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千神の世  作者: チカガミ
序章 記憶を失った少年
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【0-1】燃える村

 視点のメインはキサラギ、その他別キャラがする際はタイトルの最後に(〇〇side)が付きます。

 

 ああ、()()()


 不意に過去の記憶を思い出し、唯一共に来た短刀を握り締めながら、僕は夜の帳が降りた村を駆ける。村は家々を燃やす炎によって昼間の様に明るく照らされていた。

 煙にまみれ、糸を縫う様に走っていく中、ふと崩れた家の近くで見慣れた姿が目に入る。僕はそれを足を止めて、思わずまじまじと見てしまうと、不意に背後から強く腕を引かれる。

 降り向けばこの村をまとめる頭領だった。


「馬鹿が。死にたいのか⁉︎」

「っ、けど……!」


 助けなきゃと言えば、頭領はその姿を見る。その表情は険しく、やがて視線を外すと「無理だ」と言って僕を引っ張っていった。

 僕はその言葉に言葉を失い、気が抜けた様に引っ張られていくと、村を出た所で頭領の息子でもある兄さん達が手を振る。


「チハルッ」

「こっちだ!」


 二人の兄が名前を呼ぶ。彼らの他には、隣の家の兄さんが頭領の母を背負っていた。

 良かった。兄さん達は無事だ。僅かに安堵したのも束の間、強い風と共に大きな影が背後から飛び越えてくる。風圧で思わず顔を腕で覆えば、グルル……と獣の唸り声が聞こえてくる。


「……っ」


 閉じていた瞼を開けば、そこにいたのは巨大な猫。赤い右目と紫の左目がこちらをギラギラとして見つめる中、青い毛を逆立てながら、口を開く。

 頭領はそれを見るなり前に出て刀を抜けば、化け猫に向かっていく。


「頭領っ!」


 離された手を頭領に向けて伸ばす。頭領は化け猫の前足の攻撃を刀で受け流すと、そのまま攻撃へと転じ、刀を大きく振るった。


「!」


 ギャッという鳴き声と共に、化け猫の動きが鈍る。

 後一回傷を負わせたら退いてくれるのではないか。そう楽観にも似た感情を抱いていた時、化け猫はふと背後にいた兄さん達に目をつける。

 その様子に頭領は勿論兄さん達も気付くと、頭領が声を上げる。


「ジン‼︎ シュウ‼︎ 逃げろっ‼︎」


 兄さんの名が響く。だが、同時に化け猫の前足が兄さん達を襲う。あまりにも早い動きに、頭領は吹き飛ばされ、二人は地面に叩き付けられた。

 鋭い爪は容赦なく兄さん達を引き裂き、草原に血が飛び散る。その光景にヒュッと息を浅く吸うと、足から力が抜けへたり込む。


「に、いさん……?」


 どうして。と意図の分からない化け猫の行動に疑問を口にする。

 頭領もまた刀を支えに立ち上がりながらも、倒れる兄さん達の姿に愕然とすると、わなわなと怒りで身体を震わせながら猫を見て言った。


「き、さま……‼︎ 俺達の大事な息子達を……‼︎」

「……」


 その声に猫は振り向かず。続いて、尻餅をついて動けなくなっていた隣の家の兄さんと頭領の母に目をつける。

 尻尾が大きく振られ、飛び掛かろうと前傾体勢になれば、頭領は怒声混じりの声で猫に立ち向かっていく。


「やめろぉぉぉぉ‼︎‼︎‼︎」


 声が響く。隣の家の兄さんの悲鳴も聞こえた。それを間近に見ながらも、僕の身体はうんともすんとも動かなかった。

 その結果、僕の視界が真っ赤に染まった。炎と血の混ざった赤。

 化け猫の驚異的な動きは、歴戦の武士である頭領すらも交わせなかった。

 大きな爪で隣の兄さん達を引っ掻いた後、頭領に向かった爪は、頭領の上半身に深い傷を負わせると、頭領はフラフラと数歩歩いた後その場に突っ伏した。


「あ、あ……」


 口から出るのは引き攣った声。息は浅く、頭も胸も痛い。処理しきれない恐怖がひたすらに襲いかかってくる。


(また……また……)


 自分のせいで皆が死んだ。

 そう二年前の事を思い浮かべる。自分を警護していた者達が次々と襲われたあの光景が、そのまま目の前の光景と照らし合わせていた。

 化け猫はグルルと尚も呻っていたが、僕が僅かに握っていた短刀を動かした時、ぐるりとその頭をそちらに向ける。


「ヒッ」


 声を上げてしまうと、化け猫はこちらを見て距離を詰める。

 早く、早く逃げないと……僕も……。

 斃れた兄達の姿を横目に、僕は後退りしつつ短刀を握り締める。


「……や、だ……」


 嫌だ。死にたくない。

 そんな感情が急に強まる。が、猫は容赦なくこちらに向かって飛び掛かる。


(あ、ダメだ)


 一瞬のうちに強い感情が諦めに変わる。影が濃くなり、爪が間近まで迫った時、目の前に誰かが飛び込んできた。


「っ……⁉︎」

「っ、チハル……!」


 赤い羽織。頭領の羽織。

 血を滴らせながらも間に頭領が入ってきた途端、化け猫の前足は頭領諸共僕を巻き込み、遠方へ突き飛ばす。

 右肩に焼ける様な痛みを感じながら、村外れの木々にぶつかりつつ、地面に転がると、上からハラハラと桜の花びらが落ちてきた。


「……ぁ」


 傷と強打した痛みに呻きながら、僅かに左腕を動かす。と、そこにあったのは横たわる頭領の右手だった。頭領の身体はもう目も当てられない位に酷い傷だった。


「……とうりょ……」

「……ハル……」

「!」


 微かに頭領から声が聞こえる。その声に、僕は泣きじゃくりながら「頭領」と地を這って近寄る。頭領はゆっくりと顔をそちらに向けると、右手を伸ばし僕の頭の上に置いて言った。


