【1-20】りんご
「はいどうぞ」
そう言って渡された皿には、皮と種を取られたりんごの切り身の他に、何故か兎の様に皮が残されたりんごが入っていた。
俺はそれを手で摘むと、ライオネルは「うさぎさん」と言って、更に増やしてくる。
「レンにそれやってあげると喜ぶんだよね」
「……俺は男だぞ。それに成人もしている」
「レンも一応成人はしているけどね」
十六から成人扱いだからとライオネルは話す。それはそうだが、俺からしてみればレンはまだまだ子どもの様な気がした。
とはいえ、今の俺にはそれらをツッコむ元気も無く、そのまま手にしていたりんごを口にする。口にしたりんごは甘く、渇いた口の中を潤していった。
一人黙々と齧っていると、扉を軽く叩く音がした。てライオネル共々扉を振り向けば、俺の代わりにライオネルが返事をする。
「はーい?」
「マコトです。中に入っても?」
「どうぞー」
ライオネルの言葉にマコトは「失礼します」と返した後、扉を開く。して俺を見るなり安堵した表情で言った。
「良かった。食べられる位には回復したんだな」
「まあ、な」
口にしていたものを飲み込んだ後、静かに頷きつつ話す。喉の炎症も良くなった気はしたが、代わりに痰が絡んだ様な感じで少し話がし辛く感じた。
時折咳き込みつつも、寝台の側までやってきたマコトを見上げると、彼女の手が昨晩のライオネルみたく額に触れてくる。
「熱はまだある様だな……」
「……薬は貰ったから明日にでも治る」
「流石に明日は難しいと思うけど、そう日にちは掛からないと思うよ」
俺の返しを訂正しつつ、ライオネルはマコトに話す。それを聞いたマコトは再度眉を下げつつ笑めば、俺の額から手を離した。
「でも焦らなくて良いからなキサラギ。ちゃんとライオネルさんの言う事を聞いて休むんだぞ」
「……何だか子どもに対しての諭し方だな」
「言わないと、知らぬ間にどこかへ行きそうだからなお前は」
くすりと笑いつつマコトが言えば、俺は口元を引き攣らせつつ返した。
「言うじゃねえか」
「ふふ。……ではライオネルさん、あとはよろしくお願いします」
「うん。よろしく頼まれた! マコトちゃんも無理しないでね」
「はーい」
(マコト……「ちゃん」?)
いつの間にそんなに二人は打ち解けていたのか。いや、それ以前に何故ライオネルは馴れ馴れしく女の名を呼ぶ?
(主人である筈のレンに対しても呼び捨てだしな。……本当何なんだこいつは)
恨みとはまた別の意味でモヤモヤし始めていると、マコトが去った後チラリとライオネルはこちらを見つつ言った。
「今さ。何で俺がマコトちゃんと馴れ馴れしく話しているんだって思ったでしょ」
「……」
「クールそうに見えて意外と分かりやすいよね。キサラギは……ってうわっ⁉︎」
癪に触った事で、傍にあった枕を全力でライオネルに投げつける。ライオネルは即座に避けるも、今度は俺が短刀を抜くと、慌てふためきながら立ち上がる。
「わーストップストップ! 言っとくけど、マコトちゃんを取ろうとかそういう気全くないから!」
「すげえタチ悪い。今すぐにでも切り刻んでやる」
「やめて! それで切り刻まれるとマジで死んじゃう!」
「ほう? 尚更良いじゃねえか」
そう言いつつ短刀片手に立ちあがろうとしたが、咳き込んだ事で寝台に座り込む。
それを見たライオネルが「ほらあ」と分かりきった様に呆れつつ言った事で、俺は口元を押さえつつライオネルを睨んだ。
「ああ、クソ……っ。なんでこんな時に風邪をひくんだろうな」
「タルタも言っていたでしょ。疲れが出たんだって」
「疲れ、か。少し前まではそんなの感じた事無かったんだけどな」
年か? と呟けば、ライオネルは真顔になって返した。
「まだ早すぎるでしょ。流石に。というか今いくつよ」
「……十九」
「十九‼︎ まだまだじゃん‼︎」
そう言われ、俺は「そうか」と返す。まだまだと言われるが、昔に比べると身体は重く感じた。
首を傾げつつ皿のりんごを摘んでいれば、ライオネルは溜息をついた後、椅子に座る。
「俺が言うのもなんだけど……適度に休まないと身体壊すよ? 若い頃は無茶しがちだけどさ」
「……無茶な」
無茶した覚えはないんだが。そう言い返しはしなかったが、軽く聞き流すと、摘んだりんごを全て口に含む。して咀嚼し飲み込んだ後、横になってライオネルに背を向けた。
※※※
晩にもなると、熱は微熱まで下がった気がした。
まだ若干気怠さはあるが、動くのにはさほど支障もなく、気分転換がてら窓際の椅子に座って外を眺めていると、様子を見にきたのかマコトがまた訪ねてきた。
「何だ。また来たのか」
