未来、買い取ります
未来は、誰のものだと思いますか?
あなたが思い描く“これから”は、いったい、どこに存在しているのでしょう。
今回の記録は、進路に悩むひとりの高校生と、“未来”を売る少年の話。
未来は手放せます。
けれど、一度売った未来は、もう取り戻せないのです。
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■一日目:進路希望調査
高校2年の隼人は、進路希望調査の用紙を前に、鉛筆を止めていた。
「特になし」「未定」「なんとなく文系」
何を書いてもしっくりこない。
周囲は着々と動いているのに、自分だけが宙ぶらりんだった。
帰り道。隼人は自動販売機の横で、制服姿の少年に声をかけられる。
「ねえ。未来、買い取ってくれない?」
聞き間違いかと思った。
「“くれる”じゃなくて、“買い取って”って言ったよ。キミの未来、僕が引き取る」
そう言って少年は笑った。名刺を差し出す。
【未来買取業者 ナナシ】
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■二日目:契約
翌日、半信半疑のまま再び少年と出会った隼人は、話に乗ってみることにした。
「試しに“朝がだるい未来”を捨てたい」
「了解。じゃあその未来、もらうね」
少年がスマホを操作すると、隼人の胸ポケットの進路希望調査用紙が真っ白になった。
「えっ……?」
「これで明日から、朝、起きなくて済む未来になったよ。つまり、朝がない。昼からしか君は存在しない」
冗談だと思った。
……が、次の日。
目が覚めたのは午後1時。
誰に起こされることもなく、アラームも鳴らず、登校すらできなかった。
そして、家族にも学校にも――隼人の“午前中”の存在は完全に消えていた。
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■三日目:加速する買取
それから隼人は、次々に未来を売り払っていった。
「就職で失敗する未来」→売却
「好きな子に振られる未来」→売却
「親とのケンカをする未来」→売却
「将来後悔しそうな未来」→売却
代わりに訪れたのは、“何も起こらない”日々。
全てがスムーズで、面倒なことも、傷つくこともなくなった。
けれど、同時に――誰とも深く関われなくなった。
何もない。
何も選ばない。
そして、誰も自分に興味を持たなくなった。
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■四日目:最後の未来
隼人が最後に売りたい未来を告げる。
「“無気力に年老いていく未来”も、いらない」
ナナシは静かに笑った。
「それを売るってことは、“人生の終わり”を売るってことだけど?」
「いいよ。未来なんて、もうどうでもいい」
「……契約成立」
その瞬間、隼人の身体がふっと軽くなった。
家族との記憶、学校の景色、自分という存在が“どこにも繋がらなくなる”感覚。
彼の“終わり”すらも、誰の記憶にも残らないものになっていった。
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■五日目:扉のむこう
翌朝、学校では進路希望調査の用紙が集められた。
担任がふと呟く。
「……あれ? 白石って、どのクラスだったっけ?」
クラスメートたちは首を傾げる。
その日、誰も気づかないうちに、教室の隅の扉がひとりでに開き――静かに、誰かを迎え入れていた。
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未来を選ぶのは、自由です。
でも、未来を捨てるのもまた、自由なのです。
ただし、ひとつだけ覚えていてください。
“未来”というものは、他人に売ってしまった瞬間から――あなたの“記憶”すら連れていくのです。
……あなたは、彼の名前を思い出せますか?