「チハル……お前だけでも……逃げろ」

「っ、とうりょ」


 嗚咽混じりに泣くだけの僕に、頭領は小さく息を吐く。そして、力を振り絞る様に大きな声で「泣くな」と怒った。

 その声にびくりと身体を震わせ泣き止むと、頭領は血反吐混じりに言う。


「いいか。チハル……っ、お前は生きろ。お前はここで死んでいい人間じゃねえ……!」

「っ」

「……帰るんだろ。元の世界に。下層に」


 だから。

 そう頭領が言い掛けた時、地響きと共に化け猫の姿が目に入る。頭領は化け猫を見るなり舌打ちすると、残された右手で赤い羽織を脱ぎ、僕に押し付ける。


「頭領っ‼︎」

「走って逃げろ‼︎」


 早く‼︎

 急かされ背中を押されると、僕はしゃくり上げながら短刀や羽織を抱えて走る。

 走り出してすぐ、化け猫の鳴き声が聞こえてきたが、それでも一心不乱に前を向いて逃げた。

 早く、早く、早く。肺が張り裂けても、足がどうなっても構わずとにかく走り続けた。


「はっ……はっ……」


 自分の息の声だけが耳に入ってくる中、僕は桜の森を抜け、更に深く山に入ってきた所で、ダンと背後からの衝撃に岩肌に叩きつけられる。


「あ゙っ」


 叩きつけられた際に落ちていた石が腹部に入り、くぐもった声を漏らした後、蹲ると、化け猫がこちらを見下ろす。

 ここまで逃げてきてまだ追ってきていたのかと、化け猫の執念深さに恐れを抱きながらも、握り締めていた短刀を引き抜く。

 カタカタと握りしめる手が震えるが、その刃先を化け猫に向けると、化け猫は大きく口を開き食らいついてくる。

 そこは先程爪で傷を負った右肩で、牙が貫通する痛みに叫びながらも、その短刀を化け猫の腹部に突き刺せば、猫もまたギャァァァと大きく鳴き、肩から口を離す。


「っ……」


 意識が朦朧とする中、飛び上がりその場でのたうち回る化け猫を見つめていると、最後に己の右前足を噛み、何かを外して去っていった。

 その行動が何なのかよく分からなかったけど、僕は去った猫を見つめた後、小さく「許さない」と呟いて意識を手放す。


 許さない


 それがずっとこだまする中、一つまた一つと【自分】という何かが失われていくような気がした。

 

※※※


 カチリ、カチリと規則正しい音が耳に入る。

 重く気怠く感じる中瞼を開けば、木目のある天井が見えた。


「……」


 瞬きをして、ぼんやりと周りの環境を感じていると、外から足音が聞こえてそちらを向く。

 部屋も外も暗く、外からは微かに雨音も聞こえる。と、白く輝く障子紙に人影が写ると、それがこちらまでやってきて障子が開いた。


「お、どうやら気付いたようだな」

「……」


 白髪だが僅かに黒毛の見える、狩衣を着た子ども。だが喋り方は年寄りの様だった。

 入ってきた子どもを無言で見つめていると、そいつは自分の傍に座り覗き込む。

 猫目の様な細い瞳孔の黄色の瞳がこちらを見つめると、ふと目を丸くさせ訊ねてくる。


「おぬし、その目はまさか……聖園守神(みそののまもりがみ)の血を引く者か?」

「聖園……守神?」


 誰だ。それ。思わず眉を顰めつつ呟くと、子どもは「知らぬのか」と首を傾げた後、こちらをじっと見つめてくる。

 その圧に耐えられず目を逸らすと、子どもは真剣な眼差しで訊ねてくる。


「お主は……(きさらぎ)村にいたのか?」

「鬼村……?」

「それも覚えておらぬのか?」

「……【俺】は」


 ……あれ。

 ここで初めて自分の異変に気がついた。そして、包帯が巻かれた右手をあげようとすると、右肩に激痛が走り呻く。

 その様子に子どもは「何をしておる」と慌てて俺の身を摩れば、俺は痛みを発する右肩を見て混乱する。


「?……?」


 どうして、俺は怪我をしているんだ?

 そう疑問を持ってしまった後、強い頭痛と共に、桜の光景が浮かび上がる。


(桜……? 桜がなんで)


 そう頭痛に苛まれながら思っていると、それに擦れる様に化け猫の姿が浮かぶ。それが桜と合わさった瞬間、俺の身体は拒絶した。

 汗がどっと溢れ、息がうまく出来なくなる。して、どうしようもない恐怖が脳裏を埋め尽くせば、「うわぁ」と絶叫が部屋に響いた。


「うわぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎」

「ッ⁉︎」


 頭を抱え、髪を掻きむしる様に、身を酷く震わせ取り乱せば、子どもは驚いた後すぐに冷静になって俺の左肩を掴む。


「大丈夫。大丈夫だから。ゆーっくり息をせい」

「はぁ……はぁ……っあ」


 子どもに言われ、ゆっくり息を吸う。過呼吸気味になっていたが、少しずつ落ちていくと、俺は口を手で覆い小さくえずいた。


「気持ちが悪いのか?」

「っ」


 子どもの問いに何度も頷く。して、ぐっと胃が締められるように苦しくなると、寝床から飛び出した。

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