【1-13】ドラゴンの青年
村長に言われ、チオッラの後をついて上の階に上がる。
大木の中をくり抜いた建物なだけに、階段はその上の階まで続いていたが、それを仰ぎ見た後竜人が眠るという部屋に入る。
窓際の寝台に横たわる人影。その人物に歩み寄ると、黒髪の青年が静かに眠っていた。
俺の後にウォレスがやってくると、その顔を見て呟いた。
「トウ……か?」
「知り合いか?」
「……ああ。ヴェルダの時のな」
そう言って、無表情のままトウと呼んだ青年を見下ろす。と、話し声で目を覚ましたのかトウの目蓋がゆっくりと開いた。
水色の透き通った瞳。それが俺達……正確にはウォレスに向けられると、ウォレスは顔に着けていた白い狐の面を外す。
灰色の前髪に目立つ若葉色の瞳。その顔に、トウは目を大きくさせて「ウォレス」と名前を口にした。して、声を震わせると、怯えを露わにする。
「ッ……嫌だ、もう、ヴェルダにはもどり、たくない……っ」
「安心しろ。俺はお前をヴェルダに連れ戻しに来たわけじゃない」
嫌だ嫌だと取り乱すトウに、ウォレスが落ち着かせようと声を掛ける。だが、トウは聞く耳を持たず頭を抱えて震える。思った以上に心的な傷が深いらしく、誰とも目を合わせようとしなかった。
誰もが声を掛けられず、黙って彼の様子を見ていると、カランと床に何かが落ちる音がした。
(なんだ?)
足元を見ると落ちていたのは白い腕輪だった。それを拾い眺めると、内側には血痕らしき黒い染みが残っている。白という事もあり、暗くてもはっきりとそれが分かってしまった。
だが、その一方で外側には殆ど血痕らしきものがない。拭われたのか、或いは……
そんな事を考えていると、右から手が伸びて腕輪が取られる。そちらを見ると、ウォレスが腕輪を見ていた。
「……もう、効力はなさそうだな」
安堵混じりに呟き、腕輪を下ろす。その言葉に俺は「知っているのか」と返すと、ウォレスは俺を見て答えた。
「ああ。知っている。……知りたいか?」
「そう、だな」
あいつに関係がある話ならば。
正面を向きつつ返せば、ウォレスは「そうか」と返し、その腕輪を寝台の側にある台に置いた。
「これは、とある魔術師が開発した魔道具の腕輪だ。装着するだけでも操られるが、それを強化する為に釘を刺す」
「釘?」
「腕輪に穴があっただろう。そこに白い釘を刺すんだ。手首を貫通させる様にな」
「なっ……」
想像しただけで痛みを感じ、無意識に自分の右手首に触れる。聞いていたマコトやレン、そしてチオッラまでもが青ざめると、ウォレスは目を伏せ「恐ろしいよな」と返す。
「腕輪を装着する人々を見た事があるが、常にそこは阿鼻叫喚だった。激痛に声を上げて泣き叫ぶ人、中には気を失う者もいたさ」
「……だろうな」
「何という鬼畜っぷり……恐るべしヴェルダ」
俺に続き、チオッラも苦々しく呟く。して、チオッラは顎に手をやりながら言った。
「それにしても……手首に釘ですか。これはまるで磔形の様な」
「磔刑か。まあ、近いな」
チオッラの言葉にウォレスは頷く。
磔刑を模した様な操りの魔道具……先程これを作ったのは、魔術師と言っていたが。
(まさか……ライオネルか? あの化け猫の魔術師が作ったのか?)
