【1-17】ケンタウロスの子(ライオネルside)
鬼村の青年と共にエルフの里を目指している最中、道を塞ぐ様に現れたのは、ケンタウロスの男達だった。
農耕馬の様に太く、ずっしりとした馬の蹄で地面を何度も蹴って警戒しながら、ケンタウロス達は手にした武器を構えつつ、ジリジリと迫ってくる。
「ちょっと……何のつもり」
「何のつもりかだと? 部外者が暴れていると聞いたから、退治しにきたまでよ」
そうボスらしき大きな体躯をしたケンタウロスの男は言うと、その身丈ほどの弓を構える。確かに部外者ではあるが、暴れているのはヴェルダの者達である。とばっちりにも程がある。
一先ず弁明しようと、青年の前に出て話しかけると、そのケンタウロスは容赦なく矢を放ってくる。それを魔術で辛うじて跳ね返すが、それを機に他のケンタウロス達も騒ぎ出し、武器を振るってくる。
(あーもう、なんでこうなるかな)
そうしている暇はないのにと、呆れを通り越し怒りすら感じつつ。とにかくエルフの里にいるウォレスやレン達の身を案じた俺は、転移魔術を使って青年を先に行かせた後、複数のケンタウロス相手に立ち塞がる。
背中の傷が地味に疼く中、短剣に手を添えて魔術を流し込むイメージを浮かべると、短剣に紫色の刃が付き長く伸びる。
それを一振りした後、ケンタウロスのボスに剣先を向ければ、ボスはより眉間の皺を寄せて唸った。
「その魔力……ただ者ではないな」
「一応は。かつては三大魔術師なんて呼ばれていたりもしたけど」
そう笑み交じりに言えば、ボスを始めとしてケンタウロス達が騒めく。自分で言うのも何だが、この領域で三大魔術師と口にしたら、大体の者が俺の正体に気付くだろう。
ボスは驚きつつも、すぐに険しい顔に戻ると、弓を構えつつ言った。
「その三大魔術師がここで何をしている……‼︎」
「それは勿論。助けに来たんだよ。エルフの里を救おうとしている仲間をね」
「エルフの里を救うだと? 何を馬鹿な事を」
ボスが呆れ交じりに返した時。ケンタウロス達の背後から威勢よく「やめい!」と貫禄ある男の声が響く。
その声にボスは跳ねる様に震えると、恐る恐ると言った様子でボスは振り向いた。
「お、親父殿……⁉︎」
「若衆引き連れて姿が見えないと思ったら、こんな所で何をしている‼︎」
「い、いやそれは……その……」
慌て顔を青ざめるボスのケンタウロスに、背後のケンタウロスの合間を歩んでやって来たのは、眼光が鋭く黒い髭を蓄えたこれまた大きなケンタウロスの男だった。その傍には対照的にとても小柄な茶髪のケンタウロスの少年がいた。
その少年は困った表情を浮かべてボスを見れば、ボスは気まずそうに目を逸らす。
「す、すみません。親父殿……ですが、部外者から山を守るのはケンタウロスの一族として当たり前で……」
「ああ。だが、だからといって敵を見誤っては元も子もないだろう」
そう静かに言われ、ボスはシュンとして俯く。他のケンタウロス達も武器を下ろす中、親父殿と呼ばれていたケンタウロスの傍にいた少年ケンタウロスはこちらを見ると、辺りをキョロキョロしつつも近づいてくる。
「あ、あの。お怪我はありませんか?」
「え、あ。うん」
キョトンとした後、ハッとして短剣を収めつつ小さく頷くと、少年は眉を下げつつも笑んで「良かった」と言う。
「すみません。僕の叔父が……悪い人ではないんですけど、すぐに突っ走る人で……」
「あ、あー……そうなんだ」
苦労しているねと口には出さずとも、少年に同情してしまうと、少年は長いため息をついた後、顔を上げる。
ケンタウロスの割には可愛らしい顔立ちをしており、茶髪の前髪から見え隠れする、若草色の瞳がこちらを見つめると、少年は口籠もりながらも言った。
「えと……間違っていれば申し訳ないんですけど……もしかして、ライオネル・セヴァリーさんですか?」
「? そうだよ」
「やっぱり! 父から話は聞いていたんですけど、まさか実際に会えるなんて‼︎」
感激です‼︎ と、少年は目を輝かせる。久々に向けられた純粋な憧れの視線に照れつつも、「そうなんだ」と返せば、少年は馬の尾を振りつつ距離を詰めてきた。
「はいっ。父がいつも言っていました。ライオネルさんは困っている方に手を差し伸べてくれる、頼もしくて優しい人だと!」
「……そっか」
頼もしくて優しい。その言葉につい苦笑してしまう。この言い方だと、どうやら少年の父はかつて俺の傍にいた人物らしい。 それはオアシスかヴェルダの頃だろうか? それとも……
記憶には残っていない彼の父に、申し訳なさを感じつつも「そう見えていれば良かった」と返せば、少年の背後に立つ先程まで少年と共にいた大きなケンタウロスを見る。
彼は彼で太い眉を下げたまま、少年の肩に手を置くと、小さく頭を下げる。
「うちの若い者達が無礼な事を。代わりに私が」
「い、いえ……大丈夫です。それよりも……」
謝るケンタウロスに首を横に振った後、未だ燃え盛るエルフの里を見る。すると、遠くで大きな影が空に飛び立つのが見えると、彼はそれを見て低い声を漏らした。
「少し前から手負いの竜人がエルフの里に来ているとは耳にしていたが……まさか」
「いや、あれは多分アンタ達が思っているその人物じゃないと思う。さっきヴェルダの兵士がブーリャの名を口にしていたから」
「ブーリャ? ブーリャというと、あの……」
「恐らくは」
クリアスタルの龍狼の騎士・ブーリャ。
考えたくはないが、きっと裏でクリアスタルとヴェルダは繋がっているのだろう。狙いはヴェルダのやり方に反感を持っているジークヴァルト王の評判辺りか?
