明日生きて帰れたら、あなたに好きだと伝えたい
魔王城突入前夜。
焚き火の火が、ぱちりと弾ける。風は冷たく、空には無数の星が瞬いていた。
明日には、あの空の下で決戦が始まる。
長く苦しかった旅も、ついに終わりが見えていた。
俺は一人、剣を研ぎながら、ちらりと横目で彼女の姿を見やった。
──ミリィ。
小柄な身体に、大きめのローブ。銀糸の髪が月光を受けて、淡く光っている。少し離れた場所で、静かに祈りを捧げていた。
ああ、今日も目が合わなかったな。
いつからだろう、あんなにも視線を避けられるようになったのは。
彼女がパーティーに加わったのは、半年前のことだ。
当時、回復役が脱落し、代わりを探していたとき、ギルドから紹介されたのが彼女だった。無口で、控えめで、けれど回復魔法の腕は確かだった。
第一印象。
それは雷に打たれたような衝撃だった。
「……この子が……ヒーラー?」
そう言ってしまった自分が恥ずかしい。あのときのミリィは、怯えるように目を伏せて、ぎゅっとローブの裾を握っていた。
それでも、心が惹かれた。誰よりも一歩下がって、仲間を支えるその姿。
敵の攻撃を一身に受けた俺に、無言で傷を癒すあのやさしい魔力のぬくもり。彼女のそばにいるだけで、命を懸ける意味が生まれた。
だが、いつも目を逸らされる。話しかければ、必要最低限の言葉しか返ってこない。避けられている、と感じるたびに、胸が苦しくなる。
「俺……何かしたのかな」
思い出せる限り、彼女に不快な思いをさせた覚えはない。けれど、それでも彼女は距離を取る。
タンクとして、ヒーラーとの信頼が何より大切なのに。それすら築けなかった自分に、苛立ちと悔しさがあった。
だが、それでも──
好きだ。
好きで、たまらない。
明日、魔王を倒せば、旅は終わる。パーティーは解散し、それぞれの道を歩くことになる。
「だったら……言うしかねぇだろ」
焚き火の火に照らされながら、俺は剣を鞘に納め、拳を握りしめた。
明日、生きて帰ったら──
生きて、この命が残っていたら──
「俺、お前が好きだって……ちゃんと、言う」
遠くにいるミリィが、ふとこちらを見た気がした。
けれど、またすぐに視線は逸れた。
それでも、かすかに頬が赤くなったような、気がした。
「……よし。絶対、生きて帰る」
その夜、眠れぬまま、俺は天を仰ぎながら決意を胸に刻んだ。
この想いが報われるかは分からない。
だが、命を懸けて、伝える価値はある。
だってこれは──
人生で、初めての恋だから。
◇◇◇
―ミリィ視点―
冷たい風にローブが揺れた。焚き火の灯りの向こう、ガルドさんが静かに剣を磨いている。
火の揺らめきに照らされる、逞しい肩、分厚い腕、焦げ茶の髪。
私がずっと見ていた人。
また……目、逸らしちゃった……
ほんの数秒、彼と視線が合いそうになって、慌てて俯いてしまった。
心臓が、ばくばく鳴ってる。耳まで熱くなってるのが分かる。
こんなに、こんなに好きなのに。なんで、ちゃんと見れないんだろう。
昔から、人と話すのが苦手で、緊張すると頭が真っ白になる。ギルドでも誤解されてばかりで、無愛想とか、冷たいとか、何度も言われた。
でも、本当は……
あの日、彼が私を見て「この子がヒーラー?」と呟いたとき、きゅんと胸が鳴った。
大きくて、強そうで、でもどこか不器用で。私なんかを、仲間として迎え入れてくれて。戦いのたびに前に立って、誰よりも傷ついて、それでも絶対に倒れない背中。
あの人を、支えたいって……思ったの
私の魔法が、ほんの少しでも彼の力になれるのなら。痛みを和らげることができるのなら。それだけで、生きる意味があるって思えた。
でも、どうしても目が見られない。声も震える。何を話していいか分からなくなる。彼は私のこと、嫌ってるかもしれない。
それでも、いい。明日、みんなで生きて帰れたら──
両手を胸に当てて、祈るように瞼を閉じる。
勇気を出して、言おう
「わ、わたし……ガルドさんのこと、好き……です」
呟いてみる。誰も聞いていないはずなのに、顔が真っ赤になる。
でも、口に出したら、ほんの少しだけ、気持ちが軽くなった。
きっと、明日が最後の戦いになる。それが終われば、パーティーは解散。もう、二度と彼に会えなくなるかもしれない。
だったら……ちゃんと、伝えたい
焚き火の向こうで、ガルドさんがこちらを見ている気がした。慌てて顔を伏せて、また目をそらしてしまった。でも今度は、ほんの少しだけ笑えた。
──がんばれ、わたし
自分の胸に、小さく呟く。
震える心を抱きしめながら、わたしは天を仰いだ。星たちは静かに、変わらぬ光を降り注いでいた。
この想いが届くかは分からない。
でも、生きて帰れたなら、きっと──
翌朝
―勇者視点―
ん……なんだか、ガルドとミリィがやけに気合い入ってるな。いつも以上に真剣というか、表情が引き締まってる。
……まあ、そりゃそうか。いよいよ最終決戦だもんな。
よし、俺も気合い入れていくか!
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