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千神の世  作者: チカガミ
1章 未知なる旅
23/30

【1-18】星空の下の里にて

 ドラゴンや騎士達が去った後も、絶えずエルフの里は燃え続けていた。

 火の粉と共に喉や肺を焼き尽くす勢いで、黒煙が俺達に向かって舞う中、それをエルフの男達が前に出て魔術で防げば、川の上流を目指して移動する。

 ふと横を見れば疲れを露わにするマコトや、そこそこ重い傷を負ったウォレスが、レンやチオッラによって支えられながら何とか歩いているのが見えるが、その中にはライオネル(その男)の姿はどこにもなかった。


(ケンタウロスの人質になってもらっているが……この状況だと行けねえな)


 まあ良くも悪くも力のある魔術師だ。もしかしたら既に一人でどうにかやっているのかもしれない。そんな事を考えていると、地響きと共に正面からあのケンタウロス達がやってくる。

 その姿に一瞬警戒すると、ケンタウロスの中心人物であるあの柄の悪いケンタウロスは、背後のケンタウロスに指示を出した。


「魔術が使える奴は魔術で‼︎ それ以外の奴らは大樽で水を汲んで消火しろ‼︎ いいな‼︎」

「「「おう‼︎」」」


 命じられた男達が大きな声で返事すればそれぞれ動き出す。その光景に俺達は驚きつつ眺めていると、指示を出したケンタウロスがこちらに近づいてくる。


「やはり人間如きに敵う相手じゃなかったな」

「っ、遅過ぎですよ‼︎ 何をしていたんですか⁉︎」


 鼻で笑うケンタウロスに、チオッラが怒りの声を上げる。それにつられて他のエルフも声を上げれば、ケンタウロスの額に青筋が浮かび上がる。


「うるせえ‼︎ お前らこそ長老の癖して‼︎」

「何だと⁉︎」


 喧嘩を始める双方に、タルタが「やめないか」と制止の声を上げた。それにケンタウロスとチオッラ達は黙り込むと、互いに溜息を吐く。


「まあ、何だ。災難だったな」

「……」

「火の方は俺達が何とかする。お前達は俺達の里に行け」


 そう言われ、エルフ達は間を置いて次々と礼を言う。その礼を聞いたケンタウロスはフッと笑うと、燃える里へと歩いていく。

 その後ろ姿を見つめていれば、チオッラに声を掛けられ、歩を進めた。

 ケンタウロスの里はエルフの里を出て、しばらく上に上がった所にある、高い木の少ない崖や丘の広がる高原にあった。空はすっかり暗くなり、空を見上げれば星が川を作って輝いていた。

 そこまで来た所で、上から聞いた事のある声が聞こえた。


「あっ、ライ兄様!」

「お疲れ様。大変だったね」


 レンが声を上げると、丘の上から見下ろしていたライオネルが降りてくる。それに続く様に灯りを手にしたケンタウロスの少年もやってくる。

 ライオネルはウォレスを見て、「うわ」と顔を顰める。


「派手にやられてるじゃん。大丈夫?」

「……ああ」


 間を空けてウォレスは頷くが、その声は弱々しかった。その状態に、トウを支えていたタルタがやってくる。


「里に着いたらすぐに手当しよう。……少年!」

「えっ、あ、はい!」


 呼びかけられたケンタウロスの少年はハッとしてこちらを見ると、大きな声で返事をする。タルタは彼に準備や手当道具を頼めば、少年はこくりと大きく頷き、道を上っていった。

 その背を見送った後再び歩み始めると、目の前でウォレスを気遣うライオネルを見つめていれば、マコトが話しかけてきた。


「キサラギ」

「……何だ」

「さっきは助かった。ありがとう」

「?」


 礼の意味が分からず一瞬首を傾げる。が、その直後先程の戦いを思い出した事で、「ああ」と声を漏らすと「別に」と返した。

 とはいえあの時助ける事が出来たのは、先にマコトがあの男に傷を負わせていたからである。それがなければ、俺もマコトも無事で済まなかった。


(とはいえ。まさかここで再会を果たしてしまうとはな)


 目の前にいるのは、確かにあの日大事な人達を奪った仇だった。だが想像していた様な悪人ではなく、周りを気遣う頼もしい魔術師だった。

 だからこそ、俺は絶望した。仇を果たせない事が確実になってしまったからだ。


(これじゃ、俺は何の為に生きてきたか分からなくなるな)