そもエメラルという国は今の魔鏡領域内では、唯一魔族も多く住む国である。故に魔族同士の諍いや縁もあり、未だに尾を引く問題も多くあるという。
特に海エルフと山に住む本来のエルフとの関係は、この国では大きなものであり、ハーフではありつつも海エルフの血を引いたジークヴァルト王を好ましく思わない者も多くいると聞く。
(その弱点をつけば、ジークヴァルト王に不信感を与えられる。そして内政がぐだぐだになった所を狙って国を乗っ取ろうという算段かな)
まあそこに俺達が入ってきた事で、その計画も失敗に終わるだろうが。そうだとしても、ジークヴァルト王には多少なりとも向かい風にはなってしまう。
こっちとしても、魔鏡領域内にも仲間を増やしたいと考えていた最中で、エメラルはその中の最も有力な候補国だっただけに、この状況は中々に辛いものである。
(もし、エメラルがあちら側に変わってしまったら、残る所はその隣国のラピスラだけど……海を挟んで先にいるのがクリアスタルだからな)
そのクリアスタルも怪しい以上、ラピスラも時間の問題かもしれない。
そう一人情勢を思い返しながら悩んでいれば、大きなケンタウロスは若衆に向けて指示を出すと、彼等は威勢よく声を上げて里に向かって走り出す。
一方で少年も行こうとすれば、そのケンタウロスが肩を掴み引き留めた。
「カイル。お前はここにいなさい」
「えっ、でも……!」
「お前にはまだ早い」
そう言われた少年……カイルは目を開いた後、頬を膨らませる。して、二の腕を見せながら言った。
「僕はもう十七歳です‼︎ 弓矢の練習だって沢山してきました‼︎」
「それとこれは別だ。お前はここにいなさい」
「ぶぅ」
言われ、カイルはよりフグの様に頬を膨らませる。やがて、そうした所で無駄だと分かったのか、渋々カイルは退くと、トボトボと若衆達とは別の方へ歩いて行った。
その後ろ姿を見つつ、ケンタウロスの男は息をつくと、俺はカイルに関してある質問を投げかけた。
「彼の父って……」
「ん、ああ。カイルの父は私の息子だ。名をオールデンという」
「オールデン。……オールデン」
どこかで耳にした事のある名である。それにケンタウロスほど見た目で分かりやすい種族ならば、何かしら覚えている筈。しかし、記憶として頭には浮かばない。という事は、どこかでその名を見聞きしたのか、やはりオアシス以前に出会っているのであろう。
首を傾げつつも、何度か名を口にしていれば、ケンタウロスは俺を他所に話を続けた。
「オールデンは他のケンタウロスよりも小柄で、知能に長けていた。それ故に一時は賢者を目指す為に里を出ていたが、その数年後、脚を悪くした事で里に戻ってきた」
その後、里の娘との間に出来たのがカイルだったとケンタウロスは話す。だが、カイルもオールデンと似て小柄であり、何よりも脚部に不安を抱えていたという。
「我らケンタウロスにとって、脚というものは心臓の次に命に関わる部位だ。立てなければ生きてはいけん。故に、カイルが一人で立てる様になる迄は心配は尽きなかった」
「……それで、オールデンは」
何があったのかと、言わずとも視線を向ければ、ケンタウロスは静かに「事故だ」と呟く。
「カイルの母も、カイルを産んでから体調が悪くてな。カイルの脚の悪さも合わさり、心配したオールデンはこの山の上にしかない薬草を取りに行ったんだ。その最中足を踏み外して、前脚に致命傷を負った」
「!」
「それから間も無く、カイルの母も病で亡くなってな。残されたカイルはそれからずっと私の手で育てている」
だからこそ、カイルには過保護になってしまうんだが。
そう困った様に話すケンタウロスに、俺は既に姿が見えなくなったカイルの行先を見つめた後「そうだね」と呟き、静かに言った。
「あんなに純粋で良い子だもの。そりゃあ大事にしたいし、心配もするよね」
「……分かるか?」
「ええ。分かるとも」
俺にもそんな人達がいるから。そう言うと、ケンタウロスは小さく笑んだ。




