【1-9】エメラル城
城内に入ってすぐ大理石の床と共に、南国を思わせるような熱帯植物が目に入る。壁際には水が布の様に薄く流れ、廊下を挟んで細い水路があった。
その廊下を歩いていくと、宮殿らしき開けた場所に出る。聖園領域とは全く違う城の構成に驚きつつ、足を踏み入れれば、ガラス張りの丸みを帯びた天井が視界に広がる。
「うわ、すっごい……屋内なのに、空が見えるよ」
「だなぁ……」
すごいなぁとレンに続きマコトも感心していると、兵士が足を止めて、口を開く。
「ジークヴァルト様、例の依頼を引き受けた者達を連れてまいりました」
「お、意外と早かったな」
兵士の声に、ジークヴァルト様と呼ばれた男はこちらを振り向き、笑みを浮かべる。
金色の髪に海の様に青い瞳。そして横髪から見え隠れするのは尖った耳だった。
(そういや、ここの国はエルフとやらが沢山いるって聞いたな)
横にいる兵士もだが、思い出してみればあの店員や掲示板周りの奴らにも、彼と似た様に尖った耳があった気がする。ただジークヴァルトと比べると、彼らの方が長く鋭かった気はしたが。
そんな事を考えていると、ジークヴァルトは傍にある玉座の前に立ち「よく来たな!」と大きな声で挨拶をする。
「見たところ、聖園領域の者の様だが……旅人か?」
「は、はい!」
「旅人です!」
「……一応は」
ジークヴァルトの質問に、レンとマコト、俺はそれぞれ答える。それに対しジークヴァルトは何度も頷いた後、眉を下げて笑った。
「んーまあ……そりゃそうだよなぁ」
「?」
分かっていたと言いたげな微妙な反応に、小さく首を傾げる。と、ジークヴァルトの傍にいた、背中に翼の生えた女が「報酬はご覧になりましたか」と訊ねてくる。
「あ、ああ……金貨百枚だろ」
金貨百枚というと、大体一年くらいは依頼をしなくても普通に宿屋に泊まれ、食べていけるぐらいである。
そう考えると中々の好報酬だと思うが、やはり内容が内容だけに人が来ないのだろうか。
すると、レンが恐る恐る手を挙げて訊ねる。
「あのー……ドラゴン退治ってあるんですけど、ドラゴンって竜人が我を忘れた姿だって……」
「ええ。そうですね。とはいえ、何も我を忘れたからドラゴンになるって訳でもないんですよ」
そう女は笑んで返すと、ジークヴァルトが腕を組み言った。
「ああ。普段は人の姿をしているが、なろうと思えばなれるものなんだ」
だからそうそうドラゴン退治の依頼はない。その言葉に俺はふと思った事を口にした。
「という事は、そのドラゴンは故意で暴れているって事なのか?」
「……そうだな。なんと言えばいいかな」
ジークヴァルトは言葉を濁しつつ、考え始める。視線を先程の女に向ければ、彼女もまたジークヴァルトの答えを待っている様だった。
少しして、真剣な眼差しでジークヴァルトがこちらを向くと、俺達を見て言った。
「一言言うと、操られていると言った方が良いだろうな」
「操られている……? 魔術師絡みって事か」
「……ああ」
返しにジークヴァルトは目を逸らしつつ返す。
はぐらかす様なその言動に、幾許か不審に思いつつも「そうか」と俺は返す。これ以上突っ込んだ所で、たかが冒険者ごときに教えてはくれないだろう。だがそれはそれとして、何故国の兵士達ではなく冒険者に討伐を依頼するのだろうか。
次から次へと感じる疑問で頭が一杯になっていると、マコトが恐る恐る手を挙げる。それにジークヴァルトが反応すると、マコトは眉を下げていった。
「そのドラゴンって、いつから出現しているんですか? 昨日から……とか?」
「いや、一ヶ月前だ」
「「「一ヶ月前」」」
ジークヴァルトの答えに、マコトとレンと三人揃って言葉を漏らす。という事はそれなりに被害も発生している筈だ。
(けどあの店主と言い、特に知っている様子じゃなかったな)
討伐依頼が出ている以上、多少なりとも民にも伝わっていそうだが……何だか思った以上に怪しくなってきた。
流石のレンも表情を強張らせていると、ジークヴァルトは眉を顰めて言った。
「勿論、この様な形でこの件を解決する事が望ましくないというのは分かっている。だから、もし無理というのならば降りてもらっても構わない」
そう言われ、マコトとレンは顔を見合わせる。俺は二人の様子を見た後、改めてジークヴァルトを見れば「一つだけ」と言って訊ねた。
「この件、ヴェルダの魔術師が絡んでいるとかじゃねえよな?」
