妖精のポスト
公爵邸の春の庭園は、今が盛りとばかりに花咲き誇り、とても美しかった。
庭師の愛情も込められているんだろう。
「妖精のポスト?」
「そうよ、妖精さんに小さなお手紙を出すの。
人に言えない悩みや、日常にある些細な喜びや悲しみ、残念だった事を書くの」
「嬉しい事も悲しい事も? 悲しい事を知らされても妖精さんは困らないですか?」
「誰かが嬉しい話もするかもしれないし、大丈夫、相殺されるわ。母は今から手紙を出します」
「わあ、小さい文字」
「そうよ、妖精さんは小さいから文字も小さく書くの」
「今日は朝から焼き立てのクロワッサンが出て、良い香りだし、美味しくて最高だったと書いてあるの。
誰かの喜びの感情で妖精の羽根は輝きを増すわ」
嘘だけど!!
──いや、騙しているんじゃない、夢を与えているんだ。情操教育だ。
サンタさんはきっといる的なアレだ。
「そうなんですか……」
妖精の話を聞いたラヴィの青い瞳はきらきらと輝いている。
どうやら信じたようだ。純粋だ。流石小説の中の聖女。
私は小さな手紙をポストに入れた。
ポストの内側の底の部分には魔法陣を私が仕込んだし、魔法鉱石の鈴蘭のような形のお花の飾りもつけた。
実はこれ、集音魔法を仕込んでいる。
ポスト近くで誰かが話すと私の部屋の対になってる鈴蘭っぽい花から聞こえる。
前世で読んだ小説で見つけた魔法だ。
魔法が使えないディアーナは、いつか使えるようになるかもと、諦めずに便利そうな魔法の研究、勉強をしていた。
魔法の使えない見かけ倒しの女だと、陰で悪口を言われても、人知れず努力していた形跡は、彼女の自室の本棚や、机の中、そこかしこに資料があった。
集音魔法は盗聴になってしまうが、まあ、そもそもこちとら悪役だし、危険があれば察知できるし、子供を護りたいだけですし。
「あ、そうだ、街で絵本を買って来たの、ラヴィにあげるわね。読み聞かせをして欲しい?
それとも自分で読む?」
「え!? 絵本を読んで下さるんですか!? お母様が!?」
「ええ。でもメイドの方がいいならメイドに頼むわ」
「お、お母様に……読んでいただきたいです」
「そう、じゃあ夜寝る前に私のお部屋に来て、ベッドの中で読むから、眠くなったらそのまま眠れるように寝巻きで」
「はい!!」
本は……一度に渡さず、少しずつ渡す方がいいかな?
私だったら、内容が面白い場合、ぶっ続けで読んで寝不足になるから。
我慢出来なくて一気読みしちゃうのよね。
私がラヴィの部屋に行ってもいいけど、万が一、人が隣にいて気になって眠れない場合、逃げる場所が無くなる。
逃げたくなったらお部屋に戻れるように、あえて私の部屋にした。
「途中で自分のお部屋に戻りたくなったら遠慮しないでね、いつも一人で寝てる人は隣に誰かいると寝付けない事があるから」
「お母様は私がいて大丈夫ですか?」
「私は大丈夫よ」
万が一寝れなくても朝食の後に二度寝すればいいだけだもの。
学校も仕事も無いし、暇だし!
本来は貴族の奥様は……屋敷の管理とかするんだろうけど、ディアーナはパーティーなどで社交しかして無かったから。
それに浪費家だった女に家計簿なんか任せられ無いわよね。
ハハハ!!
「じゃあ、夜を楽しみにしていますね」
「ええ」
「お昼は……お母様と一緒に食べられますか?」
「ええ、そこの……庭園の東屋でお花を眺めながら食べましょうか」
「はい!」
お昼は私がレシピを料理長に渡し、作って貰ったズッキーニの肉詰め。
公爵邸の温室にズッキーニがあったので夏を先取り。
元はイタリアの家庭料理。
中身をくり抜かれたズッキーニがボートみたいに見える。
リピエノと言われる料理だったと思う。
レシピは……ズッキーニを縦半分に切って、中身をすくい取り、外側は軽く塩ゆでし、実はみじん切りにする。
ひき肉、粉チーズ大さじ1、卵、ズッキーニの身、パン粉、塩、こしょう各少々を混ぜる。
ゆでたズッキーニのボートの内側に小麦粉少々をまぶし、具を詰める。
塩、こしょうで味を整えてたズッキーニを入れ、チーズをふって、ズッキーニの皮にもオリーブ油をかけ、耐熱の陶器の器に入れてオーブンで焼く。
ちなみにお肉じゃなくてツナを入れてもいいんだけど、とりあえずこんな感じだ。
「この料理は初めて食べました、美味しいです」
ひき肉がとてもジューシーで、噛むと肉汁の味が広がる。
そして肉とチーズのハーモニーが最高。
「チーズが入っていれば大抵美味しくなるのよね。リピエノって言う料理よ、気に入ってまた食べたくなった時は、料理長にリクエストすればいいわ」
「私なんかがメニューを決めていいのですか?」
「公爵令嬢が遠慮する必要はないと思うわ」
リピエノをメインに、他はパンと、サラダと、苺。
そういうランチを東屋で食べた。
ラヴィと一緒に。
花香る庭でのお食事は、気分が良く、そして美味しかった。




