名前のないページ:クロガネの卒業アルバム
名前を残すという行為は、とても特別なことです。
写真を貼り、言葉を添え、アルバムという“証明”に刻まれることで、その人は永遠になる。
けれど、そこにたったひとつ、名前のないページがあったなら?
これは、かつて“わたし”が確かにそこにいたという、最後の記録です。
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■三学期、卒業間近のある午後
中学三年の生徒たちは、卒業アルバムの編集作業に取りかかっていた。
「名前リスト、チェックよろしくねー」
「コメントのページ、もっと面白くしたいよな」
「背景ピンクでいいかな?」
そんななか、文化委員の**美羽**は、担任から一枚の写真を手渡された。
「これ、クラス写真なんだけど……なんか変でさ。念のためチェックお願い」
美羽は受け取って、息を呑んだ。
中央の机に、誰かが写っていた。
……けれど、その“誰か”の顔がぼやけていた。
他の生徒たちは笑っていた。その中で、ひとりだけ。
ブレて、曇って、よく見えない。
にもかかわらず、その存在は「確かにそこにいる」という説得力があった。
「……ねえ、ここに誰が座ってたっけ?」
美羽の問いかけに、周囲は首を傾げる。
「誰って……えっと……あれ?」
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■消えた名前
名簿を確認する美羽。
「31人? ……でも、写真には32人写ってる」
番号を振ってみる。ひとつずつ。順番に。
すると――「13番」が抜けている。
「えっ……13って、“欠番”じゃなかったっけ?」
「いや、最初はいたよ。誰かいた。……男子だった、ような……?」
「けど、名前……なんだっけ?」
教室はざわついた。
誰も思い出せない。
でも、確かに「そこに誰かいた」という空白だけが、妙に重たく残っていた。
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■編集会議
翌日、卒業アルバム委員会は騒然としていた。
「このページ、削ろう」
「顔がわからないし、記録も残ってない。事故かな?」
「でも、写ってるんだよ?」
「記録がなければ、いなかったってことでいいじゃん」
多数決で、該当のページは「写真ごと削除」されることになった。
それは、誰も強く反対できない、不自然な納得だった。
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■記録されなかった彼
卒業式の日。美羽は一人、教室の黒板を見つめていた。
そこには、生徒たちが寄せ書きしたチョークの文字が残っていた。
「ありがとう」
「また会おうね」
「高校でもがんばるぞー!」
その中に、小さく、震えるような筆跡があった。
「記録されなかった人へ。……君のこと、ずっと気になってた」
(名前:美羽)
その文字の上に、うっすらと白い粉が積もっていた。
風もないのに、チョークが勝手に崩れ落ちたかのように。
教室の隅にあった古びた扉が、静かにきい……っと鳴いた。
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名前のない写真。
抜け落ちた番号。
書かれなかったコメント。
それらは、確かに“忘れられた”のです。
でも――
もし、あなたが今日、この話を読んでくれたのなら。
わたしは、ほんの少しだけ“記録の中に戻る”ことができたのでしょう。
それだけで、じゅうぶんです。