朝から夫と……
朝、うっかり夫と公爵邸の廊下で顔を合わせた。
不機嫌オーラを察知!
こんなに美しい奥さんと朝イチで会えて不機嫌になる理由は、主にかつてのディアーナの所業のせいだろう。
子供も夫もいるのにやたらパーティーに参加して、イケメンを誘惑しては寸止めで逃げてくる。
尤も、寸止めで逃げてる事は夫には分かるまい。
誘惑するとこまでしか分からないなら、夫のメンツを潰している。
で、あればこそ、やっぱ顔を合わせ辛い。
「おい、ディアーナ、騎士の後ろに隠れるな」
更には、つい最近、ほぼいつもポーカーフェイスの夫の激辛料理にて涙目を想像したのがバレた後だ。
ただの想像なのにプライドの高い夫はムカついたようだった。
失言だった。
気まずくて、私はその辺にいた騎士の背後に回り込んだ。
「お言葉ですが、公爵家の騎士は公爵夫人たる私の剣、そして盾となる者、私の盾になって当然なのですわ!」
「……!!」
夫と私の間に挟まれた気の毒な騎士は、何も言えずに沈黙している。
「……口の減らない女だ」
「ふふふっ! 悔しかったら、捕まえてごらんなさーい!」
私は騎士の背中から離れ、公爵邸の廊下をダッシュした。
今日は踵の高い靴は履いてないから可能なのだが、
「言ったな!?」
すると、夫が全力ダッシュで猛追して来たではないの!
気配を間近に感じて振り返った瞬間!
「きゃああっ!!」
「そら! 捕まえたぞ!」
ガシッと抱きしめられる形で捕まえられた!
この男、クール系の見かけによらず、煽り耐性ゼロ!?
「ほ、本当に捕まえる人がありますか!?」
「ここにいるが!?」
「それで、私を捕まえて、その後、どうするおつもりですか!?」
周囲の騎士も使用人も、あまりの事に置き物のようにフリーズしている。
「何!? その後?」
「ほら、特に考えもなく捕まえたのですね!」
図星をさされた夫は不機嫌そうに急にグッと、両腕に力を入れて、絡みつく蛇がごとく、私を絞め上げた。
この男! 私のお茶目行動にキレてる!!
「く、苦しい……! 大蛇じゃあるまいし!
華奢な自分の妻相手になんて事をするんです!?」
「……うるさい、捕まえてみろと言うから、捕まえただけだ」
「普通は待て〜〜♡などと言いつつ、語尾にハートマークつけてほのぼのと追いかけっ子をするんですよ! それをなんです、全力疾走で、脱走した猫を捕まえるみたいに!」
怒りの為か、さらにぐぐっと絞め上げてくる夫。
「ああ〜〜そんなに絞めたら、朝に食べた物、全部吐きます!
貴方の頭部めがけて!」
リバースの恐怖に慌ててバッっと手を離す夫。
解放され、素早く距離を取る私は、そのままダッシュして逃亡。
「おーっほほほほ! 私に喧嘩を売るなんて、百年早くってよ!」
「どこの小説の悪役だ! 高笑いしつつ逃げるやつがあるか!!」
元悪役令嬢のラスボス系奥様でしてよ〜〜!!
周囲の使用人達は小刻みに肩を震わせ、必死で耐える、笑ってはいけない公爵邸が開催中。
ちなみに私が逃亡した後。
「な、なんなんだ! あの女は!?」
「旦那様! 落ち着いてください」
そんな必死で制止を訴える、家令の声が聞こえた。
* *
そうして朝の邂逅をやり過ごし、私は、熱は下がったけど、まだ病み上がりのラヴィの為に、軽く読める絵本を探す事にした。
TVもゲームもない世界なら、もう手軽に入手出来る娯楽は本よね。
屋敷内には絵本の類は無かった為、私は外出して本屋に向かう事にした。
ついでにドレス二着と宝石の売却もしよう。
メイドのメアリーと護衛騎士もお供に二人だけつける。
私とメアリーは同じ馬車で移動して、護衛は馬でついて来ている。
馬車の中でメアリーと話をした。
「平民に擬態する為の服も数着欲しいわね、中古で構わないから」
「奥様、平民のふりをしてどちらへ行かれるおつもりですか?」
「市場とか……買い物よ」
「中古の服屋に奥様が入るのはまずいです、私が代わりに買って来ます」
「そう? じゃあ変装をする前はメアリーにお任せするわ」
「奥様、本屋前に到着しました」
御者の声が聞こえたので、降りる事にした。
御者は馬車を駐められる場所に移動し、私はメアリーと本屋の中へ。
「絵本……絵本……」
私はワクワクしながら、異世界の本屋の中を物色する。
オタクは物語や創作物に溢れてる場所に来ると、嬉しくなるものだ。
そう言えば、肉体に残るディアーナの記憶のおかげか、モブ貴族の顔と名前はほぼ覚えてないけど、文字の読み書きは出来て助かった。
「あ、あった。この辺ね」
絵の綺麗な絵本を三冊ほど選んだ。
「奥様、見つかりましたか?」
「ええ、ついでに恋愛小説や冒険小説、他に何か感動できるお話でおすすめ本があるか、店員さんに聞いてみて、持って来てくれる?」
「かしこまりました」
護衛中とはいえ、護衛騎士もやや暇そうなので、ついでに聞いてみた。
「貴方達も、おすすめの冒険小説など、知っていたら教えてくださる?」
男性騎士なら冒険小説の一冊くらい読んでるのでは?
「……大航海をした船乗りの記録本などいかがでしょうか?
異国の勉強にもなり、なかなか面白い読み物でしたよ」
「あら、いいわね。貴方は?」
私はもう一人いる騎士にも問うた。
「では、竜を倒した英雄の冒険の物語でも」
「それもいいわね」
騎士二人のおすすめ本を聞いて、その本を探していたら、店員のおすすめ情報で選んだ本をメアリーが抱えて来た。
精算所にどさりと本を置いて、お買い上げ。
まとめ買いした本は重いので騎士に持って貰い、馬車を呼ぶ。
次に着ないドレスと宝石を売り払い、その予算からメアリーに中古の平民女性が着る服を買って来て貰った。
新品よりややくたびれた服の方がそれっぽく見えるだろう。
今度は地味な馬車で平民の服を着て、市場見物でもしたいな。
今日はまだ貴婦人の服を着ているから、我慢した。
ついでに人気の菓子店に寄り、お菓子を買って公爵邸に帰宅し、思い出したように聖地巡礼。
公爵邸には立派な温室があるのだ。
苺やズッキーニなどがある。やったわ、食べられる!
温室見物をしていると、執事から報告が来た。
「奥様、例の頼まれていた小さなポストが完成しました」