「ああ。……気分はどうだ?」
「まあ。朝よりはマシだな」
そう返すと、マコトは「そうか」と微笑し、近くの台から椅子を取り寄せる。
して少し離れた場所に椅子を置き、マコトが腰掛ければ、俺は窓からマコトに視線を向けて言った。
「レンは」
「レンは別室にいる。今日から宿をこちらに移したんだ」
「へえ」
わざわざそんな事しなくても。そう考えつつ、窓に視線を戻す。閉め切ってはいるが、港が近い事もあり耳を澄ませば微かに波の音が聞こえた。
そんな穏やかな空間の中、マコトは言葉を選ぶ様に恐る恐るといった様子で聞いてきた。
「その、嫌ならば話さなくてもいいんだが。昔の話が気になって」
「俺の話か?」
「……ああ」
間を置いてマコトは頷く。どうして急にと思いつつ、俺は小さく息をついた後、身体ごとマコトに向けて言った。
「それを聞いたって、面白くもないぞ」
「……」
「……ま、別に話せねえ訳じゃないし、話してやってもいいが」
そう返すと、マコトは目を丸くさせる。して「良いのか」と意外そうに返され、俺は頷いた。きっと断られるとでも思ったのだろう。
肩に掛けていた頭領の赤い羽織を引き寄せつつ、俺はマコトを正面から見つめると、淡々とあの日起こったことを話した。
ライオネルが化け猫の姿で村を襲った事。それによって俺は記憶を失った事。その後、俺は頭領達の仇をずっと追っていた事。
振り返る様に彼女に語り続けると、マコトは終始驚いた表情のまま黙って聞いていた。
話し始めてからどのくらい経ったか知らないが、咳き込み始めると、マコトがハッとして話しかける。
「あ、すまない。本調子じゃないのに長々と」
「気にするな。何か飲めば落ち着く」
そう咳混じりに返せば、マコトが立ち上がり台に置かれた湯呑みに水を注ぐ。して、それを手に持って来れば、こちらに渡してきた。
それを受け取り飲んだ後礼を言えば、マコトは眉を下げつつも笑んで言った。
「こちらこそありがとう。話してくれて」
「……ああ」
頷き返すと、マコトは再び椅子に座る。喉の渇きを潤す為に水を飲み続けた後、空となった器を膝の上に置き、窓を見た。
「にしても。こうして俺の話を聞きにきたのは、レンかライオネルに村の事を聞いたからか?」
「えっ」
「……じゃないと態々聞きに来ないだろ」
マコトに言うと、彼女はぎくりとした後目を逸らし、頷く。その様子に俺は息をついた後「余計な事を」と呟いた。
「お前の目的は下の世界に帰る事だろ。いちいち他の問題まで気にしていると身が持たないぞ」
「そ、それはそうだが……」
口ごもるマコト。それに再度溜息を漏らすと、俺は目を伏せて言った。
「ま、お前が帰るまでは一緒にいてやる。一先ずお前はそれだけ考えていろ。いいな」
「あ、ああ……」
俺の言葉にマコトは渋々頷く。俺は椅子から立ち上がると、手にしていた湯呑みを台に置き、寝台に腰掛けた。
マコトは浮かない顔でこちらを見つめてくると、「キサラギ」と静かに名を呼んだ。
「何だ」
返せばマコトも椅子から立ち上がる。してこちらに歩んでくれば、枕元に置いていた短刀を見つつ言った。
「その……キサラギが良ければ何だが。全てが終わった時」
「……?」
「……いや。まだ早いな」
忘れてくれ。そうマコトは苦笑いして部屋を後にする。
俺はその背を見つめたまま唖然とすれば、すれ違いに入ってきたライオネルが俺と去ってしまったマコトを交互に見つつ言った。
「ど、どうしたの? 何かあった?」
「……さあ」
そう首を捻りつつ返す。ただ最後に何か言い掛けていたのが気になる。一体何を言いたかったのだろうか。
(あいつもよく分からねえな……)
いつもはお転婆でお節介な癖して、時折ああして含みのある言い方をしたりする。言いたい事があるのなら、隠さず言って欲しい物だが……。
やれやれと思いつつ、寝台に横になる。それを見たライオネルが「寝るの」と訊ねれば、頷き目を瞑った。
「ああそうだ。ライオネル」
「何?」
思い出し呼びかけると、去ろうとしていたライオネルの足音が止まる。俺は瞼を閉じたままライオネルに言った。
「体調が良くなってきたし、明日にでも話し合おうとレンに伝えてくれ。なるべく早く決めたほうが良いだろ?」
「まあ……それはそうだけど。……うん、分かった。けど無理はしないでね」
「分かってる」
若干呆れ混じりに返せば、ライオネルは微かに息を吐く。して「おやすみ」と伝えた後、部屋の明かりを消して去って言った。
ライオネルが居なくなった後閉じていた瞼を開くと、下敷きになっていた掛け布団をどうにか引き上げて被れば、そのまま眠りについた。




