「魔術師……」
俺の言葉に、メチェーリ様は眉間に皺を寄せる。して、「まさか」と口にすれば、俺は返した。
「ライオネル・セヴァリー。かつてオアシスやヴェルダにいた三大魔術師の一人です」
「ライオネル……ヴェルダから抜け出した後行方知らずとは聞いていたが、まさか聖園に隠れていたとはな」
聖園守神の対神器に、ライオネル・セヴァリー……前々からこちらを探っているのは知っていたが、近々動き出すかもしれない。
いかがいたしましょうと、メチェーリ様を見上げて訊ねれば、メチェーリ様は背を向けて言った。
「父さん……父上の指示が出るまでは、予定通り進めろ。少なくとも魔鏡領域全体が纏まらなければ、聖園と戦う事は出来ないからな」
そうメチェーリ様は言い残し、この場を離れる。
しばらくして俺は立ち上がると、大剣や傍の椅子に掛けていた上着を持ち、身体を清めに寮近くの井戸へ向かった。
井戸に着くなり、汲んだ水を頭から被って軽く流していると、背後から声を掛けられた。
「ブーリャ様」
「グロムか」
振り向けばグロムがいた。龍狼の騎士の一人であり、褐色の肌に白髪の、狼の半獣人の青年である。
「鍛錬終わりですか」
「ああ。……お前は」
「私は今から薬を」
ルナーが体調を崩しているので。そう眉を下げつつも、グロムは話すと、手にしていた手拭いを渡してくる。
ルナーもまた、彼と同じ龍狼の騎士の一人である。少し前から咳き込む姿を見かけていたが、少し見ぬ合間に寝込んでいるらしい。
受け取った手拭いで身体を拭いつつ、「季節の変わり目だからな」と話せば、グロムは頷きながらも浮かない顔で返した。
「ただの風邪ではあれば良いのですが」
「何だ? 何か気になる事でもあるのか?」
「……まあ」
そうですね。とグロムは返す。その様子に俺は息を吐くと、手拭いを首に掛け、グロムの頭に手を置いた。
「俺には話せない事か?」
「……本人に口止めされまして」
「口止め……」
話せないと言いつつも、こうして匂わす様に話している以上、口止めにはなっていない気がするが。それはそれとして、グロムの気持ちを察すると、「分かった」と返し彼の頭から手を離す。
グロムは小さく頭を下げ、薬を取りに城へ向かった後、俺は上着を身に付け、寮へ入る。
寮はここ以外にも城内城外にそれぞれ四棟ある。ここは龍狼の騎士として選ばれた十数人しか居らず、建物が大きいのもありとても静かだった。
昼の日差しが窓から降り注ぐ中、暗い木の板で作られた階段を上がっていけば、並んだ扉の一つから咳き込む声が聞こえてくる。
その扉へ向かいドアをノックすれば、咳き込む声が収まった後、「はい」とルナーの声が聞こえてきた。
「俺だ。入っていいか」
「ブーリャ様ですか……はい。どうぞ」
「失礼する」
許可をもらいドアを開く。と、微かに血の匂いがして足を止めた。窓際のベッドで上体を起こしていたルナーは、以前見た時よりも痩せ、肌がより色白に見えた。
(確かに、何かあるな)
グロムの言葉を思い返しつつ、ルナーの元へ歩めば、ルナーは力無く笑いながら言った。
「ああ……良かった。回復なされたんですね。グロムから話を聞いて心配していました」
「……ああ。そういうお前は、随分と体調が悪そうだな」
「ええ。ですけどご安心を。ただの風邪ですので」
しばらく休めば復帰出来ますから。
そう言うも、すぐに激しく咳き込む。思わず手を伸ばそうとすれば、ルナーは拒絶する様に手で制した。
「大丈夫です。大丈夫……ですから」
ゲホゲホと咳が響く。一向に収まらず、ルナーは身体を背けると、やがて傍らにあった布を掴み、口を押さえる。
それが外からの光も相まって、白い布に赤が混じると、いよいよ俺はルナーの肩を掴んだ。
ルナーはびくりと震えると、小さく声を漏らした後、肩で息をしながら呟いた。
「くれぐれもリーヴィニ兄さんや、グロムには……言わないで……くださいね」
「……っ、お前」
少しだけ落ち着いたのか、ルナーは顔を上げる。口元には血が伝い、手や袖口も汚れていた。
明らかに風邪ではない。胸が痛いのか、顔を歪め押さえると俺はルナーの背を摩りながら訊ねた。
「いつからだ」
「さあ。いつから、ですかね」
随分と先の様な、そうでもない様な。
そんな曖昧な返しをした後、ルナーは壁に寄りかかる様に身を起こすと、俺を見て微笑した。
痛々しい姿に俺はより眉間の皺を寄せると、ルナーは目を伏せて呟く。
「間違っても。自分を責めないでくださいね」
「!」
これはあくまで自分の不摂生が祟った所為だから。そうルナーは言ってベッドに横になる。
それを聞いた俺は立ち尽くすと、降ろした手を握り締める。そして「しっかり休めよ」と苦し紛れに呟けば、ルナーの部屋を後にした。
※※※
半ば逃げる様に城内の執務室に逃げ込むと、俺は長い間机に伏せていた。
