【0-2】拾った子(マシロside)
少年を見つけたのは、桜が咲き始めた肌寒い夜の事だった。
その日は妙に外が騒がしく、しばらくすると自分の神域に誰かが入ってきたのが分かり、外へ出てみれば苔生した岩場に少年が倒れていたのである。
見た目からして年齢は十歳前後。可哀想に右肩は深い傷を負っており、岩場を血で濡らしていた。
出血の酷さからもう駄目かと思っていたが、近寄って見てみれば微かに息があった。
(本当ならばこのまま看取ってやってもいいが……)
ちらりと少年の持つ担当や羽織が気になり、どうしても見過ごせなかった。
「……仕方がない」
そう自分に言い聞かせ、少年を何とかして自分の住処へ連れてくれば、自分の力や森に生えている沢山の薬草を用いて手当てした。
それから三日経たずに少年は目を覚ました。……だが、少年は心にも深い傷を残していた。それのせいか、記憶も失っており、自分の生まれや名前すらも言うことが出来なかったのである。
ちょうどその頃、この森の近くにある鬼村と呼ばれる村が何者かの襲撃により滅ぼされるという事件が起きていた。
鬼村はここ聖園領域を治める守り神の直轄領であり、村人は皆、命令によって偵察や暗殺を担う仕事をしていた。
そんな彼らが一晩でやられた事により、聖園領域は緊迫した空気に包まれていた。
「それで。紅様はなんと」
「近日魔鏡領域にあるヴェルダ領に攻め入ると」
「……」
自分と同じ子どもの姿をした四神・蒼龍の言葉に、わしは黙り込む。
少年が目覚めてから二日。近くにある国・桜宮の報告がてら寄ってきた蒼龍は、ここ最近の紅様の動きを事細やかに話してくれた。
(魔鏡領域のヴェルダ領に攻め入る……か)
やはりそうか。と予測出来た状況に納得しつつも、苦々しく思っていれば、蒼龍もまた眉を下げて言った。
「これってやっぱり、かつてオアシスを滅ぼした事に対する報いなのでしょうか……」
「そうではない……と言いたい所ではあるが、襲撃犯がかつてのオアシスの魔術師である以上はそう言わざるをえないの」
しかしまたどうしてヴェルダに。
その男の動向に疑問に思っていると、ザザ……と襖が開く音が響く。蒼龍と共にそちらを向くと、少年が立ち尽くし虚な目でこちらを見る。
蒼龍とは初対面ではあるが、少年はわし達に向かって訊ねてきた。
「その魔術師は……いまどこにいる」
「何?」
つい怪訝に返してしまえば、少年はその青い瞳をギラつかせ口角を上げる。
その異様な様子に何とも言えない気味悪さを感じれば、蒼龍は少年を見つつ静かにわしに言った。
「彼は?」
「少し前に森で拾った。恐らくは鬼村の生き残りだ」
「鬼村の……?」
蒼龍は驚くと、歩み寄る少年を警戒する。少年はわし達の近くで足を止めれば、「なあ」と再び訊いてくる。
「魔術師はどこだ」
「……言ったらお主は何をする」
「何を? ははっ、決まっているだろ」
仇討ちだ。
はっきりと少年の口から出てくれば、わしは少年から目を逸らす。
まあ、あの取り乱し様から何となく察してはいたものの、案の定復讐に燃える少年に、わしは息をついた後少年に言い聞かせた。
「折角の命だ。その身をどう生かすかはお主の勝手だが……それで良いとお主は思っておるのか?」
「……?」
「少年……いや、キサラギ」
少年をそう呼ぶと、少年は青い瞳を開く。蒼龍もまた驚けば、わしは立ち上がり少年……キサラギを真っ直ぐと見て言った。
「どうしても復讐が果たしたいなら、わしは止めはせぬ。けど、それで後悔せぬ様にな」
「っ……」
キサラギは唖然とすると、少しして背を向け部屋に向ける。……どちらにせよ、あの身体では戦う所か外に出るのもやっとの筈だ。出来るわけがない。
キサラギの姿が見えなくなり、やれやれと呟けば、蒼龍が話しかけてくる。
「あの方の目……あれって」
「ん? ああ。わしも最初見た時驚いた。あれは聖園守神の血を引く者の目だからの」
それに赤がかかった鷲色の髪。あれもまた紅様と同じ髪色だった。という事は直結の家系の子。
だがそれはそれとして疑問も残る。
「紅様の直結の血筋の家は確か下層にある筈。なのにどうして上層に」
「さあの。わしもよく知らん」
知らぬが、恐らくはきっと面倒くさい事情がある。
呆れつつそう言えば、蒼龍は気難しい表情を浮かべる。わしはそんな蒼龍に「報告するか?」と言った。
「……はい。もしもがあれば大変なので」
「そうか。じゃあついでにわしからの伝言も頼む。ヴェルダに攻め入った際は、くれぐれもその魔術師を殺めぬ様にとな」
「それって……先程の方の為にですか?」
「……気まぐれだ」
濁しつつ答えれば、蒼龍は困った様に笑った後、頭を下げて縁側から出る。それからすぐに森へ向かっていくと、少しして周囲の杉の木を揺らしながら、大きな龍が去っていった。
ザワザワと木々の葉が風で揺れて音を立てる中、わしは雲に覆われた空を見上げながら、しばらく思いにふけっていた。