いくらなんでも悪趣味な。そう考えていると、ウォレスが見透かした様に言った。
「言っておくが、それを作ったのはあいつじゃないぞ。寧ろあいつは被害者だ」
「被害者だと?」
「ああ。……あいつは、ヴェルダに来てすぐの頃、腕輪の実験体として使われた」
目的は反乱を起こさない為とウォレスは話す。つまりは本人はヴェルダに従う気は元からなかったという事であろう。
ウォレスは改めてトウを見ると、彼を見下ろしつつ語る。
「ヴェルダは建国してまだ間もない。それどころか、民すらもいない。だから、戦力も本来はそこまでなかったんだ」
「……だから、外部から得ようとした」
「そうだ。……だが、そうして連れてこられた者達は皆ヴェルダに対して良い印象を持っている者はいない。だからこそ、その腕輪が作られたんだ」
あいつもそのうちの一人だった。そう口にして、狐の面を顔に付ける。
開いていた窓から風が吹き込む中、トウは布団をくしゃりと握りしめると、絞り出す様に言った。
「そう、だとしても……自分達の罪が消える訳じゃない……自分達の手によって、失った人々はどうすれば良いんだ」
「っ」
「僕は、傷つけたく、なかったのに……っ」
そんなの望んでいなかったのに。
涙を溢れさせ泣き噦るトウ。彼の言う通り、奪ってしまった事に関しては許されるものではない。けれども、それを強く言う気力も湧かなかった。
ある意味、見たくない事実を直視してしまった様な気がして、俺は茫然としてトウを見つめていると、村長とそれに連れて一人の男がやってくる。
その男は一見人間の様で眼鏡を掛けていたが、トウの様子を見るなり厳しい声で俺達に言った。
「すまないが彼はまだ体調が良くないんだ。話はまた明日にしてくれないか」
「! ……あ、すみ、ません」
レンが謝ると、男は何も言わずにトウに近づき診察する。ウォレスもこれ以上は良くないと感じたのか、「行くぞ」と俺達に声を掛ける。
「すまないトウ。明日、来れたらまた来る」
ウォレスがトウにそう伝えた後、俺達はその部屋を後にした。
※※※
一先ず外に出た俺達は、日が傾き始めた村の中で五人固まって話していた。
「ドラゴン……はもう、解決していた様なものだけど、どうする? まだ明日まで残ってみる?」
「そう、ですね。ですがあの様子だと……」
レンの問いにウォレスは頷きつつも、悩んだ様子で村長の家を見つめる。別れ際にウォレスがああ言ったとは言え、恐らくは話せる事はないだろう。
チオッラは眉を下げて「すみません」と謝ってくると、マコトが首を横に振って気遣う。
「まあまあ。ここが無事だと分かっただけでも良かったですから」
「そうそう!」
レンもマコトに合わせる様に年相応の笑顔で言えば、チオッラも笑む。
そんな三人の会話に空気が穏やかになっていくと、外から声が掛けられ振り向く。そこにいたのは先程トウを診ていたあの男だった。
銀色の短髪を揺らしながらこちらにやってくると、眉を下げつつ、翡翠色の瞳を細めて言った。
「すまないね。先程は話の邪魔をして。大事な話をしていたのだろう?」
「いや、話の方は大丈夫だ。それにトウを無理させてしまっていたのは事実だからな」
そう俺が言うと、男はフッと笑い「そうか」と返す。するとそこでウォレスが気づいた様に声を上げる。
「お前は確か……」
「? ……ああ、君は」
男も瞬きした後言いかけた時、レンが大きな声で男を見て言った。
「流浪の旅団の⁉︎」
「流浪の旅団……あ」
そこで俺もこの男の事を思い出す。各地を旅して回る劇団。確か彼はその団員の一人では無かっただろうか。
そこまで思い出した所で、唯一知らないマコトが耳打ちで訊ねてくる。
「流浪の旅団とは……こっちで有名なのか」
「まあな。と言っても俺は見た事ないが」
そう言って軽くマコトに説明すれば、マコトは納得して男を見る。して、レンが彼の名を口にした。
「タルタさんがどうしてここに⁉︎ 旅団は?」
「こちらで依頼を受けたから、旅団は今休みにしてもらっているんだ。同じ竜人としても見過ごせなかったからね」
そう村長の家を見つつタルタは話す。それにウォレスとレンは納得する様に頷けば、今度はタルタが訊ねた。
「お二方はどうしてここに? 公務かい?」
「いや、それが色々あってドラゴン退治に……」
「ドラゴン退治? ああ……成る程。残念だったね」
レンの話を聞いたタルタは困った様に眉を下げて笑う。それに対し、ウォレスは「仕方がない」と返す。
そんな三人の会話を輪の外で眺めていれば、タルタは俺達を見つつ、話題をこちらにも投げかけてくる。
「彼らは?」
「エメラルで会ったレン様の知人だ。訳あって共に来てもらっている」
「そうなんだな。じゃあ改めて紹介したほうがいいか」
ウォレスの説明に頷きつつ、タルタはこちらに向けて手を差し伸べてくる。俺はその手を見つめていると、彼は「ああ」と思い出したかの様に声を漏らした。
「魔鏡領域式の挨拶だよ。えっと……」
「? ……ああ、キサラギだ」
「キサラギか。僕はタルタ・ソーウェル。よろしく」
名前を言われつつ手をより前に出される。言われた通り俺はその手を恐る恐る握ると、小さく「よろしく」と返した。