「ッ⁉︎」
ジークヴァルトの目が見開かれる。その反応からしてどうやら核心に近い様だ。
怒りを滲ませつつも、冷静になろうと息をついた後、ジークヴァルトの返答を待っていれば、ジークヴァルトは観念したかのように項垂れて言った。
「聖園の者だから、知らないと思ったんだけどな……仕方ない。イルマ。彼らを隣の客室に案内しろ」
「はい」
イルマと呼ばれたあの翼の生えた女が頷けば、「こちらへ」と言って、ガラス張りの部屋を出て先程の廊下にあるもう一つの扉へ招く。
そこには大きな長い食台に沿って、背凭れ付きの椅子が幾つか並んでいた。それぞれ椅子に座ると、上座にあたる席に後から来たジークヴァルトが座り、改めて話をした。
「すまないな。先程は話を逸らす様な真似をしてしまって」
「いえ、事情が事情だと思うので……にしても、まさかキサラギが知っていたとはな」
マコトがジークヴァルトに言った後にこちらを見ると、俺は目を逸らす。
ジークヴァルトもジークヴァルトで、肘を台に立てながらこちらを見れば、俺は舌打ち混じりに「別に」と言って返す。
「ただ、訳あって知ってるだけだ」
「訳……な。ま、深くは聞かないが。キサラギと言ったな、お前はヴェルダの事をどこまで知っている」
「どこまで? 例えば」
「そうだな……例えば、腕輪とか」
腕輪。その言葉に彼の傍にいたイルマが驚きの声を漏らす。極秘情報だった様で、心配するイルマにジークヴァルトは「大丈夫だ」と笑って手を小さく挙げると、視線をこちらに戻した。
「腕輪……いや、知らないな」
「そうか。じゃあ、もう一つ聞くが、ヴェルダの魔術師って誰を指していたんだ」
「……それは」
猫野郎。と、言い掛けて飲み込んだ。実を言うと、名前までは知らなかったからだ。
ジークヴァルトだけでなく、マコトやレンからも視線を浴びる中、「あー……」と言葉を詰まらせると、小さく息を吐き言った。
「魔術師は魔術師だ。猫の」
「猫の魔術師? そいつは……」
「? 何か知っているのか」
「あ、いや。そ、そうかー、そうなんだな」
「……」
明らかに知っている様な素ぶりだが、咄嗟にまたジークヴァルトは隠す。
見え見えな誤魔化しに、怒りを通り越して呆れてしまうが、とりあえずここは後回しにして依頼の話に軸を戻した。
「それで、そのヴェルダとやらと今回の件は絡んでいると見て良いんだな」
「あ、ああ……そうだ」
「だったら尚更の事、エメラルの兵士が動いた方が良いんじゃないのか?」
隠したい情報がある以上、無闇に外部の人間を入れるべきではないと思うが。
そう考えていると、ジークヴァルトは困り顔でイルマと顔を見合わせる。して、イルマが代わりに言った。
「今回、ドラゴンが出現しているのは、ここから北にある魔族が住む山です。そこにはエルフ達の里があるんですが……彼らは海エルフを嫌っているんですよ」
「海エルフ? 普通のエルフとは違うんですね」
イルマの話にレンが問うと、イルマは小さく頷く。して、今度はジークヴァルトが苦々しく話した。
「俺達の祖先含めて、元は同じエルフの里の者だった。だが、考えの違いから俺達の祖先達は仲違いをしてな。まあ、それがきっかけでエメラルの城下は栄えたんだが……」
仲は依然悪いままさと、ジークヴァルトはげんなりとして呟く。成る程、通りで誰もこの依頼書を取らなかった筈である。
疲れ切った表情を浮かべるジークヴァルトに、少しばかり同情しつつ「そうか」と静かに返せば、ジークヴァルトは顔を上げて言った。
「と、いう訳だ。すまないが頼まれてくれるだろうか」
「……まあ、そうだな」
ヴェルダが関わっている以上、その延長線にあいつがいると考えても良いだろう。だったら尚更の事受けるべきだ。
そんな事を思いつつ、ちらりとマコトとレンを横目で見れば、二人は強く頷いた。
「私達で良ければ!」
「やります!」
「そうか! ならば、準備が出来次第、向かう馬車を用意させよう。だがくれぐれも無理しない様にな」
「「はい!」」
ジークヴァルトの言葉に二人は再度頷く。
話がまとまり、俺は小さく息を吐きつつ背凭れにもたれかかると、横から手が差し出される。その手を辿って見上げれば、レンが傍に立っていた。
「頑張ろうね。キサラギ」
「……ああ」
返事しつつ、軽くレンの手を握る。と、マコトもレンの背後から顔を出して笑った。




