【1-6】スターチスという神
太陽の位置や地図と睨めっこしつつ歩き続けた後、岩山を登り開けた場所に出た頃には、日は反対側へ傾いていた。
また野宿かと思いつつも、一応は進めた事に安堵しつつ、転がっていた大きな岩に腰掛ける。
「後は下るだけか……けど、この調子だと暗くなるだろうな」
唯一幸いだったのは、天候が崩れていない事だが。高い位置にある以上、夜になると冷えると身体にも負担が掛かるだろう。
このまま無理して降りるか? なんて考えていると、マコトが疑問符混じりの声を漏らし、ある方向を見る。俺もそちらを見れば、崩れかけた看板が目に入った。
(看板?)
何だと立ち上がりその看板に歩み寄れば、朽ちて見えづらくなっていたが、聖園文字らしき文章が見えた。
それをまじまじと見つめていると、脳裏に一つずつ文字が浮かぶ。
(御、先、村……ミサキ村?)
ここに村があったのかと顔を上げる。看板のあった先を見れば、確かに道らしき道はある。が、侵入するのを拒む様に、草木が生い茂り、その奥は暗い。それがより何とも言えない気味悪さを醸し出していた。
マコトを見れば、マコトもまた怖気付いたのか、顔を真っ青にしていたが、そこに俺達の声とは違う人の声が背後から聞こえてきた。
「不気味だって思ったでしょ」
「「⁉︎」」
二人して肩を跳ねた後、即座に短刀を鞘から引き抜きマコトを背後に隠す。どっどっと心臓が速く激しく脈打つ中、そこにいた人物に声を上げた。
「お、まえ……! いつから、いた⁉︎」
「いつってさっき。それにしても随分と声が震えているけど?」
大丈夫? と笑い混じりにその人物……男は笑う。
青い髪に、前から流星の様に伸びるオシロイバナの色の派手な髪を、黒い上着と共に風に揺らしていた。
格好からして魔鏡領域の者の様だが、表情や仕草だけ見れば怪しい人物しか見えないものの、纏う空気は人間とは思えないくらいに厳かなものだった。
警戒しつつ男を見れば、男は俺の背後にいるマコトを見て「ふうん」と意味深に声を漏らす。
「対神器か。中々すごいものを持っているね」
「! ……これを知って……」
マコトが薙刀を握りしめつつ返せば、男は笑って「当然」と返す。そして流れる様にこちらを見れば正面を指差して言った。
「その短刀も対神器の様だけど……お前、色々と失っているから、帰ろうにも帰れないみたいだね」
「何?」
(この短刀が対神器だと? しかも、記憶がない事をすぐに当ててきやがった)
男のあまりにも鋭い推察力に、より警戒を強めると、男は笑みを浮かべたまま距離を詰めてくる。して、俺の額に人差し指を付いてくると、こう囁いてきた。
「同郷の子もいる様だし、折角だから今すぐここで思い出させてやろうか?」
「っ……⁉︎」
よく分からない事を次から次へと告げられ歯軋りする。戯言にも程がある。大体こいつは何者なのだろう。
溢れるばかりの怒りを息を吐いて収めた後、短刀の刃先はそのまま向けて、俺は男に言った。
「その前に、お前の正体を話してもらおうか。いきなり現れて……何者なんだ」
「何者か……か。そうだな。じゃあ改めて」
そう、男は畏まる様に胸元に手を添えると、前屈みになって言った。
「俺は星と時を司る神にして、下層世界の創造神であり管理人。そう言ったら後は分かるかな」
「下層世界の……創造神?」
「と言う事は、貴方があのスターチス様か」
俺に続き、マコトが驚きつつ返せば、スターチスと呼ばれた男は「正解」と言って目を細める。
正体は分かったが、それはそれとして不審な気持ちは揺らがず、じっと見つめ返せば、スターチスは顎に手をやる。
「もしかして疑ってる?」
「……少なくとも、気配からして只者じゃないって事は察したがな」
「そう。ま、別に良いけど」
あくまでも俺は通りすがっただけだし。
そうスターチスは言って、背を向ける。そんなスターチスにマコトが「あっ」と慌てた様に声を上げ、彼を呼び止めようとする。
すると、スターチスは顔だけをこちらに向けて言った。
「何? 何か用?」
「あっ、えっと……その。実は私達、貴方に会う為に向かっていた最中で」
