こんなところに一般人がいるわけがないでしょう
「黙って、お使いにでも出たら?」
黒髪の巫女服を着た少女が紅魔館のメイド長十六夜咲夜に向かってそう嘯く。
少女の服には袖が無く、肩と腋の露出した赤い巫女服であり、後頭部に結ばれた模様と縫い目入りの大きな赤いリボンが特徴的だった。
彼女の名は博麗霊夢。
夏の日が突然、紅色の幻想に包まれた今回の異変を解決しに来た博麗神社の巫女である。
そこへコツコツと誰かの足音が聞こえてきた。
霊夢は即座に振り返る。咲夜との戦闘中一切気配を感じなかった誰かが突然現れた。
「こんばんは。博麗神社の巫女さん」
それは今にも消えそうな程の儚さを感じさせる美貌の持ち主だった。
声と服装で男性とわかるが、女ならば美人薄命といったところか。
だが、見つめていると吸い込まれ、破滅に導きかれそうになる気配がある。
霊夢は心の奥底で“寒さ”を感じた。
霊夢に返事がないことを不思議に思ったのか男が言葉を続ける。
「私はそこで倒れている駄メイドに拉致監禁された哀れな一般人です。どうか…」
男が戯言を言い切る前に霊夢は封魔針を投擲する。
「入八無暇不得有暇 同諸雑染離於清浄」
高速で呪文か何かを唱え、封魔針が何か書かれた紙で包まれる。
霊夢の弾幕と同じ追尾型の弾幕に類するものだと思われた。
「こんなところに一般人がいるわけがないでしょう?」
霊夢は男に警戒を露わにする。
なお、針が刺さった場合はそこに立っているのが悪いと言い切るつもりだった。
一瞬の沈黙。だが、永遠を思わせる中で男が口を開いた。
「…なんということだ。バレてしまっては致し方がない」
男は口が裂ける程大きく笑った。雰囲気がガラッと変わる。
霊夢は男が放つ狂気の世界に飲まれそうになった。
「如何にも!我こそは此度の異変の首謀者にして深き眠りの狂気の世…」
男が盛大な名乗りをあげている最中、突然赤色の閃光が男を襲った。
「ちょっと!何大ウソついているのよ!私よ!私!」
紅魔館の主たる吸血鬼レミリア・スカーレットが男に蹴りを入れたようだ。
霊夢はあまりの展開に呆然としてしまった。
うつ伏せの状態のまま男が喋り出した。
「そのとおり。そのちみっこいのが今回の異変の首謀者だ!」
先ほどの巨悪染みた雰囲気は一切消えた。だが、その声には愉悦があった。
スクっと効果音が出そうな勢いで男は立ち上がった。
「さて、私に対する拉致監禁の憂さ晴らしも済んだことだし、私は奥に引っ込んでいよう。
障子紙より弱い私では流れ弾一つで死ぬからな。フハハハハハ!!」
そう言って、男は懐から何かを取り出して床に叩きつけた。
辺りを煙が充満する。煙が晴れた頃には男とメイドの姿はどこにもなかった。
呆然とする霊夢とギギギと音を出して歯ぎしりするレミリア。
異変の首謀者レミリアは博麗の巫女を待つために奥で構えていたことをかなり後悔した。
「…コホン。咲夜がやられたようね。やっぱり、人間って使えないわね」
レミリアは何事もなかったかのように従者の奮闘を貶した。
「…凄いわね。今の流れから何事もなかったかのようにできるなんて」
霊夢はある意味、本心からレミリアを褒めた。
「訳の判らない様な奴に、 絶対に主導権は握らせないわ」
レミリアは霊夢の賞賛を一蹴した。
「とにかく、ここから出ていってくれる?」
霊夢はレミリアに何気ない口調で言う。
「ここは、私の城よ?出ていくのはあなただわ」
レミリアは侵入者に警告する。
「この世から出てってほしいのよ」
霊夢はこの異変の首謀者に宣言した。
「こんなに月も紅いから本気で殺すわよ」
「こんなに月も紅いのに面倒な…」
レミリアと霊夢が向かい合い。
「楽しい夜になりそうね」「永い夜になりそうね」
紅い月夜の下で美しく残酷な、弾幕ごっこが始まった。
オオスは激怒した。彼の暴虐邪知なお子様にお灸を据えねばならぬ。
だが、思わぬ形でそれは叶った。何故か博麗霊夢に異変を起こした側だと思われたのだ。
善良なる一般里人であるオオスがまさか悪役とは、やはり神に仕える巫女は碌な者でないとパチュリーに愚痴を言いに図書館へ向かった。
パチュリーは霧雨魔理沙とかいう異変を解決しに来た魔法使いと相打ちになったようだ。
喘息がある程度回復できたとは言え、そもそも体力がないので粘れなかったようだ。
弾幕ごっこ後に魔理沙と談笑するパチュリーに蹴りを入れられた自身の脇腹と拾ってきた駄メイドの治療を頼んだ。
オオスはパチュリーに感謝の言葉を述べ、この蹴りの屈辱だけはパチュリーの治療で相殺するが他の復讐はまた今度来た時にすると言い残し、紅魔館を足早に去って行った。
地味に咲夜に付けられていた足枷の後遺症でまだ歩く時のバランスが悪くなる。
オオスは足元に気をつけて徒歩でそのまま人里へ帰宅していった。
「オオス・ナルガイ。夢と狂気が渦巻く隙間の世界の地名。あからさまな偽名よねぇ…」
オオスが言う博麗神社の巫女の“保護者”に目をつけられたとも知らないで。