 周りに悟られぬ様に俯き歩いていると、不意に横から押される様に身体が当たる。何だと横を見れば、マコトの寂しげな笑みが目に入った。


「何だよ。急に」

「……いや。何となく。キサラギが落ち込んでいる様に見えてな。まあ、無理もない話だが」


 そう言ってマコトは空を見上げる。俺も見上げると、マコトは小さく掠れた声で言った。


「もっと力があれば……助けられたのかな」

「……そうだな」


 力があれば。か。

 確かに力があれば――村長達が死ぬ事も、ライオネル(あいつ)を恨まなくても済んだかもしれない。


(全ては自分が非力だった故に)


 勿論それが独りよがりである事は分かっている。分かってはいるが、そう思っていないと自分を見失いそうだった。


※※※


 ケンタウロスの里に着くと、ウォレスを始めとして怪我人は里の奥にある大きな建築物の中に集められた。

 怪我のない俺は一人里の中を歩いていたが、そこにいつから居たのか知らないが、いつの間にかあのケンタウロスの少年がいた。


「何か用か」


 そう話しかけると少年は驚く様に変な声を上げた後、そろりそろりと寄ってくる。それをじっと見ていれば、少年は手にしていたそれを渡してきた。


「これ。もし良かったら」


 どうぞと言って渡された編まれた籠を渡される。中を見れば、蒸した芋に何か白いものが掛かっていた。それを手にすると、白いものは熱く熱され、芋の切れ目に滑り込んでいく。


(芋にこれは……乾酪か?)


 少なくとも聖園(みその)領域ではあまり目にしない料理である。これはかぶりつくのが正しいのだろうか?

 そう一人考えつつそっと口に運ぶと、濃厚な乳の味に、芋のあっさりとした味と塩分が口に広がる。長らく食事をとっていなかっただけに美味く感じた。


「美味い」

「良かった! まだ作っているので、足りなかったら言って下さいね!」


 俺の言葉に少年は嬉々とすると、そう言ってその場を後にする。

 俺は貰った芋を口にしつつも少年を見送ると、そこらにある丁度良い岩場に腰掛けて空を見上げる。標高が高く、周囲にはそれ以上に高い物が無い故に空がいつも以上に低く感じ、透き通って見えた。


(領域が違うだけでこんなに違うんだな)


 ケンタウロス達の格好は着物に近いが、建物は天幕に近い布で覆われた物である。先程中に入ったが、やはり下半身が馬なだけに、床という概念は中央の建物を除いてほぼなかった。

 手にした芋を完食させた所で、手当てが済んだのかマコトがやってくる。何も無い様に見えたが、首には包帯が巻かれていた。


「どこにも居ないと思ったら、ここに居たんだな」

「……傷は大丈夫か?」

「ああ。この位なんともないさ」

「そうか」


 それは良かったと、相変わらず元気な彼女に思いつつ。歩み寄ってきたマコトに、先程貰った芋を渡す。

 マコトは礼を言って受け取ると、それを口にしつつ言った。


「これはチーズか?」

「ちーず?」

「ああ。って、キサラギもエメラルで食べていただろう」

「エメラル?」


 食べていただろうか? そこら辺の記憶があまりない。

 ぼんやりとしつつ首を傾げると、マコトは食べるのを止めてこちらを覗き込む様に見つめてくる。それに対して「何だ」と返せば、マコトがポツリと呟いた。


「キサラギ。具合悪くないか?」

「は? 何で」

「いや、先程からボーっとしているし。何より顔色悪いぞ」

「……いや」


 悪くない筈だが。そう返すと、マコトは眉を下げたまま「そうか?」と訊ねる。しかしまあ、確かに疲労感は先程からずっとついて回っている様に感じる。


「もう夜遅いからな。お前もそれ食べたら寝ろよ」

「あ、ああ……」


 俺の言葉に返事しつつ、マコトは立ち上がる俺を目で追う。籠も渡し、用意された家へ向かえば、布一枚敷かれたそこに寝転がるとすぐに眠った。

 次の日。疲労感はやはり拭えなかったが、昨日の戦いの影響もあるだろうと思いつつ。隣の家にいるマコトを訪れると、眠る彼女の傍に寄り添う様にレンの姿があった。

 マコトの所にどうしてレンが。幕をめくったまま、二人を見つめていると、ライオネルがやってくる。


「レンの姿がどこにも無いと思ったら、マコトちゃんの所にいたのか」

「何かあったのか?」

「まあ、ちょっとね」


 そう困った様に彼は言う。まあ、昨晩の件に関してはそれぞれ思う事もあるだろう。

 あと少し位は寝かせてやろうと幕を下ろすと、背後にいるライオネルを振り向く。と、突然視界が揺れるのを感じ、眉間に皺を寄せた。


「? どうしたの」

「……いや」


 何でも無い。そう言って、視界の揺れが落ち着くのを確認した後、ライオネルの横を通り過ぎた。

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