儚き命、その宴に酒盛りよ
里の門までたどりついた妖精と男であったが、まぁ見るからにあからさまに怪しかったので止められた。
片割れは喪服、もう片割れは人外となれば当然である。妖怪を疑うし、人里に来る妖精等大抵は碌でもない。
オオスは門番から追い返されそうになる。
だが、
「まあまあ…。そうだな、酒精の香りに合う肴。歌の一つでも諳んじよう」
オオスは平然とこう宣った。場を観察し、何があるかを推理する。
そこまでできたら、後は簡単。相手が求めている物は自分で用意すれば良い。
門番たちは霧の濃い寒い日ということもあり詰め所で一杯飲んでいた。
その酒精を嗅ぎ取ったオオスはそれをなじるように嗤って見せた。
「奥には退魔士も控えていることだし歌わせてみるか?」
ぽつりと門番の一人がそう言った。弱そうな男と妖精一匹。
いざとなればどうにでもなると興味本位で聞いてみたいという欲求に駆られた。
門番たちはオオスに歌わせてみることにした。
そこからはオオスの独壇場だった。流れを作れれば後はそれに乗れば良い。
「如何にひさしくかれこれを あげつらひまた追うことぞ
空けしきものに泣かむより 酒に酔ふこそかしこけれ」
「かくて、このあはれなる埴の甕の
くちにもたり、生の秘密の井を知りぬ。
くちうつし、その呟ける、
——生ける間は、飲めよ、汝、死なば再び帰り来じ」
「万物流転は既に久しき。命の宴に酒盛りよ。
どうせ消えゆくこの命、——野の狼にでも食われるがいい」
喪服の男が人の儚さと酒の素晴らしさを語る様は滑稽であり、段々周囲を巻き込んだ宴会のようになってきた。
オオスは言葉のみで場の空気を完全に支配していた。儚き時を感じるのは森羅万象、人という定命故の定めである。
「ふう、疲れた…」
宴会がひと段落したオオスはチルノと共にそっと人目から離れ、手で煽るようにしながらつぶやいた。
辺りは完全に夜になり門番達の一部と後から集まって来た里人達は眠りこけていた。
なお、チルノも門番達と飲んだくれており、途中からオオスは放置していた。
「チルノさん、巻き込んで申し訳ありませんでした」
オオスはチルノに謝罪した。実際、妖精として退治されていたらと思うと今のような気分にはならない。
「凄い楽しかったよ!何だったの?あれ!?」
当の妖精は全く気にしていないようであった。
「昔の飲んだくれ回教の歌ですね。途中からネタ尽きたのでテキトーな即興歌でしたが」
オオスは何でもないように言う。言葉というのは人を巻き込む魔力がある。
オオスからすれば他人の言葉で自分の現在の恰好と合う物を選んだだけなので満足な出来ではなかったようだ。
だが、未知の思想から繰り出される歌の数々はその場を魅了するには十分過ぎた。
「これで私は受け入れてもらえると思いますかね…」
オオスはポツリと呟いた。酔いが回っているのか少し不安げな顔をしていた。
だが、
「あたいがほしょうするよ!なんたって皆楽しかったんだから!!」
そうチルノは笑顔でオオスに言った。
オオスはチルノを見て、それから手に持っていたお猪口を見た。霧が晴れ、月夜が見えた。
「ありがとうございます」
オオスはそう言ってお猪口に残っていた酒を飲み干した。