【1-7】出会いと再会
「‼︎」
暗闇の中、腹部に衝撃を受けると、茂みの中に突き飛ばされ、奥に転がる。
うずくまりしばらくその場で動けないでいると、耳元で流星が風を切る音がした。
「っ……くっそ」
口の中に溜まった血を唾ごと吐き出し、よろめきながらも立ち上がると、流星を火の玉の様にいくつか浮かばせながら、スターチスがやってくる。
「もう終わり? ま、人間にしてはよくやった方か」
「チッ」
「さて……どうしようか」
終わらせる? と、舌打ちした俺に向かって、不敵な笑みを浮かべながら言う。
口元を拭った後、もう一度攻撃を仕掛けようと身を低くすれば、辺りに鈴の音が響く。それにはスターチスも気がついた様で視線を周囲に向ければ、空から現れたのは一匹の龍だった。
暗くてその色ははっきりとは見えなかったものの、月の光に照らされて黒い鱗が青く光り輝いた後、その龍はこちらへとやってきて、何故か俺を庇う様に立ち塞がる。
その光景にスターチスは目を見開けば、右手を下ろしていった。
「まさか、お前が現れるとはね……」
その言葉に、龍は僅かに唸ると背後の俺を見るなり、口を開く。それに思わず身構えれば、龍は俺の胴体を咥え、その場を這って後にする。
現れた上に、俺を連れ去る龍に、俺は「おい」と声を掛けると、龍と視線が合う。
「お前……何で、俺を助けた……⁉︎」
『……だって、あのままだと、貴方死にそうだったので』
「⁉︎」
俺の言葉に対し、はっきりと少年の声が頭に入ってきた事で、俺は龍を凝視する。と、山を下った所にある川の近くで、龍は俺を解放すると、龍は光を帯びて一人の少年へと姿を変えた。
黒髪に青い着物と雲の様な青がかった白い袴。して、水色の襟巻きには、赤い紐によって結ばれた鈴が見え隠れしている。それが動く度に音を鳴らすと、少年は尻餅をついた俺を見下ろして言った。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「あ、ああ……大した事ない」
「そうですか。それは良かった……と言いたい所ですけど。貴方、咄嗟に嘘をつきましたね?」
僕には丸わかりですよ。
そう少年は説教する様に言うと、中腰になり流星が掠って出来た腹部傷を突く。
それが思いの外痛みが強く、呻き声を上げると、「ほらー」と少年は呆れながら言った。
「ダメですよ。傷を放置したら。人間の身体ですから、すぐに悪くなります」
「別に……このぐらい、大した事ない」
「強がってますけど……さっきそこそこ痛そうな声を上げていたじゃないですか」
「それはお前が突いたからだろ」
どんな傷でも突けばあんな反応になると言えば、少年はにこりとして「そうですね」と返す。
「じゃ、さっさと治しちゃいましょうか」
「?……!」
そう言って少年が俺に向けて手をかざすと、青く淡い光が身体を覆い、痛みが引いていくのを感じた。
少しして光が止み手が離れると、傷は塞がっており、痛みに耐える為に無意識に身体に込めていた力が抜ける。少年は「うん」と満足げに頷き、俺の頭を撫でながら言った。
「今回は特別ですからね。二度とあんな無茶をしない様に。……貴方は死なれては困りますから」
「死なれては、困る……な。あいつと言い、知った様な事を言うが、一体何なんだ。もしや、失った記憶と関係があるのか?」
愚痴る様に少年に言えば、少年はキョトンとした後、どこか切なそうに笑って「そうですよね」と返す。
そして俺の頭から手を離し、腰に腕を回しながら彼は言った。
「貴方は……覚えていないかもしれませんが、僕は貴方の親友でしたから」
「しん、ゆう? お前が……?」
「はい。……けど、助けてあげられるのも今回が最後です」
ごめんなさい。そう彼は謝り、背を向けるとその場を去ろうとする。
意味が分からなかったが、どうしてかその背中には見覚えがあって、つい手を伸ばしてしまうと、少年の細い腕を掴んだ。
(……なんだ?)