(まさか、ルナーが病に冒されていたとは)
詳しくは聞き出せなかったが、あの様子だと重病である事は確実で、治療に専念しないと治らない気がした。
とはいえ、本人は周りには知られたくない様子。特に兄弟同然に過ごしてきたグロムや使用人のリーヴィニには隠したい様で、どうにかして言い訳を考えていた。
そんな時、扉を叩く音が聞こえ顔を上げれば、外からヴェーチェルの声が聞こえてきた。
「ブーリャ騎士長。少しよろしいでしょうか」
「……」
返事もせずに無視すれば、失礼しますと言ってヴェーチェルが入ってくる。して、いつもの薄ら笑みを浮かべながらヴェーチェルは俺の元へ歩み寄ってくると、「どうやらお困りの様で」と話しかけてきた。
「何の用だ」
低い声で返せば、ヴェーチェルは笑んだまま答えた。
「アドバイスをと思いまして」
「助言だと? そんなの別に要らん。大事な用で無ければ出て行ってくれ」
「ふふ。相変わらずですね」
どうしてかこいつは最初から信頼はできなかった。初めてこの城にやって来て、目にした時、言葉に出来ない嫌悪感を抱いたのを覚えている。
それ以降、無意識に避けて来たのだが、去年程から妙に絡んでくる様になったのである。
追い払う素ぶりを見せる俺に、僅かに眉を下げ呆れを混じらせながらヴェーチェルは呟けば、退くどころか机に手を置き身を乗り出し、近づいて来た。
「……このご様子だと、聖園の若者や桜宮というより、ルナー様に関してですね?」
「お前には関係ない」
「ええ。確かにそうですね。何せ私は後から来ましたから。あの子達を育てた貴方達とは全く関係がございません。……ですが」
私は仮にもこの国の魔術師ですから。そう言って、頬を触れる。その行為に俺はより怒りを滲ませると、ヴェーチェルの手を払った。
払われたヴェーチェルは、一瞬目を見開いた後、すぐに目を細め、顔を寄せる。
「一つだけ忠告致しましょう。貴方がこうして私を嫌った所で、状況は変わりません。そして、真実を知ろうとした所で貴方はどうにも出来ない」
「……」
「せいぜい、今はこの国の為にお勤めくださいね。……ブーリャさん」
呼称を変えてヴェーチェルは言った後、身を離し部屋を去っていく。
部屋の影が長く濃くなり、光が橙色に染まる中、俺はふとヴェーチェルの言葉が気になり、顔を上げて閉まった扉を眺めた。
(真実を知ろうとした所で? あいつは何を言っているんだ)
あれはまるで、自分の知らない所で何かが起きていると言っている様なもの。ここしばらくは俺はクリアスタルを空けていた日が多かったが、その最中にあいつは何をしていたんだ。
顔を右手で覆いつつ、ヴェーチェルの言葉を訝しんでいれば、再びドアを叩く音が聞こえる。またヴェーチェルかと思っていれば、聞こえて来たのはリーヴィニの声だった。
「ブーリャ様、リーヴィニです。入っても良いですか?」
「リーヴィニか。ああ。良いぞ」
「失礼します」
声色を戻し返事をすれば、扉が開き金髪の青年が入ってくる。
獅子の半獣人という珍しい種族の彼は、一纏めにした長い髪と共に、細長い獅子の尾を揺らしながら、こちらにやって来た。
「お前がわざわざここに来るなんてな」
「はい。少しお伝えしたい事がありまして」
そう真剣な眼差しで彼は見下ろすと、胸ポケットから紙ナプキンを取り出す。して、それを机に広げる様にして置けば、そこに人差し指を置いた。
少しして、魔術により光の文字が浮かべば、そこに現れたのは「城内に怪しい動きあり」という文字であった。
「やはりか」
「ええ。今の所、メチェーリ様は気付いていらっしゃらない様ですが」
「……分かった。ご苦労。引き続き頼む」
「はい」
リーヴィニは頷き背を向ける。と、扉を開ける間際、彼は足を止めて訊ねてきた。
「先程ヴェーチェル様がいらっしゃった様ですが、一体何のご用で?」
「さあな。だが、意味深な事だけ言って去っていったが」
「意味深な?」
リーヴィニは振り向くと、俺は先程あいつが言った言葉を口にした。
「『真実を知ろうとした所でどうにも出来ない』ですか。……なるほど」
「?」
何か知っている様な頷きに、俺は小さく首を傾げる。それに対し、リーヴィニはにこりと笑むと「こちらの話です」と返した。何なんだこちらの話って。
ヴェーチェルだけでなく、リーヴィニも何か隠していそうな様子に、思わず「お前も何かあるのか」と頭を抱えれば、リーヴィニは困り笑いをして言った。
「ま……そうですね。けど、ヴェーチェル様が動かれている以上は、早くお伝えした方がよろしいかもしれません」
「……じゃあ、今晩」
「ええ。その時に」
そう約束すると、リーヴィニは部屋を去る。
一人きりになった俺は、長い息を吐きつつ椅子の背もたれに寄りかかると、天井を見上げ目を伏せた。