マコトが事情を説明しつつスターチスに言えば、スターチスは「そう」と素っ気なく答えると、再びこちらに身体を向ける。
「そういう事なら今すぐ帰すけど。でも、すぐにこちらに戻ってくると思うけどね」
「えっ、またこちらに来るって事ですか?」
「うん。だって……その薙刀は、隣の彼の短刀と引き合っているから」
そう言われ、マコトは俺を見る。俺は俺でマコトの薙刀を見た後スターチスに視線を戻せば、苦々しく言い返した。
「さっきから、妙に俺と関連付けてこようとするが……あくまでも俺はこいつの護衛だ。同郷でも無ければ、こいつの事なんて何も……」
「本当に?」
俺の言葉を遮る様にスターチスは言う。その顔には先程までの笑みは無く、真顔だった。
表情も相まって疑われた感情に何故かドキリとすると、反発する様に「ああ」と怒気を含めた声で言う。
と、スターチスは息を吐き金色の腕輪を嵌めた右手を上げる。瞬間、右手から放たれた白い光が真っ直ぐにマコトに向かってくると、あっという間に彼女を包み込み、光諸共消えてしまう。
突然の事に俺は彼女の名を叫んだ後、スターチスを向いて睨んだ。
「安心しなよ。望み通り彼女は下層に戻したからさ。いずれはまた出会えるよ」
「……っ」
そう言われつつも納得は出来ず、向けていた短刀をより強く握り締める。それに対しスターチスはマコトの時と同じく右手をこちらに向ける。
明らかな敵意。攻撃を放つと理解した瞬間、俺はスターチスに向けて駆ける。狙うはスターチスの胸元。
(刺す……!)
殺意を込めて短刀を突き出す。が、その無意識な隙をスターチスは逃しはしなかった。
寸前の所で、スターチスは俺の右手を短刀ごと左手で掴む。して、そのまま外側に向けて大きく横に引けば、首を右手で掴む。
ガッと掴まれた事により気道が締まり、息が出来なくなると、スターチスは低い声で言った。
「そういや、お前……鬼村を襲った魔術師を探しているんだってね」
「っ……!」
ギリギリと締められ、足掻く様にスターチスの手首を掴む。が、びくともせず、苦しげな声が漏れ出る。そんな中、スターチスは淡々と話を続けた。
「何も知らず、衝動的に動いてさ。それで、後に何もかも分かった時、お前はどんな顔をするんだろうね」
きっと、今みたいに酷い顔になるんだろうな。
そう薄ら笑み浮かべてスターチスは言った後、ここで右手と首から手が離れ、膝をつく。
朦朧としていた意識が一気に鮮明になり、咳き込みながら肩で呼吸をした。危うく失神までいきそうだったのもあり、肺や頭が酷く痛い。
俯き、汗と共に生理的に出た涙を滴らせていると、スターチスはしゃがみ込み囁いた。
「ま、たかが一人の人生にそこまで深入りする気はないけどさ。殺しを躊躇うくらいには甘いんだから、後悔しない方が身の為だと思うよ」
「っ……後悔……しない方だと……?」
それはまるで、あいつを手に掛けるなと言っている様なものではないか。
自分の首元に手をやりつつ、顔を上げると、掠れ声で「庇っているのか」と言えば、スターチスは自分の頬に手をやりながら「そうだね」と言う。
「ある人の頼みでね。他人よりはちょっぴり気にかけてる」
「ある人……」
「……ま、鬼村はご愁傷様だったけど、彼は失くすには惜しい人物でね。たかが復讐如きで失う訳にはいかないの」
だから、見逃してよ。
そう申し訳なさそうに、だが軽い口調でスターチスは言う。それがかえって俺の中で何かが切れると、短刀をスターチスの顔目掛けて突き出す。
スターチスは顔を逸らすも、左頬に一線の赤い傷が出来ると、スターチスの纏う空気も変わる。
「……お前、俺の顔に傷をつけたな?」
「余計な事を言うからだ。鬼村を……頭領を……小さく見やがって」
許さねえと言うと、スターチスもまた声を低くくして「上等」と返す。
して互いに距離を離す様に背後に退がれば、スターチスは右手から流星を放つ。小石の様だが、それが速度を付けて衣ごと肌を引き裂くと、俺は痛みに顔を歪めながらも、短刀を構え一気にスターチスの近くまで飛び掛かる。
日が落ちる直前、辺りに切り落とした流星や、短刀を掠った火花が散る中、俺達は気が済むまでやり合った。