咄嗟に感じた違和感。その袖の中で感じる不自然な硬いそれに、俺の視線はそちらに向けられる。チラリと袖から覗く光る何かが目に入ると、少年は手を振り払い腕を隠した。して、少年はそのまま逃げる様に姿を消す。
一人残された俺は、少年が去った暗闇を見つめた後、立ち上がりぼんやりとしばらくその場に立ち尽くした。
※※※
マコトと別れてから数日後。龍に降ろされた場所が偶然にも魔鏡領域内だったという事もあり、俺は領域の南にある海と港の国・エメラルに来ていた。
来て早々、龍封じの山脈で捌いた猪の牙を売れば、思った以上の金貨を貰えたという事もあり、海の見える宿で数日寝泊まりしつつ街を歩いていると、改めて街並みの景色の違いに驚いてしまう。
(どの建物も見た事のねえ建築方法で建っているな)
勿論聖園領域の建物の様に、木で建てられている物もある。だが、石の様な四角いものが均等に並べられて建てられた物も多くあり、俺はそれを物珍しそうに見つめていると、果物を売っていた男の店主に呼び止められる。
「お兄さん、もしかして魔鏡領域は初めてかい?」
「ん、ああ」
「やっぱり。初めて来た人は皆そんな反応をするんだ」
文化や技術の違いが大きいからね。と店主は笑って言えば、俺も「そうだな」と返し商品を見る。
黄色く長いものやら、橙色の表面が棘に覆われたものやら、見慣れない果物が並んでいたが、「どれがおすすめだ」と訊ねれば、店主は「そうだな」と顎に手をやり悩みつつ答えた。
「どれも美味いんだが……手で皮が剥けて食べられるバナナとかどうだ? 熟して甘いぞ」
「ほう。じゃあそれを貰おうか。いくらだ?」
「銀貨二枚だな」
値段を告げられその通りの金額を手渡せば、バナナと呼ばれたそれを渡される。
それを風呂敷に入れ、次の行き先含めて、エメラルの城下町一大きい通りに入る。
明るい茶色の壁に、侵食する様に伸びた爽やかな緑の蔓と葉。空を見上げると、ガラス張りの半円型の屋根が目に入り、通りの中心には白い石で作られた細い水路が通っている。
橙月に匹敵する位に賑わう街中を、俺は異国の空気を感じながら歩いていれば、前方から会話をする聞いた事のある女の声が聞こえてきた。
「レンは十六歳か。じゃあ私の二つ下だな」
「うん。そうなるね。それにしてもあたしよりも二つ上か〜」
ならお姉ちゃんだ。と隣にいる桃色がかった白髪の少女が返す。それに対して、マコトらしき女は「そうだな」と年相応に笑って返していれば、ふとこちらを見て目を丸くする。
俺も足を止めると、マコトは大きく手を振って名前を呼んだ。
「キサラギ! 良かった! ここに来てたんだな!」
「ああ。……というか、やっぱり戻ってきたんだな」
駆け寄る彼女に、苦笑いしつつ返せば、マコトもまた困った様に笑って「ああ」と返す。
一方で一緒にいた少女は俺とマコトを交互に見た後、首を傾げつつ「知り合い?」とマコトに訊ねる。
「ああ。以前こちらの世界に来た時に、助けてくれた命の恩人だよ」
「そうなんだ!」
そう返し少女はこちらを見る。桜色の大きな瞳に、桃色の着物。その下から見え隠れする白くかなり短い袴という服装で、どうやら彼女もまた聖園領域から来ている様だった。
(それにしても……どこか見覚えのある姿だな)
白髪とはいえ、桃色がかった髪。右側には紫の蘭の花の飾りと共に赤い髪留めの布が揺れていたが、その花や髪の特徴から、橙月でのある会話が脳裏に浮かぶ。
『人探しをしている。桃色の髪をした少女を見かけなかっただろうか』
あの時狐面を付けた男が探していた少女。
後にセンリが、桜宮の姫が国を飛び出して行方不明になっていると言っていたが、男が言っていたその桃色という特徴の他に、桜宮の国章にも入っている蘭の花の髪飾り。……それらを取り入れた少女が今、目の前にいた。
(……いや、まさかな)
こんな出来すぎた話。あってなるものか。……が、しかし、どう見てもそうとしか思えない。
俺は言葉を失い、じっと少女を見つめれば、彼女は瞬きした後、「あっ」と何かに気付いたかのように声を上げると、前に出て挨拶をした。
「初めまして! あたし、桜宮レンと言います! よろしく! で、えっと……」
「キサラギだ。……もしやとは思ったが、本当に桜宮の姫だったとはな。橙月で狐面の男が探していたぞ」
「げっ、ウォレスか……」
俺の言葉に苦虫を噛み潰した様な顔で、レンと呼ばれた彼女は言うと、手を合わせて深々と頭を下げつつ言った。
「その……色々訳あって飛び出したの。だから、もしウォレスに会ってもあたしの事は秘密でお願いします」
「お前……」
まあ理由はともあれ、しばらくは魔鏡にいる予定ではあるから、そう直ぐには彼女の保護者達に会う事もないだろうが……。
若干面倒な気配を感じつつも、ちらりとマコトを見れば、マコトはマコトで苦笑してレンを見ていた。




